穢れた一族の記憶
それは意図せず起こした翡翠の魔法
その部屋には異様な空気が漂っていた。
「こんなにも早い感覚での合同会議なんて珍しい事もあるものだな」
黒い如何にも高級そうなスーツを着た男が、そんな事を言う。
「蒼様の件ですよ。穢れた血が混ざっていようと、それ以上に雨宮には必要な逸材でしたから」
そんな男に対し、言葉を返すのも、これまた如何にも高級そうな白いドレスを着た女性。
そこに集まった人々は、皆が皆、如何にも高級。と言った服や時計。アクセサリーを身に着けていた。
「穢れた血を強く引き継ぐ者同士だ。勝手にすれば良い」
不服そうな声。
「名前を呼ぶのもおぞましくて言えた物では無いが、件の女が生まれ落ちた時にやはり処分するべきだったのだ」
「事故に見せかけて処分しようとはしていたと耳にするが」
「生み落とした元凶は処分出来たけど、一番の元凶は処分出来なかったのだと聞いたわ。全く悪運の強い恐ろしい血」
「全く。皆さんは戸野の近くに穢れた血を捨てた意味を理解してないのですね」
それぞれが、それぞれ。好き勝手に
そんな高貴な雰囲気とは正反対の物騒な会話をしていた。
「騒がしいね。あまり噂をされるのは好きじゃないんだよ」
一人の老婆が、それを口にすると、ヒソヒソと話していた彼らは、途端に静かになる。
「当主様。大変失礼致しました」
代表するかのように、一人の男が頭を下げていた。
「だが、流石は私の娘、息子達だ。ある程度は理解しているみたいじゃないか」
頭を下げる男を無視し、老婆は続ける。
本当の娘や息子は数人だろう。だが、老婆はその一族は全員が家族のようなモノだといった口振りで続ける。
「口にした程度で問題なんて起きないさ。白。あの小娘は、あの穢れた血は私達の宝を奪った」
激情に駆られ、追い出したのは自分達だと言うのに。
そんな事は忘れているかのように老婆は強い怒りを示していた。
「しかし、蒼様にも穢れた血は……」
「ならば貴様らの中で少しでも赤い光を宿す者、その者達全員を殺しても良いと。貴様はそう私に口答えするのだな? おやおや、そんな事を言う貴様にも少し赤い光があるのではないか?」
ゆらりと。言葉を遮り、頭を下げていたその男に近付き、老婆は黒い笑みを見せる。
「も、申し訳ありません!」
威圧的なその笑みに畏怖したのか。男は更に深く頭を下げていた。
「多少、赤い光を宿していても、それは大きな問題じゃない。……忌まわしい血は、生まれたときから白い髪を持つ者だけだ。履き違えるんじゃないよ。全く」
ため息を吐き。老婆は言葉を続ける。
「私の大切な娘、息子達にお願いするのは気が引けるんだけどねぇ」
言葉とは裏腹。全く気が引けるなど、そのような素振りは見せず。
「少しでも戸野の輩を揺らがせるような事ができればと思い、あの街に捨てたが、蒼が奪われたのは、許されることでは無い。
利用価値よりも、最早その存在の方が目障りだ。雨宮白を消せ! そして、雨宮蒼をこの地へ取り戻せ! 雨宮蒼を取り戻した者を次期当主とする!」
老婆が叫ぶ。
老婆の次期当主と言う言葉に、集まった人間達がざわつき始める。
そして、我先にと。その部屋を出る者。何処かに電話をかける者。
慌ただしくなる部屋の中。
「……いつ聞いても、物騒な会話しかしないねぇ。ここは」
片隅で一人。車椅子の老婆が呟いていた。
「聞かれては面倒になりますから、あまりそういう事は仰らないで下さい」
傍ら。車椅子を守るような形で隣に立つ女性が小さな声で注意をしていた。
「構いやしないよ。仮にもあの当主の妹だ。それに、今やなんの力も持たないただの年寄り。
出来る事なんて何も無いのはあのバカな姉が一番理解している事さね」
当主の妹と語る老婆は、続ける。
「……あの街は、この街とは違って随分居心地がよくて好きだったんだけどねぇ」
何かを懐かしむような目で。
「あの優しいお嬢ちゃんが巻き込まれなきゃいいのだけれど……」
老婆は遠い昔に気紛れでやっていた店に来て、自分の話を目を輝かせて聞いてくれた。
とても優しい少女の事を思い出していた。
「お嬢ちゃんのお陰か、随分と長生きは出来たけども、震えるこの手と動かないこの足じゃ、もう何も出来ないのが口惜しいもんだね」
小さく呟く老婆。
「何を仰りますか。白様が生き永らえたのも、大祖母様のお力添えがあったからこそでは無いですか」
その女性は知っている。過去、雨宮白を消そうと企んでいる話を知り
その少女を助ける為に、老婆が裏で動いていた事を。
両親までは救えなかったが、そのお陰で白だけは救うことが出来た事を。
何度も陰ながらに白を救い続けた結果、その行為が姉に知れてしまい、この様な痛々しい姿にされてしまった事も。
雨宮の中。彼女は一人正しくあろうとした老婆をずっと見てきていた。
「大祖母様は、私の誇りです」
そんな女性の言葉に、老婆は小さく笑い
「私は、ただの変わり者の年寄りだよ」
「ならば私も変わり者の付き人ですから。いざと言うときは……」
何かを決意する女性。そんな姿を見て、老婆は小さく笑う。
「心配はいらないよ。あの街は戸野一族の土地さ」
その一人娘が、優しい眼差しを白に向けていたのを、老婆は知っている。
その当主が、唯一の希望と白の事を見ていた事を老婆は知っている。
そして、その一族が雨宮とは違い、とても真っ当な事も。
「あんたは、私にもしもの事があったら、戸野の門を叩く事だけを考えていればいい」
それは口癖のように。
老婆は、付き人と語る女性へとそんな事を言うのだった。
……だが、その女性の想いは変わらない。
大祖母様が大事に守ったその少女に危害が及びそうな時は
今度は自分がその意志を継ぎ陰ながらその少女を守ってみせると。




