↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翠憶を求めて  作者: ラーナ
PR
23/71

二輪の花の記憶

小さな勘違いは出会いに繋がる

ラーナと言う女の子の強さに憧れた私は、剣を習った。

剣道ではない。真剣を使う、剣術道場へと私は通い詰めた。


『どうせ習うのなら、必要以上の力を覚えてみなさい』


そんな父の言葉で、紹介された道場だった。


当時の私には、父の言葉は理解できなかったけれど

今ならその言葉の意図を汲み取れる事が出来る。


私が高校を卒業する頃。


進学か、独学か。夏妃の好きな方を選べと。

そんな言葉と同時。


夏妃も一度だけ会った事はあると思うがと続け、それは大切な話だと。一つの話をしてくれた。


その一族を見習ってはならない。

その一族は多くの屍の上に立つ、薄汚れた一族。

誇りを失った一族。


もしもその一族が、夏妃の大切なモノを傷付けようとした時には

その時だけは雨宮と同等の権力を使って構わない。

そして雨宮と同等以上の暴力でねじ伏せて構わない。


必要以上の力を無闇に振りかざす恐怖を学んだ今の夏妃なら、何も心配は要らないと。


それは、父らしくない言葉だった。

だけど、それくらいに警戒している理由もなんとなくわかって。


……私達の一族には、必要以上の権力と必要以上の力がある。


古くから続く由緒正しい名家。

あの雨宮と唯一肩を並べる事のできる力を持つ一族。


世間からそんな風に見られているのが、私達の家柄だった。


……それは、ラーナに助けられた少し後のお話。


剣術を習って、少しだけ強くなれたと自分でも自覚した頃。

私をイジメようなんて考える人も居なくなり始めた頃。


私は父に連れられて、戸野財閥の跡取りの一人娘。

形式だけでもその紹介をしなくてはならないと。

雨宮の家に行った事がある。


『今の夏妃なら、あの空気に少しは耐えられるだろう。

きっと夏妃が見たくない世界を見させてしまう事になると思うが許してくれ』


その一族の住む家に向かう道中の車内。申し訳無さそうに父が言っていたのを覚えている。


……私の紹介が済んで、沢山の大人達が私に握手を求めてきた。


財閥と言われるだけあって、その手は傷一つない綺麗な手なのに

その握手は、ぬるりとした、穢い泥の中に手を突っ込んでいるかのような感触で

とても気持ち悪かったのを覚えている。


『こんな美しいお嬢様がいたら、戸野家もご安泰ですな』


とある老人が言った。


笑顔の奥の目は、まるで隙を見せれば喰らいついてくるんじゃないかって

そんな事を感じさせる、蛇のような瞳だった。


『えぇ。安泰させなければ、こんなご時世です。何が起きるかわかりませんからね』


そう言って私の頭を撫でる父の言葉は、珍しく毒が混ざっていた。


権力を振りかざすな。

必要以上の権力があるからこそ、私達はその力の使い方を間違ってはならない。


幼い頃から、何度もそう言われ続けていた。

そんな父が、権力を武器にしている姿を、私は初めて見ていた。


見せたくない世界。道中で聞いた父の言葉の意味が、当時の私でもなんとなく理解出来た。


『すみません。少し外の空気に当たってきます』


私の言葉に私にしか聞こえないくらい小さな声で、すまない。と父が呟いていた。


その空気に長く触れていると、こっちにまでドス黒い感情が流れてきそうなくらい。


私達の一族とは正反対の、欲に塗れた泥の一族だと感じた。


いじめられっ子だった時の私だったら簡単に呑み込まれてしまっていたであろう。

そんな事を感じ取っていたから、父は今の今まで私を雨宮に紹介しなかったのだと。


そう思って、私は改めてあの綺麗な翡翠の花を思い出して

改めて、ありがとうと。届かない言葉を心の中で唱えていた。


そんな風にあの澱んだ空気を消し去るようにベランダから外を眺めていると、眼下に二輪の花が映った。


本当に、一瞬花かと見間違うくらいに。その雨宮の世界で、唯一咲いている、綺麗な存在だった。


見惚れてしまうくらい可憐で、今にも消えてしまいそうなくらいの儚さを持つ白い花。

その傍ら。その儚さを掻き消すくらいに底抜けの明るさを振りまいている蒼い花。


雨宮の庭にいるくらいだから、雨宮の一族なのは間違いない。


でも、さっきまでの澱んだ空気とは違う。


その二つの花が纏う空気は、私が憧れたあの翡翠の花と似た、優しくて、強さを感じる温かい空気だった。


『彼女達はこの腐った土壌に、唯一咲いた希望だ』


いつから居たのだろう。そんな花達に見惚れている私に向けて

隣で父が呟いていた。


『あの希望が穢れた血などと。よくも抜かせるものだ』


静かに。とても強い怒りを秘めた父の声。


二輪の花を見ながら、どうして優しい瞳で、そんな感情を表しているのか。


当時はわからなくて、父が珍しく怒りの感情を現すのに驚いていたけれど……。


「何が穢れた血よ……穢れてるのはあの一族の方でしょう」


私達の一族に何かがあれば報告に駆け付けてくる幼い頃からの私の付き人。

その日の報告は、とても悲しくて……。

思わず関係のないその付き人に、あの日の父のように怒りを現してしまった。


ーーあの穢れた土壌に咲いていた二輪の可憐な花が踏み躙られた事を知った。


結局、私は進学ではなく、一人で暮らす道を選んでいた。

私をここまで成長させてくれた翡翠の花に感謝を伝えたかったから。

勉強なんていくらしたって、あの女の子の強さを学ぶ事なんて出来ないと思ったから。


あの頃に住んでいた街に一人で越してきて、ラーナと呼ばれていたその花がまだこの街に咲いていると信じて。


その願いは叶った。

涼子のせいで、すぐに話すことは叶わなかったけれど……。


申し訳無さそうに謝る姿の涼子をふと思い出し、可笑しくなってしまう。


でも、今はそんな事を思い出している時じゃなかった。

私は、付き人に続けるようにと促す。


「この街に……そう」


故意なのか。偶然なのか。


白い花が、この街に捨てられた事。

そして……それを追い掛けて蒼い花もこちらへ来た事。


そんな報告を続けられた。


唯一、雨宮を……あの一族を立て直せると。あの花達なら、それは不可能じゃないと。そう信じていた。

そんな希望だった、二輪の花が雨宮から散った事を知る。


それが故意に行われているとするのなら、私達一族だって他人事では済まされない。

隙があれば私達一族を蹴落として、更に権力を獲てやろうと。そんな事を考えている一族だ。


「とりあえず、その探偵事務所に顔を出してみるね」


白い花は、学業と共にこの街の探偵事務所でアルバイトをしているらしい。

探偵なんて、あの子らしくなくて、そこに違和感を覚えていた。


もしも、雨宮が私達の一族を探らせるために強制的に彼女にそんな事をさせているとしたら

それは許せない事。許しちゃいけない事。


そんな風に考える私の取る行動なんてお見通しなんだろう。

付き人は、無茶だけはしないで下さいと。その事務所のある住所を私に教えてくれた。


ラーナの件は、涼子が動いてくれている。

その件は涼子に任せよう。


ラーナなら、きっとこうする。


憧れた翡翠の花が取りそうな行動を、なぞるように。


いつだって私はそうやって、あの子の影を見て行動してきたのだから。


付き人を帰し、私はその探偵事務所へと向かう。


直接の面識が白とも蒼ともないから、少し不安だけど。


直接の面識が無くたって、あの二輪の花を踏み躙る行為は許せない。

それくらいに、あの一族で必死に咲いていた可憐な花達。


『もしもその一族が夏妃の大切なモノを傷付けようとした時は、その時だけは雨宮と同等の権力で。雨宮と同等以上の暴力でねじ伏せて構わない』


父の言葉を思い出し。


私は久々にその刀を手にしていた。


私の技術とその武器が組み合わさると、

それは、いとも簡単に他人の命を奪える程の力を持ってしまうモノ。


だから、ずっと封印していたモノ。


だけど、その封印はここまで。


私の大切な花を踏み躙るヤツらなんかには容赦も情けも要らない。


その重みは忘れずに。

あくまでも冷静に。


深呼吸をして、私はその事務所の扉を叩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。