取り巻く悪意の記憶
それは、小さな悪戯心
「……あかりんが無理してるって、りーのんが嫌がらせされてるって、こういう事だったの?」
私の下駄箱を見て、蒼ちゃんが珍しく本気で怒りを見せていた。
悪意あるその人達に向けての怒り。
きっかけは単純で。凛ちゃんが鍛えてると噂が広まった頃に、それは一時的に無くなったモノ。
証拠を抑えようと毎朝無理をしていた凛ちゃんの存在は簡単にバレてたみたいで
だから、凛ちゃんが居ないと知られたら、その嫌がらせは簡単に再び降り掛かった。
まるで、今まで出来なかった分の鬱憤を晴らすかのように。
「慣れてますから、蒼ちゃんもそんな怖い顔しないで下さい」
下駄箱に詰められたゴミを片付けながら、蒼ちゃんにそんな事を言ってみせる。
「慣れって、そんな……」
未だに怒りと戸惑いの声を発する蒼ちゃんを傍らに下駄箱を綺麗にすると、流石に上靴が汚れてしまっていて、これでは履くことが出来ないとため息を吐いてしまう。
多少嫌な思いはするけれど、実際に慣れている。
直接文句も言えないような人達がやってる事。
物理的な悪意に比べれば、こんなのはどうと言う事は無かった。
「せ、先生に言っちゃおうよ! そうしたらきっと……」
「注意喚起のプリント配って終わりですよ。犯人がわからないのですから」
蒼ちゃんを宥め、職員室に向かう。
道中で、一人の男子がニヤニヤと私達の姿を見て汚らしい笑みを浮かべていた。
「お前がっ! りーのんを!」
蒼ちゃんがその一人の胸ぐらを掴み掛かるも、俺がやったって証拠でもあるのか? と。
それは前に凛ちゃんにも言っていた、いつも通りの言い訳。
「無視しましょう。こんなバカの相手して遅刻なんかしたら笑えません」
男子の胸ぐらを掴む蒼ちゃんを引っ張り、私はわざと聞こえるようにその言葉を口にする。
「今日は凛のヤツ、休みだってな」
「……それがどうかしたのです?」
去り際。男子にそんな事を言われ、私はその男子を睨む。
「別に。楽しい一日が始まると思うぜ」
成程。
皆の作戦の深い内容は敢えて聞いていない。
だけど、その証拠を集めるのが一つあるんだろうと。
なんとなくその言葉に感じた。
「そうですか。楽しみにしています」
悪意の感じるその笑みにも、私は動じない。
そんな悪意、雨宮に比べたら大した事無いし、慣れている。
だけど、蒼ちゃんは違ったようで。
「りーのんは私の親友だから。そんな真似してみろ……あかりんみたいに強くなくても、お前ら程度なら、簡単に潰す事出来るんだ。そんな方法、私はいくらでも知ってるんだ」
それは蒼ちゃんらしくない、とても威圧的で、乱暴な言葉使い。
雨宮の世界を間近で見てきたからこそ、出来るような強い怒りと憎しみを込めた脅しの言葉だった気がした。
蒼ちゃんも作戦は聞いている筈なのに、その怒りは本物。
「蒼ちゃん、落ち着いて下さい。蒼ちゃんがそんな事をする必要は無いのです」
そんな蒼ちゃんを再び宥め、職員室で上靴を借りて。
「皆を信じましょう。私達が折れたらダメなのです」
「あぅ、わかってるけど……やっぱり耐えられないよぅ」
そんな会話をしながら教室の扉を開け、自分の席に目を向けた瞬間。
今度は、私が怒りを露わにする番だった。
私がやられたからとか、そう言う理由じゃない。
私の席に置かれたその花は、否が応でも両親を失った時の事を思い出させる。
そして、それはヴャクト姉さんやラーナお姉ちゃんの気持ちを踏み躙るような行為。
奴らだって私の家庭環境はある程度把握している筈。
「よくもまぁ、こんな悪趣味な真似が出来ますね」
クラスで私を一番敵視している男子の席に向かい
その花瓶の中に入った花と水を思い切り振りかけて。
「証拠がない。だから、これは私の嫌がらせです。気に食わなければ、どうぞ先生に泣きついて下さい。絶対に謝りはしませんけど」
珍しく怒る私の姿に、怒りよりも効果があった事が嬉しいのか、
濡れたまま、男子は廊下で蒼ちゃんが食って掛かった相手と同じように薄汚い笑みを浮かべていた。
「そう言えば、蒼のやつも両親は居ないんだっけな」
そのまま立ち去ろうとした私に、その男子が何か閃いたとばかりに呟いていて。
私は益々怒りをその男子に向けていた。
「私だけなら我慢します。だけど、蒼ちゃんにまで何かしようって言うなら……」
言葉の途中で、今度は蒼ちゃんに手を掴まれた。
「りーのんだけ我慢しても、そんなのダメだよ……」
今にも飛び掛かりたいのを必死に堪えているように。
蒼ちゃんは強く私の腕を掴んでいた。
「凛さえ居なければ、お前なんて怖く……」
「お願いだから黙って。私、これ以上言われたら、何をするかわからないから」
調子付いた男子に、蒼ちゃんは低く呟き睨んでいた。
蒼ちゃんの真っ直ぐな性格は、悪い方にも働くみたいで。
そして、それが作戦だと予め教えられてなかったら私達は多分、各々の感情を爆発させていた気がした。
そして、蒼ちゃんが発した一言は、蒼ちゃんをも巻き込む事になってしまって……。
お昼休み。
ラーナお姉ちゃんが作ってくれたお弁当がゴミに捨てられていた。
蒼ちゃんもまた、白さんが作ってくれたであろうお弁当を捨てられていた。
酷く悲しむ蒼ちゃんを見て、その男子は嘲笑っていた。
休み時間になる度、力になれなくて申し訳ないと、別の男子や女子達から謝罪された。
彼らは私の振る舞いを良く見てくれている真面目な生徒。
「凛さんの存在が大きかった事を知ったっす。俺にもそんな力があれば……」
蒼ちゃんが私達の知り合いって自己紹介をした時に私達を高嶺の花なんてふざけた言い方をしてたけれど
根は本当に真面目な男子なんだと思った。
「会長がこんな目にあってるのなんて、私全然気付けなくて……」
その励ましがあったから、そして蒼ちゃんが居たから。
私達は必要以上に下手な行動を取らなかったんだと思う。
「りーのんは、慕われてるんだねっ!」
蒼ちゃんも同じようで。嫌がらせを受ける度に悲しそうな表情は見せるけれど
奴らの居ないところでそうやって励ましてくれる人達を見て、笑顔をみせていた。
筆箱を隠されたり。そんな小さな嫌がらせは放課後まで続いた。
そして放課後。
「よう、蒼、リーノ。この程度の嫌がらせで俺達の気が済むと思うなよ」
帰り支度を済ませた私と蒼ちゃんの肩を強く掴み、その男子が威圧的な態度でそんな事を口にしていた。
「今度は集団リンチですか?」
その男子の背後には、今朝上靴を汚され、替えの上靴を借りに行く最中に見た男子。
そしてもう一人。全員含めて三人の男子達が集まっていた。
呆れて、怯みもしない私の態度が気に食わなかったのだろう。
主犯と思われる男子は、今にも殴りかかってきそうだった。
だけど、それなら話は簡単だ。直接的な暴力が無かったから、私は相談を出来なかった。
その激情に駆られて一発でも殴ってくれようものなら、それを言い付けることは簡単な事。
だけど、それはコイツらも理解しているみたいで……
「近くの公園まで面貸せ」
ある程度、悪知恵は働くんだなと。そんな事を感じる。
学校内で問題を起こせば、先生の目につくのはコイツらも理解しているみたいで
私達が逃げるとでも思っているのか、校舎を出て、その公園に向かうまで、コイツらはまるで仲良しですなんて振りをして、一緒に歩いてきて気持ちが悪かった。
「りーのん、もしかして皆の狙いって……」
公園に着き。小声で蒼ちゃんが語り切る前に。
「とりあえず、挨拶代わりに一発殴らせろよ!」
その拳が、振るわれた。
けれど、恐怖心はない。
蒼ちゃんの言う通りだと。
朝からずっと、休んでいる筈のその優しい親友の存在は感じていた。
姿は見えなかったけど、その空気があったから、最悪の事は考えなくて済んだ。
「リーノちゃんも蒼ちゃんも殴らせたりなんか、しないから」
姿を現し、その男の腕を握ったのは……
「えっと、凛ちゃんですよね?」
「あかりん、その格好可愛いっ!」
思わず、その姿に疑問が口から出てきてしまった。
声は確かに凛ちゃんだった。
だけど、見た目が全然違う。
髪は長くてツインテールだし、髪の色も違うし……服までも凛ちゃんが普段絶対着ないような可愛いスカート。
「変装して証拠取れなんて言われちゃって……私だって本当はこんな格好したくなかったんだから、言わないでってばっ!」
髪はどうやらウィッグだったみたいで、男の手を掴んだまま、私達の言葉に照れたのか、凛ちゃんはウィッグを鬱陶しそうに外していた。
「り、凛!?」
ようやくその姿で男子達も、その子が凛だと気付いたみたいで。
腕を掴まれてる男子以外の二人がいち早く逃げ出そうとしていた。
「お疲れ様。蒼、リーノ。ごめんね、こんな事しちゃって」
「おっと、逃げんなよ?」
その逃げ道を塞ぐよう、涼子さんと、夏妃さんの姿。
「凛ちゃんの方が疲れてそうなのです」
夏妃さんの謝罪の言葉に、小さく笑って返す。
「見たことない可愛い女の子が居るなんて言われて、ちょっと騒がれたんだから。声を出す訳にも行かないし、授業中は隠れてなきゃいけないしで、本当に疲れたよ……。まぁ、お陰でコイツらにも私だって気付かれなかったみたいだけど」
凛ちゃんは大きくため息を吐いていた。
そう言えば、確かにそんな話を誰かが言っていた気がする。
蒼ちゃんを励ますのと、下手に別れて行動したら蒼ちゃんが何をやらかすかわからなかったのとで、その姿を目には出来なかったけれど。
「さて、どうする凛。お姉さんはその力を今振るうのは暴力だとは思わない。アズマもきっと同意見だろう」
正反対の方向から、ヴャクト姉さんの姿。
「蒼を泣かせたのなら、私も許せないから。喧嘩なんてしたことないけど……」
ヴャクトさんから少し離れて、白さんの姿もあった。
ソイツらを取り囲み、逃さないような形でヴャクト姉さん達は挟んでいた。
「な、なんだよコイツら!」
凜ちゃんの姿だけでも驚いていただろうに、まさか大人数人も現れるのは予想外だったのだろう。
明らかに戸惑う男子達。
「物理的な悪意が二人を襲う時は、アズマ姉さんとの誓いを破ってでも、私は二人を守るって決めてたから」
凛ちゃんは静かに。だけど強い怒りを秘めたような声色で続ける。
「今日一日。お前達がリーノちゃんと蒼ちゃんにした酷い事は全部見てる。証拠もある。ここで謝るなら、二度と二人を傷付けないって約束するなら、私は力づくで止めようなんて考えない」
ヴャクト姉さんが凛ちゃんの言葉に、ひらひらと、嫌がらせをしているシーンを写した写真を見せていた。
「お、大人達。しかも伝説の不良なんて呼ばれる人まで使うなんて……」
「卑怯ですか? どの口が、それを言えるのですか?」
とある取り巻きの言葉に、私は口を挟む。
呆れるくらいに、自分達が一気に不利だと思うとそんな事を言い出そうとするソイツに腹が立つ。
「これは凛の問題だ。あたしはテメェらが逃げないように道を塞ぐだけだ」
「右に同じ。私も、逃げ出そうとする子を止めるだけの役割よ」
涼子さんと、夏妃さんは小さく笑う。
もしも、凛ちゃんに殴りかかるような真似をしても助太刀はするつもりがないと。
ううん、少し違う……するつもりがないんじゃなくて、する必要がないんだ。
二人がそれくらい、凛ちゃんの強さを認めている。
「つまりよ、ここで凛の野郎をぶっ飛ばせば、俺達は普通に帰れるって事だよな?」
虚勢なのか。本気なのか。腕を掴まれていたソイツが、振り払って構えていた。
「あたしの噂知ってんだろ。嘘はつかねぇよ」
呆れたように、涼子さんはその言葉に返していた。
「……私が鍛えてる話、聞いたことないの?」
凛ちゃんはその悪意を向けられても、あくまでも冷静に言葉を紡ぎ、そして軽く構えていた。
蒼ちゃんから聞かされていた。沼地の人形相手に、慣れない武器を使ってる状態でも、守るように人形を倒してくれていたと。
慣れない武器で、それだけの実力のある凛ちゃんなら。
「いつか、こうなるとは思ってたんだ。俺が何もしてないなんて思うなよっ!」
男子が拳を思い切り凛ちゃんの顔面に向けて振るっていた。
「あたしと同類だ。こいつ」
そんな男子の攻撃を見て、涼子さんが再びため息を吐いていた。
喰らえば確かに大怪我なのかも知れない。
そして、多分相手が私だったのなら、その攻撃は避けられなかった。
でも、相手は凛ちゃん。
受け流すようにその拳を避け、相手の腕を軸に、逆上がりをするかのように。
その蹴りは、男子の髪の毛を掠っていた。
私はアズマさんが喧嘩をしている所を目にした事が無いからわからないけど、
それを見た涼子さんが頭を抱えていたから。
その流れるような動きはアズマさんの技術なのだと思った。
いつもと違う動きにくい服でも、そんなのはハンデにならないみたいで。
「今までずっとお前達はリーノちゃんを傷付けてきた。そして今日は蒼ちゃんまでも……」
凛ちゃんは静かに。強い怒りの込めた言葉を続けた。
「もう、二度と私の親友を傷付けないで!」
きっと凛ちゃんがずっと堪えていた感情。
昔の凛ちゃんなら、いくらヴャクト姉さん達が近くに居ようと、きっとそんな事言えなかった。
それは、凛ちゃんがアズマさんと出会ってから変わった事。
凛ちゃんはどんな悪意にも立ち向かう。
男子にからかわれて、泣きそうな顔をしていたあの頃の凛ちゃんは、もう居ない。
「直撃させなかったのは手加減のつもりかよ。ふざけんな……まとめてかかれば、女子相手に負けるかよ!」
少し怯んで主犯の男子が、声を荒らげていた。
その言葉に全員が凛ちゃんに向け攻撃を仕掛けるけど、
凛ちゃんは全てを避け、足払いをして全員を転ばせた。
「水面蹴りなんて、あたしに仕掛けた時は使わなかったよな……」
涼子さんが、その技にそう言う名前があるのだと呟いていた。
「私は未熟だから。手加減なんて出来ない。だから、説得する時の為に、相手が一番怪我をしないような技を覚える必要があって、蹴り技が得意な私に丁度良い技だったから」
まだ凛ちゃんは本気を出していないと。
それは事実な気がした。男子達は、ただ転ばされたり、脅しの一撃しか喰らってない。
「だから、これが最後。謝る気が無いなら、次は直撃させる」
そう言って、立ち上がろうとする一人の男子の顔面擦れ擦れの所に向けて蹴りを放っていた。
その言葉と行為が皮切りだった。
主犯で一番強いであろう男子の攻撃を簡単に避けて、直撃させないギリギリの攻撃。
そして、足払いからの蹴り技。
このまま続ければ、どうなるか。
喧嘩の経験なんて無い私ですら、そんな事は簡単に想像が出来る。
慌てて立ち上がり、再び逃げ出そうとする取り巻き達。
だけど、涼子さん、夏妃さんが逃げ出そうとした二人の襟首を掴んでいた。
「凛は謝れば許すって言ってんだ。謝らないで逃げ出そうなんて、甘い事考えてんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」
伝説扱いされるくらいの不良。
その意味を、その言葉だけで理解する。
自分より弱い者や無抵抗な相手を決して傷付けないし、傷付ける人は許さない。
だからこそ、不良達は涼子さんを慕っているんだと。
やり方は違うけど、それはアズマさんと似ている考え方。
「本来ならば、この写真を持って教師に手渡せば終わる話だ。あとはお前達の誠意次第だろう」
ヴャクト姉さんも、そう言って。
「……ふ、ふざけんなよ! 散々邪魔して、俺達がどんな思いで!」
「負けを認めたくねぇ気持ちも、テメェらがリーノをウザったく思う気持ちも、正直わかるけどよ」
呆れたように、そして昔の自分と男子達を被せるように。
叫ぶ主犯と、その取り巻きに向けて涼子さんは口を紡ぐ。
「認めたくねぇなら、直接言え。負けたくねぇなら、何度でも立ち向かってやれ。それがあたし達の生き方じゃねぇのか?」
「貴方達もよ。友達を置いて逃げるなんて、そんなの本当の友達じゃない」
涼子さんの言葉に、夏妃さんが逃げようとした男子達を見て、そう繋げていた。
涼子さんから言われては何も言い返せないみたいで、それだけで男子達は俯いてしまっていた。
「どうぞ。文句のある方がいるのなら、今言ってみたらどうです? 涼子さん達は今は私の味方をしてくれてますが、基本は中立な筈です」
だから、私がその言葉を男子達に向けてみる。
「直接文句って言ってもな……センコーからリーノを見習えって言われてるくらいで……」
「だから、ウザかっただけだしな」
ボソボソと。男子達が私の言葉に反応し始める。
「ねぇねぇ。それだけ? 本当に、それだけ?」
蒼ちゃんはその男子達の反応に何かを察したように。
少しイタズラに男子達に向けて笑い、そんな事を問い掛けていた。
「そ、それだけだよ! 構って欲しかったとか、そんなのねぇから!」
「って言うかリーノの事好きなのお前だろ! 死ねなんて手紙の中にこっそりラブレター入れてんの知ってんだぞ!」
「バカてめぇ、リーノ目の前に居るのに何言ってんだ!」
主犯の男に向けられて、突然そんな話が飛んできて。
「大体お前こそ、凛の事好きだったから邪魔されてムカついたんだろうが!」
「は、はぁ!? ちげぇし!」
蒼ちゃんの言葉は、男子達を混乱させて。
男子達の言葉に、今度は私達が混乱していた。
「そういうお前は蒼に一目惚れして、仲さえ割けば仲良くなれるとか思ってたんだろ!」
「お前っ、ふざけんな!」
そう言う事かと。今度は仲間割れを始めた男子達を見て深くため息を吐いてしまう。
「リーノちゃんと蒼ちゃんが可愛いのは私も思うけど、え、えぇ!?」
丸聞こえなのを忘れているように。誰が可愛いとか誰のどういう所が好きだとか。
そんな言い合いになる男子達を見て、凛ちゃんが一番顔を赤くしていた。
見たこともない可愛い女の子がいるって騒がれていたって時点で、少しは察して欲しいと頭を抱えてしまう。
「さ、さて……青春の場にお姉さんが居ては悪いだろう。お姉さんはこの辺りで……」
ヴャクト姉さんが少し戸惑ったように逃げようとしたので、私がその腕を掴む。
「元々作戦を立てたのはヴャクト姉さん達です。ちゃんと収拾つくまで逃しません」
私だって、まさかそんな好意を持たれてるなんて思わなかった。
嫌がらせの中にそんな手紙を混ぜていたことすらも。
「ガキ共落ち着け。全部丸聞こえだぞ」
言い合う三人の男子の頭を引っ叩いたのは、涼子さんだった。
「恋愛沙汰から、こんな嫌がらせになるなんて、あたしも予想外だったけどよ……惚れたヤツを悲しませて気を引くなんて、本当にガキのすることだぞ」
ため息と共に。そんな事を言われて、ようやく冷静に戻ったみたいで
男子達が一層深く項垂れてしまっていた。
「蒼、リーノ、凛。ちゃんと振ってあげて」
静かに聞いていた白さんが、声を発していた。
意図しない形で告白を受けて、頭が追いつかない私達の背中をポンと叩いて。
「わ、私はその……えっと、気持ちは嬉しいけど、涼子さんも言う通り、やり方が良くなかったって思う。だから、と、友達としてなら……ご、ごめんなさいっ」
顔を真っ赤にして、凛ちゃんが一人の男子に
「転校して間も無い私だから、もっと私の事を知ってから、その気持ちが本物かどうか、確かめて! あとは、私が好きになるかどうか、だよっ!」
蒼ちゃんは蒼ちゃんらしいその笑みで、そんな事を言って。
「私はちょっと頭痛が痛いのですが……」
二人は二人なりに結論を出していた。
私もその気持ちには応えなきゃいけないと、言葉を紡ごうとした時。
「今のままじゃ振られるのなんてわかってっから……卒業するまで、その返事待ってくれ」
そう、遮られてしまった。
「こんなやり方をした俺達に、ちゃんと応えてくれるお前達だから、俺達はそんな気持ちを隠したかった。だから、こんなやり方しか出来なかった……今度は別のやり方で気を引いてやるから、覚悟しとけ」
そんな強がりの言葉に、涼子さんが上等なヤツじゃねぇか。なんて小さく呟いていた。
そして、男子達三人はそのまま背中を向け、立ち去って行く。
何かを話しながら。でも、その後ろ姿に、もう悪意を感じる事は無かった。
その代わりに、今日の凛ちゃんがめちゃくちゃ可愛いとか
頭痛のするような会話は聞こえてきたけれど。
「アホなのです! 蒼ちゃんはアホなのです! なんで余計な事聞いたんですか! それに、凛ちゃんもなんですか! スカートなのに蹴りとか使ったらダメなのです!」
そんな男子達の姿が見えなくなるまで暫く黙っていて。
見えなくなった頃に、もう聞かれる心配はないと思わず私は叫んでしまう。
涼子さんと夏妃さんが言ったところで終わらせていれば、こんな展開にまで発展しなかった。
いくら凛ちゃんと私の問題が解決したとは言っても
照れ隠しの、八つ当たりの一つくらいしなければ気が済まない。
「りーのんだけだと思ってたから、私にまで飛んできて驚いたのが本音だよぅ」
ある程度は予想してたらしいけれど、まさか自分も含まれてるとは思わなかったのか、そんな事を言う蒼ちゃん。
「み、見られた!? 見られちゃったかな!? ねぇ!」
凛ちゃんは凛ちゃんで私の八つ当たりに益々顔を赤くしていて。
「お姉さんは、リーノはモテる子だと思っていたからな。想像通りだ」
何故か自慢げにそんな事を語るヴャクト姉さんに、珍しく腹が立っていた。
一番最初に逃げようとしたくせに……。
「凛のは思いっ切り見えてた。多分今頃、凛の事好きな子は喜んでると思う」
白さんは、凛ちゃんにとどめをさしていた。
「り、涼子さん……私が蹴り技得意なのくらい、涼子さんなら察してましたよね……」
「やられっぱなしだと悔しいもんだから、少しくらいサービスしてやれって」
ガックリと項垂れる凛ちゃんに向けて、涼子さんはふざけたように笑っていた。
アズマさんに何度も負けた事があるって話は聞いた事があるけれど……
もしかして、変装にスカートを選んだのは軽い嫌がらせのつもりだったんじゃないかなんて思う。
「私はこれからどんな顔して登校すれば良いか頭抱えるよぅ……」
「私もなのです。つい昨日まで嫌がらせしてきた男子がいきなり馴れ馴れしく話しかけてきたら殴る自信あるのです」
蒼ちゃんの言葉に、同感だと頷き項垂れてしまう。
「わ、私なんてスカートの中見られてるんだから! それよりマシじゃない!?」
「それは自業自得なのです」
凛ちゃんの言葉にため息を深く吐き。
「でも、ありがとうです。凛ちゃん、カッコ良かったですよ」
それは、嘘偽りのない言葉。
本当に、凛ちゃんはアズマさんに良く似ている。
ラーナお姉ちゃんもきっといつもこんな気持ちだったのだろうと。
なんとなく、ラーナお姉ちゃんがアズマさんを常に自慢する気持ちがわかるくらいに、今日の凛ちゃんは今まで見てきた中で一番カッコ良かった。
「うむ。お姉さんからもお礼を言わせてくれ。凛、ありがとう」
「えっと、その……わ、私もリーノちゃんや蒼ちゃんからは沢山勇気貰ってるから……そんな大した事じゃ、それにこの提案だって……」
それでも照れ臭そうに言い淀む凛ちゃんに蒼ちゃんが抱きついていた。
「その考え方、アズマさんと同じだよっ!」
それは、一番ラーナお姉ちゃんに近い雰囲気を持つ蒼ちゃんだからこそ、説得力のある言葉。
自分は一番の役立たず。そんな風に自分を責める凛ちゃんの影はもう無いような気がした。
「あー、あたしもいい加減鍛えねぇとやべぇのかもなぁ……凛に負けたら立ち直れねぇ気がする」
涼子さんが、凛ちゃんの姿を見てそんな事を言うのだから、きっと間違いない。
翠憶の世界を求める為に必要なその鍵がまた一つ。
皆が気付かせてくれる。
私が気付けなかったその世界と魔法を。
私一人では、届かない。だけど皆が居るから私も強く願う事が出来る。
そして、その世界を求める事が出来る。




