蒼い魔法の記憶
出会うから、想いは連鎖する
二人きりになった所を狙われるかも。
なんて、小さな不安を抱えて家路に着いたけれど、それは杞憂だった。
道中感じた視線に、何度か振り返ったけれど、私が振り返る度にその人達は慌てて頭を下げてくれて。
その人達が雨宮では無く、戸野の使いだと理解して。
既に戸野の使いの人が、こうやって万が一に備えてくれている事に感謝して。
「白姉にも見せたかったなぁ。アズマさん、ホントにカッコよかったんだよー!」
「口の中にシャンプー入るから、喋らない」
一緒にお風呂入ろうなんて誘われたから、いくら家だとは言っても蒼も少し不安なのかな。
なんて感じて、頷いた自分がちょっとバカらしくなる。
髪を洗いながら、アズマがカッコいいなんて事を言い出して止まらない蒼を宥める。
きっと、この話を一秒でも早くしたくて一緒にお風呂なんて言ってきたんだ。
そう理解して、本当に呆れてしまう。
「雨宮の大人達を簡単に倒しちゃうんだもん! あかりんが憧れる理由も納得だよー」
私の忠告が耳に入らないのか、相変わらずその話。
「アズマの強さは、なんとなく私もわかるから……」
そう返すも
「映画だよっ! 本当に映画のワンシーン見てるような気分になっちゃ……あぅ、苦い……」
言わんこっちゃない。
シャンプーが口の中に入ったみたいで、慌ててうがいをしている蒼を見て、少し笑ってしまう。
「それより、私はラーナに驚いた」
アズマが強い事はある程度理解していた。
雨宮の使い五人を怪我一つせずに倒すのは予想以上だったけど……
そんな事より予想以上だったのは、ラーナが怒った事だった。
私だけ仲間外れにされてたんだね。
なんて悲しそうな表情を浮かべられるくらいは想像してたけど、
あんなに頬を膨らませて怒るラーナは見た事が無くて。
「確かにラーナさんにも驚いたよぅ……思い切り叩かれるんじゃないかと思っちゃった」
髪を流しながら、蒼が言う。
本当に、私もそう思っていた。
その後にいつもの表情に戻って、気付けなかった事に謝られたのも予想外だったけれど。
……何よりも。
差別なんて一切しないラーナが唯一。
ヴャクトだけには怒りを現すその姿に。
それは、お姉ちゃんが無理をしてると言った感じの怒り方だったから。
記憶は無い筈なのに……ヴャクトに怒るその姿は、妹が怒るソレに見えてしまって。
その事に一番驚いていた。
「あのさ、ラーナさんと言えばなんだけど。……私ね、一つだけ。なんとなく気付いちゃった事あるんだ」
不意に、それは蒼にしては珍しく真剣な声色。
「ラーナさんとヴャクトさんって他人だって説明されたけど……他人じゃないよね? 白姉も、なんとなく気付いてるよね?」
今日は何度も驚かされたけど、
蒼のその言葉は、ラーナの事以上の驚きだった。
「えと、どうして、そんな事……」
少し戸惑って、蒼に問い掛けてみる。
「うーん、どうしてって言われても困るけど……そう考えたら、りーのんがあんな表情したのも納得出来るからっ!」
そして紡がれる言葉。
「きっとラーナさんとヴャクトさんは何か理由があって、その事を隠してる気がする。りーのんもソレを知ってて、その事は隠してる。理由なんてわからないけど、なんとなく、そんな風に見えちゃった」
……いつもバカみたいな行動ばかり取る子だから、忘れていたけれど、
雨宮が連れ戻したいと思うくらい本当は頭の良い蒼。
その勘の良さに驚いた。
そして雨宮の一族は蒼のそんな勘の良さを見抜いていたからこそ、連れ戻そうと考えたのではないか。
そんな事を思う。
「えへへ、全然根拠なんて無いんだけどね……」
外れてたら恥ずかしいなんて表情で言葉を紡ぐ蒼。
私はそんな蒼を見て、ソレを伝えても良いものなのかと。少し考えてしまう。
「なんとなく気付いてたなら、どうしてリーノやラーナに直接聞かなかったの?」
この子は、思うより先に言葉が出るような子だから。
それが不安だった。だから……
「りーのんの表情、雨宮に居た頃の白姉と、似てたから。……それは、きっと聞いちゃいけない事なんだって、なんとなく。そう感じちゃって」
返って来た言葉に、また少し驚く。
雨宮の家で、蒼がそんな風に私を気遣ってくれていた素振りなんて感じなかった。
何も考えてないイノシシ娘だとしか思っていなかったけれど……
本当は、私が思う以上に色々と考えている子。
……なら、話しても良いのかも知れない。
それに話さなくても、この子の好奇心なら、いつかそれは知られる事になる。
『大切な事だからこそ、隠してなんて欲しくなかった』
雨宮の件で、ラーナがそんな事に強く怒っていたのを思い出して。
そして、一番危険な目に遭ったと言うのに
怖がるどころか、その出来事の最中に起きたアズマの格好良さを延々と私に向けて語る蒼。
夏妃の家でも、自分の事より、真っ先に私の心配をしてくれた蒼。
それは、何処かラーナと被る部分があって……
きっとこの事を隠しているのを知ったら蒼もそんな風に怒る気がして。
「アズマとラーナには、絶対に秘密。守れる?」
コクリと。頷いた蒼の表情は今まで見たことないくらいに真剣で
リーノやラーナの力になりたいって確かな想いを感じ取れた。
蒼だってもう無関係では無い。
それに、もうちょっと蒼の事を信じてあげるべき。
私は決意して、その秘密を話す。
……その件に雨宮が関係している可能性が高い事は伏せて。
昔、アズマを庇って、ラーナが大怪我をしてしまったと言うだけの説明。
そのせいで、ラーナの記憶から一人の家族。姉であるヴャクトの記憶だけが失われてしまった事。
アズマもラーナに姉がいる事は知らない事。
ずっとソレを隠してきたリーノの事。
ヴャクトの事を思い出しそうになると、ラーナは今日みたいに酷い頭痛で倒れてしまうと言う事。
「それでも、私はラーナの記憶を取り戻す手助けがしたい」
難しいかも知れないけれど、それくらいしか、私に出来る恩返しなんてないから。
説明を聞き終えた蒼は、もうシャンプーは全部流している筈なのに。
またシャワーを頭から被っていた。
「りーのん……そんなのって、悲しすぎるよ……」
その行為は、きっと涙を隠す為だと、震える蒼の声で理解する。
「よしっ! 決めたっ!」
だけど、それも一瞬の事。次の瞬間には
シャワーを止め、蒼が浴槽に飛び込んでくる。
飛沫で思わず目を瞑って、何度か顔を擦ってから目を開くと、そこには蒼の大きな笑顔。
「私だって、白姉と同じくらいに、りーのんもラーナさんも集まってくれた皆の事も大好きだからっ」
紡がれる言葉。それは……
「白姉、一緒に頑張ろうねっ!」
あの日。蒼がこの街に来て、私と一緒に帰る道中で私が蒼に向けて言った言葉。
あの時の私と同じように。
色々な意味が込められたその言葉を今度は蒼に使われてしまって……
「蒼なら、小さな奇跡、きっと起こせる」
今度は正反対に。私が蒼に言われた事を言い返しておいた。
……蒼から聞いた笑顔の魔法の話。
それは、私がラーナから聞いた笑顔の魔法と、一つだけ違う部分があった。
『そうやって過ごしていると、一つ小さな奇跡が起きる』
きっと、その追加された話は、リーノの願いなのだと思えた。
それに、ラーナが失っている筈なのに消えていない記憶。
笑顔の魔法を教えてくれた優しい人の記憶。
それは紛れもない奇跡だと思えたから。
私にはその魔法は使えなくても、もしかしたら、蒼なら使えるんじゃないか。
なんて、そんな事を感じさせてくれるその笑顔。
そんな蒼だから。何処かラーナに似ている蒼だから。
この子なら、きっと奇跡も起こせる気がする。
「私だけじゃ無理だよぅ。白姉も手伝うのー!」
少し膨れて私を見る蒼の頭を軽く叩いて。
「気持ちはわかるけど、浴槽で暴れない」
蒼に言われなくても。
私だって、その世界は見てみたいのだから。
その為に雨宮と戦う決意をしたのだから。




