意外な才能の記憶
乗り越えた緋色は、その決意をさらに強くする
今日は凛も涼子も用事があると言われて
そして久しぶりにラーナの仕事が早く落ち着いたから。
白ちゃんとラーナと三人で野球の練習をしていた。
「えへへー。攻撃だと、アズマちゃんとかヤンキーさんとか凛ちゃんにも勝てないだろうから、守備ばかり練習してたのっ!」
ラーナが自慢げに笑顔でそんな事を言っていた。
三人で初めに肩慣らしのキャッチボールをしてる時に、ラーナの投げて来たボールの軌道が何処かおかしくて。
その時点で違和感はあった。
『アズマちゃんも私のボールは打てないと思うよ』
珍しくラーナに挑発をされたから、マウンドに立たせて、白ちゃんをキャッチャーに回して。
……あたしはラーナの挑発通り、見事に三振してしまっていた。
決して球速は速い方では無い。だけど、ボールの軌道が全然読めなかった。
狙い通りの所に来たと思ってバットを振っても、突然ボールが落ちたり、曲がったり。
変化球だとわかれば、なんとかなると思って、バットを振らなければそのまま直球だったり。
ラーナが、あたしの性格を知り尽くしてるのもあるんだろうけど
それ以上に、心理戦に巻き込むのが上手くて。
「意外な才能だよな、これ」
「やっぱり敵に回すと怖いのはラーナ」
そんなラーナに、あたし達は素直に感心していた。
ペースを握られると、何度バットを振ってもラーナの投げるボールに当たる事は無かった。
ヴャクトとラーナが姉妹だと、何故かこんな所で痛感してしまう。
性格の違いはあるけど、他人の心を読む能力が高いのかも知れないなんて、そんな事を感じてしまう。
そして、そんな事を考えると思い出すのは沼地での一件。
……あたしがソレを知ったら、自分を責めてしまう可能性が高いから、ずっと隠していたとリーノに言われた。
やっぱり、リーノもラーナの妹なんだな。なんて感じて。
皆が必死に隠してたと思うと、なんだか申し訳なくなって。
逃げてるなんて言われて。あたしの心の奥に隠してるソレを見透かされた気がした。
ラーナが退院した日、ラーナが許してくれなければ
ラーナが笑顔の魔法を使ってくれなかったら
きっと、あたしはラーナの前から姿を消していたと思う。
そして。そんなリーノから紡がれた、あたしを慕ってくれるリーノの親友の存在。
凛にも、あたしは本当は弱い人間だと話した事があった。
そんなあたしの言葉に、凛はそんな事は無いと強く否定してくれた。
ラーナが許してくれて。リーノが許してくれて。
そして、凛があたしを強く慕ってくれているから。
あたしはその事で、自分を責めるのはやめようと思えた。
自分を責めるくらいなら、ラーナの記憶を取り戻してみせると。
リーノが目指す、その先の世界に行こうと。
未熟だなんて自分では言うけれど、凛の存在は、あたしの中でかなり大きなモノだったんだと気付かされた。
「今度、凛にも見せてあげよう?」
偶然か、それともそんな考えを見抜かれていたのか。
白ちゃんにそんな事を言われてしまう。
「ピッチャーはラーナさんで決まりです! とか言われるだろうなぁ」
白ちゃんの言葉に、そんな風に笑って返す。
打順やら守備の位置やらは凛が決めると言う事になっていた。
多少ソフトボールとはルールは違えど、やっぱり経験者に任せるのが一番良いとの皆の判断。
あたしが四番をやるのと、一番二番は足の速い人と言う理由で、夏妃と蒼が決まっているくらいで
他はまだ決まってないらしく、たまに携帯に相談の連絡が入ったりしていた。
「そう言えば、蒼も運動神経のあるヤツだとは思ってたけど、短距離だけなら凛より速いってのは意外だったな」
「雨宮にいた頃から、すばしっこい子だったから」
あたしのそんな言葉に、白ちゃんがクスリと笑顔を見せていた。
「そっか」
そんな笑顔に、一言だけ返して。
引っかかるのは雨宮の連中が使う武器の事。
クランはある程度事情を察してるらしく、あたしは使いたくないと思うなんて、そんな事を言って手渡してきた。
そして、雨宮の連中に蒼が襲われた時も奴らはソレを武器として使っていた。
過去、ラーナに向けて振り下ろされたモノ。
ラーナの大切な記憶を奪ったモノ。
あんなの、素人が簡単に購入出来るような代物じゃない。
「なぁ、白ちゃん。雨宮の使う武器って、皆同じなのか?」
今は小休止中。ラーナは飲み物を買ってくるなんて言って出掛けているから
聞けるチャンスはここしか無いと思って、白ちゃんに問いかけてみる。
「……ヴャクトを思い出したアズマなら、話しても良いのかも。でも先に、アズマもラーナも間違った事はしてない。だから、責めたりしちゃ、ダメ」
ヴャクトの助手として働くくらいだから、その情報はもう手に入れているみたいで。
そう前置きされて、白ちゃんは何処から話そうかと暫く悩む素振りを見せ、そして口を開いた。
「アズマは鈴を見た時に思い出さなかった? その子はラーナが記憶を失うきっかけの事故が起きた時、アズマとラーナが助けた女の子」
その言葉に、一瞬あたしは言葉を失う。
忘れようにも忘れられない記憶の筈だった。
なのに、どうして今の今まであたしはソレを思い出せなかったのだろうと。
いや、多分あたしにとって大切なのはラーナだったから。
イジメられてる女の子を助けた事なんて数え切れないくらいにあるから
そのせいで忘れていたのかも知れない。
「イジメにしては度を越してたのに、なんで忘れてたんだろうな……あれはイジメなんて生易しい話じゃなかった」
可能な限り細部まで。今ならきっと思い出せると目を閉じ、その日の事を思い出す。
『お願い、邪魔しないで』
傷だらけで、ボロボロで。そう言って土下座までしていたのは、確かに鈴だった。
そして、その姿を見かけたラーナは、あたしよりも早くその子を庇うように抱き締めていた。
『事情はわからないけど、やり過ぎだよ……』
普段イジメの現場を見かけるとあたしが真っ先に飛び出すのに。
その時だけは、ラーナの方が早かった。
そして、その言葉を投げた時、あの時の目は……沼地で見せた時の目。
今思えば、ラーナはあの時なんとなく察していたのかも知れない。
鈴がそこまでして暴力に耐え、どんなに傷だらけになろうと約束を果たそうとしていた事に。
「沼地に昔からかけられてた呪い。鈴と瑠璃を絶対に逢わせない。そんな呪い」
白ちゃんが、そこまで聞いて小さく呟いていた。
そんな呪いと瑠璃の言い伝えを無くすと言う優しい気持ちが重なってしまった結果
記憶を奪うなんて呪いに変化したのだと。
そう説明してくれてから、続けて欲しいと促され、あたしは言葉を繋げる。
「後は、いつも通りだけど……確かにただのいじめっ子では無いって、あたしも思った」
普通、そうやってあたし達が止めに入ると、相手は怒りを露わにして激情のままに暴力をあたし達に向けてくるモノだった。
だけど、その相手は確かに怒りは見せていたけど
『関係のない人間が、俺の事情に踏み込むな』
何故か、とても冷静で。それだけで他の奴らとは違ってある程度喧嘩慣れしてる奴だとは感じていた。
それでも、その頃のあたしは自惚れていたから。
そんな奴に負けるはずが無いって根拠のない自信があった。
『どうせ大した事情でも無いだろ。さっさと失せれば、怪我しなくて済むぞ?』
あたしもラーナを追いかけるように飛び出して、いつも通りの台詞を吐いた。
そして、いつも通り。
あたしはソイツを倒して。
口の割りには弱いから拍子抜けして。
思えば、多分最初からそれが狙いだったんだと。
わざとやられた振りをして、隙を探していたんだと。
今ならそう思える。
『大丈夫か? 二人共』
気を失ってると思い込んで、背中を向けたあたしに向けて、その武器は振り下ろされた。
『アズマちゃん! 危ないっ!』
ラーナの叫び声。目の前がラーナの髪の翠に染まって。
そして直後に、鈍い音。
何が起こったのか、状況を理解するまでに数秒かかって。
倒れているラーナ。その頭から少しずつ血が滲んでいて。
そして、悔しそうに舌打ちをして、身を翻した男。
あたしは、その現実に身体が動かなかった。
救急車を呼んでくれたのは……それこそ鈴だった。
あたしはただ、ラーナの髪が、その綺麗な翠の髪が
血で赤く染まっていくのを見ていることしか出来なかった。
声にならない叫びと共に。
鈴は救急車を呼びに行ったまま戻って来なくて。
あたしはそのまま意識のないラーナを追うように救急車に乗って。
途中、それが起きたのが学校の近くだったから、先生がそれに気付いて、あたしに事情を聞いていた気がするけど
冷静さを失ってパニックになってたから。あたしはどんな説明をしたかよく覚えていない。
ただ、先生の方からリーノやヴャクトには連絡してくれていたんだと。それは後になって知った。
「……アズマ。その男は多分、その時に呪いをかけてる。本当ならアズマにかけるはずだった呪い」
聞き終えた白ちゃんは、自分の事のように悲しそうに呟いていた。
その呪いの内容も、なんとなく察しがつく。
「多分、大切な人の絆を奪う呪い」
白ちゃんが、それを口にしていた。
あたしが本当に殴られていたのなら、多分その男の思惑通り。
あたしはラーナの記憶を失っていたかも知れない。
でも、ラーナにはあたし以上に大切に想う人が居た。
だから、あたしとの記憶は消えなかった。
「自分の邪魔をするアズマやラーナの存在があるのを知ったから。それが戸野の一族の可能性が高いって勘違いしたのかも。だから鈴を殺したら釣れると思った。雨宮の考えそうな事。
それに夏妃とラーナは、少し似てるから、そんな勘違いをしても不思議じゃない」
白ちゃんは、そんな事を言って俯いてしまった。
夏妃の髪とラーナの髪は、少し似た色をしている。
一見大人しそうなのに、間違った事は許せない。その性格も確かに似ている気がする。
勘違いで雨宮の手で殺された鈴。
雨宮のせいで大切な記憶を奪われたラーナ。
「……もう、あたしに気負うなって言ったくせに、白ちゃんが気負ってどうすんだよ」
俯いたままの白ちゃんの頭を軽く叩く。
「誰も悪くない。何も悪くない……だろ?」
リーノに言われた言葉。それはヴャクトがリーノに言い聞かせ続けた言葉。
「アズマ、また一回り強くなった」
何故か、白ちゃんはその言葉に笑って、そんな事を言っていた。
「アズマちゃんは、昔から強いんだよっ!」
いつから居たのかとビックリしてその声に振り返ると
何故か飲み物だけじゃなく、お菓子まで大量に買ってきたラーナが
大きな笑顔であたし達の間に割り込んできた。
「えへへ、最近野球の練習ばかりだから、少し二人とお話したくてコンビニまで行ってきちゃった」
二人だけでお話してるなんてズルいと。
そう繋げたから、会話の内容を聞かれていた訳じゃないと少しホッとして。
「もう、その話は何回も聞いた」
白ちゃんがそんなラーナに深くため息を吐いて、呆れたように言っていた。
「むー、アズマちゃんのカッコいい話は沢山あるんだから!」
呆れている白ちゃんにそんな風に頬をふくらませて、いつもの笑顔。
呪いなんてかけられてるとは信じられないくらいに。
記憶を取り戻したら、この笑顔以上のものが見れるんだと思うと、無性にやる気が出て来てしまう。
きっとリーノの笑顔もそうなんだろうと。
凛があそこまで頑張って鍛える理由も理解出来てしまう。
「じゃあ、凛の強さ自慢でもしてやるか」
「沼地での凛、格好良かったって蒼も言ってた」
あたしと白ちゃんがそう言うと、ラーナは興味津々と言った風に知りたいと言い出して。
……だけど、実は一番話したいのはラーナの強さだと。
でも、それをいくら言ってもラーナはアズマちゃんの方が強いって言って認めないから話さない。
生前の瑠璃とは出会っていた記憶は残ってた。
でも、あの事故の時、あの日ラーナが庇ったのが鈴だとはラーナ自身もきっと覚えていない。
瑠璃と鈴は互いに想い合っていたんだから出会ったのは必然なんて。
ラーナは簡単に言うけれど。
多分、瑠璃と鈴が出逢えたのは、ラーナという存在が二人の間にあったからなんじゃないかなんて。
そんな事を感じる。
あたし達九人が揃ったように。
そして、あたしがヴャクトの事を思い出したように。
その出会いは、ラーナが繋いだ大切な絆。
記憶を奪われて、それでもラーナの世界が守られている現実。
奪われた中でも、ラーナの中に残る大切な記憶。
……あの日の誓いは、自分への罰だった。
だけど、今日の誓いは違う。
クランがアレだけの演技をしてくれたから気付けた。
あたしは、理由なんて無くても昔からラーナの世界を守りたかったんだ。
昔からラーナの強さを踏み躙る奴らを許せなかったんだ。
だから、その想いは強くなる。
雨宮を絶対に許してはいけない。
そして、雨宮の当主に仕えるその男を許してはいけない。
これは懺悔じゃない。罪じゃない。
リーノの言う、今よりも先の世界を目指す為に。
その為に、あたしはまだまだ強くならなくちゃいけない。
瑠璃と鈴のような悲しい想いをラーナとヴャクトに繰り返させない為にも。




