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翠憶を求めて  作者: ラーナ
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沼地の幽霊の記憶

それは、ただの強い想いが作ったモノ

あの頃は、まだ優しい空気が流れていた。

まだ、温かい想いが流れていた。


でも、今の沼地からは、悲しい空気と想いしか感じ取れない。


お姉さんの言いつけを守って、言い伝えを広めずに。

ただ、いつもこの季節になると出会えてると良いな。

なんて、そんな風に思っていた。


探偵さんの話を聞いて、お姉さんが繋いできた想いが呪いに変わってしまった事を知って。


もしも呪いに変わったら、私がその呪いを解くって約束したから。


アズマちゃんが人形を倒して道を開き、

その道を私とリーノが駆け抜けて

探偵さんは後ろから追いかけて来る人形達を足止めして。


そして。私達は沼にまで辿り着いていた。


森を抜けて沼まで来ると、人形達はそれ以上追いかけては来なかった。


悲しい想いだけが残る沼。


もう、あの頃に咲いていた花も、見ることは出来ない。


「来たよ、お姉さん。悲しい呪い、絶対に解くから」


長くは待つことが出来ないと言っていた。

その意味はあの頃から理解していた。


だから、そんな噂を流していたんだって理解していた。

結局、出会えないまま、お姉さんも居なくなってしまったのだと。


そして、その言い伝えを全部無くす為に、きっとお姉さんはこの世に存在しなくなっても、記憶を奪うなんて事をしているのだと。


「ラーナお姉ちゃん?」


リーノが、不思議そうな表情を浮かべている。

アズマちゃんと探偵さんは油断なく、何処から何が現れるのかわからないといった風に周囲を警戒している。


「お姉さん、きっとここに居るんだよね。今でも、待ち続けているんだよね……」


届くはず。その想いが残っているのなら。きっと、見えなくても言葉は届くはずだと。


私は言葉を紡ぎ続ける。


「言い伝えをハッキリ知っているのは、きっと私だけ。ちゃんと約束守ったよ。だから、お姉さんも……諦めないで」


あの時は確か、もっと沼地に近かった。


「ラーナ、あまり近付くと危ないんじゃないか?」


アズマちゃんの心配してくれる言葉。


「優しい記憶が少しでも残ってたら、危ない事なんて、無い筈だから」


私はそう返して、更に歩みを進める。


「お姉さん、もうやめよう? こんな悲しい呪い、私は見たくないよ」


リーノと共に。あの時みたいに沼地を眺める。


もう、泳いでる鯉も見当たらない。


「来ちゃったんだね。本当に来ると思わなかった」


懐かしい声。


木の影から、一体の人形が姿を見せて、その言葉を発していた。


「しゃ、しゃべ……ゆ、夢です。夢なのです」


リーノは戸惑って、アズマちゃんと探偵さんが棒を構えるけれど、私がそれを制して。


「あの時は自己紹介出来なかったよね。それにもう、今では私の方がお姉さんになっちゃった」


人形に近付いて。本当に、自分をその形にしてまでも待ち続けているその人の想いに、悲しくなってしまう。


「私はラーナ。この子はリーノ。前に話した、私の妹だよ」


紹介をして人形に、手を差し伸べる。


「ごめんね。もう、名前も思い出せないくらい、私も呪われちゃってるんだ。私には触らない方がいいよ」


人形になっても、尚その優しさはあの頃のままで。


「どうして、気付いてあげられなかったんだろうね……その子は、ここに居たんだよ?」


夏妃ちゃんの一族が保護した女の子の話を聞いて、すぐにその子がお姉さんが待ち続けていた人だと理解していた。


「気付いてたよ。気付いてたからこそ、記憶を奪ったんだ。だって、もう私は居ないんだから、これ以上……すれ違い続けたら、もっと悲しい呪いになるだけだから」


人形だから、表情はわからないけど、泣いているような気がした。


だから私は、人形だろうと。その想いが変わっていない、その子を優しく抱きしめる。


「ラーナお姉ちゃん!」


リーノが声を上げて。


「お、おいっ!」


アズマちゃんが慌てて引き離そうと駆け寄ろうとして


「いや、大丈夫だ」


そんなアズマちゃんを、探偵さんが止めていた。


そう。大丈夫。


「どんなに失っても、消えないんだよ。大切な想いは」


私の記憶は、お姉さんに触れても、消える事はなかった。


「そんな、だって自分でも制御出来ないのに……」


少し驚いたように、お姉さんは語る。


「制御出来ないくらい、大切なんだよね」


だから、イタズラ半分でやってくる人達をずっと脅してきた。

その想いは、あの時からずっと変わっていない。


想いが呪いに変わったって、姿が人形に変わったって、まだ優しい記憶が残っているお姉さんなら、話は通じる。


「でもね、相手もそのくらいお姉さんを想ってるんだよ?」


私は、お姉さんから離れて。

その気配の方向、森の方へと目を向ける。

お姉さんも追いかけるように、私の視線の先を見つめていた。


「申し訳ありません。人形達に少々足止めを食らって、遅れてしまいました」


言いながら姿を見せたのはクランさん。そして、クランさんの隣には、一人の女の子。


探偵さんから、白ちゃんを通じてその子を見つけたと言う情報は入ってきていた。

そしてクランさんがその子を助けて、沼地に向かい、来ている事も。


「そんな筈、だって記憶は……」


お姉さんが信じられないと言うように語るけれど


「言葉すら忘れてしまう程に、幾度と無く、あの人形達に触られ、記憶は奪われたでしょう。ですが、そんな風になってまでも、彼女はずっとこの沼地を目指して歩き続けてました」


クランさんの言葉に、お姉さんは何も言えなくなってしまっていた。


女の子は、そんなお姉さんの姿を見ると、抱き着いて。


「いつか、きっと。必ず……どんなに時が流れても、また此処で会おうって。約束」


女の子が、そんな風に言葉を発したから。

私達が、あれっ? と言う視線をクランさんに向けると


「ただ、無口なだけだったようですね。失態をお見せして申し訳ございません」


クランさんが、少し頭を抱えて呟いていた。

なんだか、らしくないその姿に少し私達も笑ってしまう。


「遅くなって、ごめんなさい。古い約束の記憶……やっと思い出した。貴女は、私のお姉ちゃん。もう、忘れたりしない。もう、離さない」


女の子が、お姉さんに抱きついたまま、そんな言葉を紡いでいた。


「こんな姿で……言い伝えを消そうとした私なのに、お姉ちゃんって呼んでくれるの?」


お姉さんのその言葉に、私は小さく口を挟む。


「姿も理由も、関係無いよ。大切なお姉ちゃんなら、どんな見た目だって、どんな理由があったって、そう呼ぶのは当たり前だから」


「ですね。ラーナお姉ちゃんが男になろうと、木になろうと、私はお姉ちゃんって呼ぶと思います」


「そうだな。違いない」


リーノと探偵さんが小さく笑って、私の言葉に続いていた。


「悔しいなぁ……どうして自分の名前、忘れちゃったんだろうなぁ」


「……瑠璃。名前が変わってないなら、それがお姉ちゃんの名前だよ」


呟くお姉さんに向けて、女の子がその名前を口にしていた。


瞬間。お姉さんの姿が、古ぼけた人形から、あの頃のお姉さんの姿に変わって。


「瑠璃……そう。私は瑠璃だった。ずっと、ずっと名前を変えないで……それじゃあ、貴女は鈴?」


もう、人形じゃないから、その表情は読み取れる。


お姉さんの瞳から、涙が零れていた。

それは悲しい涙じゃない、優しい涙。


「そうだよ。私は鈴。お姉ちゃんらしいね。自分の名前は忘れてる癖に、妹の名前はずっと覚えてくれてたんだね」


二つの笑顔の花。


いつまでも続いて欲しかったけれど、お姉さんの身体が崩れ始めて……


「せっかく会えたのに、でも、やっと会えたから……後悔が無くなったから、呪いも終わるみたい」


長い想いが叶ったのに、お姉さんに残されてる時間は少ないみたいで。


でも、元々存在しなかった筈の人。仕方ない事だとはわかってるけれど

それは見ていてツラいモノで……


「大丈夫だよ。お姉ちゃん。私も……本当は存在しない人間なの」


鈴ちゃんの、その言葉に私達は言葉を失う。


「この街には、優しい人が居るって聞いたから。だから私も最期に賭けてみたんだ。この魂が消える前に。騙したりして、ごめんなさい。ラーナ、皆」


瑠璃ちゃんと同じように少しずつ崩れて行く鈴ちゃん。


本当に、この二人は……何年も何代も続く、悲しいすれ違いに終止符を打つために必死になっていたのだと。


それは、とても優しくて、温かくて……でも少しだけ悲しかった。


「構わないさ。ラーナがずっと願っていた事なのだろう? ならば、怒る人間など居ない」


鈴ちゃんの言葉に、探偵さんが笑みを見せていた。


「ラーナ、ダメだ。あたし、こういうの弱いんだ……」


アズマちゃんは、私にしがみついて泣いていて……


「鈴さん、瑠璃さん。ちょっと信じられない事だらけで、今でも夢じゃないかと疑っている所はあるのですけど……それでも、良かったです」


リーノは笑顔で。


「本当に、私とは違って諦めない妹なのね。貴女は」


瑠璃ちゃんが、そんな風に笑っていたから。


「瑠璃ちゃんも、諦めてなかったの私は知ってるよ? この足が動く限り待ち続けるって、そう言ってくれたの覚えてるよ」


それが呪いに変わってしまっても。それでも瑠璃ちゃんは待ち続けていた。

だから、この出会いは必然。


「でも私は、私が消えたら、この言い伝えを無くそうって思ってた」


きっと、そんな瑠璃ちゃんの想いを消さない為に、私はあの日、瑠璃ちゃんに出会っていたのだと。


それは、この日の為に。


「その時は、私が呪いを解くって、そう約束した筈」


私の言葉に、瑠璃ちゃんがあの時みたいな笑顔をみせていた。


「本当に、キミは優しいままなんだね」


それは、あの時の言葉。


「……どうか、リーノもヴャクトも諦めないで。二人なら……この呪いを解ける人達なら、きっと私達みたいにはならないから」


紡がれる瑠璃ちゃんのその言葉だけはわからなかったけれど、それはあの時に聞いた鈴の音色。


「失っても、消えない大切な想い。ラーナにもあるから、どうか……忘れないで」


鈴ちゃんの言葉。


木霊するように、その二つの鈴の音色が響いて……そして、消えて行った。


残るのは、暗くなり始めて不気味な筈なのに

あの時よりも温かくて、優しい空気を感じる沼地だけ。


その空気で沼地の化け物の噂が、この悲しい言い伝えが終わったのだと。


そう理解した。


「呪いなんかじゃないよ。呪いだったら、記憶だけ奪うなんて、そんな優しくて、悲しい真似はしないよ。瑠璃ちゃん」


もうきっと、私の声は瑠璃ちゃんには届かないけれど。


そんな事を、呟いてしまう。


優しいから、自分以外を傷付けないようにそんな事をしていたんだと。


「結局、あたしはよくわからないままだったけど……でも、死んでからもずっと二人が想い続けてたって事だけはわかったよ。幽霊って、そんなもんなのかもな」


アズマちゃんもそんな風に呟いていて。


そこで、まだ皆にこの沼の言い伝えを説明してなかった事を思い出して……


「うむ。クランは、多少知っていた様子だったな」


「いえ、古い書物に書かれたモノを少し読んだ程度です。古すぎて、文字も掠れて全てを理解する事は出来ませんでした。それに鈴様まで既に亡くなられていたとは……」


「書物! そう言えば三人で沼地を調べていた時にそんなモノを発見していたのです!」


リーノがクランさんの言葉に思い出したかのように突然、走り出して。


さっきまで怯えていたリーノが、そんな風に元気に走り出してるという事は、リーノも呪いが終わった事を理解しているんだと思って。


私達は走り出したリーノを追いかけながら。


なんとなく、私は最期の二人の言葉を思い出していた。


私にもあると言った、失っても消えない想い。


何度も繰り返し見る一つの夢。


何故か私と同じ髪飾りを持つ、探偵さん。


何かが、解りそうで。でも、それを考えると小さな頭痛。


ここでまた倒れたら沼地の優しい記憶が私のせいで変な噂になりかねないから。


今はその事は考えないようにする。

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