絆の記憶
その魔法は、絆の魔法
りーのんも、あかりんも今日は用事があるみたいで、野球の練習は中止になっていた。
途端に予定が無くなって、白姉はヴャクトさんとお仕事をしているだろうから邪魔をする訳にも行かなくて。
一人で白姉が帰ってくるまで待つのも退屈だから、なんとなく街を散策することに決めた。
まだこの街に来て日が浅いし、もしかしたらラーナさんの記憶を取り戻すような話も誰かから聞けたりするかも知れないと。そんな期待も込めて。
住宅街を抜けて、沼地の方へ。
「瑠璃さんとか鈴さんなら何か知ってたのかなぁ」
結局、そんな噂話を耳にすることなんてなくて。
りーのんと初めて出会ったその場所で立ち止まって考え込んでしまう。
今更、呪いの解けた沼地に行っても意味は無い気がするけれど。
それくらいしかヒントが見当たらなくて、私は森に足を踏み入れる。
呪いが解けたからなのか、森の中も特に怖くなくて。
「結局、私達が見たマネキンが瑠璃さんだったんだよね……」
そのマネキンがあった場所。そこには、多分皆のうちの誰かが置いたんだろう。綺麗な花束が置かれていた。
マネキンの姿は、見当たらない。
そのまま歩を進めて、沼地に辿り着いて、そこで見知ったリボンの後ろ姿。
「あ、あれ? りーのん?」
「蒼ちゃん。どうしたのです? こんな所に来るなんて」
やっぱり、りーのんだった。
何処か元気なさそうに、私の姿を見てもあまり驚いた様子は見せないで
りーのんは沼地を眺めていた。
「りーのんこそ、用事があるって……」
「もう済みました。ちょっと自己嫌悪で一人になりたかったので、誰も来なさそうな所を選んだのですが、まさか蒼ちゃんが来るとは予想外なのです」
いつものりーのんとは違う、元気のない声でそんな事を言われて。
私もとりあえず、りーのんの隣まで歩んで、沼を眺めてみる。
記憶を食べるお化けの居た沼。
優しい想いの残る沼。
あの時の不気味な雰囲気はもう感じない。
「私達は、いつまで待ち続けるのでしょう」
りーのんが小さく、そんな言葉を呟いていた。
その表情は、初めて出会った時。笑顔の魔法の話を聞いた時よりも
もっと寂しそうな……りーのんらしくない表情。
「皆がラーナお姉ちゃんの記憶の話を知って。アズマさんが思い出して……それでも、もう五年も経っているのです」
ラーナさんの失われた記憶。
やっと動き出したその世界への道。
なんとなく、りーのんの自己嫌悪の理由が見えた気がした。
どんなに大人っぽく振る舞っていても、りーのんだって私と同じ中学生。
私は待つことができなくて白姉を追い掛けるように雨宮を飛び出したから。
その気持ちは理解出来る。
「りーのん、私はりーのんを親友だと思ってるから」
下手な励ましなんて私には出来ない。
だからただ、そう言ってりーのんを優しくだきしめてあげるくらいしか、私には出来ない。
「たまには、泣いてもいいって私は思うよ」
きっと、ラーナさんやヴャクトさんの前では涙を見せないように振る舞っている。
「蒼ちゃん……」
「思いっきり、吐き出しちゃおうよ! ラーナさんやヴャクトさんの不満も、全部っ! ここには私しか居ないんだからっ!」
ずっと、堪え続けるのは凄い事だと思う。私には真似の出来ない事。
だけど、そうやって堪え続けていたら、いつか潰れてしまう。
心がすり減ってしまう。
「……ラーナお姉ちゃんは、自分が一番無力だ。なんて言うんです。失っているクセに、笑顔の魔法なんて使って、私達を巡り合わせてくれた人なのに。自覚がないのです」
りーのんの不満。まずはラーナさんの事だった。
「あの頃のヴャクト姉さんは最悪でした。ラーナお姉ちゃんと顔を合わせてはならないなんて言って。一番大人で一番自分を犠牲にして、その癖たまに悲しそうな表情を見せるのです。放ってなんかおける訳ないじゃないですか」
不満と言う割に、それは皆の良い所ばかり言ってるようで……
「私はヴャクト姉さんに言われなければアズマさんを強く恨んでました。でも、そんな私以上にアズマさんは自分を許していない事を知って……何も言えるわけないじゃないですか」
長所も行き過ぎると短所になるのかな。なんて感じさせられるくらいに
りーのんは皆を良く見ていた。
「今日だって……凛ちゃんはアズマさんそっくりでした。私を守る為なら自分はどんな苦労をしてもいいなんて、そんなの、自分勝手です」
そして最後に紡いだのは、もう一人の親友。あかりんの事だった。
「えっと、今日……?」
「あ、すみません。蒼ちゃんはまだ聞かされてないんですよね。白さんに多分聞かされると思いますけど……凛ちゃんは明日わざと学校を休みます」
りーのんが嫌がらせを受けているという話は聞いたことがある。
そして、あかりんはそんなりーのんを守りたいからアズマさんに鍛えて貰っているとも。
まだ転校して日が浅いからか、あかりんのおかげなのか、りーのんが嫌がらせを受けている現場を見たことは無かったけど……
「今日、二人が用事あるって、そういう事だったんだ」
なんとなく、二人の用事と言うのはその件の説得だったんじゃないかと感じた。
白姉から聞かされる筈と。そう言われたから、なんとなく察する事も出来る。
あかりんをわざと休ませて、りーのんがされている嫌がらせを全部無くそうと皆が考えていると。
「凛ちゃんの事です。どんなに説得しても絶対にそんなの認めないと思って、事務所に行ってみたら、案の定でした」
そして、そんな事も簡単に想像出来る。
アズマさんを心から尊敬しているくらい
凛ちゃんはアズマさんと似ているから。
ラーナさんが気を失っただけで酷く動揺していたアズマさん。
そして、雨宮の大人達を簡単に倒したアズマさん。
その強さに隠された意味は、白姉から聞かされていた。
「私はラーナお姉ちゃんみたいに上手に説得なんて出来ません。凛ちゃんを傷付けてしまうような言い方でしか、後押し出来ませんでした」
そしてこの沼で、ヴャクトさんとラーナさんの関係を思い出したアズマさんを立ち直らせたのは、他でもないりーのんだった事も。
自己嫌悪。
りーのんは最初にそんな事を言っていた。
だから私は思わず、可笑しくなって笑ってしまう。
人を見る目とか、判断力とか。流石ヴャクトさんとラーナさんの妹って感じるくらいの審美眼を持っているのに。
自分の事は全然見えてないその姿はあかりんと同じだったから。
「ねぇ、りーのん。あかりんがりーのんを守りたいって、そこまで強く思う理由、考えた事ある?」
「いつか蒼ちゃんに話しませんでしたっけ?」
あかりんが、男子達に馬鹿にされているのを見かねてりーのんがその男子達を追い払った。
そんな話は聞いているし、それも理由の一つなんだとは思う。
でも、りーのんはその事だけだと思っている。
「違うよ、りーのん」
「えっ……」
私の言葉に、りーのんが目を丸くして。
私のその表情を何処かで見たことがあるかのように驚いていた。
元々、りーのんは生徒会長を任されるくらいにしっかり者。
そんな姿を放っておけないのは当たり前だけど。
あかりんもりーのんのそう言う強さは知ってる筈。
だから、それだけが理由じゃない。
「アズマさんが守りたいのは、ラーナさんが作ったこの世界って言ったんだよね? あかりんも同じ。りーのんが作ってくれた世界を守りたいんだよ?」
「私が、そんな世界を……」
随分と意外そうに。そして、嬉しそうに。
りーのんの瞳が揺れていた。
りーのんは気付いていない。
ラーナさんは、そんなりーのんの持つ世界にきっと気付いている。
だけど、多分。それは友達が気付かせてくれなきゃ
意味が無いって考えたから、りーのんにはわざと言ってない気がした。
りーのんが居なかったら、私とあかりんは多分、今頃こんな風に生活していない。
ラーナさんが居なかったら、アズマさんと白姉がそうならなかったのと同じ。
「一番に絆を大事にしてるのは、りーのんだって、私は知ってるから」
私と白姉を導いてくれたのだって。
記憶を失ったラーナさんとヴャクトさんを繋ぎ止めたのだって。
全部りーのんが居たから。
ラーナさんだけじゃ出来なかった世界。
りーのんが居たから出来た世界。
「蒼ちゃんはアホだと思っていたのに、そんな事……ラーナお姉ちゃんみたいな事、言わないで下さい」
そう言うと、りーのんは私の胸に体を預けて……
「少しだけ、弱音を言わせて下さい。少しだけです」
震える声で、その涙を見せない為にそんな事をしたんだと思って。
本当に、りーのんは弱い所を見せない人なんだって感じる。
「私はずっと待ち続けているのです。ラーナお姉ちゃんと、ヴャクト姉さんと、三人で笑って過ごせる、その世界を」
誰よりも、その気持ちを理解してあげられるのは私のような気がした。
私も白姉ともう一度過ごしたい。そんな気持ちで雨宮を飛び出したから。
「たまに、怖くなるのです。もう二度と思い出さないんじゃないか。そのまま永遠に離れてしまうんじゃないかって」
震えた声のまま、りーのんはその本音を紡いでいた。
「皆が集まってくれて、長い間秘密にしてたラーナお姉ちゃんの事を皆が知ってくれて、頑張っているのを見ると、嬉しい反面で怖いのです。それでもラーナお姉ちゃんの記憶が戻らなかったら、私は壊れてしまう気がして」
初めて出会った時、笑顔の魔法のお話をしてくれた時に感じた白姉と似た儚い笑顔。
あの時は強い人が見せる表情だと思った。
だけど、白姉もりーのんも同じ。
それは必死に隠していたから。悟られないようにするには、そうやって誤魔化すしかなかったんだって。
それは今だからこそ、私も思える。
「りーのん、大丈夫」
ポンポンと、私はりーのんの背中を優しく叩く。
「りーのんなら、出来るって、私もあかりんも信じてるから」
私と白姉を導いてくれたりーのんなら。
何年もラーナさんとヴャクトさんの関係を繋ぎ止めてきたりーのんなら。
何よりも。ラーナさんの妹であるりーのんだから。
そんなの根拠なんて無くても大丈夫だって言える。
「蒼ちゃんは、あの頃のラーナお姉ちゃんと少し似てて……だから、今だけ。少しだけ甘えさせて下さい。誰かに言ったりしたら、ぶん殴ります」
何故か理不尽に顔を埋めたままそう言うりーのん。
理不尽だけれど、りーのんは照れ屋さんだから仕方無いのかな。なんて思う。
何よりも、そうやってりーのんが弱音を見せてくれるくらいに信用されてるのはありがたい事。
そして、そんなりーのんの姿は、白姉を追い掛けてきた私の姿と被って見えて。
だから、私はその言葉を紡ぐ。
「りーのんには、そんな顔似合わないよ」
あの日、私だって怖かった。
追い返されるんじゃないか。
怒られるんじゃないか。
だけど、りーのんがそんなの私らしくないって言ってくれたから。
「蒼ちゃんに、今の私の顔見せてないじゃないですか……」
りーのんは、私の胸に顔を埋めてるから、確かに今のりーのんの表情はわからないけど。
そんな強がりをりーのんは言うけれど。
「りーのんの魔法はね、私に沢山の奇跡をくれたんだよ。小さな奇跡一個だけじゃないんだよ」
りーのんは一つしか奇跡は起こらないって言ったけど。
皆が笑顔なら、奇跡は何度でも起きる。
皆がその世界を願うから、奇跡は何度だって起こせる。
「私の魔法ですか……?」
りーのんが、不思議そうにそんな事を言ってきた。
もう、私の胸から離れて。その表情は少し目は赤いけれど、いつも通りのりーのん。
笑顔の魔法って言い方はわざとしなかった。
りーのんはそれを使えないなんて言うから。
「うん、りーのんだけが使える、りーのんの魔法っ!」
そんなりーのんにとびっきりの笑顔で私は言う。
私のネーミングセンスだから、翠憶の世界なんてラーナさん程上手い言葉は出てこないけど。
「その魔法があったから、きっとアズマさんもヴャクトさんを思い出してくれたんだって。私はそう信じてるっ。その魔法なら、ラーナさんとヴャクトさんを繋ぐ記憶も取り戻せるって私は信じてるからっ!」
そして、その魔法があるから。
私はりーのんの事が大好きだし、りーのんと一緒の世界を生きていきたいって感じてる。
「……もう暗くなります。そんな非科学的な事ばかり言ってないで、帰りますよ」
りーのんが、私の手を握って歩き出していた。
りーのんの照れ隠しなんだって思って、私も一緒に沼地を後にする。
きっと、もう言葉は要らない。
頭の良いりーのんなら、もうわかってる筈。
だから私はあの日みたいに、りーのんに手を引かれて歩く。
「凛ちゃんが乗り越えてくれたら、きっと私も自信が持てます」
小さく、りーのんはそんな事を呟いていた。




