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翠憶を求めて  作者: ラーナ
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縁を結ぶ沼の記憶

その世界は、きっともうすぐ

瑠璃さんと鈴さんの話。

記憶を食べる幽霊の話。

そして、ラーナお姉ちゃんがやけに真剣だった理由。


朧気に見えていた断片が、その二冊の本には記されていた。


遠い過去。再び会おうと決意して離れ離れになった姉妹。


事故で足が動かなくなってしまった。

姉は今も待ち続けているのだろうと。

いつかまた巡り合うため、娘も自分と同じ名にして、言葉を伝えた。

毎年、その季節に必ずそこへ向かうように。


こちらは恐らく妹の言い伝え。


何か理由がある筈。忘れられてても構わない。

それでも妹を裏切りたくはない。

悲しい事に、もう長くは生きられない。

それならば、娘に想いを託そう。自分の名を与えれば、必ず妹は気付いてくれる。


こちらは恐らく姉の言い伝え。


似たような文面で綴られる同じ想い。


そして最後の文面は


『いつか、必ず逢いに行こう。娘達の足となって』


二冊共に、そう締め括られていた。


呆れる程に長い時間、そのすれ違いは続いていたみたいで。


「ラーナお姉ちゃんは、瑠璃さんが生きていた頃に出会った事があったのですね」


「うん。強い想いは呪いに変わるから、化け物の噂を流してたって。そんな話を聞かされて。だから、誰にも言えなかったの……こんな事になるなんて思ってなかったけど」


瑠璃さんが最期に願ったのは、この言い伝えを消す事。

それは子孫を残せなかった瑠璃さんに出来る唯一の事だったのだと。

なんとなくその気持ちは理解出来て。


一方で鈴さんは死して尚、その言い伝えを守り続けて。

いつか必ず会えると信じ続けていた。


どちらが正しかったのか。その答えは、私にはわからないけれど。


ラーナお姉ちゃんはお互い想い合っているのを知っていたから

瑠璃さんのやり方は許せなかったんだと。


だから、怖いものが人一倍苦手なくせに、そんなの意に介さずにヴャクト姉さんとアズマさんを連れてこんな所まで来たのだと。


それだけは理解出来た。


そして、同じような状況にラーナお姉ちゃんが置かれている事は、きっと自覚していない。


自覚なんてしていなくても、こういう時真っ先に行動するのがラーナお姉ちゃんの性格なのは、私もよく知っている。


「リーノ、ちょっといいか……?」


だから、まさかこっちの人がそれを言い出すのは予想外で。


私はアズマさんに手を引かれ、一度その輪から外れる。


クランさんとヴャクト姉さんとラーナお姉ちゃんは、未だ書物を見て、何か会話をしている中

少し離れた場所でアズマさんがその言葉を口にした。


「一番正直に言ってくれそうだから聞くけど、ラーナって姉ちゃんいたよな? いや、多分……ヴャクトがラーナの姉ちゃんだよな……」


私は一瞬、言葉に詰まってしまう。


アズマさんが自分を酷く責めている事は私も知っている。

だからこそ、ヴャクト姉さんはアズマさんにも内緒にしていた。


「あたし、思い出したんだ。あの日、病院でヴャクトと出会ってた事。それに瑠璃と鈴が最期に残した言葉の意味」


私が何も言えずにいると、アズマさんは続けて。


「失っても、想い続けるモノ。諦めないでほしいって。ラーナは、あの事故で……あたしのせいで、その記憶をっ……リーノやヴャクトにまで、あたしはっ……」


「まるで、アズマさんは瑠璃さんです」


強く拳を握って、もう言葉を紡げないアズマさんを見て、私は小さくため息を吐いた。


アズマさんのその姿で、正しかったのは鈴さんの方だと思って。


「すれ違いの中で、そうやって後悔して、それが呪いになるんですね。なんとなく理解しました」


ずっと自分を責め続けて、そして最後には全てを無かった事にしようとした瑠璃さん。

その行為は、アズマさんならやりかねないと。

そんな風に感じさせられた。


「私やヴャクト姉さんを思って、罪悪感を覚えるのはありがたいですけど……そうやって自分のせいにして、逃げないで下さい」


「逃げる……?」


アズマさんが、その言葉に反応していた。

そう、この人は逃げ続けている。あの日から、ずっと逃げている。

だから私は……ヴャクト姉さんに言われなきゃ、アズマさんを恨んでいた。


「戦うふりをして、怖いものから目を背けています。こんな弱い人に憧れるなんて、凛ちゃんも馬鹿です」


自分だけを責めて、自分だけを呪って。

自分の事になると周りの気持ちを汲み取れない人。


それは本当に瑠璃さんと似ている気がした。


「どうして、私やヴャクト姉さん。いえ、皆がそれを黙っていたのか、その足りない頭で少しは考えて下さいなのです」


ヴャクト姉さんなら、きっと上手く誤魔化していたかも知れない。


けれど、翠憶の世界を目指すと決意した私には、もう我慢出来なかった。


その世界にはアズマさんだって必要なのに。

一番にラーナお姉ちゃんを大切に想ってくれているのに。

その強さは、ラーナお姉ちゃんや凛ちゃんの憧れなのに。

白さんを連れて来たのはアズマさんなのに。

凛ちゃんと蒼ちゃんを守ってくれたのはアズマさんなのに。

アズマさんが居なければ、今の世界は存在しないのに。


この人は、真実を知ったら全て自分のせいにして逃げ出してしまう。


「しっかりして下さい。樋木アズマ。貴女の目指す世界は、此処で終わりなのですか」


「あたしの、目指す世界……」


少しだけ、アズマさんから自分を責める空気が消えた気がした。


「誰も悪くない。何も悪くない。……ヴャクト姉さんは、今の世界を守る為に、その身を引きました。ラーナお姉ちゃんとアズマさんが作った綺麗な友情の世界です。そして、

私は……いえ、私達はその先を目指しています。だからこそ、蒼ちゃんも凛ちゃんも記憶を食べるお化けなんて話に釣られてこんな所にまで来てるのです」


ラーナお姉ちゃんは、記憶は失っているけどしっかりと前を向いている。

ヴャクト姉さんは、一番ツラいはずなのに、そんな素振りは殆ど見せず、常にその世界を守ろうと動いてくれる。

白さんも、世界に色を与えてくれた二人だと。そして、その色を守る為に運動が苦手なくせに、人一倍練習をしている。

蒼ちゃんも、アズマさんはカッコいい人だと一番危険な目に遭ったのに、そんな事を笑顔で話している。

凛ちゃんだって、アズマさんと出会ってから、多少自信がついたみたいで、前よりも言いたい事を言えるようになった。


夏妃さんも涼子さんも。二人共その話を知っていて、それでも力になれる事があるならと動いてくれている。


皆が皆、前を向いている。

そして、そんな皆が居るからこそ、私もこれ以上の世界を求められる。


「アズマ様が守ってくださったから、今の平穏がございます。蒼様も白様もあのように笑う姿を私は初めて見ました。それは、ラーナ様だけの力では無いと、私も感じております」


いつの間にか、クランさんが私達の隣に来ていた。

ハッとして、ラーナお姉ちゃん達の方を見るけれど、ラーナお姉ちゃんとヴャクト姉さんは、まだ何かを話しているようで、こちらには気付いていない。


「私は、雨宮の使いです。今なら刀も持っています。もしもリーノ様の言うように弱い方々なら、残念ですが、雨宮には勝てません。今、此処で斬ったほうが良さそうですね。蒼様と白様の件はお気になさらず。私達と戸野家が守ります」


カチリと。クランさんが刀を抜こうとすると、アズマさんは反射的なのか、その手を抑えていた。


そして、それがクランさんの狙いなのだと、私も理解する。


「斬られた方がマシかも知れませんよ。雨宮に捕まったら痛い殺され方しそうですし」


だから、クランさんのその言葉に乗ると……


「ふざけんな……あたしは確かによく自分を責める。確かにラーナよりもリーノよりもヴャクトよりも弱い。だけど、だからこそ、あたしは別の強さを求めたんだ。雨宮に勝てない? ここで死んだ方がマシ? 馬鹿な事言うなよ」


多少怒気は含まれているけれど、それはきっとアズマさんの本音。


「あたしだって、力になりたいんだ。ラーナだけじゃない。この世界を作ってくれて、守り続けてくれている皆の力に! その世界を守る為の力なら、いくらでも振るってやる!」


ラーナお姉ちゃんに聞こえてしまうんじゃないかと心配になるくらい、ハッキリと。

その言葉を口にしてくれた。


「……出過ぎた真似をしてしまいました。申し訳ございません」


アズマさんの言葉に、刀から手を離し、クランさんは小さく笑い、頭を下げた。


「え、演技だったのかっ!?」


「流石脳筋です。見事に引っかかってくれたのです」


「やはり、お強い御方です。」


アズマさんはそんなクランさんと私を見て、思い切り項垂れた後に、頭を大きく振って。


「はぁ……凛がリーノを守りたいって思う理由が理解出来たよ。やり方は違うけど、そう言う風に励ますのはラーナそっくりだ。そうだよな……一番近くにいるあたしがしっかりしないとな」


軽く私の頭を撫でて、その笑顔は、いつものアズマさんの笑顔。

もう、自分を責めるような事も無いみたいだった。


「でも、雨宮の使いってのは本当だろ? 夏妃に信用されてるなら、別に気にしないけどさ」


「私はなんとなく察してましたよ?」


私が呆れたように言うと、アズマさんはやっぱり脳筋なのかな。なんて、またも項垂れてしまっていた。


「申し訳ございません。隠すつもりは無かったのですが、夏妃様の使いと名乗った方が誤解を招きにくいと……」


「夏妃さんに多分そう言われたのです」


「流石はリーノ様。仰る通りでございます」 


でなければ、こんなにも真面目そうな人が嘘をつくとは思えなかっただけなのだけれど、何故か妙に感心されてしまう。


「前々からヴャクトとラーナを足して割ったようなヤツだとは思ってたけど、全部同じ血筋なら納得だよ……」


「ヴャクト姉さん成分は強いと思いますが、ラーナお姉ちゃん成分は要らないのです」


アズマさんの言葉にそんな強がりを言ってみせるけれど。


少しでもラーナお姉ちゃんに似ていると言われるのは、悪い気がしなくて。


それは、私もラーナお姉ちゃんと同じ世界を作れると、そう思わせてくれるから。


「でも、謝る必要はあるからなぁ……そのうちヴャクト誘って飯でも行くか」


「まぁ、アズマさんがその事を知ったと言うのは、一つの進展ですから」


謝る必要は無いと思うし、謝った所でヴャクト姉さんは逆に混乱しちゃいそうだけれど。


その辺は自分なりのケジメなのだろうと、ツッコまないようにする。


そんな会話をしながら、私達も輪の中へと戻ると……


「しかし、どういう噂にしたものか……仲睦まじい姉妹の話と言った所か?」


「うーん、多分それだとあまりインパクトが無い気がするんだよね……」


ヴャクト姉さんとラーナお姉ちゃんは何故かそんな会話をしていて


「この沼地を、昔のような池に戻す為に何かいい策は無いかと話し合いをしている所です」


クランさんがいつの間にか、またその輪の中にいて、そんな説明を私達にしてくれた。


やっぱり、忍者なんじゃないかと疑ってしまうくらい、耳も動きも早い。


要するに、ある程度観光名所になれば、人も集まるし、汚される事も無くなると。そういう話みたいで。


「へ? 縁結びでいいんじゃないか? 瑠璃と鈴が長い時間想い合って、それが叶った場所なんだし」


一番の脳筋が、意図も簡単に何も考えずにそんな提案をしていた。


「縁結びの沼、じゃなくて池! アズマちゃん! それだよっ!」


ラーナお姉ちゃんがその提案に乗っかって。


縁結びなのは間違いないのだけれど。


もう一つ。失った記憶を取り戻させてくれる場所だと。

私はその話に尾ヒレをつけようと思っていた。


……アズマさんがその事を思い出してくれたから。


ラーナお姉ちゃん以外が、全員。ヴャクト姉さんとラーナお姉ちゃんが姉妹だと知った。


そして、全員がそんなラーナお姉ちゃんの記憶を取り戻そうと願ってくれている。


誰も責めない、ラーナお姉ちゃんが本当に笑えるその世界への確かな手応え。


瑠璃さんと鈴さんに感謝をして。

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