戻らない時間の記憶
前に進む為に。その魔法はあるのかも知れない
練習半分。お喋り半分。
そろそろ暗くなるし、今日はこの辺で切り上げようとアズマちゃんに言われて、私達は解散した。
凛ちゃんはアホだなんてリーノは口癖のように言うけれど
二人から聞かされた凛ちゃんの話はどれも格好良くて。
アズマちゃんを姉さんなんて呼ぶ凛ちゃんの気持ちも良く理解して。
そして、なんとなくアズマちゃんの雰囲気が少し変わったような気がしていた。
上手く言葉には出来ないから伝えなかったけれど。
沼地で私達に聞こえないようにリーノと何か二人で話しているのは気付いていたから
それはリーノのお陰なのかも知れないと、なんとなく感じていた。
「あ、ラーナさん! こんばんわ!」
そんな事を考えながら、帰り道を歩いていたら、一人の女の子に声をかけられた。
桜みたいな色の髪。揺れるツインテール。
一瞬、夕暮れだから蒼ちゃんの髪がそう言う風に見えたのかと思ったけれど
蒼ちゃんよりも女の子らしい服装。
「え、えっと……その、ごめんね? 誰だろう?」
蒼ちゃんやリーノ、凛ちゃんと同じくらいの年齢に見えるけど
リーノの友達にこんな可愛い子が居たら忘れてるはず無いと
少し困ってその子に返事をする。
「や、やりました! 大成功です!」
何故か私の反応に喜んで。その子の背後からクスクスと、笑い声。
「よっしゃ。ラーナが気付かないなら行けるだろ」
「あはは、ごめんね。ちょっと悪ふざけで、凛に変装させてみたの」
「ラーナ様を騙すような真似はよろしくないと私は忠告したのですが……」
笑顔でその子の肩を叩き、何故か喜んでいるのはヤンキーさん。
そして、夏妃ちゃんとクランさんの姿。
「り、凛ちゃんなのぉ!? うわぁ、すっごく可愛いっ!」
ドッキリか何かでもするつもりなのか、その事情はわからないけど
私を実験台として試したみたいで。
そんな事に対する不満よりも、その姿の凛ちゃんがあまりにも可愛くて驚いてしまっていた。
男の子かと間違えるくらいにボーイッシュで格好良い雰囲気の凛ちゃん。
だけど、目の前に居るのは凛ちゃんだと言われても、信じがたいくらいに可愛らしい女の子。
「あ、あまり可愛いって言われると照れますからっ」
そんな私の言葉に凛ちゃんは顔を赤くして、慌てていた。
「だけど流石クランだな。あたしのセンスじゃ凛っぽさがどうしても残っちまったのによ」
「私は仕事柄、見た目を偽る事もありますので……」
クランさんが凛ちゃんの服や髪型を選んだみたいで、ヤンキーさんがクランさんに対して、やけに感心していた。
だけど、そんな言葉にクランさんが返したのは、少し寂しげな感情のある言葉。
クランさんが実は雨宮のメイドさんだったと言う話は私も聞いている。
ずっと、雨宮の世界で白ちゃんと蒼ちゃんを守り続けてくれていた人だと聞いている。
森の中でも凛ちゃんと蒼ちゃんを守り続けてくれて。
そして、鈴ちゃんを沼地にまで導いてくれた人。
そんなクランさんから感じ取れるのは、ヤンキーさんと同じモノ。
自分はここに居てはいけない。そんな感情。
「もう、どうしてそんなにも私達から一線を引こうとするのよ。目的は一緒じゃない」
夏妃ちゃんが、呆れたように言っていた。
夏妃ちゃんはきっとその事に気付いてる。
ううん、皆優しい人達だから、きっと皆気付いてる。
「夏妃様。私は、この場には相応しくありません。お言葉はとても嬉しいのですが……」
とても悲しい笑顔。
白ちゃんも初めて出会った時、こんな表情をしていた。
その表情の意味は、今なら汲み取れる。
それは、一番悲しい行動を取ろうとしてる人がする笑顔なんだって。
白ちゃんはきっと雨宮を追い出された時からずっとソレを覚悟していた。
そして、クランさんもきっと……私達の世界を守る為なら、命を簡単に捨てる覚悟を持っているのだと。
「クランさん、簡単にそんな覚悟したらダメだよ」
全く、今の会話に繋がらないその言葉を私は紡ぐ。
「……ラーナさん?」
凛ちゃんとクランさんは意図が汲み取れないようで、不思議そうな顔をしていたけど
夏妃ちゃんとヤンキーさんは私の言葉の意図がわかったみたいで、優しく微笑んでいた。
「先に帰りましょう。涼子、凛」
そして、わざと私達を二人きりにするよう、夏妃ちゃんが気を使ってくれた。
「クラン、ラーナの言葉。胸に刻みなさい。一番貴女に必要な言葉だから」
一言、そう言い残して。
「ありがとう。夏妃ちゃん」
そんな夏妃ちゃんに向けて私は微笑んで手を振り。
夏妃ちゃんは少し照れたようにそんな私にまたね。と言ってくれた。
「その、ラーナ様……申し訳ありません。私には話が見えないのですが……」
困ったようにクランさんはそう言っていた。
だから、私は言葉を紡ぐ。
「皆、誰にも言えないような悩みを持ってるんだと思う。もしかしたら、私のせいで悩んでる人も居るかも知れない」
雨宮の件も、私に皆はそれを隠していた。
それはとても優しくて、そして悲しい隠し事だった。
皆が悩んでる事なら、私だって力になりたいのが本音。
沼地の時に皆が力を貸してくれたように。
だけど、探偵さんみたいに頭も良くないし
アズマちゃんみたいに力も強くない。
夏妃ちゃんみたいに大きな権力を持っている訳でもない。
集まってくれた九人の中で、きっと私が一番の無力。
それでも、リーノは私が作った世界だと。私の事が羨ましいと言ってくれる。
だから、私に力が無くても。雨宮には九人で挑まなきゃいけないと思った。
翠憶の世界。
私が名付けてあげた、リーノが目指すその世界。
誰一人欠けたって、その世界には辿り着けない。
誰一人欠けたっていい人なんて居ない。
皆が強く願ってくれるから、その想いは必ず届くと信じられる。
「それでも。私は私を嫌いになんてならない。そんな事をしたら傷付く人が居るのを知っているから」
どんなに弱くたって。どんなに無力だと自分が思ったって。
そんな私と仲良くしてくれているアズマちゃんや白ちゃん。
そして、そんな私の笑顔に助けられたと言ってくれた夏妃ちゃん。
私の笑顔が無くなれば、その魔法は解けると言ってくれたリーノ。
「それはね、クランさんも同じなの。クランさんにどんな過去があっても。クランさん達がずっと白ちゃんを守ってくれたから、私達は素敵な出会い方が出来たんだよ……」
過去に戻る事が出来るのなら、誰も悲しまない世界を作るのは簡単。
だけど、時間は止まってなんてくれない。
だから、私達は迷って、苦しんで、考える。
一匹の黒猫が、いつの間にか私の足元に座っていた。
何故か私の話を聞くように。
「……キミも、そう思うんだよね。キミ達は人よりも短い時間を生きてるから」
少し話を逸らして、その猫を撫でて。
黒猫はその翡翠の瞳を静かに私に向けていた。
「それでも、この子は必死に生きてる。過去なんて振り返らないで、一日一日を無駄にしないように、気高く生きてる」
その言葉に、ようやく私の言いたいことがわかったのか、クランさんは少し俯いて。
「そうですね。貴女様の、貴女方の強さは……生きることを諦めない強さ。そして信じる強さ。貴女方を見て、私はそれを強く感じました」
そう言って、クランさんもしゃがんで、その猫に触れていた。
「あなたも、私の手は汚れていないと。私の手を許して下さるのですね」
見るからにプライドの高そうな猫が、その身体に触ることを許す。
そんな行為だけで、クランさんは何処か嬉しそうにそんな事を言って。
その姿を見て、私はクランさんからその悲しくて優しい気持ちが薄れていたのを感じたから。
「クランさん、ううん。クランちゃん! クランちゃんにも、笑顔の魔法っ」
いつも通り。大きな笑顔でその言葉を紡ぐ。
きっと、クランちゃんだって乗り越えられる。
今は雨宮の使いとしての立場だから、あまり表立って動く事は難しいとは思うけれど。
クランちゃんも私達の世界に必要な人。
「そ、その……とても嬉しいのですが、その呼び方は少し私らしくないのでは……」
クランちゃんが笑みを浮かべてくれていた。
何処か探偵さんと似ている、優しくて、少し困ったような微笑み。
「皆様が、私を許し、そして私をこの世界の一員だと仰って下さります。……私も、必ず。この世界を守ると誓います」
そして、そう語るクランちゃんの瞳はアズマちゃんのような強さを感じる瞳だった。
黒猫は、そんなクランちゃんの姿に満足したように、一声。にゃあと鳴いてから、立ち去っていた。
瑠璃ちゃんか鈴ちゃんの生まれ変わりなんじゃないかなんて。
そんな事を感じさせてくれるような不思議な黒猫。
「とてもお美しい猫です」
立ち去る黒猫を見て、クランちゃんがそんな事を呟いていた。
「不思議な黒猫さんだったね」
まるで私達の言葉や気持ちを理解しているような、そんな黒猫の立ち振る舞いに、私もなんとなくそんな言葉を紡いでいた。
「不思議なのは、ラーナ様も同様です」
そんな私の言葉に、クランちゃんは笑って。
「今はまだ雨宮に身を置いておりますが、いつか夏妃様の元で働けるよう。私も尽力致します」
夏妃ちゃんの使いとしてクランちゃんが働く未来。
それは想像するだけで素敵な世界。
「うん、一緒に頑張ろっ!」
クランちゃんが望んでくれるなら、皆が望んでくれるなら
絶対にその未来に辿り着けると私は信じてるから。




