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翠憶を求めて  作者: ラーナ
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誇りを失った一族の記憶

陰から守る存在。二つ

「全く、主人を放って一人で白を見に行くなんて、とんでもない付き人だよ」


呆れて物が言えない。と言った口振りではあるが、その老婆の表情は妙に嬉しそうだった。


「しかし、戸野の一族の土地なら問題は無いと思っていたけれども……本当に長生きはしてみるもんだね」


またも会合が開かれたその部屋で車椅子の老婆は心底面白そうに笑う。


『戸野の一族から蒼と白。更には戸野の一族の土地や財産の全てを賭けて、野球で片を付けようと持ち掛けられた。全く、利用価値が無いなんて言ったけど、穢れた血も使えるモノだね』


その日、姿を現すなり真っ先に伝えられた雨宮当主の言葉。

付き人が戸野の令嬢と話したと言う言葉。

そして付き人が目にした翡翠の髪を持つ白の友人。


車椅子の老婆には、合点がついていた。

そして、恐らく私達の役目はここにあると。

車椅子の老婆と付き人の女性、クランは、二人。その決意を胸に今日の会合に立ち会っていた。


「しかし、どうしたものかね。戸野の連中は知らないけど、私の娘、息子達に野球が得意な子なんて居たかね……」


意味深な当主の言葉。

その意図を汲んだように、一人の男性が口を開く


「奴らに野球なんて出来なくさせてしまえば良いのです」


それを皮切りに物騒な方向へ話が飛躍する前に。

その言葉を待っていたかのようにクランは声を出した。


「貴方様の送った刺客は全員、戸野家のモノにやられてしまったと耳にしましたが」


実際に追い払ったのは、戸野の一族では無く、夏妃の友人と、クラン本人なのだが。

都合の良いことに、クランが戸野一族が白を守っていると当主に説明した所から

それは戸野一族がした事だと集まった人間達は勘違いをしてくれていた。


そして、その刺客の言葉から、相手がたった一人の女性だった事も話は流れていた。


攻めあぐねていた所での戸野当主の提案。

白と蒼を差し出すだけでなく、財産や土地の全てを差し出してもいい。

その提案は雨宮当主には都合が良かった。


「ならば、倍の数を送るだけだ!」


召使い風情が口を挟むなと。息を巻く男に、クランは続ける。


「申し訳ありません。ですが、失礼を承知の上で私の意見をお聞き下さい。あちらからの誘いと当主様も仰りました。下手な真似をされては、その誘い自体を取り消されると言う事もあるのではないでしょうか」


「む……」


使いが何人傷付こうが、恐らくこの人間達は気にしない。

だが、戸野の土地や財産を奪えない。そのような事になると話は変わるだろう。

クランの言葉に、男は見事に言い包められていた。


「流石は変わり者の付き人だね。上手い口車だ。だが、あながち間違ってはいない」


雨宮当主が、静かにクランを見据えるが、クランはそんな殺意の目には怯まず、出過ぎた真似をしてしまいました。と頭を下げるだけだった。


しかし、当主の言葉となっては、誰も言い返せない。


その言葉に、暫くの静寂。


「昔の雨宮は、戦う時は正々堂々としてたもんだけどねぇ」


静寂を破ったのは、車椅子の老婆だった。


「いつからだろうね。誇りを失ったなんて世間に言われるようになって、闇討ちみたいな真似ばかりするようになったのは……悲しい事だよ」


その言葉は、当主の激情を煽る。


「まだそんな口を聞ける元気が残ってたとはね……」


「片足を棺桶に突っ込んでるのはお互い様さね。アンタこそ、戸野に負けるのがそんなに怖いかい」


幼い頃から見てきた姉の姿。

その感情を動かすなんて、老婆には動作も無い事だった。


「上等な事を抜かしてくれるじゃないか。戸野が勝利した際には、貴様とその付き人を渡して来いなんて訳のわからない条件までつけられていたが、よく理解したよ」


そう。雨宮当主にとって一番怖いものは、負ける事。

だからこそ、雨宮はどんな手段を使ってでも勝利を得てきた。

勝つ為には手段なんて選ぶ必要はないと。それが雨宮の教えだった。


「そのような事を……」


当主の言葉に、クランが驚きを見せる。

たった一度の面識で、戸野の一族が自分達まで守ろうとしてるとは考えてもみない事だった。


「お前達もそうだろう! 正々堂々と戦う勇気のない弱い虫けら達よ!」


当主の激情だけでは足りないと。車椅子の老婆は集まったその場の全員に向けて言葉を放つ。


「大祖母様の言葉とは言え、それは聞き捨てなりません」


「穢れた血を守ろうなどと動いたお人だ! やはりいくら当主様の妹君だとは言っても、もう許せん!」


怒りを露わにする人々。


その感情のまま、車椅子の老婆に振るおうとした一つの拳をクランが止める。


「殴りかかる相手を履き違えてはおりませんか。これ以上、大祖母様に手を出すおつもりなら、このクラン。容赦は致しかねます」


雨宮に仕え、十数年。幾度と無く、クランは仕事を任されて来た。

雨宮の性質上、その手を血で汚した事も少なくは無い。

元々はそう言った陰の仕事を主にしていた。


『こんなお嬢ちゃんにそんな仕事は似合わないよ。私の付き人にしておくれ』


その言葉が無ければ、きっと今もそちらの仕事を任され続けていたであろう。


この場の者達ならば、その事は知っている。

それに、この場に集まっている者は、命令を下すだけで、自分が危険な立場に置かれた事など一度も無い。


その瞳に宿す殺気は、雨宮当主とも引けを取らないものだった。


「は、離さんか! おい!」


怯む男の言葉に、男の護衛であろう数人が、その行為と男の言葉にハッとし、

クランに向け、懐からその武器を取り出して構えていた。


「たかだか棒切れ如きで、私を止められるとお思いで?」


だが、尚もクランは男の手を離さず、殺意を込めた瞳をその護衛達に向ける。


「……ここでクランが暴れたら、怪我じゃすまないよ。最終的に私達を殺せたとして、残った人数で戸野とやりあえるのかねぇ」


老婆はその姿を見て可笑しそうに笑う。


「……ウェル、その馬鹿をつまみ出せ。身内でやり合おうなど、私はそんな事、一言だって言ったつもりはない筈だよ」


ため息の混ざった当主の言葉。

その言葉に、今度は雨宮当主の付き人が動いた。


「失礼。当主様のご命令です」


男の護衛を退けて、その男はクランの腕を掴む。


「いい加減、お前もその薄汚れた手を離せ。お前に触れられると、このお方にまで血の匂いが感染ってしまうだろう」


「それは失礼」


当主付き人の言葉に、クランは素直に手を離す。


「全く不本意だ。雨宮をそこまで舐めるか……戸野め。抜かした言葉を後悔させてやる」


その怒りを全て戸野の一族にぶつけるように。


「誰でもいい! 雨宮のモノで野球の経験がある者を八人揃えろ!」


「八名ですか? 残りのお一人は……」


当主の言葉に戸惑ったように、一人が発する。


「ウェル。貴様が出ろ。雨宮を舐めた戸野の一族だ。それに、以前の失態は許した訳じゃないからね。負けは許さないよ」


先程、車椅子の老婆に手を出そうとした男を追い出した当主の付き人。

その男に向け、当主は言った。


「その件は大変申し訳無く思っております。必ずや今度こそは当主様のご期待にお応えします」


この男だけは油断出来ないかも知れない。と。

何処か自分と同じ血の匂いを感じさせた男に。


もしかしたら、この男は、当主以上に厄介な存在なのかもしれないと。


クランはウェルと呼ばれたその男を見て、そんな事を感じていた。


「戸野の輩め、私達が姑息な手段しか取れないと思ったら大間違いだ。今に見ていろ」


怒りを露わに、今日はここまでと。当主が叫ぶのを見て。


クランと車椅子の老婆は、目を合わせ、上手く行ったと。小さく笑い合う。


「大祖母様、ウェルと呼ばれたあの男だけは油断ならない気が致します」


「あのバカの付き人を任されてるくらいだ……あんたと同等か、それ以上の暴力は使えるだろう」


当主が立ち去り、他の人間達は少しでも当主に良いところを見せようと人数を集める為に動き始めた頃。


クランが発したその言葉に、老婆もソレを感じていたのか。

そのような事を言っていた。


「しかし、本当に長生きはしてみるもんだねぇ。試合は私達も見に行くよ。また一人で行こうなんて考えるんじゃないよ」


「返す言葉がございません……」


勿論戸野を応援したいと言う理由はあるが。

老婆にはもう一つ。まさかこんな所で繋がるとは思わなかった一人の少女の姿を。

あの優しい少女が成長した姿をもう一度見てみたいと。

そんな思いも秘めていた。

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