違和感の記憶
いつも笑顔の彼女が笑顔を消した
ヴャクトに話があると呼び出され、ラーナと一緒に階段を登っていると……
「幽霊はあたしの専門外だから! 無理! 絶対にいかねぇ!」
階段の途中で涼子の叫び声が耳に入った。
「えっと、何が起きてんだ?」
「幽霊って聞こえたよ?」
ラーナと顔を合わせ、考えるよりも直接聞いた方が早いと。
あたし達も事務所の扉を開く。
「アズマ、ラーナも一緒だったか。凛と一緒だと思っていたが」
「野球の練習、随分気合い入れてたから、リーノ達とやってるんじゃないかな。それより、なんだこれ……」
ヴャクトの言葉に返しながら、事務所に目を向けると、沼地の幽霊班、待機班と書かれたホワイトボードが目に映り
思わず、問い掛けてしまう。
「沼地の幽霊の噂は知ってるけど……どうしてそんな話と探偵さんが?」
ラーナはある程度その話を知っているみたいで、それでもその噂と探偵事業になんの関係があるのかと、首を傾げていた。
この場に集まっているのは、中学生軍団を抜いた六人。
一から説明すると言われ、白に案内されるがまま、ソファに腰掛ける。
涼子は何故かホワイトボードの陰に隠れていた。
「そんな事……」
ラーナは説明を聞き終えて、悲しそうな表情で呟いていた。
「記憶を奪う幽霊ねぇ……」
あたしは説明を聞き終えても、なんだかピンと来ないままだった。
迷い猫探しの依頼と被って、夏妃の一族が保護した記憶の曖昧な女の子の話。
原因は沼地に居る幽霊の仕業の可能性が高くて、あたし達まで記憶を取られたら話にならないから
待機組と分けて連携して行動すべきとの提案。
実際に記憶が曖昧な女の子が居るとは言え、幽霊なんて見た事も無いし、何かの偶然が重なっているだけなんじゃないかと疑ってしまう。
「ヴャクトがこんなに念を入れるモノなのかなぁ」
「テメェは幽霊のおっかなさ知らねぇから言えるんだ……あたしはパスだからな! 待機組!」
涼子が、あたしの言葉に口を挟んで、再び声を大にしてそんな事を言った。
心霊スポットでも行って何か怖いものでも見たことがあるのか、幽霊と言うワードが出る度に、涼子はどんどんと小さくなっていた。
「あ、あはは……まぁ、待機組にもある程度腕力ある人は居た方が良いと思うから……」
そんな涼子に苦笑いでフォローを入れるのは、夏妃だった。
二人の関係が、本当にあたしとラーナの関係に似ていると、改めて感じさせられる。
「確信は無いが、偶然にしては色々と出来過ぎて居る所があるからな……念には念を入れて悪い事は無いだろう」
ホワイトボードに地図を貼りながら、ヴャクトはあたしの言葉に返していた。
「赤い点が、ここ数日依頼が来て調べていた迷い猫達が最後に目撃された場所、青い点が夏妃が言うその少女を保護したと言う場所だ」
コンコンと。地図の一部を叩きながら、そう説明される。
赤い点が十数個、青い点が一個。
確かに、その沼地近辺に集中している。
「うーん、半信半疑なのは事実だけど、考えるのはあたしの役目じゃないからなぁ……涼子が待機なら、あたしは動こうか?」
言われてもピンと来ないのなら直接出向いた方が早いと判断して、あたしは幽霊班の方に自分の名前を書く。
幽霊班にはヴャクトの名前が、
待機班の方には涼子と白ちゃんの名前が既に書かれていた。
「あれ、白ちゃんも待機班なんだ」
怖がりなイメージはあまり無いから、なんとなくそんな事を口にする。
「ヴャクトが動いて、私に定期的に連絡くれる。もし連絡途絶えたり、何かあったら、待機班がすぐに動けるように」
私だけ呑気に考え過ぎなんだろうかと。
そんな事を思わされるくらいに、白ちゃんはしっかり自分の取る行動を理解しているみたいだった。
「ラーナは……」
言い切るより早く、ラーナはペンを取り、幽霊班の方に自分の名前を書いていた。
「へ?」
その早さと行動に、思わず目を丸くしてしまう。
怖いものが苦手なラーナは言われなくても待機に行くと思っていたんだけれど……。
「……私も現地に行く」
ラーナのその表情。
いつにもなく真剣で、そして、いつにもなく悲しそうなソレは雨宮の時以上のモノ。
思わず、全員がそんなラーナを見つめ、黙り込んでしまっていた。
「ら、ラーナ?」
「もしかしたら、本当に幽霊が出るかも知れない。でも、私はその話を知ってるから、私しか知らない話だと思うから……これは私の役目」
何かの冗談かと思って、問い掛けるけれど、返事の代わりにそんな事を言われてしまう。
長年の付き合いがあるあたしでも、普段笑顔で明るいラーナが
ここまで悲しい表情を浮かべる事なんて、数える程度しか見たことが無い。
そして、そんな表情をするのは、いつだって何か曲がった事が起きている時。
「お姉さんの知らない話も隠されているようだ。ふむ。この形なら、夏妃は待機に回ってもらった方が良いか……」
ヴャクトが空気を察したように呟いた。
夏妃は力関係のバランスを保つ為に、自分の名前を書いていなかったのだと今更理解して、本格的に呑気な話じゃ済まないのだと私も気を引き締める。
「そうみたいね。蒼達も、そんなに危険な所には向かわせられないし」
言いながら、夏妃は待機の方に自分と中学生三人組の名前を書こうとして
「夏妃ちゃん、リーノは幽霊班にしてもらえないかな。多分リーノも気持ち理解出来ると思うから……」
またも、ラーナの提案に少し驚かされた。
自分で危険な所と言っておいて、そこに妹を連れて行くつもりのラーナ。
だけど、普段アホみたいな事を一緒にやっているけれど
こういう時のラーナは信用出来るし、何より、こういう時のラーナの強さはあたしが一番知っている。
「ご、ごめんね。皆が理解出来ないって言うわけじゃないんだけど……」
少し表情を和らげて、小さく申し訳無さそうに笑うラーナを見て、夏妃もクスリと笑って、その言葉に頷いていた。
「……なぁ、ラーナ。お前がそんなマジになるって事は、あっちの噂がマジって事か?」
涼子が、ラーナにそんな事を問い掛けていた。
街の伝説の不良なんて呼ばれているくらいだから、街の噂を掴むのも早いんだろう。
「うん。多分ヤンキーさんの知ってるそのお話。悲しい言い伝えの話。……あまり広めないで欲しいってお願いされてたんだけど、皆も知っておくべきだよね」
そして、ラーナがその話をしようとした瞬間。
「バカ蒼。皆、話してる時間無くなった。蒼と凛とリーノ、その沼に居るって……」
白ちゃんが携帯の画面を私達に向けて見せて、大きくため息を吐き、頭を抱えていた。
沼を背景に、三人が映る写真。
『そんなヤバい所なの!? どうしよっ! 白姉の役に立てそうな噂があったから来ちゃった!』
写真に続いて、そんな文面が送られてきていた。
「夏妃ちゃん、その記憶失ってる子、沼まで連れてきてもらえるかな? 私達はすぐに向かおうっ!」
「え、あっ……ラーナ!」
夏妃の返事も待たずに飛び出してしまうラーナ。
「ラーナが言うって事は多分必要だから、あたしからもお願いっ!」
その言葉を残してあたしもラーナを追いかける。
駆け足なら、あたしの方が速いからすぐに追い付ける。
階段を駆け降り、沼地のある方向へと走る。
数分でラーナの背中は見えてきた。
さっきからどうも、ラーナにしては珍しく、動揺しているように見える。
「ラーナ! 一人で行っても危ないだけだろ! もうっ!」
追い付き、隣を走りながらラーナに言うが、その表情は真剣そのもの。
あたしの声は耳に入っていないようだった。
「うむ。その少女を連れて来たら、車を止めて待機していてくれ。蒼と凛も見つけ次第、そこに向かうように言っておく」
ヴャクトも流石に足が速い。
私達が飛び出してから、やり取りもあっただろうに
既に私の少し後ろを走りながら、無線みたいなモノでそんな指示を出していた。
「全く、計画も何もあったものではないな……沼まで走っては時間も体力も削れるだけだ。タクシーを拾うぞ」
ヴャクトの言葉に、ラーナが頷くのが確認出来た。
「ヴャクト、足の速さでも普通に負けるの結構悔しいんだけど」
「ふふん。探偵は足が命なのだよ」
少しはラーナの気紛れになるかと、そんなくだらない会話をしつつ。
あたし達はタクシーを見つけて、それに乗り込む。
「お化け沼ってわかる!?」
乗り込んで早々、あたしの言葉に運転手がポカンとしてしまっていた。
正式名称なんてあるのかすら怪しい沼だし、この街に長く住んでないとやっぱり理解できないみたいで……
「此処から、蛇塚に向かう道中にある沼だ。蛇塚に向かってくれ」
ヴャクトの言葉で、納得したようにタクシーが動き出した。
「へびつか?」
「そう言う名前の村があの辺りに存在していたのだよ。今でも、その跡地は自然公園として存在している。自然公園なんて呼ばれは良いが、殆ど荒れ地だがな。あちらに用事がある人間なんて殆ど居ない……地名だけが残っているだけだ」
流石は探偵と言った所なのか、その辺の土地勘や歴史には詳しい。
そんな説明を受けた。
「リーノ、ごめんね。家族にくらい説明しておくべきだったよね……」
傍らで、ラーナは動揺したまま、小さくリーノに謝り続けていた。
「ラーナ……」
別にラーナが悪い訳でもない。何か言葉をかけようとしたけれど
「あまり気負うな。そんな悲しい顔をされたら、お姉さんまで悲しくなってしまう」
あたしより先に、ヴャクトがそんな言葉を投げ掛けていた。
「笑顔の魔法、忘れてはいないのだろう?」
ラーナに向けて微笑むヴャクト。
あたしの出番は必要なさそうだと。
あたしは一番危険な所にいて、リーノと蒼を守れそうな凛に連絡を取ることにする。
ヴャクトにその魔法の話をした事はあったっけ。
なんて、小さな疑問が少し残っていたけれど、今はそれどころじゃない。
電話に出た凛に向けて、無茶はするなと。
だけど、二人を物理的な脅威から守れるのは凛だけだと。そんな電話。
「とりあえず、三人共今の所は記憶を奪われたりはしてないみたいだから、急いで向かおう」
ラーナもヴャクトの言葉で多少の元気は取り戻したようで。
私の言葉に、安心したように息を吐いてから、コクリと。二人が頷いた。




