沼地の呪いの記憶
いつか少女はそれを呪いと例えた。
それは真なる呪いなのかも知れない
「大祖母様の言う、嫌な予感というのは、貴方の事でしたか」
最初から、クランには違和感があった。
何故、何年も何代も、その姉妹がすれ違い続けてしまったのか。
何故、ただ優しいだけの想いがあのような呪いへと変化してしまったのか。
何故、ただの少女達の想いが、記憶を奪う人形等を作り出せたのか。
仕事を終えたクランは、夏妃に刀を返すと、すぐさま再びその沼地へと足を運んでいた。
その違和感を探る為。
そして、皆が居なくなった沼地に、その姿はあった。
月明かりに照らされた、今はもう優しい空気の流れる沼に。
相応しくない空気を纏う、一人の男。
「まさか、この沼の呪いが解かれる日が来るなんてな」
それは、クランが雨宮当主以上に厄介だと感じた、雨宮当主に仕える男。
「ウェル。このような真似をして、当主に知られても宜しいのですか」
その名は、嫌でも覚えていた。
クランの身の上を知り、それでも一切の怯みを見せず、腕を掴まれた事。
クランが仕える主人も語っていた。
この男は、クランと同等かそれ以上の暴力を扱える者だと。
「俺は別に何もしていないだろう。余計な真似をしたのはお前の方じゃないのか? クラン」
何もしていない。確かに、直接動きは見せてはいないが
よくも白々しくそんな事が言えたものだと。
クランは、ウェルを強く睨む。
「呪術師にでもなったおつもりですか。有り余る力は、身を滅ぼしますよ」
ヴャクトが、そんな呪術があると言っていた事を思い出していた。
クランには、そういった知識は無いが、それでも何者かが、姉妹の妨害をし続けていたのは、なんとなく感じていた。
恐らくはこの男の仕業だと。
そうでなければ、何故今、この男がこの地にいるのか見当がつかない。
「呪術師なんて言葉がお前から出て来るとは意外だな」
「そう言ったモノは信じ難いですが、現実に瑠璃様と鈴様を見ております」
鈴を見かけた時も、クランは普通の少女だと思った。
それに現実に鈴の手を取り、森を抜け沼地へと赴いた事実。
そう言う存在もあるのだと。瑠璃と鈴を見てしまってはクランも認めざるを得ない。
「瑠璃様と鈴様を出逢わせないようにと。何年も何代も呪い続けたのは貴方なのですね」
何故、強く想い合う二人がずっと出会う事が出来なかったのか。
そして、明らかに出来過ぎている引き離された直後の妹の怪我。
それは、雨宮のやり方と似ていると。クランは感じていた。
「人聞きの悪い事を言うな」
ウェルは、ため息を吐き、もう解かれてしまった呪いに意味は無いと。
真実を語る。
「ただの嫉妬に狂った男の話だ。姉妹に惹かれ、姉妹に疎まれ、男は無理矢理妹を引き離した。それでも尚、再び逢おうとする二人に永遠の呪いをかけた」
ウェルの話は、書物には載っていない、嫉妬の記憶の話
姉妹を引き離し、二度と逢えないように足を奪い、それでも諦めない鈴に恨み、狂い。
永遠に出会えない一つの呪いをかけたと言う男の話。
「何故、ウェルがその様な事を存じておられるのですか」
「その嫉妬に狂った男の末裔が、俺だ。嫉妬に狂った男は、呪いの力を強くしようと代々語り継いだ」
そして、男の子孫は呪い師として、裏で暗躍を始め出したと。
「雨宮当主が、貴方を身近に置くわけです」
ウェルの話を聞き、クランは呆れたように口にする。
類は友を呼ぶとは良く言ったものだと。
「この程度の呪い、解かれた所で俺には関係のない事だったが……だが、先代の気持ちは理解した。あんな気持ちの悪い世界は反吐が出る」
ウェルの言葉に、殺意を感じた。
気持ちの悪い世界。それは、ラーナ達を見て言っている言葉だと。
『優しいお嬢ちゃんの手助けをしておくれ』
主人に言われた言葉を思い出し。
「そのお言葉、私への宣戦布告と捉えます」
この男を野放しにしては危険だと。クランはその棒を懐から抜く。
ウェルが少しでも妙な行動を取るなら、先手を打つと。その脅しも込めて。
「野球ごっこで勝てば良いだけの話だ。ここでやり合うつもりはない」
あくまでも冷静に、ウェルはそんなクランの殺意にも動じない。
「しかし、あのラーナとか言う女、何処までも忌々しい。あの女さえ居なければ……」
続けて呟くウェル。それは呪いが解かれたからだけでは無い
別の思いも感じ取れるような口振り。
「貴方とは正反対の御人です。ラーナ様が居る限り、貴方の呪いは、全て解かれてしまうでしょう」
嫉妬や、憎しみとは正反対の感情で動く彼女。
そして、彼女を取り巻く世界。
それは雨宮の世界とは正反対のモノだった。
「……全てか。それはどうだろうな」
何処か含みのある言葉で、ウェルはこれ以上話す事はないと。その身を翻した。
「あの女は、いずれ瑠璃や鈴と同じ道を歩む。必ずその道を歩ませてやる」
一言。そう言い残して。そのままウェルは姿を消す。
クランと同格かそれ以上と言われるだけあって、一瞬のうちに。
「記憶を奪う呪い、ヴャクト様とラーナ様の失われた記憶……」
残されたクランは、小さく呟く。
アズマが語った話。一つの事故の話。そのせいでラーナは、一人の家族の記憶を失ったと。
雨宮当主がウェルには以前に失態があると。そのような事も言っていた。
「ウェルが関係してるとなりますと、私も他人事では、無いようですね」
もしも、その仮説が正しいのなら。
その責任は雨宮にあると。
クランはそんな事を感じていた。
そして何より。白や蒼に本当の笑顔を取り戻させてくれた心優しい彼女を。
主人からの命令もあるが、それ以上に。
クランもまた、ラーナに惹かれていた。




