脳筋達の記憶
その魔法は、きっと誰もが使えた筈の魔法
「どうです! 少しは見直しましたか!?」
「わりぃ。見直す以前にあたしの下手くそさに凹んでる」
凛が胸を張っているのを見て、そんなことを呟いてしまう。
皆と別れた後、アズマと凛とあたし。
三人でバッティングセンターに寄って、あたし達はバットを振っていた。
アズマは、最初こそボールに当たらなくて悔しがっていたが
少しずつコツを掴んできたようで、今は球速の設定を更に上げてバットを振っている。
そして、流石にこの体力バカに勝てないあたしと凛はそんな姿を見ながら
一休みをしていた。
凛も、元ソフトボール部って言ってたくらい伊達じゃなく、序盤からかなり早い球速でも、平気でホームランを連発するようなヤツで。
あたし一人、また敗北感を覚えるハメになってしまった。
さっきからあたしの振るバットは、ボールにかすりもしない。
「だあぁ! アズマに負けるのはまだなんとか耐えられるけど、凛にまで負けるのは納得行かねぇ!」
自分より強そうな連中が何人もいる世界に気付かされて、凹んでた所に追い打ちをかけられた気分で、頭を抱える。
「明らかにボール球に向かってまで全力で振るのはちょっとバカです。ちゃんとボールを見て、振るんですよ」
あたしの言葉に、アドバイスとばかりに凜がそんな事を言ってきた。
「んなこと言われたって、当たりそうって思ったら振っちまうだろ……」
「涼子さんって、アレですよね。喧嘩とかでもそうやって全力で振って、空振った所とかで反撃喰らうタイプですよね」
凛の言葉に、ギクリとする。
それは、姫さんにも過去に言われた事のある言葉だった。
姫さんと初めて出会った日。
なんとなしに街をぶらついていたら、変な奴らに声をかけられて。
『街の嫌われ者なら、悪い仕事じゃないだろう。金は弾む』
唐突に頼まれたのは、一人の女を殺せと。やけに物騒な話。
この街ではあまり見かけない、やけに高級そうなスーツ姿の三人。
そっち関係の連中がトカゲの尻尾みたいな感覚で、あたしにそんな依頼をして来たんだと、なんとなくわかった。
『ヤクザだかなんだか知らねぇけど、いきなり声かけてきたと思ったら、見ず知らずの人間を殺せ。なんてクソみたいな命令されてアタシが乗ってくるとでも思ったか?』
手渡されたそのターゲットとやらの写真に目も通さず、それをそいつらの前で破いた。
『……なら、用はない。追々は私達の邪魔になるような野良犬だ。処分する』
男たちの目つきが変わったのがわかった。
だから、先手必勝。
近くにあった空き缶をソイツに向かって蹴り飛ばし、隙が出来た所で
渾身の一撃。だけど、振るった拳は宙を切っただけだった。
『所詮は素人の喧嘩だな』
紙一重で避けられた事に気付くより先に、腹に重い衝撃。
『このクソ野郎……』
腹を抑えたくなるくらい痛かったけど、コッチだって殴られる事には慣れてる。
それに、その隙を見せたら、すぐにやられる事もわかってる。
負けじと反撃に転じたが、あたしの拳も、蹴りも全部その男には届かない。
実力にかなりの差があると思い知らされた。
喧嘩でやり合って死ぬなんて、こんな生き方をしてたら、いつかはそうなるとは思っていたけど……
責めて一発でも当てなきゃ気が済まない。
百発くらい殴れば、一発くらい当たってくれるだろうと思ったけど、全然だった。
反撃の拳で何度も殴られて……
ーーこれ、マジで殺されるわ。ホント、クソみてぇな死に方だな。
なんて、そんな事を覚悟した時にソイツは現れた。
『事情はわからないけれど、多勢に無勢。それにいい大人が女性を嬲る所は、ちょっと見てて気分悪いわよ』
そんな事を言いながら、ヒョイと。
その辺に転がってた棒切れを持って。何度か素振りをする仕草。
『貴方達が、何者かなんて聞きたくもない。さっさと去りなさい。そうじゃなきゃ、私も実力行使させて貰う』
その女の姿に、男達はヒソヒソと会話をして。
そして、その後三人まとめてソイツに襲いかかる男達。
小さくため息を吐いて、その女はその棒切れ一本で、一瞬のうちに奴らをのめしてした。
あたしも落ちてるモノを武器として使った事はあるけど
そんなのとは比べ物にならない、洗練された動きだった。
『……助けてくれなんて頼んでねぇからな』
『もう、強がらないでよ。ほら、怪我も酷いし、手当てくらいはさせてちょうだい』
そうやって、少しずつ打ち解けて。
姫さんが剣術を習っていた事や、憧れている女がこの街にいる話なんかを聞かされるようになって。
気付いたら、その強さと優しさに惹かれていて。
姫さんと行動をする事が増えて行った。
『涼子は一発に全身の力使い過ぎだから、空振った時の隙が大き過ぎるのかもね』
いつだか売られた喧嘩を買ったときに、あたしの動きを見ていた姫さんからそんな事を言われていた。
ソレが良くも悪くもあたし流だし、結果的に負けてないんだから良いだろと。
あたしが勝てないのは姫さんとアズマくらいだろうと。
そう思って生きてきたけど……
流石に似たような事を、凛にまで言われてしまうと改善しようって気持ちにもなってしまう。
確かにジムでいきなり攻撃をしてきたコイツの動きには
そう言った大振りは無かった。
避けられてからも、慌てずにその態勢から打てる別の攻撃に繋げる技術は流石アズマに習ってるだけのモノだと思った。
「未熟な私の攻撃とは言え、それをかわすくらい、動体視力はアズマ姉さんと引けを取らないモノは持ってます。次はボールをよく見て、タイミングを合わせて振るってみてください」
同じような事を思い出してなのか、凛から、そんなアドバイス。
流石に、ガキにそんな励ましくさい説教されたら、あたしだって意地がある。
「よし、見てやがれ。次こそ特大ホームラン打ってやる」
一休みして、体力も回復した。
もう一度、打席に立ち。そして凛に言われた事を頭の中で繰り返す。
ボールをよく見て、タイミングを合わせる。
飛んでくるボール。球道は、ストライクゾーンど真ん中。
焦らず、芯に当てられるように、タイミングを合わせて……
「ここだ! おらぁ!」
カキンと。バット越しに伝わる手応え。
打てた。初めて、ボールに触れた。
そして、それはホームランと書かれた看板に激突。
「っしゃ! どうだ! 見たか凛! アズマ!」
「あ、ごめん。打つのが楽しくなって見てなかった」
アズマの言葉に少しがっくりしたけれど……
「はいっ。流石ですっ!」
凛はしっかりとその姿を見ていたようで、嬉しそうな笑顔で拍手を送ってくれていた。
「流石コーチを任せてくれなんて言っただけあるじゃねぇか。言われた通りにやったら打てたわ」
まだまだ未熟なガキ。
最初に出会ったときも、姫さんの家で何も出来なかったと項垂れてるコイツを見た時も、そんな風に思っていた。
それでも、蒼を守りたいと大人相手に立ち向かった根性。
そして、あたしの噂なんて知っているだろうに、怯まずにこうやってアドバイスをしてくれる所。
未熟なんて言うのは、失礼なのかも知れない。
柄じゃないし、そういう事はアズマや他の連中が気付かせてくれるだろうから、あたしが言う必要はないだろう。
ようやくボールに当たるようになってきたんだ。こっちもアズマを追いかけるように球速を上げて、それから何十回とバットを振り続けた。
「流石に私はホームラン狙い続けると、疲れた頃にフライとか起こしそうだから、ヒット狙いの打ち筋に変えます」
凛もある程度体力が戻ったようで、そんな事を言って打席に戻ると……
宣言通り。あまり力まないスタイルに変えて、流すように球を打っていた。
凛が、スポーツなら力になれると。
そう言っていたのが、ハッタリでもなんでもないのだと知る。
どういう風に打てば、どう球が転がるのか。
熟知しているような打ち方には、アズマも随分驚いていた。
見よう見真似で、凛の打ち筋を真似てアズマも同じように出来るまで、そこまでの時間がかからなかった事の方に
あたしは驚かされたけど。
「そろそろ帰ろうか。あまり遅くまで居たら凛の両親も心配するだろうし」
ある程度打ち終わって。
相変わらず息一つ乱さないまま、アズマが口にする。
その言葉に時計を見てみると、時刻は二十時を回っていた。
「私の心配をするような両親じゃないから、そんな事、気にしなくて大丈夫です!」
アズマの言葉に、凛がそんな事を言うものだから……
「凛、今日はあたしン家に泊まってけよ。お前とは気が合いそうだ」
あたしも両親に心配された事なんて無い。
あたしの両親は、あたしがこんな風に育った事に諦めて
これ以上家に迷惑をかけないでくれ。なんて言われて、中学を出たと同時に実家を追い出されている。
もちろん、凛の言うソレとは事情は違う気がするけど。
それに、一つ。
凛なら、アズマを慕うコイツなら、その事情は知っておくべきだと思って。
そんな提案をしていた。
「えっと……」
凛が戸惑いを見せる。
まぁ、あたしの所に来るなんて、不安はあるだろうと。
アズマにも止められるんじゃないかと思っていたけど
「涼子がそんな事を言うのは珍しいし、気に入られてる証拠だよ。ここから凛の家まで帰るよりは涼子の家の方が近いし、今日の所は甘えておきな」
予想外に、アズマがあたしの事を信用して、凛にそんな言葉を投げかけていた。
凛もアズマの言葉なら不安は無いみたいで、コクリと頷いて、お世話になります。なんて頭を下げてくる。
「いいのか? 凛が不良になっても知らねぇぞ?」
そんなつもりは無いけど。少しからかうつもりで、そんな事をアズマに言うと
「蒼と白の話、知ってたんだろ。それでもって、守ろうとする夏妃の手伝いもしてた。ラーナの言葉なら、あたしは信用する。それに……今の涼子は、昔の涼子と違う気がするから、任せられる」
珍しく、あたしに向けた裏表の無いアズマの笑顔。
よくもまぁ、恥ずかしげもなくそんな事を言えるなと。
お互いずっと素直になれない関係だったのに。
だから、変に素直にそう褒められると、こっちがむず痒い気持ちになる。
「ったく、本当、今日は調子狂いっぱなしだ」
笑顔の魔法。
この街の金持ち一族までも動かしたその魔法。
ガキの頃からそんなラーナを見てきたコイツにも、その魔法が使えるのかも知れない。
じゃなきゃ、アズマの言葉でこんなに照れくさく感じる事なんて無い筈だ。
だけど、昔みたいなウザったい感情は湧いてこない。
本当に厄介な魔法だな。なんて。
なんとなくそんなことを思って。
あたしは凛と共に帰ることにした。




