強さの意味の記憶
その手は汚れているのか。否か
クラン、ヴャクト、そして姫さんと共に
あたし達は駅の近くにあるショッピングモールに向かう。
何かを買うと言ったら、あまり大きくないこの街では、ここが一番だろう。
辿り着くなり、一つの服屋に入り
「姫さんってなんでも似合いそうなんだよなぁ」
色々な服を見ながら、そんな事を呟く。
ポニーテールの印象が強いから、それに似合いそうなモノと探していると、一つ。面白いモノが目に入る。
「よっしゃ! 姫さん、これ試着してみてくれ」
「涼子、ふざけてるの?」
その服を見せると、姫さんは頭を抱えてそんな事を言っていた。
正直、姫さんみたいな清楚な雰囲気の服と言うのはあたしのセンスでは思い浮かばない。
だから、あたしが選んだのは今の姫さんの服に似たような、少しヒラヒラとした服。
「まぁ、そう言ってやるな。着てみたら案外似合うかも知れんぞ」
ヴャクトの言葉にため息を吐き、姫さんが試着室に入り、その衣装を身に纏い。
そして顔を真っ赤にして試着室から出て来た。
「やっぱりふざけてるよね!? なんなのよこの露出の高い服は!」
確かに、露出の高い服。だけど、なんだかアイドルに居そうな感じがして
それはそれで似合っていると思う。
「お似合いですが、流石に戸野家ご令嬢の夏妃様には少々露出が過ぎるかと……」
クランも少し呆れたように、姫さんの姿を見て私の方を少し冷めたような目で見てきた。
「っち、そんな事言うならクランはどうなんだよ」
あたしが言うと既にその服だと決めていたように、一着のワンピースを姫さんに手渡していた。
「清楚な御方には、やはりワンピースが一番かと」
受け取り、それを試着した姫さんを見て満足そうにそんな事を言うクラン。
悔しいけど、確かに普通に似合っている。
「ふむ。どうせなら髪を下ろしてみてはどうだ?」
ヴャクトは言いながら、姫さんのリボンを解いていた。
姫さんが髪を下ろした所なんて見たことが無かったが……
「やりますねヴャクト様。とてもお似合いです」
クランが髪を下ろしたその姿を見て、感心していた。
あたしも、髪を下ろしてその服を着た姫さんには思わず目を奪われていた。
「姫さんが一気に若返った……」
元々、言動が大人っぽいだけで年齢はラーナと同じか、一つ上程度だった筈。
どこかまだあどけなさの残る、可愛らしい女の子と言った雰囲気を髪を下ろし、ワンピースを着る姫さんからは感じさせられる。
「ふふん。昔、リーノやラーナの髪型や服を考えていたのはお姉さんだからな」
成程と。そんなヴャクトの言葉で理解する。
確かに今のリーノやラーナも女の子らしい服装をしている。
今でも無意識にあの二人はそう言った服を選んでいるのかも知れない。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、やっぱり髪は結いたいわね……ちょっと違和感が」
鏡を見て、少し照れ臭そうに姫さんが言っていた。
「ふむ。髪を纏めて、更には夏妃の性格に似合う服か」
姫さんの要望に、少し思案しながら、ヴャクトは服を選び、そして手渡していた。
三度。ヴャクトの選んだ服を着て試着室から出て来た姫さんの姿。
「成程。夏妃様らしいです」
そのセンスに、クランが頷いていた。
黒いジャケット。紫のインナー。そして、灰色っぽいジーンズ。
黒がベースになっているから、落ち着いた女性と言う印象。
それは確かに、姫さんらしい服装。
ヒラヒラとした服より、姫さんはこう言う雰囲気の服の方が似合っていた。
「どちらかと言うとヴャクトが着そうな服だけど、確かに似合うな」
その性格に似合わず、スカートなんて履いてるヴャクトに思わずそんな事を言ってしまう。
「元々お姉さんもこういう服が好きなのだが、リーノにラーナに少しでも似た服を着ろと言われているのだよ……」
あたしの言葉に、少しため息を吐いて、そんな事を言うヴャクト。
「リーノ様は、一番にラーナ様の記憶を取り戻すのを諦めるのはヴャクト様だと感じていたのでしょう」
「……全く、リーノには敵わんな」
クランが、ヴャクトの言葉に反応し、その言葉にヴャクトは呆れたように微笑んでいた。
姫さんのアパートでも、確かにヴャクトは、
ラーナは自分の事は忘れたままでも良い
なんて事を抜かしていた気がする。
リーノが繋ぎ止めなければ、リーノが居なければ。
皆にその事を隠し続け、コイツは一人の道を選んでいたのかも知れない。
ヴャクトの対応の柔軟性にも驚かされるが、それよりも。
実は一番凄いのはリーノなんじゃないか。なんて、そんな事を感じさせられる。
アイツが記憶を取り戻させたいと何年も想い続けたから、今があるんじゃないかと。
アイツが諦めなかったから、今があるんじゃないかと。
「んで、結局姫さんは誰の服を選ぶんだ?」
それを口にするのは、ラーナが記憶を取り戻してからの方がいい気がして
今はその言葉を飲み込み、姫さんに問いかける。
「涼子は論外だとして、悩むけれど、ヴャクトの選んだ服かしら」
未だにその服を試着したまま、何度か体を捻って、その動きやすさを確かめるようにして
姫さんは結論を出していた。
論外と言われるのは少しショックを受けるけど、確かに二人のセンスには敵わない。
「清楚なイメージに捕らわれ過ぎてしまいました。私も未熟です」
同じく選ばれなかったクランが珍しく少し残念そうにしてるのが面白かった。
「クランは自分の服を選んだ事も無さそうだからな。経験の差と言うものだ」
ヴャクトはそんな事を言って、自慢げに胸を張っていた。
昔から、リーノやラーナの服を選んできたヴャクトと
昔から雨宮に仕えてきたクラン
確かに、その差が出たのかも知れないとなんとなく感じる。
「悔しいから、あたしは凛の服でも今度選んでやるかな」
凛なら、あたしのセンスに合う気がしてなんとなくそんな事を呟き。
「凛にあんな露出の高い服着させたら、多分リーノ辺りが怒るわよ」
「凛にあんなの着させたら気持ちわりぃだろ……」
姫さんの言葉にそんな風に返していた。
そして、やっぱり凛の事を考えると、どうしても心配になる。
凛は自分の弱さを知っているのがアズマとの大きな違いだと姫さんは語った。
だけど、あたしは昔のアズマを知ってるから言える。
凛は、その弱さを克服する為なら、自分がどれだけ傷付いても構わないと考えていると。
そして、無力さを痛感する度に、その思いが強くなるやつだと。
雨宮の件と沼地の件。
アイツはアイツなりに、かなりの働きを見せている。
沼地では蒼を守る為に、化け物相手にクランが驚く程の動きを見せたとも言っていた。
それでも。雨宮の時はアズマに守られて。
沼地では、クランに守られて。
多分、凛自身は無力だと感じている筈。
それはあたし達がいくらフォローしても無駄な事。
「なぁ、姫さん、ヴャクト、クラン。強さってなんだろうな」
あたしには、この街一番の不良なんて呼ばれるくらいの腕がある。
それでも、目の前にいる三人やアズマよりは腕は劣る。
なんとなく、凛の気持ちは理解出来る。
それでも、あたしは強くなろうと考えた事なんて無いから、凛がどんな事を考えているのか気になって。
そんな事を三人に聞いてみる。
「らしくない質問をするモノだな。涼子ならば、腕が立つ人間を強いと考えそうなモノだが……」
凛の話題を出したばかりだ。ある程度は察しているんだろう。
ヴャクトはそう言ってから、小さく笑い
、そして続けた。
「私達姉妹は早くに両親を失ってな。妹達の為、必死になっていた事もある。元々身体は丈夫な方だったが、身体よりも心がすり減ってしまうものだ。遅くに帰宅すると、リーノを寝かせたラーナによく心配されたモノだよ」
懐かしむように。何処か遠くを見て。
「あの頃から、ラーナは何も変わってない。あの子は自分が弱いと。何も取り柄が無いと良く言っていたが……他人の事を自分の事のように思えるその心に私は何度も励まされた」
ヴャクトの言葉には、姫さんが強く頷いていた。
「そうね。私も、ずっとラーナの影を追いかけてきたから、ヴャクトの言葉はわかるかも。追い付いたなんて思った事は一度も無い。ううん、それどころか……改めて知り合って益々ラーナの凄さを感じちゃった」
「不思議な方だと感じました。私は雨宮の中でも一、二を争う程度には暴力は扱えます。ですが、呪いを解く等、私には真似出来ません」
腕力だけなら、アズマと肩を並べるか、アズマよりも上か。
そんな三人が、それでもラーナには敵わないと。
そして、強さと言う単語だけでラーナを思い浮かべていた。
「リーノも、ラーナと同じさ。初めてリーノを見たとき、夏妃がラーナの面影を感じると言ったが、それは見た目の話ではないだろう?」
ここまでは前置きと言った風に。ヴャクトは姫さんに問いかけていた。
「えぇ。口調も性格も違う子だけど……その雰囲気をわざと隠してるように見えるくらい。優しくて、他人の気持ちが理解出来て。そして、強い子」
沼地の呪い。その呪いを解くためにもリーノは必要だと。ラーナがそんな事を言うくらい。
あたしもヴャクトに初めて声をかけられ、強さを間違えないなんて事を言われて
妙な説得力を感じていた。
根拠は無いのに、性格も全然違う三人なのに、この姉妹の言う事は妙に信用出来る。
「その強さを守る為の強さか……」
なんとなく。それを求めるアズマと凛の気持ちが見えた気がした。
自分には決して手に入れる事のできないその強さに惹かれ、憧れた。
だからこそ、そんな綺麗な強さを踏み躙る暴力の存在を知っているからこそ、別の強さを求めたのがアズマと凛なんだと。
「アズマ様が沼地で仰ってました。皆の世界を守る為の力なら、いくらでも振るうと。刀を持つ私の殺意に怯まず、恐らく本気で私とやり合う覚悟の上で」
「ったく、アイツらしいな」
クランの言葉に思わず呆れてしまう。
その世界にアイツが居なくなったらラーナが一番悲しむだろうに、冷静さを失うとアイツは本当にバカになる。
「しかし、本気で怒らせなくて正解だったなクラン」
そんなあたしとは違う感想を述べるのは、ヴャクトだった。
「仰る通りで。リーノ様が居なければ勘違いをしたアズマ様に、今頃私は大怪我を負わされていたでしょう」
そして、ヴャクトと同じ意見なのか、クランもそんな事を言い出していた。
「な、なぁ……ヴャクトとクランはアズマより強いと思ってんだけど、違うのか?」
だから、思わず口を挟むと、今度は姫さんまでクスクスと笑いだしていた。
「あら、涼子が凛に向けて前に言ったじゃない。守るものがある時に、アズマは強くなるって」
それは、雨宮の時に落ち込む凛に対して投げた言葉。
確かに、それは間違いないとは思うけど……
それにしたって、漫画じゃあるまい、その力には限界があるはずだと、納得行かない様子のあたしを見て、クランが呟いていた。
「貴女方の強さは、その強い想いです。涼子様も例外ではありません。だからこそ、私も……いえ、申し訳ありません」
何故か最後に言い淀むクラン。
そんな姿を見て、姫さんが大きくため息を吐いていた。
「だからこそ、クランも私達を信じてくれている。その力があれば、雨宮に負ける事なんて無いって。そして、その為に自分も力を貸したいと思ってる。でしょう? もう、どうしてそんなに遠慮するのよ」
姫さんの言葉に、小さく。本当に小さな声で
「私の手は、血で汚れております……皆様と同じ場所に立つには、私は汚れすぎております」
その遠慮は、あたしと似ていた。
自分が似つかわしくないと。相応しくないと。
そう思うあたしをこの世界に引っ張ってきたのはラーナと凛の言葉。
あたしは人を殺した事は流石に無い。
だけど、クランなら。
雨宮の使いとして長く生きてきたコイツならもしかしたらそんな事を何度もしてきたのかも知れない。
「んな事言ったら、あたしも相当血で汚れてる筈だけどな」
それでも、今のクランを否定する気にはならなくて。
そして、その言葉はあたしにしか言えない言葉のような気がした。




