巡る絆の記憶
その縁を大切に。
自分で言うのも恥ずかしいが、私が事務所兼自宅として使っているのは叩けば簡単に崩れそうなくらい古いビルだ。
防音などもさほど施されていないので、誰かが私の事務所を訪ねてくる時など階段を上ってくる足音ですぐに理解出来る。
そんなビルで、そんな気配もなく扉が叩かれたものだから、随分と驚かされた。
まさか、雨宮関連の者かと。
一瞬脳裏にそんな事が過ぎるが、それならば扉を叩くなんて事はしないだろう。
念の為、少し警戒をして。私は叩かれた扉を開いた。
「散らかっている所ですまない。とりあえず腰掛けてくれ」
来客は、大きなポニーテールとオッドアイが印象的な女性だった。
可愛らしいヒラヒラとした服装。そして、片手に握られているのは、そんな可愛らしい姿に似つかわしくない、白い布で巻かれた長い棒状のモノ。
……日本刀か。
余計に警戒が必要かも知れんと。
そんな事を思いながら、私はいつもの挨拶でその女性を迎え入れた。
「いえ、結構。簡潔に聞かせて。貴女は、雨宮白と雨宮蒼を利用しようとしてる?」
私の言葉に、一歩だけ足を踏み入れ。
扉を閉めて女性は問い掛けてくる。
見た目は、恐らくラーナやアズマと同じくらい。
だが、その落ち着いた様子は、随分と修羅場を潜ってきたモノが出来るソレだった。
怒りを秘めてはいるが、とても冷静な態度。
それに、その怒りは恐らく私と同類のモノ。
「誰にも愛されてこなかったなんて白は言うが、そんな事は無かったみたいだな」
私は、そんな事を言って小さく笑ってしまう。
追い掛けてきた少女と言い、この女性と言い。
影で白は強く愛されていたのだと。そんな事を思って。
……そんな私の表情だけで、その女性も私がその二人を利用するつもりなんて毛頭ない事は察した様子だった。
「ごめんなさい。ちょっと勘違いしちゃってたみたい」
そう言って、布に包まれる棒状のソレを私に手渡してくる。
「いいのか? そんなに簡単に信用して」
少しだけイタズラにからかって見せるが、全くペースを乱さずにその女性は
「冷静に話したいし、これは念の為だったから。それに、最初から貴女がコレを警戒してるのくらい、気付いてるからね?」
そう言ってクスリと。年相応の可愛らしい、いたずらな笑みを見せてくれた。
「まさか、この手のやり取りでお姉さんを上回る人がいるとは思わなかったよ」
腹の探り合いには自信があったのだが
探る前にこちらが探られてしまっていたらしい。
わざとらしく、ため息を漏らし、小さく笑って見せる。
仕方無くその物騒な獲物を受け取り、ソファの横へと立て掛けた。
話には聞いていたが、結構重いものなのだな。なんて、そんな事を感じながら。
「戸野夏妃。探偵業なんてしてるのなら、私の名前くらい、聞き覚えあるでしょう?」
続けて自己紹介をする女性の言葉に、本日二度目の驚きを覚える。
「雨宮と対を為す、由緒正しい名家のお嬢様。剣術なんて学ぶちょっと変わった一人娘なんて。そんな噂程度だが……」
私の知るその手の名家の中で、唯一。何一つ悪い噂のない
本当に雨宮とは正反対の一族。戸野財閥。
悪い噂が無さ過ぎて、逆に警戒していたものだが……
なるほど。目の前の女性を見て、悪い噂など立つはずがないと妙に納得してしまう。
それくらいに、凛としていて、誇りの高そうな雰囲気を彼女は持っていた。
「まさか、そちらこそ二人を利用しようなんて、そんなつもりでもないだろう?」
汚い手段を使わずに、真っ当に生きて財を成した一族。
名家同士の繋がりは多少あるのは理解出来る。
それに、あの二人を利用するつもりなら、許さないと。そんな感情を私に向けて来たのだ。
そう言うつもりは無いだろうとわかっては居たが、腹の探り合いで負けたのが少し悔しくて
わざとからかう様に、聞いてみる。
「あまり、こういうお話を無関係の人にするのは気が進まないのよね……」
夏妃が少し考え込むような仕草をしてまった。
私が二人と偶然知り合っただけの可能性も考えているのだろう。
ならば、隠す必要もない。
それにラーナと同年代の見た目の割に
その口振りや思考は、私と被る部分を感じる。
私も遠慮する必要はないだろう。
「二人からはそこまで深く聞いてはいないが、こんな仕事だ。ある程度は雨宮を知っているし、雨宮との因縁も少なくない。あまり気にするな」
だから、そう伝えて笑ってみせる。
「頼りになる探偵ね」
そんな私の言葉に、小さく笑って。それならと、夏妃は話してくれる。
二輪の花。なんて、随分と詩的な表現で彼女達の事を例えていた。
「私は、あの綺麗な花をこれ以上雨宮に踏み躙らせたくないの」
夏妃は静かに続けた。
「本当は私一人でなんとかするつもりでいたのだけど、二人の事情を知っている貴女なら。それでも白を近くに置いて、優しく接してくれている貴女なら」
夏妃のそんな表情を見て、リーノが私を放っておけない気持ちが、なんとなく理解できた。
一人で色々な問題を抱えている姿とは、端から見たらこの様に映るものなのかと。
「元々、ラーナに危害が及ばぬ様にと白にコンタクトを取ったのだ。動機こそ違えど、その考えには同感だよ」
その世界を悪意から守りたい。その気持ちは痛い程に理解出来る。
私の持つそれと同じ種類のものだ。
だから、断る理由など存在しなかった。
「え、ラーナ……?」
思わず言ってしまった私の言葉に、夏妃が目を丸くしていた。
「ラーナと知り合いなの!?」
先程までの落ち着いた雰囲気は何処に消えたのか。
ずっと探していたものだと言わんばかりの勢いで夏妃に詰め寄られる。
「ま、まぁ……白とも仲が良いし、過去にラーナの妹の世話をしてやった事があってだな……」
思わずその勢いに呑まれて、数歩後ずさりしてしまうが
夏妃の勢いは私の説明でどんどんと増して行く。
「ヴャクト! お願いっ! ラーナと会わせてっ! じゃなきゃ斬る!」
「お、落ち着かんか!」
勢いのまま、置いた日本刀を手にしようとする夏妃を慌てて止める。
しかし、これが本来の夏妃の姿なんだろうと。
そんな事を思って、可笑しくなってしまうくらいのギャップだった。
そして、ふと。
『ラーナさんの事探して回ってる変な二人組を見かけて!』
そんな相談があった事を思い出し、改めて目の前で
ラーナと言う言葉を耳にした途端に態度を急変させた夏妃を見る。
あの写真ではボヤけてよくわからなかったが、確かに改めて見れば、その一人の姿と良く似ている。
ーーそう言う事か。
一つ納得をして。
縁とは変な所で繋がるものだと。
思わず、未だに身につけている。
あの時にリーノに止められて消す事のできなかった髪飾りに手をやってしまう。
縁。絆。そんな記憶を持つ、たった一つだけ残されたラーナの記憶の欠片。
消せなかった理由はコレなのかも知れないなと。
そして、そんな事を考える私も夏妃の事を言えないくらいに詩的な思考を持っているものだと。
なんだか夏妃の慌てぶりと、そんな事を考える自分が可笑しくなって、小さく笑ってしまっていた。




