追体験の記憶
繰り返さない為、その想いは九人を集めた
どうにも、夏妃が良く相談に現れるようになった気がする。
本当はもっとラーナと沢山話をしたいだろうに。
流石は名家のお嬢様と言った所なのか。
夏妃には、人を纏め、そして導く能力がある気がした。
簡単に言えば、カリスマ性と言うのモノなのか。
だからこそ、その相談役として私は上手く働いているのだろう。
「今度は凛か……」
夏妃の口からその話は受けたが、実際に提案をしたのは涼子だと聞き、随分と意外に感じた。
凛が取る一つの彼女らしくない行動。
そして、その裏に隠されている一つの問題。
その問題は、私も他人事などでは無かった。
だが、所詮は一端の探偵。私が学校に乗り込むなど出来ず
本当にリーノには苦労をかけてしまうと申し訳無く思っていた事。
「リーノや蒼が一時的に泣くような事になっちまうかも知れねぇけど、あたしにはこんな事しか思い浮かばなかったんだ」
その提案を出した涼子が、少し申し訳無さそうにそんな事を言う。
確かに。その世界を守る為に凛はその行動を取っている気がする。
だが、不良として生きてきた彼女の言葉だからこそ。
その作戦通りに敵も動くだろうと想像が出来た。
「いや、意外と良い策かも知れんな」
凛にわざと一度学校を休ませる。
そうすれば、今まで手を出せなかった連中は必ずリーノに手を出してくる。
私達はその証拠を抑え、そしてリーノに悪さをするその連中を全員校舎外に引っ張り出す。
そこで役に立つのが、涼子の悪評。
多少なりとも不良の世界を知っている人間ならば、涼子の名を知らぬ人間は居ない。
抑止力にはなるだろうと。涼子自らがその提案をしたと夏妃は語った。
「蒼も、あの雨宮で生きてきた子だから。そんなに酷い事は起きないと思う」
「はい。白様を追い掛けると決意した日、雨宮のモノ全員を敵に回しても涙一つ零さなかったくらい、蒼様が強い御方なのは、私も存じております」
白とクランの言葉。
そう。蒼が現れるまでは、リーノと凛、二人きりだった。だが、今は蒼がいる。
あの底抜けの明るさは、リーノや凛の助けになっていると、それは私も感じていた。
そして、ラーナと似た鋭さを持つ蒼ならば。
何もしなくても、それはいつか必ず知られてしまう事のような気もした。
「一番怖いのは、蒼がその事を知ったときに何をしでかすかわからない所だから」
沼地の件も、蒼が言い出したと。そんな事を言って白は頭を抱えていた。
本当に。一つの事を決意したら何処までも真っ直ぐに走る少女なのだと。
「雨宮に必要な逸材と。雨宮の方々は蒼様をそう呼びます。蒼様にも、雨宮の血は少なからず受け継がれております」
ふと。クランの言葉に、私を雨宮の差し金だと勘違いした時に見せた白の表情を思い出していた。
それは非力な少女とは思えないくらいに殺意に満ちた表情。
私ですら、多少怯んでしまうくらい、その怒気には底知れぬ迫力があった。
恐らくは、それこそが雨宮の血なのだろう。
「うむ。蒼には白から説明をしてやってくれ。リーノには私から説明しよう」
涼子も夏妃も、ラーナやアズマには知られたくないと語った。
その意味は私でも理解出来る。このやり方は一時的とは言え、リーノや蒼を傷付けてしまう可能性が高い。
そんな真似は、あの二人には認め難い事だろう。
だが、一番早く。そして確実な方法なのも事実。
何よりも、白とクランが蒼ならば大丈夫と語るくらいに。
私もリーノを信用している。あの子は並みの大人よりも高い判断力を持っている。
「アズマがヴャクトを思い出しても立ち直れたのは、凛が居たからだとあたしは思うんだ。だから、あたしは凛にも乗り越えて欲しい。昔のアズマみてぇにはなっちゃいけねぇ。それは繰り返しちゃいけねぇ事だ」
そんな言葉に、随分と涼子も変わったと感じる。
それは夏妃と出会ったからなのか。ラーナと出会ったからなのか。
それとも、凛と出会ったからなのか。
初めて声をかけた時から、悪い人間では無いと確信はしていたが。
ここまで真剣に他人を思う程の人間だとは正直思っていなかった。
そして、繰り返してはならない事。その言葉の重みは、この場の全員が理解している。
……思えば、九人が揃った時から、事情の違いはあれど、過去の追体験をしているような気がする。
アズマが強さを求め、その世界を雨宮から守り通した。
過去、その油断からラーナを傷付けたと後悔していたアズマが。
そして、雨宮を巡る問題の中、一人で無茶をするかも知れないと。そう感じさせたラーナも、全てを理解し、全員が力を合わせると言う答えを出した。
昔のラーナならば、それこそ蒼のように一人で走り、無茶をしていただろう。
瑠璃と鈴の件。
瑠璃が言った、諦めるなと言う言葉は、リーノと言うよりは私に向けられた言葉だと感じていた。
ラーナの記憶が戻らなくても構わない。そんな私に対しての激励の言葉だったと。
そして、凛の件もまた。
過去のラーナとアズマにとても良く似ていた。
これが追体験ならば。そこに私達が居るのは、その最悪を回避させる為。
決して、その悲しい想いを繰り返させない為。
「凛には涼子から説明するのが良さそうね」
クスリと。夏妃が笑みを見せていた。
アズマと凛。その関係もまた、過去の涼子とアズマの関係と似ていると思った。
多分。だからこそ涼子は放っておけないのだと。
「本当に……私のようなモノがこの世界の一員などと名乗っても許されるのでしょうか」
静かに話を聞いていたクランが、私達のやり取りを見て呟いていた。
皆が皆を大切にしてる世界を目の当たりにして、
雨宮の世界とは違うものだと感じて、自分は場違いなのではないかと。
そんな事を考えているように見えた。
「もう、次にそんな事言ったら無理矢理にでも私の付き人にさせるわよ?」
最初に事務所に顔を出して言ったように夏妃は呆れてクランに言っていた。
優しくその手を握り。
「まだ小さい頃。私は雨宮の会合で大人達と握手をした。穢い泥みたいな感触で、とても気持ち悪かったのは今でも覚えてる。でも、こうやってクランの手を握っても、私はそんな事感じない。貴女の手は、誰かを守る為に必死な手。皆と同じ優しくて、強い手」
優しい言葉と、その笑顔。
それはラーナに憧れ、ラーナの影をずっと追いかけて行動してきたと言う夏妃らしく、ラーナに良く似ていた。
「夏妃様……」
「なぁクラン、まだ時間はあんのか?」
感傷に浸っていたクランに向け、涼子が何か閃いたと。イタズラな笑みを浮かべて。
「はい。一応この件を皆様の耳にお入れしたく、大祖母様にもう数日滞在の許可は得ております」
「姫さんに魔の手が迫ってんだわ。お前も力を貸してくれないか?」
その言葉に、私とクランはハッと表情を硬くするが
何故か白は理解したようにクスクスと笑っていて
「魔の手って……一々大袈裟なのよ。涼子は」
当人の夏妃も小さく笑っていた。
「ヴャクト、クラン。行ってあげて。ロリコンから夏妃を助けてあげられるのは、涼子とヴャクトとクランだけだと思うから」
「私の付き人候補として、クランのセンスは確かに見てみたいわね」
白と夏妃の言葉に、よくわからないと言った表情で。
「夏妃様のお力になれるのであれば……」
少し戸惑ったように、クランはその言葉に頷いていた。
「その、お姉さんもあまり事態を把握しては居ないのだが……それに白は行かないのか?」
「行きたいけど……この後アズマとラーナから野球の練習しようって誘われてるから。それに散らばった書類片付けなきゃ」
言われて、古いファイルを取り出す為にその棚をごちゃごちゃにしてしまっていた事を思い出し。
そして、白が居ればクランは気を使うかもしれないと。そこまで考えているのだろうと思い
私は小さく笑い、そうか。と一言だけ白に向けて言った。
「って訳で、姫さん改造計画だ。服屋まで行くぞ。テメェら!」
何故か一番に張り切って、涼子が先陣を切ってそんな事を言っていた。
確かに、可愛らしい服ではあるが、夏妃らしくないその服。
どうやら、それは今の夏妃の付き人が選んだ服らしく。
白のゴスロリ好きなんて言葉に酷く動揺したその付き人の服をいつまでも着たくは無いからと。
その為に、皆のセンスを借りたいと。
服屋に向かう道中に、夏妃が呆れたように説明をしてくれた。
「必ず夏妃様にお似合いする服を選んでみせます」
「一番付き合いがあるのはあたしだぜ? センスまで二人に負ける気はねぇからな」
「成程。お姉さんも中々にファッションセンスはあると自覚している。舐めてもらっては困るな」
涼子のやる気はいつの間にか私達にも伝染していて。
誰のセンスが一番良いか。なんて下らない争いが既に始まっていた。




