翠憶の世界
その世界を作るには記憶を集めて
また、この夢。
小さな頃の私が、泣いている夢。
そして、そんな私を、優しい誰かが励ましてくれる夢。
『ラーナが泣いていると、私も悲しくなるんだ。でも、ラーナが笑ってくれていれば、私も笑えるようになる』
その人が悲しむ顔なんて見たくなかった。
大好きな人が悲しむ顔は見たくなかった。
だから、どんな時も笑顔でいようって。
そう心掛けるようになった。そんな大切な記憶。
『笑顔の魔法。と名付けようか。ラーナが笑っていると、周りの皆も笑顔になる。間違っては無いだろう?』
私に、その魔法を教えてくれた大切な人。
『忘れないでくれ。ラーナが笑顔で居れば、その魔法を忘れなければ、どんなにツラい事だろうと必ず乗り越えられる』
忘れてないよ。
ずっと大切に、ずっと心に刻んでるよ。
私にとっての都合の良い夢。
そんなただの夢なのに。
どうしてこんなにも鮮やかに残っているんだろう。
どうしてこんなにも温かい気持ちになるんだろう。
『髪飾りのプレゼントの意味をお嬢ちゃんは知っているかい?』
それは、リーノの笑顔が消えた時に出会ったお婆ちゃん。
うん。覚えてるよ。
だから初めて出会った白ちゃんにも髪飾りをプレゼントしたの。
とても素敵な出会いに感謝して。
少し目を離したら消えてしまいそうな儚さを持つ白ちゃんを見て。
繋ぎ止める縁を作ろうと思ったの。
でも、そのお店にはリボンの髪飾りは売ってなかったから。
それに、白ちゃんにはリボンよりも多分お星様の方が似合うんじゃないかって、なんとなくそう思ったから。
『どうかその縁と絆が一生続くように』
ちゃんと続いているよ。
縁で私達は繋がったよ。とっても優しい縁で皆が集まってくれた。
私達家族三人の絆もちゃんと続いてるよ。
私と、リーノと……
どうして、私は今、三人だと思ったんだろう。
何か大切な事を忘れているような。
『忘れないでくれ。その笑顔を』
お婆ちゃんの姿が遠くなって。優しい夢の人の姿が遠くなって……
夢から覚めようとしている。
そう。夢なんだからコレはいつか必ず覚めてしまう。
でも、待って。まだ行かないで。
必死に手を伸ばしてみる。
夢だから、触れられない。
何か思い出せそうな気がするのに。
それは、私にとって凄く大切な事のような気がするのに。
お願い。思い出させて。
ーーもう少しだけ、この夢を見させて。
「起きました? 疲れてるのなら、無理したら駄目です」
目の前に、リーノの顔があった。頭には、ゆらゆらと靡く大きなリボン。
なんとなくまだ夢の中にいるような感覚で。
そのリボンに手を伸ばしてみる。
今度は、触れられた。
「リーノ……私」
何かを言おうとして。でも、何を言えばいいのかわからなくて。
それ以上の言葉が出てこない。
「今更リボンを返してなんて言われても、返しませんよ?」
クスクスと。そんな私を見て可笑しそうに笑うリーノ。
まだボーッとしたまま。それでも、リーノが笑顔で居てくれるのが嬉しくて、私も笑顔を見せる。
「それより、さっさと現実に戻ってきてください」
リーノがそんな事を言って、濡れたタオルを私の顔に被せてきた。
その冷たさで、段々と頭が冴えて来て。
私に紹介したい人が居るって呼ばれて
蒼ちゃんとヤンキーさんと夏妃ちゃんに出会って
なんだか自己紹介が終わったら疲れが一気に出て来ちゃって。
なんだか酷くなってきた頭痛に思わずそのまま意識を手放して……
さっきまでの夢の記憶より、そっちの記憶が鮮明になってくる。
「うわぁ! え、えっと、皆は!?」
慌てて飛び起きて周囲を見渡す。
探偵事務所内。そのソファに私は横になっていた。
さっきまで集まってくれていた皆は居ない。
「飛び起きないで下さい。ラーナお姉ちゃんは病み上がりさんなのですよ」
落ちたタオルを拾いながら、リーノにそんな事を言われてしまう。
最近バタバタしてたから、疲れが溜まってるのは自覚していたけれど……まさか倒れちゃうなんて。
心配をかけちゃうような初対面になってしまったみたいで。
リーノの言葉に、色々な申し訳無さを覚えて、素直に再び横になる。
「皆が居たらラーナお姉ちゃん、また気を使ってしまうと思ったので。
皆は私が帰らせました。ヴャクト姉さんは、別件の用事との事で、今は私達だけです」
新しいタオルを持ってきて、リーノが私の質問に答えてくれていた。
「もう、あまり心配させたくないからって無理しないで下さい。そうやって倒れて、ラーナお姉ちゃんまで二度と目を覚まさなくなってしまったりしたら、皆の……私の、笑顔の魔法も解けちゃいます」
続けて。悲しげな表情で、そんな事を言われて、何も言い返せなくなる。
多分、死んじゃった両親の事を思い出してるんだって。そんな事を思う。
「えへへ、ごめん……」
私だって、皆が笑顔で居てくれているから、笑顔になれるのに。
そんな大切な人達を悲しませるような事はしたくないのに。
少し無理をしてしまった事を恥ずかしく思う。
「とりあえず、アズマちゃんにだけでも連絡しないと……」
多分、一番心配してくれてるはず。
私が体調崩す度にお見舞いに来るような人だし
後遺症とか未だに気に病んじゃってる人だから。
「大丈夫です。ちゃんと私が連絡しておきました」
「むむぅ、流石は私の妹……」
リーノの方がしっかりしてる。なんてふざけてアズマちゃんや白ちゃんに言われるくらい。
本当に、そう言う所までしっかり者だと思う。
今度会った時に、皆にはちゃんと謝ろう。
今動いたら、リーノだけじゃない。皆にも余計に心配をかけちゃうだけだと。自分でも理解して。
「久々にリーノと二人きりだし、最近はゆっくりお話もできなかったから、少し話そう。リーノ」
それならと。最近バタバタしてて、あまりゆっくり話す機会が無かったから。
横になったまま。私は静かにリーノにそんな提案をしてみる。
「そんな改まってするお話なんて無いですけど……ヴャクト姉さんが戻って来るまで帰るわけにも行きませんから、暇つぶし程度ですよ?」
呆れたように。それでも優しい声で。リーノは私の提案を呑んでくれる。
特に何かと言った深い話題なんて私にも無い。
だけど、そんな深い意味のない話をする時間も大切だから。
今日集まってくれた人達の事を、リーノの感じた印象を聞いていく。
「凛ちゃんがラーナお姉ちゃんの事を探してる怪しい二人組なんて勘違いしてたのです」
夏妃ちゃんとヤンキーさんのお話。
「アズマさんと知り合ってから、アズマさんの脳筋がどんどん凛ちゃんに感染してるのです」
アズマちゃんと凛ちゃんのお話。
「蒼ちゃんはもう少し白さんを見習うべきですよ」
蒼ちゃんと白ちゃんのお話。
「ヴャクト姉さんが皆を集めてくれたのです」
頼りになる探偵さんのお話。
呆れたように。探偵さん以外の皆を少し悪く言うけれど。
その表情はずっと優しくて。たまに思い出したように笑っていて。
「リーノも、皆の事が大好きなんだね」
私がそんな事を言うと
「ラーナお姉ちゃんと一緒に暮らしているせいで、私までどんどんアホになってしまっているだけなのです……」
そんな返しをされてしまう。
もうちょっと素直になれば、もっと可愛い妹なのに。
勿体無いな。なんて、そんな事を思ってしまう。
「でも、そんなラーナお姉ちゃんが、こんなにも綺麗な世界を作ったのです。それは、私には真似出来ない事なのです」
続けて。少し自信なさげな珍しい表情で、そんな事を言うリーノに私は小さく笑ってしまう。
「……リーノ、違うよ」
リーノは気付いてないだけなんだよ。
リーノは小さな頃から、しっかり者だったから。
学校で浮いていたのを私は知ってる。
そんな事気にしてないって表情で、ずっと堪えてきたリーノを知ってる。
口には出さなくたって。リーノのお姉ちゃんなんだから、それくらい見抜いてた。
でも、私には何もしてあげられる事なんて無かったから。
せめてお家だけでは常に笑顔でいて欲しくて、せめてお家だけはリーノの居心地の良い世界にしようって。そう思ったの。
『凛ちゃんはアホなのです』
そんなある日、今まで学校の事なんて何も話さなかったリーノから、一人の子の名前が口に出された。
アホな同級生に苦労させられてる。なんてお話。
その日から、事ある毎に口癖のように、その子の名前がリーノの口から出るようになった。
その子と遊びに行くと出掛ける事が増えて行った。
私がその子の顔を知ったのは白ちゃんと出会う少し前で、最初は男の子と間違えちゃったけど。
でも、その子と話すリーノはとても楽しそうで。
それは、私とアズマちゃんの関係ときっと同じものだって理解した。
凛ちゃんはアズマちゃんに似てると思った。
運動が出来そうとか、そう言う意味じゃなくて。
私の事をいつも守ってくれるアズマちゃんみたいに
リーノの事を守りたいって想いをなんとなく凛ちゃんから感じていた。
私は守りたいって思われるようなその世界を、もっと素敵な世界にしようと思ったから。
アズマちゃんみたいに強くない私が出来る事をやろうって思っただけ。
そうやって笑顔の魔法を心掛けてきたら、色々な偶然でその縁が繋がっただけ。
私は本当にその偶然の中に居ただけ。
きっとリーノだって同じ事が出来ると思う。
私よりしっかりしてるリーノなら、今以上に素敵な世界に出来るかも知れない。
だから、自分には出来ないものなんて思わないで。
私だって、アズマちゃんやリーノが居なかったらその世界を素敵な世界にしようなんて、きっと考えなかったんだから。
「リーノだって、ちゃんとその世界を持ってるんだよ?」
そんな説明は要らない。
それは、凛ちゃんと蒼ちゃんが気付かせてくれるはずだから。
自分で気付かなくちゃいけないものだって、そんな気がするから。
だから私はただ一言。そんな事を伝える。
そして、なんとなく。本当になんとなく。
私の笑顔を、夢の中の人は笑顔の魔法なんて例えてくれたのを思い出して
私の髪を翡翠みたいなんて例えてくれた夏妃ちゃんの言葉を思い出して
「リーノが言ってくれた、その綺麗な世界の事、翠憶の世界って名付けよっか」
「すいおくのせかい。ですか?」
リーノが目を丸くして、私の言葉を繰り返していた。
優しくて温かい世界。優しい記憶が沢山詰め込まれた世界。
リーノが求めるその世界に、私はそんな名前を付けてみる。
「その世界を求めて、私も頑張るから。リーノも頑張ろ?」
きっと、リーノになら出来るから。
それに今日出会った人達となら。皆素敵な人達だったから。
皆が居たら……きっと、そんな世界を作れると思う。
「ラーナお姉ちゃんは、やっぱり究極のバカなのです。よくも、そんな言葉を思い付くものです」
そんな私の言葉に、リーノが呆れたように。でも、凄く優しい笑顔で応えてくれていた。
「翠憶の世界……」
そしてもう一度。その言葉を静かに繰り返していた。




