森のお化けの記憶
悲しい想いは呪いに
「蒼様、凛様、リーノ様でお間違いないでしょうか」
いきなり、そんな言葉と同時に、音も無く姿を見せるものだから、私は一瞬幽霊かと思って蹴りかかってしまった。
「良い蹴りです」
ひらりとそれをかわして、そんな事を言うものだから、少し落ち込んでしまう。
「失礼しました。私の名はクラン。夏妃様の命により、御三方をお迎えに参りました」
「珍しく全然気配の無い見張りさんなのです」
「私は夏妃様の緊急事態のみ動く、別働隊のような存在なので……」
リーノちゃんはすぐに納得したようで、私も蹴りかかった事を謝って、クランさんの言葉を信じる事にした。
「うーん、何処かで見覚えある気がするんだけど……」
「い、いえ。そんな……他人の空似かと」
蒼ちゃんのそんな言葉に、少し言い淀むのは怪しかったけれど、敵意はないし、
一刻も早くこの場から離れたいと言う気持ちは皆同じだったから
余計な詮索はせずに、クランさんの後ろについて歩く。
「クランさんは、その……マネキンは見てないんですか?」
このまま歩けば、あのマネキンが待っている。
私達はクランさんの後ろにくっつくようにして、なるべくそのマネキンが目に入らないようにしている。
歩きながら、そんな言葉を投げかけてみる。
「申し訳ありません。一刻を争う状態でしたので、木々を伝って移動して参りました。地面のモノまで目を通す余裕は……」
「クランさん、忍者なのっ!?」
少し申し訳無さそうにそんな事を言うものだから、思わずツッコんでしまっていた。
「忍者、そうですね。そうかも知れませんね」
そんな言葉と共に、クランさんは小さく微笑む。
「忍者まで雇うとは、戸野一族、恐るべしなのです」
「んー、忍者みたいな人。やっぱり何処かで会ってる気がするよぅ……」
二人がそんな反応をしていると、ふいにクランさんが立ち止まった。
「あちら、何かが長い間置かれていたような形跡が見受けられます。皆様が見たマネキンと言うのは、こちらにあったのでは……」
そうして、クランさんが指をさす。
あまり見たくないけれど、少しでも情報は共有すべきだと。
意を決して私もその方向に目を向けるけれど
「しゅ、集団幻覚だったのです。解決しました」
リーノちゃんは自分に言い聞かせるように言っていた。
「やっぱり、あの写真に写ってたのって……」
蒼ちゃんはまたも顔を青くして。
「こ、ここに確かにあったんです! その、動くマネキンが……」
確かに、マネキンがあったその場所。
だけど、今はマネキンの姿は見当たらない。
「あれ? 凛達じゃないか? えっと、その人は?」
マネキンのある場所で、確かにあった筈。やっぱり気の所為だった。なんて言い争っていると
前から探偵さん、ラーナさん、アズマ姉さんが姿を現していた。
アズマ姉さんが、クランさんを見て、少し首を傾げている。
「夏妃様のご友人ですね。私は、夏妃様の使い、クランと申します」
ペコリと。クランさんは、またも丁寧に頭を下げて、自己紹介をしていた。
「察するに、先にリーノ達を助けてくれていたようだ。色々と気にはなるが、今は余計な詮索はしないでおこう」
「そうして頂けると、幸いです」
探偵さんがクランさんに向けた言葉には、何処か含みを感じられたけれど……。
「リーノ、皆、大丈夫? 変なモノみたりしてない?」
そんな二人の会話を無視して、珍しく真剣な表情でラーナさんが私達の顔を見て、駆け寄ってきて。
そんな事を聞かれてしまう。
「ラーナお姉ちゃんまで、信じてるのですか? 沼地のお化けの話」
「……うん。信じてる。私も、他人事じゃないの」
本当に、それはラーナさんらしくない、随分と悲しげな表情だった。
他人事じゃない。まさか、やっぱり蒼ちゃんの言う通り、ここのお化けにラーナさんも記憶を食べられてしまっているのかと。
一瞬、そう思ったけれど、何処か違うようで。
「強すぎる想いは、呪いになる事がある。そんなお話……アズマちゃんも、探偵さんも聞いてもらえるかな。この沼にまつわる、悲しい言い伝え」
「うむ。その話をしようとして、既に三人が居ると知り慌てて出て来たものだからな。気になっていた所だ」
探偵さんとアズマさんが頷くのを見て、ラーナさんがその話をしようとした所で
「ラーナ様、その話は恐らく、彼らには都合の悪い事のようです」
クランさんがそれを止めた。
「こ、これはもう悪夢なのです……夢なのです」
リーノちゃんが、もう堪えきれなかったようで、ラーナさんにしがみついて、それを見たくないと目を閉じてそんな事を言ってしまっていた。
「そんなに、そこまでして……」
ラーナさんも、怖いと言うよりは悲しみが強いようで、泣きそうな声で、リーノちゃんを強く抱きしめて。
蒼ちゃんは二人を守るように、私と一緒に
そのマネキン達の動きを注意深く見ている。
蒼ちゃんも一度その現象を見ているし、開き直ると強いタイプなんだと感じる。
「動く木の人形、か……ふむ。何かの呪術でそのようなモノを耳にした事はあるが……」
探偵さんは、初めて非現実的なモノを見ただろうに、相変わらず冷静で。顎に手を当て、考えを纏めようとしていた。
「全部壊すにしたって、ちょっと数が多すぎるんじゃないか……これ」
アズマ姉さんは少し怯んでいたけれど、それでも私達みたいにパニックになる事は無く、珍しく少し弱気な発言。
「アズマ様の仰る通りかと……元を絶たなければ、更に増えてしまう可能性もございます」
ジリジリと囲うようにゆっくりと近付いてくるマネキン達。
悠長に考えている時間もくれないみたいで……
「……クランさんだっけ。凛ちゃんと蒼ちゃんだけ連れて、この森を抜けられる?」
ラーナさんが、リーノちゃんを強く抱き締めたまま、そんな提案をしていた。
「切り抜けるだけでしたら、お二人を守りながらでも可能だとは……」
「足の速さだけなら私、あかりんより速いから大丈夫!」
ラーナさんに名指しされて、クランさんと蒼ちゃんが応える。
「わ、私だって鍛えてますから。足を引っ張ったりはしないです!」
追いかけるように、私もその言葉を発すると、クランさんが小さく笑って。
「本当に、蒼様も凛様も頼りになりますね」
そんな事を言っていた。
「私達は、沼地に向かう。きっとこっちも切り抜けられるから。こんな悲しい呪い、いつまでも放っておけない……」
「ラーナお姉ちゃん……もしかして私は一緒に沼に迎えって事なのですか?」
リーノちゃんが恐る恐ると言った風に、ラーナさんの目を見ていた。
確かに、ラーナさんは私と蒼ちゃんだけを連れてこの森を抜けてくれとクランさんにお願いしていた。
「リーノの力が必要なの。怖い気持ちはわかるけど、お願い」
「人一倍怖がりなラーナお姉ちゃんにそんな事言われたら、何も言い返せないのです」
ラーナさんの説得に、諦めたようにリーノちゃんが言う。
「アズマ様は使いたくないと思われますが、皆様この武器をお使い下さい。人形達に触れたら記憶が奪わてしまう。そんな可能性も否めません。常に最悪を考慮して動くのが、一番かと」
クランさんが、懐からその武器を取り出して、アズマ姉さんと探偵さん、そして私にもそれを手渡してきた。
「まぁ、相手が人間じゃないなら、遠慮も要らないし、今回だけな」
アズマ姉さんはそれを仕方ないと言った感じで受け取り、軽く振る。
短かったその棒が、その動作でカチャリと音を立てて、倍以上の長さに伸びた。
私もアズマ姉さんに倣って、それを振って伸ばす。
伸縮性のある、棒みたいな武器。名前はよく分からないけれど、それは雨宮の人達が使っていたモノと同じ。
「戸野の使いも、皆こんな武器持ってるの?」
夏妃さんも日本刀なんて持っていたけれど。
それは、夏妃さんが必要以上の力を学ぶ為に得たモノだと説明は受けていたし
夏妃さんの付き人に限っては、ただの紳士といったイメージしか持っていなくて。
それはクランさんに対しても同じで。
見た限りでは青くて短い髪の綺麗な礼儀正しい、普通のメイドさんだったから。
木々を伝ってきたなんて話も私達を安心させる為の冗談だと思っていたんだけれど。
「クランさん……もしかして」
何処か、その武器を手慣れたように扱うクランさんを見て、少し警戒したような蒼ちゃんの声。
「申し訳ありません。事情は戻ってから必ず説明致します。今は私を信じて下さい。必ず蒼様と凛様はお守りします」
「蒼よ、色々思う所があるのはわかるが、今は信じてやってくれ。悪い人間では無いと、私が保証しよう」
蒼ちゃんの言葉に、クランさんと探偵さんがそんな風な事を言っていた。
「それに、考えてる暇は無いみたいだよっ!」
メキッと。鈍い音。
既に目の前まで近付いていた一体のマネキンに向けて、アズマ姉さんが棒を振り下ろしていた。
本当に遠慮をしていないみたいで、マネキンの頭が割れていた。
「も、もうこんな目の前まで来てたのっ!?」
私も慌てて近くに居たマネキンの胴体を思い切りその棒で突く。
突いた勢いで、倒れるマネキン。
うん、避ける仕草も触れて来ようとする仕草も遅いし、これなら私でも充分に戦える。
「クランさんの言うとおりかも。攻撃って言うより、触ろうとしてくるよ、こいつ等!」
「ふむ。ならば腕を落とすか」
私の言葉に、探偵さんは頷いて返しながら、その棒をマネキンの腕に向けて振るう。
いつか、アズマ姉さんが探偵さんは腕も立つと言っていたけれど
それが本当なのだと理解した。
落とすって言っても、刃物じゃないからどうするのかと思ったのに
一撃で腕を千切るように破壊していた。
「切り抜けます。アズマ様、ラーナ様、ヴャクト様、リーノ様……お気をつけて」
「蒼ちゃんと凛ちゃんとクランさんも、気を付けてくださいなのです」
話をしている余裕はもう無い。
クランさんが、言うと同時に、私と蒼ちゃんはクランさんの後ろを追いかけ、森を抜けるように。
リーノちゃん達は、アズマ姉さんを先頭に、正反対の沼地の方にと、駆け出していた。
「触られないようにと言うのが、少々厄介ですね……」
クランさんは走りながら、道を塞ぐマネキンの手を避け、その腕を落とし、棒で突き飛ばす。
「な、なんか私が一番狙われてないっ!? 調べようとした事怒ってる!?」
蒼ちゃんは、持ち前のすばしっこさで、マネキン達の横を綺麗にすり抜けて。
「蹴り飛ばせれば、こんな苦労しないのにっ!」
蒼ちゃんを狙ってくるマネキンの対処は、私が。
皆みたいに腕を落とせるくらいの腕力は流石に無いから、胴体を薙ぎ払うように吹き飛ばすのが精々だったけれど、
動き自体はそこまで早くないから、一度転ばせてしまえば
立ち上がってくる間にクランさんが道を作ってくれる。
棒だと、どうも力が半減して遠くまで吹き飛ばせないのが口惜しくて
そんな事を言ってしまう。
やがて出口が見えてくると
「クラン、凛、蒼! 伏せて!」
出口の前に夏妃さんの姿。
姿が見えると同時、夏妃さんがそんな事を私達に向けて叫んでいた。
腰に差していた刀が目に映って、刀の長さはこの棒以上だから。
それに、夏妃さんが剣術を極めている話は知っていたから。
その言葉に、私は蒼ちゃんの頭を抱えて従う。
直後、頭上に風が吹いた気がした。
「この人形が、記憶を奪う幽霊みたいね。誰も触られてない?」
一瞬で間合いを詰めるような攻撃だったみたいで、夏妃さんの声が近くなっていた。
顔を上げて、立ち上がると追いかけてきていたマネキン達は、跡形もなく消えていて……
その剣技が見られなかったことが少し残念なくらい。
でも、その剣技が凄かった事は、簡単に伝わってくる。
「凛様が予想以上にお強い方でしたので。私一人では危ない所でした」
クランさんはそんな事を言うけれど、きっとクランさん一人でも簡単に切り抜ける事は出来た筈だと
なんとなくそんな事を思うくらい、底の見えない強さをクランさんの動きから感じていた。
「ね? 頼りになる人達でしょう?」
刀を納めながら、夏妃さんはクスクスとそんなクランさんに笑みを見せ、クランさんもその言葉に小さく微笑んでいた。
「私の使いが一人、やられちゃったみたい。沼地に向かっている皆なら大丈夫だとは思うけれど、クラン……もう一仕事頼まれてくれるかしら。人形達も、この森までが行動限界みたいだから」
「ラーナ様達の護衛ですね。お任せ下さい」
「理解が早くて助かるけれど、その棒切じゃ、人形倒すの苦労するでしょう」
夏妃さんが、すぐさま向おうとするクランを止め、腰に差していた刀を差し出していた。
「い、いえ。私如きが夏妃様の刀をお借りするなど……それに、私は……」
その言葉に、暫く夏妃さんの動きにあ然としていた、蒼ちゃんがハッとしたように声を上げていた。
「や、やっぱり雨宮の使いだよね!? あんな武器持ってるから怪しいと思ってたんだからっ! 夏妃さん、信用しちゃだめだよ!」
蒼ちゃんが、そう言ってクランさんから距離を取って。
蒼ちゃんの言葉に、雨宮の使いと言う言葉に
思わず私も構えてしまう。
「もう、クランが雨宮の使いってことくらい、最初から説明されてるわよ。雨宮の地でもずっと陰で白と蒼を守ってくれてた人なんだから、そんな事言わないであげて」
蒼ちゃんの言葉を聞いても、動揺した様子は見せず、少し呆れたように夏妃さんは笑っていた。
「蒼様とは、何度か屋敷ですれ違った事もあったので……まさか覚えてらっしゃるとは思いませんでしたが。申し訳ありません。夏妃様の使いとして動いた方が誤解を招かずに済むと」
持っていた武器を蒼ちゃんに渡し、敵意は無いと。頭を深々と下げられてしまう。
「クランにそう言ったのも私なんだから、クランが謝るような事じゃないでしょう」
何処までも丁寧で、嘘のない言葉で謝るクランさんと
雨宮と敵対してる筈なのに、そんなクランさんをフォローする夏妃さんの言葉。
それに、森の中でもずっと私達を守ろうとクランさんが動いてくれた事実。
「構えたりしてごめんなさい。私もクランさんは信じられる人だと思う」
私が言うと、蒼ちゃんも少し気まずそうに、クランさんから受け取った武器を仕舞っていた。
「りーのんを、ラーナさんを守るつもりなら、夏妃さんの刀の方が役に立つから……雨宮の使う武器で私達を守って欲しくないから、それを証明してくれたら、信じるっ!」
頑なに夏妃さんの刀を受け取ろうとしないクランさんに向けて、
意を決したように蒼ちゃんはそう言っていつもの笑みを浮かべていた。
「……みたいよ? どうする? クラン」
蒼ちゃんの意図を汲み取り、可笑しそうに笑う夏妃さん。
「返す言葉がございません。申し訳ありません、刀をお借りします」
二人に言われてしまったら、クランさんも敵わないようで
そう言って夏妃さんの手から、その獲物を受け取っていた。
「棒術には長けているみたいだけれど、刀を使った事は?」
「雨宮に仕えて長いので、一通りの武器は使いこなせます。夏妃様程ではありませんが……」
言いながら刀を構え、そしてソレを流れるような仕草で、軽く振っていた。
「名刀ですね。軸に振れが全くありません」
振って、刀を納めるその流れは、確かに剣術なんて知らない私でも、見惚れてしまうくらいの流れ。
「本当に、うちの使い達に見習わせたいわよ貴女……」
呆れたように、その仕草を見て夏妃さんが呟いていた。
「な、夏妃様! わ、私もラーナ様の力になれるかと……!」
そんなやり取りをしていると
出口の方から少し息を切らせながら、巨漢の男が現れて
そんな事を言い出して夏妃さんに頭を下げていた。
「貴方は人形にやられた使いを引っ張って来なさい。霊感が役に立つかわからないし、クランの方が頼れるのは見てわかるでしょう」
夏妃さんの言葉で、この男の人も戸野の使いなのだと理解する。
「先程は突然踏みつけてしまい失礼致しました。夏妃様に襲いかかっているように見えてしまいましたので、つい……」
私の知らない所で、クランさんとその男の間には何かトラブルがあったようで……
「ぐぬぅ……クランと言ったか。ラーナ様を守れなかったら、私も許さんからな!」
何故か夏妃さんの使いのわりには、ラーナさんラーナさんと言い続けるのが不思議な人だけれど。
「あ、それならおじさんはコレ使って! 人形に触ると記憶を失っちゃうみたいだから、丸腰じゃダメだよ!」
蒼ちゃんが、そう言って男にさっきクランさんから受け取った棒を笑顔で手渡して。
「夏妃様、このお方が確か蒼様でしたよね?」
それを受け取りながら、男は何故か蒼ちゃんの手を握っていて……
「必ずや! 命に変えてでも、このケープ! 蒼様とラーナ様をお救い致します!」
何故か今度は蒼ちゃんに忠誠を誓うように、そんな事を言っていた。
「え、えっとぉ……あはは」
蒼ちゃんがその勢いに思わず呑まれて、苦笑いをしていた。
「貴方が救うのは倒れた使いだからね? 勝手な真似したら、いい加減ラーナの係から外すわよ」
そんな姿を見て、夏妃さんがケープと名乗ったその男の頭を引っ叩いて。
「本当に、いい主従関係ですね」
クランさんはそんなやり取りを見て、クスクスと笑い、そして
「それでは、一足先にラーナ様の元へと向かいます。蒼様、凛様、夏妃様も、どうかお気をつけて」
次の瞬間には、音も無く消え去っていた。
「ほ、ほんとに忍者みたい……」
木に飛び移ったのは、なんとか理解出来たけれど、素早すぎて……
「私もクランに遅れは取れません! 全く戸野に仕える者が、たかが人形如きにやられてしまうとは情けない……」
ケープさんも続いて、沼地の方へと駆け出していた。
「貴方がそれを言える立場じゃないでしょうに……凛、蒼。私達は戻ろう。近くに車停めてあるから。そこで、白とヴャクトが連絡を取り合ってる」
ケープさんの姿を見送りながら、夏妃さんはそんな事を呟いて。
そして私達は踵を返して森を抜け、車へと向かった。




