縁が結ぶ九つの記憶
大切な出会い。一つの呪いを知る少女が、一人
『早朝にすまない。何人かラーナに紹介したい人間がいる。事務所で待つ』
探偵さんからそんなメールを貰って、その連絡に気付いたのがお昼を回るくらいで
私は慌てて準備をして久々にその幽霊ビルに足を運んでいた。
「探偵さんが良い人なのはわかってるけど、この建物に入る時は緊張しちゃうよ」
昔、お世話になった事があるなんて、そんな風にリーノから紹介をされた探偵さん。
色々な人と知り合いになれるのは嬉しいし、楽しみなんだけど……
この建物の雰囲気だけは探偵さんには申し訳ないけど、慣れる事ができない。
「アズマちゃんと一緒に来ればよかったかも」
そんな独り言でも言わなきゃ、何か出てくるんじゃないかって。
そんな事を感じるくらい不気味。
「全く。まさか酔い潰れて帰れなくなるとは思いもしなかったよ」
「あたしが負けず嫌いなの知ってる癖に、ヴャクトがあんなに飲むのが悪いんだ……」
「アズマ、いいからドリンク飲んで」
恐る恐る階段を上って、事務所の入口が見えてきた頃。
聞き覚えのある三つの声にようやく緊張を解くことが出来た。
話の内容的に、昨日アズマちゃんが探偵さんと一緒に飲んでて、潰れちゃったって事で良いのかな……。
お酒飲むなら混ぜてほしかった。なんて、少しアズマちゃんを恨む。
「二日酔い状態のコイツになら、喧嘩売っても、勝てるかもしれねぇな」
「もう、そんな事したら私が止めるからね?」
「ねぇねぇ! 後はラーナさんが来るまで待つだけなんでしょ? それまで遊ぼうよー!」
続けて、聞き覚えのない三つの声。私に紹介したいって言う人達の声かな。
「アズマ姉さんがこんなになってるのに放って遊ぶなんて事出来ないよ……」
「そもそもこの事務所には遊べるような道具も何もないのです」
更に続くのは、凛ちゃんとリーノの声。
えっと、もしかして、もう全員揃ってる?
そう思った時には、慌てて階段を一気に駆け上って、事務所の扉を思い切り開けていた。
寝坊したとは言え、時間指定もされてた訳じゃないし
まさか全員揃ってるとは思ってもいなかった。
「来たか。主役が随分と慌ただしい登場をするものだな」
少し呆れたように微笑むのは、この事務所の主の探偵さん。
「ラーナ、ヴャクトは酒の強さもあたしより上だったよ……」
いつものカッコよさが珍しく影に隠れるくらいに元気なく。そんな事を報告してくるアズマちゃん。
「遅いです。社会人が遅刻とはどう言う事なのですか」
全くと言った感じでため息混じりにそんな憎まれ口を叩くリーノ。
リーノまでも呼び出されていたみたいだった。
……そんな事言うなら、私を起こしてからリーノも一緒に家を出れば良かったのに。
でも、最近少し仕事でバタバタしてたのをわかってたから気を使ってくれたんだと思うと、その言葉は言えない。
「リーノちゃんが起こしてあげたら良かったんじゃないかな……。あ、どうもこんにちはっ!」
ペコリと。私の心の声を代弁してくれたのは今ではアズマちゃんと共に鍛えているらしい凛ちゃん。
一人一人の面々を確認しようと目を巡らせていると
「わあぁ! 本当に優しそうな人っ! 白姉が言った通りの人だっ!」
「わわっ!」
突然、そんな事を言って飛び着いてきたのは
ツインテールの可愛い、透き通る青い空のような髪の色をした女の子だった。
その勢いに思わず倒れ込みそうになって、足に力を入れる。
「いきなり飛び着かない。ごめんラーナ。この子は妹の蒼。リーノ達とは同級生。馬鹿だけど、悪い子じゃないから」
私に抱き着いてきた女の子を引き剥がしながら、白ちゃんが説明してくれた。
確かに、言われてみれば顔立ちは似てる。
白ちゃんの妹の割には、と言うより
白ちゃんが大人しい分、その元気は全て蒼ちゃんに行ってるんじゃないかと思うくらいに
凄く元気で可愛い女の子。
「蒼ちゃん! よろしくねー! リーノも白ちゃんもこんな可愛い女の子どうして今まで紹介してくれなかったのー」
「紹介する機会が無かっただけなのです。ラーナお姉ちゃんは最近お仕事も忙しかったみたいですし」
思わず挨拶と共に口にした私の言葉にリーノが反論していた。
確かに最近はリーノとゆっくりお話する時間も取れないくらいバタバタしてたけど……。
白ちゃんは伝える事出来たんじゃない?
ジトーっと白ちゃんにそんな瞳を向けてみると
「こんな妹、恥ずかしくて世に出せない」
察した白ちゃんはそんな風に言って悪戯な笑みを浮かべていた。
酷い言い方だけど、それが本心じゃない事は伝わってくるし
何か事情があったんだろうと自分で納得させる。
「うぅ、リーノに寂しい思いさせるなんてお姉ちゃん失格だよぉ。ごめんねリーノぉ」
「元からお姉ちゃん失格なので問題ないです。それより、紹介するのは蒼ちゃんだけじゃないので、進めて下さい」
結果的に蒼ちゃんと知り合えたし、これから仲良くなっていけば良い。
だから、わざとらしくリーノにそんな事を言って泣きついてみるけど
リーノは頭痛が痛くなる前にさっさと済ませてくださいと。
簡単に流されてしまった。
……流石は私の妹。手強い。
「えー! やだやだ! もっと沢山ラーナさんと話したい!」
「だから蒼は後回しにしたかった」
嬉しい駄々を捏ねてくれている蒼ちゃんに、白ちゃんが呆れて微笑んでいた。
本当に仲のいい姉妹で。見てるこっちまで微笑ましくなる。
ーー何故か、そんな二人の姿を見てズキリと頭に痛みが走った。
蒼ちゃんが昔の私と被って見えて。
でも、私にはそんなお姉ちゃん居なかった筈なのに。
「蒼ちゃん、あまりラーナさん困らせちゃ駄目だよ?」
「私は困らせていいのですね。そうですか。凛ちゃんは親友だと思っていたのに、残念です」
「りーのん! 私は親友じゃないの!?」
その痛みの理由を探るより早く。
三人のふざけ合う姿を見て。
凛ちゃん、リーノ、蒼ちゃんの三人も仲がいいのだと思わず
そんな姿に私やアズマちゃんと白ちゃんを重ねてしまっていた。
「で、姫さんはいつまであたしの後ろに隠れてるつもりなんだ?」
本当に、可愛くて優しい女の子達。なんて思っていると不意に、そんな声が聞こえた。
まだ紹介されていない二人。
そのうちの一人の真っ赤な髪のちょっと不良っぽい人が、呆れたようにそんな事を言っている。
「だって……本当に変わってなくて、その、なんかいざ対面すると緊張しちゃって……」
不良っぽいその人の後ろ。隠れるように小さくなっているけど
大きなポニーテールが隠れていないその人が、不良っぽい人に言い返していた。
「え、えっとぉ……」
不良っぽい人は少し苦手で、私がなんて言葉を繋げようか悩んでいると
「あぁ、あたしは樋木涼子。そこで死にかけてるアズマの従姉妹だよ。アズマには恨みあるし、とどめさしていいか?」
クスッと。そんな私の気持ちを汲んでくれたように。
言葉の割にはとても優しい笑顔と声でその人は自己紹介をしてくれた。
口も見た目もヤンキーさんだけど、性格は悪い人ではないみたいで。
少し安心して、私もペコリとその人に頭を下げる。
確かに、姫と呼ばれていた後ろに隠れるその人を心配する姿は
なんとなく何処かアズマちゃんに被る。
ーーまた、ズキリと。頭に小さな痛みが走った。
さっきからどうしちゃったんだろう。
最近忙しかったから疲れてるだけだよね?
『忘れた頃に後遺症とか出てくる』
アズマちゃんにそんな心配をされた事を思い出して
思わず頭を抑えようとしていた、その手を止めた。
多分、そんな事しちゃったらアズマちゃんが心配しちゃうんじゃないかと思って。
「だ、だめです! アズマ姉さんの敵は私の敵です!」
もう一人。アズマちゃんに似てる空気を持っている凛ちゃんが涼子と名乗るヤンキーさんの言葉に反応して構えていた。
「もう死にかけてないから。あたし回復も早いか……ごめん、やっぱタンマ。あと十分くらい待って……」
アズマちゃんも立ち上がって、構えようとして、そんなことを言ってまたソファに座り込む。
……流石にこんな状態のアズマちゃんに心配はかけられない。
それに後遺症なんて考え過ぎだよ。大丈夫。
「じょ、冗談だと思うから二人共落ち着こ!? アズマちゃんも無理に立たないで、お水飲もう?」
まぁまぁと。二人を宥めながら、自分にも大丈夫だと言い聞かせる。
「アズマの醜態は私の責任でもあるからな。ほら。飲んでおけ」
探偵さんが、そう言ってドリンクを手渡していた。
こうなるって察していたのか、私がお水を取りに行こうとするより早くその行動を取っていた。
本当にリーノが姉さんなんて呼び方をして慕う理由がわかるくらい。
たまに変な所はあるけど、基本はリーノ以上にしっかりしてる人なんだと、改めて感じて……
また、ズキリ。小さな頭痛。
「うーん、探偵さん、私も飲み物もらっていいかな?」
「む? 構わんが、大丈夫か? 先程から少し顔色が良くないように見えるが……」
やっぱり、この探偵さんを誤魔化すのは難しいみたい。
「えへへ、ちょっと忙しかったから多分疲れが出ちゃってるだけ。心配かけたくないから、アズマちゃんには言わないで貰えると助かるかな」
素直に、小さく探偵さんに耳打ちをする。
相変わらずだな。と探偵さんは小さな声で私に言うと、ドリンクを一本私に差し出してくれた。
「体調優れないなら無理に今日じゃなくてもいいんじゃねぇか? アズマの体調はどうだっていいけど」
一口。ペットボトルからドリンクを流し込んで、深呼吸をする私の姿を見てヤンキーさんがそんな事を言っていた。
本当に、性格はアズマちゃんに似ている人だな。なんて感じちゃって
「あはは、大丈夫だから気にしなくていいよー! えっと、ヤンキーさん!」
「別に好きに呼んでくれて構わねぇけど、どんな呼び方だよソレ……」
ドリンクと深呼吸のお陰で、ある程度頭痛も治まって来てるし、本当にただ疲れてるだけなんだと思う。
だから私はヤンキーさんにそう伝えて、笑顔を見せる。
私の呼び方に少し呆れて、それならいいけど。とヤンキーさんも諦めたようにため息を吐いていた。
「ほれ、姫さんがずっと隠れてるせいで進まないんだよ。ったく」
ひょいと。そんな事を言って、ヤンキーさんが軽く横に移動する。
「わあぁ! 涼子のバカっ! まだ心の整理ついてないのにっ!」
あたふたと。隠れられる場所を探すように揺れるポニーテールが凄く可愛い。
ちょっと持っててと。さっきまで飲んでいたドリンクのキャップを締めて、ヤンキーさんに手渡して。
「私相手に緊張なんてしなくていいんだよっ!」
そう言って、背中を向けたままの
まだ自己紹介を済ませていないその人を後ろから抱きしめる。
「あうぅ」
本当に緊張してるみたいで、変な鳴き声で少し戸惑ったように暫くモジモジとしていたけれど。
私が体を離すと
その人は一つ小さな咳払いで、緊張を打ち消したみたいで。そしてやっと振り返ってくれた。
「その、私の事……覚えて、ないよね」
一つの質問。
少し期待を込めたようなオッドアイの瞳。
また少し頭痛が走ったけれど、その痛みを抑える。
勇気を出して私を見てくれたんだ。笑顔で応えないと。
「えっと……その、ご、ごめんね?」
その期待を裏切るのはとても申し訳なかったけど、嘘を付くのはもっと悪いと思ったから。
何処かで会っていたような口振りのその子に謝る。
「そんな顔しないで。それくらい、覚えきれないくらいの人が、貴女の笑顔で救われてるの」
クスリと笑って。
忘れてても仕方のない事だと。
でも、自信を持ってほしいと。
その笑顔に助けられて、そのお礼がずっと言いたかったのだと。
そんな風に言われてしまう。
「わぁあ! 本物の笑顔の魔法だぁ……」
その子が語ったお話を聞いて、蒼ちゃんはその魔法を知っていたみたいで
まるで本物の魔法使いを見るような目で、私を見ていた。
「私は戸野夏妃。改めて、ラーナ。私と友達になってくれる?」
そう言って、手を差し伸べられる。
「うん! こちらこそだよー! 夏妃ちゃん!」
断る理由は無かった。
「沢山可愛い人に出会えて、幸せな一日だよー! ねっ! アズマちゃんっ!」
「私も夏妃と蒼とは初対面なんだけどな……あはは」
そう言って少し困ったように笑うアズマちゃん。
何人か、この日が初対面の人達も居るみたいだった。
それでも、皆が笑顔なのが嬉しくて。
とても優しい人達に出会えたのが嬉しくて。
とても温かい気持ちになれたのが嬉しくて。
私はその日一番の笑顔を見せる。
笑顔の魔法が紡いでくれた縁に大きな感謝をして。
縁と言えばと。少し古いお話を何となく思い出して。
そしてズキリ。それは今日一番の頭痛で、流石に耐えられなくて……頭を抑えたらアズマちゃんが心配しちゃう。抑えたらダメ。
それでも、頭を抑えなくてもその痛みは私の意識を刈り取るには充分で……
「おい! 大丈夫か!?」
ごめん、アズマちゃん。心配かけたくなかったんだけど……。
誰かに抱き止められる感触。
慌てている皆の声。
そんなに心配しなくて大丈夫だから。
ただ、疲れているだけだからって、そう安心させたいのに。
私の意識が遠く、暗くなっていって……




