雷の記憶
少女は心の強さを知る
蒼ちゃんの話を聞き終わって。
アズマ姉さんが探偵さんに電話をして。
夏妃さんの付き人と名乗る人が迎えに来て。
そして、今。
あの探偵事務所にいた私達は、夏妃さんの本家。とても大きな家の一つの部屋に集まっていた。
事情は、車中で付き人の人から聞かされていた。
雨宮が、その一族が白さんを消そうと、蒼ちゃんを連れ戻そうと企んでいる事。
私達の前に現れた男達は、その使いだと言う事。
そして、それを守りたいと言う、同じくらいの権力を持つ夏妃さんの事。
私には難し過ぎる話で、全部は理解できなかったけれど。
「白姉っ!!! 良かったよぉ! 無事だったんだね!」
その姿を見かけるなり、蒼ちゃんは白さんに飛び着いていた。
本当の姉妹じゃないなんて、信じられないくらいに蒼ちゃんは白さんを思っている。
「蒼こそ、無事で良かった。アズマ、ありがとう」
白さんもそれは同じ思いみたいで。そんな蒼ちゃんを優しく撫でながら、アズマ姉さんにお礼を言っていた。
「私からもお礼を言わせて。事情も知らないのに蒼を守ってくれて、本当にありがとう」
夏妃さんも、そんな事を言ってアズマ姉さんに頭を下げていた。
「あ、あはは……別に当然の事をしたまでだし、そんなお礼言われると恥ずかしいな……」
アズマ姉さんのそんな照れた声を聞きながら。
私は少し上の空でそんな様子を見ていた。
……結局、何も出来なかった。
蒼ちゃんやリーノちゃんを物理的な悪意から守るって決意してた筈なのに。
アズマ姉さんは憧れだし、強くて優しい人。私には敵わない人だって、わかってはいたけれど。
こうやって、その実力の差と人望の差を見せつけられると、少し自分が情けなくなる。
「凛ちゃんも、ありがとうなのです。蒼ちゃんを守ろうと立ち向かったって聞いたのです」
そんな風にアズマ姉さんが皆に称えられている姿を見ていたら。
不意にリーノちゃんに肩を叩かれた。
「私は、何もしてないよ」
その優しさはありがたいけれど。
その気遣いはありがたいけれど。
本当に、私は何も出来なかった。
「凛ちゃん……」
「どうせ何も出来なかったのが悔しいとか思ってんだろ? あのなぁ、その辺のチンピラとは訳が違う相手なんだ。そんなのに立ち向かう時点で度胸はすげぇと思うし……」
リーノちゃんの隣に現れた涼子さんが頭をポリポリとかいて、少し照れたように言葉を続けてくれる。
「そもそもアズマが強いときってのは、お前らみたいな守りたいって思うヤツが近くに居るときなんだよ。居るだけで充分役に立ってんだよ。落ち込むなんて、お前の柄じゃねぇだろ」
伝説の不良。そんな風に呼ばれる街の有名人。
そんな涼子さんに、優しく頭を叩かれる。
一番最初に見かけた時は、私が勘違いで蹴りかかったというのに。
事務所でもう一度その顔を見た時は気まずくて何も言えなかったというのに。
噂だけで悪い人だと決めつけていた。
でも、私が攻撃を仕掛けた時も反撃なんてして来なかった。
そして今も、根に持つどころか、そんな言葉を紡いでくれる。
言葉は乱暴だけど、何処か優しい人だった。
それに、アズマ姉さんの従姉弟だからなのか。理由はわからないけれど
その言葉は、ただの励ましとは思えないくらい、説得力があった。
「凛ちゃんをそんな風に励ますのも、不良さんの柄じゃないです」
「だあぁ! うっせぇな! お前に言われると風紀委員に注意されてるような気がしてムカつんだよ!」
そんな二人のやりとり。私の事を気遣ってくれて、わざとふざけてくれているようで。
それなら私も変に落ち込んでる訳には行かない。
「涼子さんって、言われる程不良じゃないですね」
「あん? 喧嘩売ってんなら買うぞこら」
私がクスクスと笑ってそんな事を言うと涼子さんはそんな返しをしてきて……
「まだ動きたりないし、凛にそんな事言うなら、あたしの相手してもらおうかな?」
そんな私達のやり取りを見て、いつの間にか涼子の背後に現れたアズマ姉さんの姿と言葉に
「ふざけんな! テメェ、ヤバいヤツ五人も相手に戦って圧勝だったんだろうが! 勝てるかバーカ!」
何故か強気な口調で思いっ切り弱気な事を言って、
物凄い勢いで私の後ろに隠れる涼子さん。
その姿がやけに面白くて余計に笑ってしまっていた。
本当、まだまだ修行が足りないなぁ。
そんな事を思ってしまう。
いつかアズマ姉さんが言っていた心の強さって、もしかしたらこう言う事なのかなって。
こんな状況なのに笑って、ふざけ合うリーノちゃんや涼子さん。アズマ姉さんの姿を見て。
何処かそんな事を感じながら。
「その、つまり夏妃ちゃんが本当のお姫様で、白ちゃんと蒼ちゃんは実は本当の姉妹じゃなくて……その雨宮って人達に蒼ちゃんが襲われたって事でいいんだよね?」
不意に。ラーナさんが把握した現状をまとめた言葉を発していた。
怒ったようなその口調。
ラーナさんらしくないその口調に、皆がラーナさんの方を向いていた。
「ごめん。巻き込みたくなくて……ラーナには黙ってようって」
白さんが言葉を挟んだけれど。
相変わらずラーナさんは少し頬を膨らませて
「それで、皆はその事を知ってたんだよね? 私にだけ、隠してたんだよね?」
いつも笑顔のラーナさんがそんなに怒る姿なんて初めて見る。
「そ、その……すまない。面倒な事に巻き込んではならないと……」
「え、えっと、その、ほら! ら、ラーナは体調悪そうだったし、説明して変に気を使わせるのも悪いかなって……」
ヴャクトさんと夏妃さんが慌てている。
「他に言い訳ある人っ!」
もう、つついたら、頬が破裂するんじゃないかってくらいに
頬を膨らませてラーナさんは声を荒らげていた。
「あ、あたしはさっき蒼から説明受けるまで知らなかったから! ラーナの味方!」
「わ、私もです! 蒼ちゃんから聞くまで知りませんでした!」
それはアズマ姉さんが怯む程に怖い事みたいで
私もアズマ姉さんに続いて避難する事にした。
「わかった。アズマちゃんと凛ちゃんはこっち側」
ちょいちょいと。手招きをされて、私達は言う通りにラーナさんの隣へ移動する。
「他に居ない?」
黙り込む面々。それを確認すると
すぅっと。ラーナさんが息を大きく吸う音。
「久しぶりに雷が落ちるのです……」
リーノちゃんが、もう覚悟は決めたとばかりに耳を塞いでいて……。
「みんなのばかぁ!!!!」
直後、本当にそれは雷みたいな勢いで。
近くに雷が落ちたときみたいな大きな声で。
ラーナさんが叫んでいた。
「私が頼りない事はわかるよ? 私が知ったら一人で無茶な事しそうなんて、そんな事を考えてくれる皆の気持ちも嬉しい。だけど、それでも。ううん、それだからこそ、そんな大切な話、隠したりなんてして欲しくなかった」
そんな事を言いながら。
白さんと蒼ちゃんの元へと歩を進めて
「白ちゃん、蒼ちゃん。気付いてあげられなくてごめんね……気を使わせちゃってごめんね?」
その声は、もう、いつもの優しいラーナさんの声だった。
後ろ姿だから表情はわからないけれど、きっといつものラーナさんの笑顔な気がした。
「私こそ、ごめん。あの大切な時間を、そんな話で穢したくなかった……」
「お、怒られるかと思ったよぅ」
「えへへ。でも怒ってるのは本当だからね?」
そうして、二人を優しく抱きしめたあと。
次は夏妃さんの方へと向かう。
「えと、その……」
あわあわと、ラーナさんを目の前に紡ぐ言葉を探す夏妃さん。
「私が倒れちゃったから言えなかったんだよね。私にはお金持ちの人の事情なんて、わからないけれど。白ちゃんと蒼ちゃんを守ろうって。そう思ってくれてたのは凄く嬉しい。ありがとう夏妃ちゃん」
「ラーナが居てくれたから。私はそんな風に思えたの。お礼を言うのは、私の方……ラーナ、本当にありがとう」
今度は、夏妃さんを優しく抱きしめて。
続いて、涼子さんの元へとラーナさんは向かう。
「ヤンキーさんは夏妃ちゃんの手助けをずっとしてくれてたんだよね。私を探してくれてたんだよね。でも、ヤンキーさんだって、もう私の友達なんだからね? 無関係なんて、そんな悲しい事思わないでね?」
「ったく……調子狂うな」
抱きしめられたまま、涼子さんは小さく笑っていた。
「うむ。次はお姉さんの番か。さぁ、抱きしめると良い。思い切り抱きしめ返してやろう」
腕を広げて待つ探偵さん。
だけど、ラーナさんはそんな探偵さんの頭をペチンと叩いて。
「探偵さんが悪い人じゃないのはわかってるけど、リーノや白ちゃんと隠れて何か話してるのくらい気付いてたんだから! 本当に一番のバカッ!」
探偵さんにだけは容赦なく、怒っていた。
「す、すまない……」
クスクスと。探偵さんが謝るそんな姿を見て、小さな笑いが起きる。
「リーノ」
「はい……」
リーノちゃんの前に寄ると、ラーナさんは少し悲しそうな声でリーノちゃんに向けて言葉を紡いでいた。
「リーノはしっかり者だし、探偵さんを頼ってるのはわかってる。だけどね、私はリーノのお姉ちゃんなの。頼りないかも知れないけど。一緒に翠憶の世界を求めようって話したでしょ? 一緒に、頑張ろうって。誰が居なくなってもその世界は作れないの。リーノならわかるよね?」
「ごめんなさいです」
謝るリーノちゃんを優しく抱きしめて、ラーナさんは言葉を続けた。
「お願いだから、無理しないで。たった一人の家族なんだから」
本当に。ラーナさんが皆に好かれる、その意味を理解出来る。
ラーナさんは誰も責めない。
それどころか、皆の気持ちをちゃんと汲み取っていた。
全部理解して、その上でただ、隠していた事にだけ対して、怒っていた。
「本当に、ラーナには敵わないなぁ」
隣りにいたアズマ姉さんが苦笑いを浮かべ、そんな事を言っていた。
ラーナさんよりも弱いと。いつか語ったアズマ姉さん。
ラーナさんを傷付けてしまったことがあると強く後悔していたアズマ姉さん。
そこまで想うくらいにアズマ姉さんが大切にしてる人。
明るくて、人懐っこくて、何処か不思議な魅力のある人だとはずっと思っていた。
だけど、この瞬間。
私は本当の意味でその魅力に気付けた気がした。
言葉には例えられないけれど。
言葉には出来ない事なのかも知れないけれど。
他人の気持ちを汲み取れる程に優しい人。
そして、さっきも感じた心の強さ。
それを今のラーナさんからは強く感じ取れた。
いくら鍛えたって、ラーナさんみたいにはなれない。
リーノちゃんも、勇気のある人だけれど……本当にリーノちゃんのお姉さんなんだって。
今まで私が見てきたラーナさんなんて、表面の姿だけだったんだって。
そして、そんなラーナさんだから、アズマ姉さんも、皆もラーナさんの事が大好きなんだって思えた。
「えへへ、話遮っちゃってごめん……」
そうやって笑顔を振り撒くラーナさん。
そんな人だから、アズマ姉さんはたったの一度でもラーナさんを傷付けてしまったと深く後悔しているんだと。
この世界を守りたい。何かを守るときにアズマ姉さんは強くなる。
さっきの涼子さんの言葉を思い出して。
それはアズマ姉さんだけじゃない。きっと、皆も同じ想い。
だから、私も。
まだまだ修行が足りないけれど。それでも、この世界を守る力になりたいと。
その為ならどんなツラい事だって耐えてみせると。
改めて、そんな決意を胸に誓っていた。
「それで、話を聞いてから、ずっと考えてたの。雨宮の一族と喧嘩になっちゃうって事だよね?」
ラーナさんが、一度笑顔を消して、真剣な表情に変える。
「私も、白ちゃんや蒼ちゃんを失いたくなんて無い。その想いは、皆も同じだって思っていいんだよね?」
ラーナさんの言葉に、全員が頷く。
「白ちゃんも蒼ちゃんも、きっと同じだよね。雨宮には戻りたくないし、これからも二人で暮らしていきたいんだよね」
その言葉に、白さんと蒼ちゃんが目を合わせて。白さんは控えめに頷いて。
蒼ちゃんは相変わらずの笑顔で
「もちろんだよっ! 私は白姉と一緒に居たら、何も怖い物なんて無いんだからっ!」
蒼ちゃんらしい、その言葉に。白さんは少し呆れて、ラーナさんは笑顔で返して。
「私達、九人が全員同じ想い。これは私達の戦い」
静かに両手を胸に当てるその仕草は、思わず見惚れてしまうくらいに、綺麗だった。
「九人の戦い。何か、閃かない?」
そして続いてラーナさんの口から発せられた言葉は
私の……いや、多分ラーナさん以外全員が誰もそんな事を考えないような。そんな言葉だった。




