番外編 とある見張りの記憶
これも魔法?
雨宮の連中に夏妃様の友人が狙われるかも知れないと。
戸野に仕える者の中でも、腕が立つ者。その様な理由で私は一人の女の護衛に選ばれた。
自分で言うのもなんだが、戸野当主様の護衛を任される程の腕前は持っている。
だから、私は雨宮を追い出された二人のどちらかの護衛を任されるとばかり思っていた。
「ケープ、お前はラーナと言う娘を張ってくれ」
しかし、当主からの言葉は、雨宮白と仲の良いと言うラーナと呼ばれる女性の護衛だった。
私より腕の立つ者がいるのかと、少しショックを受けたが、そんな私に向けて夏妃様が言葉を続けられた。
「そうね。アイツらがラーナの強さを知ったら、きっと真っ先にラーナに何かすると思う」
それ程までに芯の強い女性だと。夏妃様はラーナと言う女性の事を高く評価していた。
言葉の意味は、彼女を見張っていれば理解出来るだろうと。
それに当主様、夏妃様の頼みとあっては断る事など出来ない。
言われるがまま、私はラーナと名乗る女性の見張りに付くことになった。
話を終え、夏妃様を含む九人が各々帰り道を歩き出した時から。
その日の夕方は、妹に言われるがまま、少し高級と呼ばれるレストランで食事を済ませ、そのまま帰路に着いていた。
気楽な姉妹だと。そんな風な印象を受け
「今の所、雨宮の動きは確認できません」
ラーナとリーノ。その姉妹が家に入るのを確認し、夏妃様へと連絡を入れた。
翌日は休日だったようで、白様ともう一人。赤みがかった髪色の女性。
話は聞いていた。アズマと言う、雨宮の使い数人を簡単に倒したと言う女性と
三人で仲睦まじく、遊んでいた。
「ケープ、僕はアズマ様を護衛するどころか、雨宮の使いが現れたとしてもアズマ様の足を引っ張る予感しかしないよ」
アズマに付いていた護衛が、少し私に向けて落ち込んでいた。
「尾行には自信があったのですが、白様に簡単に見破られてしまいました……」
白様に付いた護衛も、力無く項垂れていた。
戸野の護衛ともあろうものが、何と言うザマだと。
少し説教をしてやったモノだ。
しかし、一日半。ラーナの護衛をしていて、一つ不思議に感じていた。
彼女は、どんな時でも笑顔を絶やさない。
そして、いつの間にか、その周囲にいる人間達までも笑顔になっている。
嘲り笑うような笑顔ではない。
彼女の周囲には、いつも温かい空気が流れていた。
最初こそ、ただのお気楽娘だと感じていたが、どうにもお気楽と言う訳では無い。
いつ雨宮の刺客が現れるかわからないと。そう理解している状況下でも、不安がる白様やアズマの表情とは正反対に。
彼女は笑顔を絶やさなかった。
そんな風に買い物や食事を済ませ、白様とアズマと別れた後
ラーナは帰路につく道中で迷子であろう少年を見付け、その子に声をかけていた。
聞くと、交番まで連れて行くと。その様な話をしていた。
もう空が薄暗くなり始めた時間。
完全に暗くなってしまっては、万が一雨宮に襲われた時に見失ってしまう可能性もあると。
考えた私は、通りすがりの人間の振りをして、ラーナへと声をかけた。
「もう時期、暗くなります。この少年は私が責任を持って交番へと届けますから、貴女は先に家に帰って下さい」
突然現れて、私のような図体の大きな男にそんな事を言われたら混乱してしまうだろうと。
そんな事は感じていたが、ラーナの身の安全を守る為にはそれしか方法が無かった。
だから、その時のラーナの表情が予想外で
「心配してくれてるんだねっ! ありがとー! うーん、確かにちょっと私も訳アリだから……ねぇ、おじさん! それなら一緒に交番まで行こうよ」
皆に見せていたあの笑顔で、ラーナは私にそんな提案をしていた。
確かに、一定の距離を離れて見張っているよりかは
隣を歩いてさえいれば、雨宮に先手を打たれることも無い。
私が戸野の使いだと言う事は知らないだろうに……
もしも私が雨宮の使いだったらどうするつもりだったのかと少し呆れてしまう程に。
簡単に私を信じるものだから、思わず聞いてしまった。
「い、いえ、その私が怪しい人間だったら、貴女が危ないかと」
「私ね、人を見る目はある方だから! おじさんは悪い人じゃないよ。それに悪い人なら、そんな注意しないよね?」
笑顔のまま。そんな風に言われ、根負けをして少年を交番に届け。
そして、夜に女性の一人歩きは危険だとラーナを見送る事になった。
「おじさん、ちょっと待ってね」
自販機の前で立ち止まり、彼女は私に一本のお茶を購入し、手渡してくれた。
「えへへ、わざわざ私を家まで届けてくれるなんて言ってくれるから、お礼っ!」
迷子の泣きそうな少年を相手にしても、慌てるどころか、笑顔で励まし続けていた。
そして、その裏表のない笑顔で、今度は私にお茶を手渡してくれる。
「そ、そんなつもりで言った訳では……」
慌ててその好意を断ろうとするが……
「夏妃ちゃんから見張ってくれって頼まれてるんでしょ? だから、そのお礼も含めて、受け取って欲しいな?」
その言葉に、一瞬言葉を失う。見張っていた事がバレたような仕草は一切見せていなかった。
「な、何故そのような……」
「だって、送ってくれるなんて言ってくれるし、それにずっと周囲に気を配ってくれてるから。アズマちゃんみたいだよ、おじさん」
戸惑う私に、そんな言葉を向けられた。
戸野家の護衛として身心を鍛え続け。
護衛としてあるべき行動を心掛け。
やがて、それが認められ、誇り高い戸野一族の当主様の護衛として配置され。
それ以上の喜びなど無いと思っていた。
戸野家に仕える事が私の誇りだった。
「そんなにずっと肩に力入れてたら、疲れちゃうよ」
夏妃様と当主様がこの方が一番雨宮からしたら厄介だと言ったその意味を、
そして、私が守るべきだと言ったその意味を真に理解する。
この方は、本当に周囲を良く見ておられる方だと。
少年の前で言わなかった気遣いと、その心遣いは、夏妃様が高く評価するだけの事はあると。
「心遣い、感謝します。ラーナ様」
私は、深く頭を下げ感謝する。
戸野の方々も皆使いには優しい方々だが、ある程度の一線は引いている。
それに、そもそも護衛として動く時は会話など基本的にはしないようにと。
それは護衛として当然の事だった。
だから、ラーナ様の言葉と好意は、護衛として生きてきた私が初めて経験するモノ。
「さ、様って……私そんなに偉くないよ……」
恥ずかしそうに笑う彼女は、天使のように見えた。
いや、恐らくは。本物の天使なのだろうと。
その後も、張り続けている私の影を見つけてはお疲れ様と声をかけて下さるラーナ様に
戸野の護衛として、一人の男として。
私は彼女を必ず守ると心に誓っていた。
「ラーナ様は夏妃様が仰る通り、天使のような、素敵な女性です!」
『貴方、そんなキャラだった?』
とある定期連絡の際に電話口から、呆れたように夏妃様に言われてしまった。
「夏妃様、ラーナ様が会社で怒られておりました! とても理不尽です。ラーナ様のミスでは無いと言うのに……もしやラーナ様に怒鳴っていたあの上司、雨宮のモノでは……」
『何処の会社でもそんな事あるでしょう。トラブルは起こさないように』
別の日、ラーナ様が理不尽に怒られていたと報告した際も、その様に呆れられてしまった。
「夏妃様、夢にラーナ様が! これは何かの予兆では……」
『馬鹿なの!?』
私の夢にラーナ様が出て来た日も、そのように怒られてしまった。
何か私は変な報告でもしているのだろうか。
何か間違っているのだろうか。
いや、彼女のその天使のような笑顔を守ると決めた私に間違いなどない。
夏妃様がピリピリしておられるのは、他の不甲斐ない護衛達が何かをやらかしているからに違いない。
私は必ずお守りします。
強く、心に誓い。今日も私はラーナ様を見張る。




