結束の記憶
その魔法は一人の女性を動かしていた
話を終えて。とりあえず、今日はここまでと。
各々帰り支度を始めた時に鳴り響いたヴャクトの携帯。
「そうか。そのような事が……うむ。白は無事だ。安心してくれて構わない」
白が無事。その言葉だけで、私もその電話の内容が雨宮関連の事だと。
そして、恐らく想定していた中で最悪の事が起きているのだと察した。
だから、そこから先の行動は早かった。
『早速で悪いが、夏妃の力を借りる時が来てしまったようだ』
ヴャクトにそんな言葉を言われるより早く。
私は付き人に電話をし、彼女達を迎えに行って欲しいと伝えた。
「私達も移動しましょう。雨宮が絶対に立ち入れない場所に」
そして、私達も車を出す。
いつから見張られていたのか。それすらもわからない現状では、ラーナもリーノも安全だとは言い切れない。
巻き込みたくなくても、あの一族は弱いものから握り潰すような事を平気でしてくると知っている。
蒼が狙われた。そして、蒼を守る世界がある事に気付かれた。
でも、まだ私の一族がそれに関与しているとまでは把握していない筈。
それなら、まずは私の一族が関与していると知らせよう。
そうすれば、あいつらも少しの間は手を出せなくなる筈。
その間に、次の動きを決める。
先手は打たれたが、まだこの世界は守られている。
アズマには、後でお礼を言わなきゃ。
蒼と凛。二人の少女を守りながら、尚、それでも雨宮の使いを撃退したと言う彼女の強さに驚かされた。
涼子がトラウマ級なんて呼ぶ強さをその話だけで理解した。
涼子は望まないかも知れないけれど、その力はきっと頼りになる。
「涼子、まずはラーナ達を迎えにヴャクトの事務所へ。そしてその後は真っ直ぐ、私の本家に走らせて」
運転は涼子に任せ、私は助手席へ。
そして残る二人は後部座席へ。
「あたしのドライブテクニックを見せる時がきちまったか」
「……変なテクニック、見せなくていい」
妙に張り切る涼子に、白がそんな風に呟くのが微笑ましい。
……そう。皆が。あの場に集まった人達全員が、この空気を。この世界を守ろうとしてる。
その結束力さえあれば、雨宮になんて負けるはずない。
「夏妃、ヴャクト。一人、怪しい人影」
ラーナとリーノがいる探偵事務所。そこに着くなり、白は一つの電柱を指さした。
雨宮だからと言う理由で、危険が及ばないように近くに置いて居ただけだと思っていたけれど
探偵の助手をしてるだけあって、流石に鋭い子。
私には、そんな気配感じ取れなかった。言われて目を凝らして見ても、気配も姿も見えない。
「一人だけ?」
私は白に問いかける。
コクリと頷く白を見て私は膝に乗せていた、その刀の布を解いた。
ヴャクトの時は、勘違いだと解ったから使わなかった。
でも、これは勘違いじゃない。容赦は要らない。
命を奪う真似まではしないつもりだけれど。
素手だと私はそんなに強くないから。
「私はリーノとラーナを迎えに行く。夏妃、頼まれてくれるか?」
念の為、片付けておかなきゃ面倒になるかもと。
その考えはヴャクトも同じだったみたいで、そんな事を言われる。
「当然。涼子はエンジンかけたまま待機。白もそのまま車にいて」
「あいよ」
「うん」
私の言葉に、二人が頷くのを見て私とヴャクトだけが車から出る。
「あまり無理はするなよ。夏妃も私やラーナが守りたい世界の人間だ」
幽霊ビルに足を踏み入れる直前に。
私の目を見て、そんな嬉しい事をヴャクトに言われた。
ラーナとは今日会ったばかりなのに……。
「戻ってくる頃には終わってるだろうから、心配しないで」
誰一人欠けたって、ラーナは悲しんでくれる。そんな優しい女の子なのは私も知ってるから。
怪我なんてするつもりない。
「気付いてるから出て来て。雨宮の使いでしょう」
白が指さした電柱。そこへ向かい声をかける。
「まさか気付かれるとは思わず、失礼致しました。あまり姿を見られたくなかったもので……」
てっきり屈強な強面の男でも出てくるかと思っていたのだけれど。
想像とは正反対。そんな言葉と共に姿を現したのは随分と若く、華奢な女性だった。
「申し訳ありません。私一人の力では、こちらにおられる、白様のご友人を守るだけが精一杯で……蒼様を守る事までは出来ませんでした」
思っていたよりも早い段階から、見張られていた事を知って驚くよりも
いきなり深々と頭を下げられて、そんな風に言われた事に、戸惑ってしまった。
二人を見張っていたのは、雨宮から守る為だと言うその相手。
それに白を様付けして呼ぶような人。
雨宮の使いという事こそ否定していないけれど、否定しないからこそ、その言葉はある程度信用出来た。
「ラーナや白の知り合いって訳では、ないよね?」
それなら隠れる必要なんて無い筈。
敵意は無さそうだけど、気配の隠し方と言い、只者ではないのはわかる。
一応警戒は残したまま、その女性に問い掛ける。
「雨宮に仕えてはおりますが、私が仕えているのは現当主ではありません。白様も私とは面識はないかと。そのご友人とも、当然面識はございません。ただ、私が仕える主人は、白様をとても大切に思っております」
嘘は言っていない。雨宮独特のあの気持ち悪い空気を、この人からは感じない。
それに、頭を下げたまま、そんな事を言われては、どうにもこちらの調子が狂ってしまう。
「いきなり全てを信用しろって言われても難しいけれど、敵意が無い事はわかった。ラーナを守っていてくれたのなら、ありがとう。とりあえず頭を上げて。
それに雨宮に仕えているのなら、都合が良いから。雨宮の当主に伝えて。私は戸野家の次期当主、戸野夏妃。これ以上この地で、この街で問題を起こすようなら、こちらも黙ってはいないと」
頭を上げた女性は、私の素性までは知らなかったようで
私の名前を聞くと、少し驚いたような表情を見せ、少し微笑んだ。
その微笑みに、悪意は感じ取れない。
ただ、納得と安心をしたような。そんな表情。
「そうでしたか。貴女様が戸野家の……。夏妃様、私如きがこのようなお願いをするのは失礼と承知の上で、お願いです。
どうか、どうか白様をお守り下さい。雨宮現当主は、白様を消す気でおられます。そして蒼様を連れ戻したモノを次期当主にするなどと息巻いておられます。恐らく、戸野家の地であろうと何かしら策を練ってこられるかと……」
必死に。そんな事を丁寧に伝えられ、頭を再び下げられてしまう。
そのくらい、大切に思ってくれているんだ。
「だから頭を上げてちょうだい……。調子が狂っちゃうじゃない。もう」
「申し訳ございません。私の名はクラン。雨宮現当主の妹君に当たるお方に仕えております」
名を名乗り、頭を上げた彼女に、私は続ける。
「その人が雨宮当主になれれば、きっと一番幸せだったんでしょうね。……私達も白や蒼を守りたい気持ちは同じだから、安心して。クランはその主人を守ってあげて」
雨宮で、そんな迫害された少女を陰から守るような行動がバレたらどうなるか。
そんな事は承知の上で、ここまで来て、ここまでしてくれるクランとその主人。
主人に言われたから、ここに来た。
そう言う訳でもなさそうな彼女に私は伝える。
「夏妃様が、大祖母様の仰る通りのお方で、本当に安心しました。改めて、心より感謝致します」
クランは、少し安心したような笑みを見せ。またも頭を下げようとしたので、もうそれはやめてと小さく笑ってしまう。
過去に、あの世界でずっと白を救い続けてくれていたのだと思うと、感謝するのはこちらの方だった。
それに、言われなくとも私は元々そのつもりで動いている。
「では、私は蒼様を連れ戻しに……」
クランが続けたその言葉に、本当にこの人は単独で動いているモノだと知る。
雨宮として動いているのなら、蒼が無事な事くらい情報が流れててもおかしくないから。
「ううん。蒼も無事だから心配しないで。今は私の友人が匿ってくれてる。それくらい、雨宮の暴力になんて負けないくらい強い人なの」
だから私も、流石にこれ以上の警戒をするのは失礼だと思い、素直にその事を伝える。
すると、随分と驚いた表情をされた。
「五人程、蒼様をつける影を確認していたのですが……それ程とは」
うん。人数までは聞いてなかったから、それは流石に私だって驚く。
そんな人数相手に蒼も凛も守りきるって、本当に凄いよ……アズマ。
「え、えっと。うん。それくらい心強い味方が何人も居るから。ね?」
私の言葉にクランはとても安心したように微笑んで
「はい。そのような方々でしたら、私も安心して大祖母様の護衛に専念出来ます。もし、また雨宮に不穏な動きがあれば、その時は夏妃様へご連絡を」
そう返してくれた。
ちょうど、そんな話を終えたタイミングでヴャクトとラーナ、リーノの三人が幽霊ビルから出てくる姿が見えた。
あまり長話してる余裕はないみたい。
「あまり無理して、貴女まで消されちゃったら、主人が悲しむと思うから。無理はしないで。……それと、貴女の主人に、もしもの事があったら、戸野を頼りなさい。貴女みたいな使いなら、今の私の付き人より役に立ちそう」
わざわざ危険を犯してまで白を守ろうとしてくれた彼女に、まとめるよう、そんな言葉を紡ぐ。
「私如きにそのようなお言葉……ですが、はい。ありがたく、胸に留めておきます」
クスリと。私の言葉に少し笑って。
それではと。私の事情も察したように。
次の瞬間には、彼女の姿は消えていた。
思わず何処に消えたのかと探してしまうけれど、見当たらない。
「何が起きているのです? この車は……」
「えっ、夏妃ちゃん、その腰につけてるのって……本物?」
そんな背後からの言葉に、それどころじゃなかったと、すぐに思考を切り替え。
二人の元へと駆け寄る。
「すまないが今は一刻を争う。事情は車中で説明する。乗ってくれ」
戸惑うリーノとラーナに向け、ヴャクトがその言葉を伝えてくれていた。
二人は私とヴャクトの顔を見て
ただならぬ空気を察してくれたのかそれ以上は何も言わず後部座席に乗り込んでくれる。
「まるで忍者だな。よく追い払えたものだ」
車に乗り込もうとする私にヴャクトも一瞬だけど、クランの姿を確認していたのだろう。
そんな事を小さな声で私に言ってきた。
「敵ではなかったみたいだから」
一言だけ返し、私が乗り込むとヴャクトも黙って車へと乗り込む。
……クランも何人かラーナ達を拐おうとした雨宮の使いを倒していたような口振りだった。
まだゆっくり話せるような状況ではない。
本家に着くまでは、油断してはいけない。
車を走らせようとした瞬間、私の携帯に着信。
「うん。こっちも合流して、今から本家に向かう所。本家に着くまで、そっちも油断はしないで」
付き人からの連絡で、付き人の方も上手く蒼達と合流出来たと。その連絡に、一言返して。
「急ぎましょう」
私の、その言葉にまたも張り切る涼子。
そんな涼子に、安全運転で。と小さく呟く白。
「えっ、えっと、私を病院に連れてこうって訳じゃ……流石にないよね? コレ」
「ヴャクト姉さん、これは何事なのです?」
少し騒がしくなった車内で。
ラーナやリーノを巻き込んでしまった事に申し訳無さを思いながら。
クランと名乗ったあの子とその主人の無事を祈りながら。
私は二人に今起きている事を説明する。




