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翠憶を求めて  作者: ラーナ
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小さな嫉妬の記憶

白い雨の少女は、その世界を求めている事を、翠の少女はまだ知らない

『戸野が関与している事は伝わったはずだろうし

こちらも何人か使いを送って街には目を光らせておく。

心配しないで、いつもの日常に戻ってくれ。

日程などが決まったら、夏妃から皆に伝えるように言っておこう』


そんな事を夏妃さんのお父さん。戸野家当主に言われて。


最寄りの駅まで車で送られた頃には、空は薄暗くなり始めていた。


「本当は皆の家まで送りたいけれど、ごめんね。流石に会合に次期当主が居ないってなっちゃうと文句言われちゃいそうで」


雨宮の件で、色々と戸野の一族が動くから、その会議に参加しなければいけないと

苦笑いで車中から手を振る夏妃さん。


「じゃあ皆! またねー!」


色々あったのに、本当にそんな事を感じさせない笑顔で、蒼ちゃんは白さんの手を握って。


「今日はありがとう。皆も、気を付けて帰って」


白さんはそんな蒼ちゃんの頭を撫でながら、そう言って。


「時間がある時は可能な限り、皆で集まって練習をしよう。今日は皆も疲れただろう。帰って休むのも大事なことだ。お姉さんも帰るとしよう」


ヴャクト姉さんがそう言って。


「あたしはまだ動き足りないから、ちょっとバッティングセンター寄ってから帰るかな」


「クソアズマが行くってんなら、勝てるチャンスかも知れねぇし、あたしもついてくわ」


「私も鈍ってるかも知れないし、アズマ姉さん達と少し練習してから帰ろうかな」


脳筋達はまだ元気みたいで、そんな事を言い出して。


各々、別れの挨拶を済ませて帰路を歩いて行く。


そんな姿を見えなくなるまでラーナお姉ちゃんと二人で見送って。


本当に色々ありすぎた一日だった。

なんて少しため息を吐いていると

ラーナお姉ちゃんに優しく肩を叩かれた。


「リーノ。私達も、帰ろっか」


その表情は、いつも通りの優しい笑顔。


珍しく、随分久しぶりに本気で怒っていたのに。

本当に切り替えが早いと言うか、なんと言うか……。


「はい。ラーナお姉ちゃん、もう具合は大丈夫なのですか?」


差し伸べられた手を取り、さっき白さんと蒼ちゃんを優しく見ていたから。

また何か予兆みたいなのは無いかと心配になって聞いてみる。


「心配し過ぎだよー。でも、色々ありすぎて、ちょっぴり疲れちゃったのは本音だから、夕御飯は何処かで食べよっか」


頭を抑えるような仕草もないし、嘘はついていない気がする。


「なら、心配かけられた罰で。高いモノ食べてやるのです」


その言葉に、私は少し嫌味っぽく返す。


『たった一人の家族なんだから』


そんな事を言われた、ちょっとした仕返し。


……ううん。ちょっと違う。


それも理由の一つなのだろうけれど、それ以上に私はラーナお姉ちゃんに嫉妬をしている気がした。


「お、お姉ちゃんが悪かったから、普通のレストランにしよ? り、リーノ? 聞こえてるよね?」


聞こえないふりをして、その手を引っ張りながら、街で少し高級って言われてるお店に進む。


夏妃さんの家で、何も出来なかったと

凛ちゃんがアズマさんに感じた気持ちがわかるくらい、実は悔しかった。


ラーナお姉ちゃんの、その笑顔が、この街一番の財閥までも動かした事。

説明されるまで、何も知らなかった筈なのに全員の感情を汲み取った事。


ラーナお姉ちゃんが、その提案をしなければ……


きっと誰もそんな事、思い付かなかった。

きっと、誰かが大怪我をしたり、最悪は誰かが、死んでいた。


……そんな最悪の未来もあった気がした。


ラーナお姉ちゃんの言葉が、そんな未来を変えた。


私が求める綺麗な世界の事を翠憶の世界なんて名付けていたけれど。


本当に、その世界に繋がる道を、ラーナお姉ちゃんは無意識に選べる人だと感じて。


私も、その世界を持っている。なんて言ってくれたけど。


励ましなんて言うような人じゃないのは、一番理解してるけれど。


私には、やっぱりその世界は作れない気がして。


「リーノってばぁ……」


「お腹いっぱいになるまで食べてやるのです」


ラーナお姉ちゃんみたいな世界を作れない自分の悔しさを隠す為。


未だに記憶を取り戻す素振りがない癖に、怒った時にヴャクト姉さんにしたその行為は

あまりにもその頃の生活を思い出させたから。


これは私の小さな嫌がらせ。


「諭吉さん……今までありがとう。さようなら……」


覚悟を決めたように、ラーナお姉ちゃんが呟いて


「よーし! やけ食いだー! 私もお腹いっぱい食べてやるんだからっ!」


……そうだったと頭を抱える。


ラーナお姉ちゃんは開き直るのも早いタイプだった。

ある意味、隙がない人。


「敵に回すと一番厄介なのは実はラーナお姉ちゃんなのかも知れないのです」


小さく聞こえないように呟いてみる。


「えっ?」


内容までは聞き取れなかったみたいだけど、私が何かを呟いたのは聞こえてしまっていたみたいで

逆に手を引っ張り出して歩き出していたラーナお姉ちゃんが立ち止まってキョトンとしていた。


「雨宮の人達が可哀想って思っただけですよ」


小さく笑って、そんな言葉を口にする。


「えへへ、確かに。アズマちゃん、運動得意だからねー。野球でもホームラン沢山打ちそうっ」


自分の事だとは思ってないみたいで、何故かアズマさんを褒めるラーナお姉ちゃん。


本当に。皆の事情を把握した時は鋭かったと思ったのに。

自分の事となると途端にポンコツになるその姿を見て。


「アズマさんと凛ちゃんと涼子さんとヴャクト姉さんは即戦力になりそうですけど、ラーナお姉ちゃん、運動出来ましたっけ?」


呆れて、話題を変える。


「うーん、実は野球やった事ないんだよね」


そして、えへへ。と笑うラーナお姉ちゃんに益々呆れてしまって。


「ラーナお姉ちゃんが提案するくらいだから、自信あると思っていたのです……」


「大丈夫だよっ! 私も試合まで練習するし、それに皆が同じ想いなら、絶対に負けないって私は信じてるからっ!」


根拠の欠片も無い言葉。

それなのに、ラーナお姉ちゃんが言うと妙に説得力があって……


それが皆から愛されて、あの世界を作り出しているモノのような気がして。


「……私も、翠憶の世界を求めているので、練習頑張るのです」


ラーナお姉ちゃんが、作った言葉。

その言葉を思わず口にしていた。

私が、その言葉を使うのが嬉しかったのか、ラーナお姉ちゃんは笑顔を浮かべる。


「皆が同じ想いなら、きっとその世界もすぐに見つけられるよ。リーノなら、絶対に」


そして、そんな事を言われてしまう。


相変わらず根拠のない言葉に呆れるけれど。


その笑顔の持つ、魔法の強さは改めて実感させられたから。


私が求める世界。


それは、ラーナお姉ちゃんが失った記憶を取り戻さないと届かない世界。


私にラーナお姉ちゃんみたいな事が出来る自信は無いけど


『皆が同じ想いなら』


ラーナお姉ちゃんの言葉を心に刻む。


そう。私一人の力では無理かも知れないその世界。


でも。もしも皆がその世界を求めてくれているのなら……

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