居場所の記憶
その世界に、その二人はもう含まれている
『アズマ姉さんは強くてカッコいい人だよっ!』
あかりんの言葉を思い出していた。
確かに、身長も高いし、運動神経は良さそうな人だった。
だけど、二日酔いでぐったりしてる姿はそんなに頼りになるような人には見えなくて……
ラーナさんが倒れた時も、凄い勢いでパニックになってたから
そういう事には弱い人なんだって。
そんな風に勝手に決めつけてしまっていた。
だけど、アズマさんが起こしたそれは、私のそんな勝手なイメージを全部吹き飛ばしていた。
突然現れた大人達。
威圧的なその態度。
雨宮の一族だとは、すぐに理解した。
追い出したくせに、今度は戻って来いなんて。
私が断ろうとするなら、あかりんがどうなるかわからない。
そんな脅し方をしてくる大人達に凄く腹が立った。
庇うようにあかりんは強くその大人達を睨んでくれていた。
あかりんが鍛えている事は聞いている。
でも、この人達を倒して逃げるなんて誰にも出来ない。
また、あの家に戻らなきゃならないの?
この人達は、どうやってでも白姉と私を引き離すつもりでいるの……?
りーのんにあかりん。
そしてラーナさんと周りに居る面白くて優しい人達。
せっかく見つけた、せっかく出会えた優しい世界。
せっかく見つけた私の居場所。
それをこうも簡単に奪われてしまうのか。
りーのんがしてくれた笑顔の魔法の話。
夏妃さんが語った笑顔の魔法の話。
私の中でかけがえのない、大切な記憶を大切な世界を踏み躙られた気がして……涙が零れそうになった。
そんな私のありったけの怒りを込めた叫びも、この人達の耳には入ってない。
……そんな時、その人は空気を変えた。
さっきまでの優しい雰囲気は欠片も無くなっていた。
『凛、蒼。下がってろ』
静かに、肩を叩かれる。
いくら強いって言われてるアズマさんでもたった一人じゃ無理だ。それにこの人達は暴力に慣れている。そう思って引き止めようとした。
『大丈夫だから』
その言葉に、その空気に呑まれて、言われた通りに数歩下がる。
それくらい、強い怒気の籠もった、それでも私達には精一杯優しくしようって感じ取れるくらいの声色だった。
でも、いくら強くたって、雨宮に勝てる筈なんてない……。
アズマさんがやられて、あかりんがその姿を見て泣いて。私は連れ去られる。
……そんな悲しい未来しか、想像していなかった。
だから、目の前の現実に
「アズマさん、カッコいい……」
まさかこんな未来になるとは想像してなくて。
あかりんが説明してくれたのと同じ。そんな言葉しか出てこなかった。
ケンカなのに、一歩間違えれば大怪我をするのはわかっていたのに。
まるでアクション映画でも見ているかのような
そんな打ち合わせがされていたのかと勘違いしそうになるくらいに。
振るわれる全ての攻撃を紙一重で避けては、繰り出されるアズマさんの攻撃。
その動きも凄くカッコよくて。
一人、また一人と。倒れていく大人達。
全員を倒すのに、長い時間はかからなかった。
それくらいの力量差が、アズマさんと雨宮の人達の間にあった。
雨宮の大人達が弱いわけじゃない。
それは、私がこの中では一番良く知っている。
それ以上にアズマさんが強過ぎた。それだけのお話。
アズマさんは素手だったのに。相手は複数だったのに。相手は武器を持っていたのに。
そんな不利は微塵も感じないくらい。
全員を倒しても、油断無くアズマさんはその大人達を睨んで
「よし、面倒なことになる前に逃げるぞっ! 凛! 蒼!」
もう立ち上がってくる事が無いことを確認したように
私達の腕を掴んで、倒した大人達を後目に、走り出していた。
そうして、私達はアズマさんの家に転がり込んでいた。
「あ、アズマ姉さんの凄さ、わかってくれた?」
ゼェゼェと肩で息をしながらも、自分の手柄とばかりに自慢してくる凛ちゃん
「ちょ、ちょっと……まだ喋る余裕、ないよぉ」
私も体力には自信あったけど……
「正体わからない人ぶちのめしちゃったし、もしかしたら追っ手が来るかも知れないから」
なんて、何処までも油断をしないアズマさんに
物凄い勢いで手を引っ張られて走ったから
もう汗だくだし、喉はカラカラだしで、その言葉に反応する元気がない。
「あはは、少し休んでていいよ。今ジュース出すから」
アズマさんは一番動いている筈なのに息一つ乱さないで、そんな私達の姿を見て笑って冷蔵庫を開けていた。
「蒼ちゃん、その、あの人達って……」
先に息を整えたのは凛ちゃん。
流石いつもアズマさんと一緒に鍛えてるだけあるな。なんて思ってしまう。
「まぁ、とりあえず落ち着きなよ」
コトンと。アズマさんが置いてくれたジュースを私は一気に飲み干す。
「おかわりっ!」
ようやく、それで会話する程度には体力が戻ってきた。
「あ、私も!」
あかりんも喉がカラカラだったみたいで、私の言葉に続いて言っていた。
「いやぁ、ごめんごめん。ついあたしのペースで走っちゃったもんなぁ」
さっきまで二日酔いでぐったりしていた人とは思えないくらい
さっきまでしょんぼりしてた人とは思えないくらい
私達の姿を見て笑みを浮かべるアズマさんは本当にカッコ良かった。
それが本来のアズマさんと言う人間の姿なんだと。
私は今更あかりんの言葉を理解していた。
好きに飲んで良いよと、大きなペットボトルをそのまま持って来てくれて
必死にそんなペットボトルを取り合う私達を見てアズマさんはずっと微笑んでくれている。
「うう、結局、私は何も出来なかった……」
ある程度落ち着くと、あかりんがそんなことを言いだして、項垂れてしまう。
その姿が、ラーナさんの事で落ち込んでいたアズマさんと被って、なんだか私は可笑しくなっていた。
でも、大人達に物怖じせず立ち向かってくれたあかりんだって、充分にカッコよかった。
「後ろに凛が居てくれたから、あたしは何の心配もなく全力出せたんだから、気にすんなって」
そんなあかりんの背中をポンポンと叩いてアズマさんは笑顔を見せていた。
本当に、同一人物なのかと疑ってしまうくらい。
数人の大人に立ち向かった時の、あの怖い空気は今のアズマさんからは感じない。
でも、絶対に全力じゃないよね。
会話を聞きながら、そんな事を思う。
その気になれば、多分もっと簡単に倒せていたような気がして。
私やあかりんに血を見せたくなかったからなのか、全力を出すと殺してしまうくらいの力があるからなのか。
理由はわからないけど、攻撃にある程度の加減があった気がしていた。
「それより、蒼。聞いてもいいよな? なんなんだアイツら?」
……あぅ、やっぱり聞かれちゃうよね。
白姉、ごめんと。心の中で謝ってから。
私は観念して、アズマさんとあかりんに話す。
雨宮と言う一族の事。
白姉が雨宮から追い出された事。
私が白姉を追いかけてこの街に来た事。
そして、何故か追い出した筈の私を連れ戻す為にあいつらが現れた事。
「別に隠すつもりは無かったんだけど、白姉に口止めされてて……そ、その、怒ってる?」
あまりにも静かに聞いてくれて、俯いてしまった二人に恐る恐る訊ねてみる。
「怒る訳ないよっ! 蒼ちゃん! 大変だったんだねぇ!!」
まるで自分の事かのように涙を堪えて、あかりんが抱き着いてきた。
あかりんのその言葉に、本当にりーのんやあかりんと知り合えて良かったと。
改めて感じる。
「あたしはちょっと怒ってるよ。そんな勝手な理屈で二人を追い出して、勝手な理屈でまた連れ戻そうなんて雨宮ってその一族の奴らに」
アズマさんは、静かに怒りを込めて、そんな事を言ってくれた。
私の為に、怒ってくれている。
「白ちゃんが穢れた血なんて、そんな風に言われてたなんて……」
白姉の為に、怒ってくれている。
白姉が二人が大好きだと語る理由が理解出来た。
本当にアズマさんもラーナさんも何処までも優しくて、何処までも強い人だった。
「あー、そんな奴らってわかってればもうちょっと本気出してたのになぁ」
本当に。一歩間違えれば大怪我をするような戦いをした後とは思えないくらいの笑顔で、アズマさんはそんな事を呟いて
「ぜ、全力って言ったの嘘なんですか!?」
あかりんがその呟きに益々落ち込んでいた。
「あ、いや……一般人相手程度の全力?」
慌ててあかりんを宥めるアズマさん。
アズマさんから見たら、あの大人達ですら一般人レベルなのかと。小さな驚きが隠せない。
『アズマさんですか? ただの脳筋です』
アズマさんの言い訳に、りーのんがそんな紹介をしてたのを思い出して、思わず笑ってしまう。
「第二形態とかありそうだよね、アズマさんっ!」
「蒼はあたしをモンスターか何かだと思ってるのか!?」
思わず言ってしまった私の言葉に、今度はアズマさんが項垂れていた。
でも、わりと本音。だってそれくらい、信じられないくらいに強かったんだから。
「違うよっヒーローだよっ! あの、ほら、髪の毛が金色になったり」
「するんですか!? 見たいです!」
何故かあかりんが目を輝かせている。
あかりん……ちょっと壊れてないかな。大丈夫かな。
私が心配するって相当だってわかってるかな。
「凛、蒼のボケに乗ってるだけだよな……」
アズマさんが呆れたように頭を抱えていた。
「まぁ、とにかく。二人とも、もう暫くはウチに居た方が良さそうだな。それに白ちゃんも心配だし……うーんどうするかなぁ」
気を取り直すように、アズマさんが言った所で私もハッとする。
「そうだっ! 白姉も危ないかも! 私行かなきゃ!」
「はいはい。一番危ないのは蒼なんだから落ち着いて。そもそも帰り道わかんないだろ」
飛び出そうと立ち上がる私の首根っこをアズマさんに掴まれた。
「あぅ、確かに……」
結構な勢いで走ってきたから、道順なんて記憶出来てなかったのと
さっき私が連れ去られそうになった事を思い出す。
「でもでも! 白姉は……」
「ヴャクトは多分あたしより腕っぷし強いから、心配無用だよ。涼子だってあの程度の奴ら相手に負ける程じゃない。……もう、そうやって自分より他人優先する所までラーナそっくりだなぁ」
言いたい事は理解しているとばかりに。
私を優しく撫でながら、アズマさんは微笑んでくれていた。
アズマさんより強いって言うのはイマイチピンと来ないけど、
それでもアズマさんが言うならと。不思議と納得出来てしまう。
ラーナさんとは別物だけど、そんな不思議な安心感はアズマさんも持っていた。
「あ、探偵さんに電話してみます?」
あかりんが、そんな提案をして、自分の携帯を取り出そうとした姿を見て
「後であたしから電話かけるよ。でも、その前に……二人に一つだけ頼みがあるから聞いてくれないか?」
アズマさんが私達に頼むなんて、何事だろうと。それはあかりんも同じ気持ちだったみたいで。
アズマさんの真剣な表情。
コクリと頷く私達を確認したあと。
「この話、ラーナには秘密な!」
クスリとうってかわって大きな笑顔でそうお願いされた。
「ラーナが知ったら、一人で雨宮の所に説得しに行きそうだし……」
なんて、私でも簡単に想像が出来る事を言われて。
そんな風に笑うアズマさんに私とあかりんは同じように笑顔で頷いていた。
この魔法は、一つだけじゃない。沢山の奇跡を与えてくれるよ。りーのん。
その魔法を教えてくれた私の親友に対して。
今度話す時は、そんな事を教えてあげよう。
「ヴャクト。この世界をこの力で中から守れ。私は約束守ったからな。白ちゃんの事、今は任せていいよな」
そんな事を思う私の耳に小さな呟きが入る。
本当に小さな声で、アズマさんがそう呟いていた。
あかりんは気付いていない。
本当はアズマさんも、今すぐにでも駆け付けたいんだと。
それよりも、今は私達を匿う方が大切なんだと。
それくらい白姉を大切にして、その上で尚、自分が今するべき事をちゃんと理解している。
そんな素振りは私達に心配させたくないから一切見せないで。
本当に油断が無くて、強くて優しい人なんだなって。
その姿から、私はそんな事を感じていた。




