繋がる縁の記憶
緋色は、頼ることを知る
「ヴャクト。いきなり呼び出しちゃって悪いね」
姿を見せてくれた、ラーナと似た髪色とラーナと同じ髪飾りをつけたその人に、とりあえずと、謝罪をする。
ラーナに会いたいと言っている涼子の友人。
涼子が、苦手なあたしの所までわざわざ顔を出してまで、そんなお願いをしてくるなんて珍しいし
そのくらい大切な事なのだろうと。
そんな理解はしていたけれど。
『ええぇ! この街一番の伝説の不良って呼ばれてる、あの涼子さんだったんですかぁ!? うわぁ、私、とんでもない人にいきなり蹴りかかっちゃったんだぁ……』
涼子が立ち去った後、凛に涼子の説明をしていたら、そんな事を言い出したから。
噂に尾ヒレがついていたとしても、あたしが涼子より腕っぷしが強いとしても。
やっぱり小さな不安が残ってしまって。
その夜、あたしはその人を呼び出していた。
凛と一緒に行くと、凛が変な勘違いをしそうだから、凛を帰したあとに一人で。
「気にするな。アズマがお姉さんを呼び出すという事は、ラーナ関係の相談だろう?」
知り合いの探偵。ヴャクト。
凛まで面識があるとは思わなかったけど
リーノが昔お世話になった事があると。
そんな風な紹介で、あたしやラーナとも繋がった人。
とても冷静で、でも何処か間抜けな、親しみやすい人。
ポンコツな部分もあるけれど、それ以上に頼りになる人だった。
「相変わらず怖いくらいに理解が早くて助かるけど、とりあえず一杯飲みなよ。相談料代わりにあたしが奢るからさ」
幽霊ビルなんて呼ばれるくらいオンボロのビルの一角で、この人は探偵業をしてる。
「ならばラーメンを頼む。餃子も付けてくれると助かるな」
「いや、ここバーだからっ! そう言うのないから!」
本当に、こういう所がなければ完璧だと思うのに……。
そんなヴャクトの言葉に思わず突っ込みを入れて笑ってしまう。
でも、そういう少し抜けている所が逆に親しみやすいと、そう思わせてくれているのかも知れない。
あまり完璧過ぎるような人だと、あたしは多分苦手意識を覚えてしまうだろうから。
……それにしても、探偵業ってそこそこ儲かってるようなイメージがあったんだけど。
あのビルに事務所を構えてるくらいだし、
あまりヴャクトのお財布事情は聞かない方がいいのかもしれない。
これからはヴャクトを呼び出す機会があったら、ファミレスとかにしてあげよう。
思わず、そんな事を考えてしまう。
「冗談さ。アズマが少し怖い顔をしていたものだから、つい、な」
フッと。そんな笑みを見せられた。
「もう、敵わないなぁ」
呆れて私も笑ってしまう。
本当に。たかだか数個年上と言う程度なのに。
私がその歳になっても、多分こんな風にはなれない。
でも、多分わりと本気でその注文してたよね。
それを言うのはコレから相談をするのに失礼な気がするから心の中で留めておく。
「ヴャクトはあたしの従姉妹の噂知ってるよね?」
早速本題へと。
やはり探偵はウイスキーのロックが似合うだろうか。
なんて変に格好をつけた注文をしたヴャクトへ問い掛ける。
「この街一番の伝説の不良。そんな噂話程度だがな」
何が伝説になってるのかよくわからないけれど、そんな呼ばれ方をされているのは私の耳にも入ってる。
「確か、鮫と殴り合いで勝った事がある。ゴキブリ百匹を一瞬で消し炭にした事がある。街行く野良猫が必ず頭を下げる。それから……」
噂を一つ一つ思い出すように語るヴャクトに、思わず頭を抱えてしまう。
ごめん、訳わからない噂ばかりだし、そんな噂まであったのは流石に知らなかった。
「本当に恐れられてたら、こんな下らん噂話まで広まらないだろう。もう少し信じてあげてやっても構わないと、お姉さんはそう思うよ」
相変わらず、小さな笑みを浮かべて。
それはアズマも理解している所だろうと。
見透かしたようにそんなことを言われてしまう。
本当。この人には敵わない……。
その通りで、あたし自身涼子をそこまでの悪人だとは思っていない。
『アズマは涼子みたいな不良には成り下がるな』
なんて。何度も家族や親戚にアレは悪い例だと言われていたけれど。
鍛えてくれと頼み込んだ時だって、自分から喧嘩を仕掛けるのは
自分の悪口を言うようなヤツだったり、弱いモノいじめをしているようなヤツばかりだった。
多分、性根はあたしに似てると。
その時、そんな事を感じていた。
そして、だからこそ、事ある毎にそうやって比べられていたんだと。
「まぁ、それでもあたしはそんな頭が良くないからさ。ヴャクトの意見を聞くのが間違いないと思えたんだ」
そうして私は昼間のジムでの件をヴャクトに話した。
「なるほど、二人組の片割れはアズマの従姉妹だったのか。本当に変な所で縁とは繋がるものだな」
そう言ってラーナと同じその髪飾りに触れて
ヴャクトは可笑しそうに笑っていた。
「実は昼間、件の女性。二人組の片割れの戸野夏妃と名乗る女性が私の事務所に来ていたのだよ」
その人物に人探しの依頼をされたと。そして、その探している人こそがラーナだったと。
そんな説明を受ける。
「その、夏妃って人は、ヴャクトから見て、信用できる人だった?」
「うむ。涼子とやらも言っていたのだろう? 本当に不良なんてモノとは縁のなさそうな、綺麗な女性だったよ」
コクリと。あたしの質問にヴャクトは頷き、会わせても心配するようなことにはならないだろうと。そう続けてくれた。
ヴャクトが信用できると言うのなら。
もう、私にはなんの不安もない。
「やっぱりヴャクトに相談して正解だったよ。ありがとな」
「なに。こんな美味い酒を奢ってくれたんだ。礼を言うのは私の方さ」
グイッと。ウイスキーを一気に飲み干して、もう一杯同じモノを注文していた。
「ところで、最近何か変わった事などは起きていないか?」
ふと。さっきまで浮かべてた微笑みは消えて。
ヴャクトがそんな事を訊ねてくる。
「変わったこと?」
「いや、何事もなければいいんだ」
涼子が訪ねてきたくらいで、他に変わった事は無いと思う。
だからあたしが、どうしてそんな真剣な顔で、そんな事を聞いてくるのかと。そんな風に聞き直してみるけど
ヴャクトはそう言って笑うだけだった。
「アズマはその世界を、その力で中から守ってあげてくれ」
初めて顔を合わせた時にも、同じ事を言われていたのを思い出す。
どうも難しい話で、あたしには理解出来ないけれど
「まぁ、誰かを傷付けようなんて奴がいたら、そいつをぶちのめすのは、あたしの役目だしな」
もう、二度とあんな思いはしない。
あたしの周りの奴らにあんな思いをさせない。
過去に誓った事。
自惚れはしない。自分の力を過信もしない。
暴力を振るうな。なんて、凛には偉そうに言ったけど……
「また怖い顔をしているぞ」
フッ。とヴャクトに言われ、我に返る。
「アズマの正義感と責任感は私も好きだが、思い詰めるな。そんな思い詰めるとラーナが悲しむぞ。一人が抱えられる問題の数なんて、たかが知れている」
相変わらず。その言葉も以前にヴャクトに言われた言葉。
「だから今日はヴャクトを頼ったんだよ」
あたしが考える事を見透かしているような人だから。
ラーナを守りたいって空気を初めて会った時に感じていたから。
ラーナに出来ないような相談でも、この人になら出来る。
根拠なんてないのに、そんな事を感じさせる雰囲気を持っていたから。
ヴャクトのお陰で、一人で抱える事も少なくなったんだと。
そんな事を伝えるように、あたしも笑って言葉を返した。
「それでいい。それについでと言っては失礼だが、もう一人アズマやラーナに会わせておきたい少女も居るしな。後はお姉さんに任せておきなさい」
トンッと。自身の胸を叩き、思い切りの笑顔でそう言われる。
その笑顔と言葉は、いつか何処かで聞いたような気がして……
「うーん、やっぱりヴャクトとは昔、何処かで会ってる気がするんだよなぁ」
「ふふん。お姉さんは自分でも美人だと自覚しているからな。大きくないこの街では、すれ違っただけでも印象に残るのだろう」
毎度のように。
あたしがソレを口にするとそんな事を言われてしまうのだけれど。
ラーナと似た髪の色。
ラーナと似ている髪型。
そして、ラーナと同じ髪飾り。
思い出そうとすると、ズキンと。何故か心と頭が痛くなってしまうし
当人のヴャクトがそんな事を言うから
「よし! 今日は飲むぞー! 酒の強さでは負けないからな!」
「このお姉さんに隙など無いぞ」
あまり深く考えてしまう前に。そもそも深く考えるのはあまり得意じゃないから。
私は気持ちを切り替えて、ヴャクトと一緒にお酒を楽しむ事にした。




