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翠憶を求めて  作者: ラーナ
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21/71

強さを求める姉妹

それは、緋色と同じ誓い

アズマ姉さんと出会って。


一緒のジムに入って。


初めの緊張はもう解けていて、随分とアズマ姉さんとの距離も縮まった気がする。


一汗流して、アズマ姉さんからスポーツドリンクを受け取り、一緒のベンチに腰を掛ける。


しかし、同じ一汗と言っても運動量が明らかに違う。

本当に、流石だなと。改めて尊敬してしまう。


「アズマ姉さんって、そんなに鍛えてキツくないんですか?」


私はなんとなく思った、そんな疑問を問いかけていた。


出会った時は、ただただカッコよくて凛とした印象しか持てなかったけど。


こうやって一緒に訓練をして、一緒に過ごしていくうちに。

その練習は、自分をわざと追い込んでいるいるような……。

何か強い後悔を抱えているような、

そんな事を払拭するように自分を苦しめているような。

そんな鍛え方をしているように思えてきていた。


「キツい、か……」


アズマ姉さんは、少し遠くを見てから


「凛、あたしは強いと思うか?」


そんな事を聞いてきた。


「もちろんですっ! こんなに強くてカッコいい人、見たこと無いです!」


私が応えると、アズマ姉さんは少し可笑しそうに笑って


「カッコいいかはよく分からないけど、あたしの強さなんて、こうやって鍛えてれば誰だって簡単に手に入るもんなんだ」


珍しく、少し影のある笑み。


「か、簡単なんかじゃないですよっ」


私だって、クラスでは一位二位を争うくらい運動神経には自身がある。

でも、そんな私がどれだけ鍛えたって、アズマ姉さんの足元にも及ばない。


私が見てきた運動の出来る人なんて

皆、他人を見下したり、他人を蹴落とそうとするような、そんな人達ばかりだった。


こんな凛とした、正しい雰囲気を纏っている人は見たことがない。

簡単に獲られるなんて、そんなモノだとは信じられない。


だから私は強く言い返すけれど、それでも、簡単なんだよ。とアズマ姉さんは続けた。


「凛、例えばの話だけど……リーノが傷付けられたらどう思う?」


「悲しいです。多分、アズマ姉さんとの約束破ってでも、傷付けた相手を許せないくらい」


ーー鍛えるのは構わない。ただし、その力を暴力には使わない事。


それが、アズマ姉さんが私を鍛えてくれる条件だった。


私は別にからかった男子を倒したいからとか、そう言う理由で強くなりたいわけじゃなかった。


私はいつもリーノちゃんに守られてばかりだったから。


それが悔しくて、情けなくて。

そんな自分を変えたかっただけ。


それに、アズマ姉さんと共に鍛えていたら

私にも、アズマ姉さんみたいな正しい凛とした空気を纏えると思ったから。


暴力を振るうつもりなんてなかった。


でも、アズマ姉さんの問い掛けには思わず素直に応えてしまう。


「あ、えっと……すみません! も、もちろん暴力は使わないようにします!」


私が慌てて言葉を繋げると、アズマ姉さんは小さく。優しく微笑んで


「あたしは、大切な人が傷つけられた時、いつも暴力を使ってたんだ」


そう言った。


アズマ姉さんの大切な人。それは多分ラーナさんの事。

ラーナさんが傷付けられたら……そんなの仕方ない事だと思う。

誰も責めない。ラーナさんだって、感謝こそしてくれそうだけど、責めるなんて事しないと思う。


「あたしは昔から腕力と体力だけは自信があったから。あたしならラーナを守れるって、あたしは強いって、そんな風に自惚れてたんだ……。

だけど、ある日、思い知った。そんなの強さでもなんでもないって。言葉じゃないけど、ラーナが、あたしにそれを教えてくれた」


言葉の節々に、悲しさと後悔を感じさせるような……そんな口調だった。


「アズマ姉さんがいじめっ子達を倒してたって話は聞いてます! だけど、それは正義じゃないですかっ! 暴力じゃないですよ!」


それは、ラーナさんがいつも自慢げに話してくれるから、私でも知ってる話。


昔からアズマ姉さんはイジメの現場を見かける度に、それがどんなに歳上の相手だろうと、真っ先に止めに入っていたのだと。


それくらい強くて優しい人なのだと。


『凛ちゃんが憧れるより前からずっと、私が憧れてたんだからねっ!』


そう言ってちょっと対抗心を剥き出しにされて、なんだかソレが面白くて

ラーナさんって本当に面白い人だよね。なんて、そんな事をリーノちゃんに話していたから。


そのお話は、私の印象に強く残っている。


「ラーナも、いつだって似たような事を言って励ましてくれたな」


私の言葉に、アズマ姉さんは可笑しそうに笑う。


でも、ラーナさんのそれだって、絶対に励ましなんかじゃない。事実だ。

アズマ姉さんが居るから、助けられた人は絶対に少なくない。


白さんも私は日陰にいたかったのに無理矢理引きずり出された。なんて言ってたくらい。


あの二人は、アズマ姉さんをそれくらい頼りにしてるし、感謝もしている。


三人が一緒に過ごしている姿を少ししか見ていない私でも、一目でわかるくらい。

皆が皆を信じて、皆が皆、それぞれを尊敬し合ってる関係。


私達もそうなれたらいいなって。そう思える関係。


それなのにアズマ姉さんは、悲しい笑みを浮かべて……


「でも、そのせいで一番大切にしてた筈の、一番守るべきだった筈の人をあたしは傷付けてしまった。

リーノを傷付けた相手には暴力を振るうくらい許せないって、凛も言っただろ? あたしは、あたし自身の事を一番許せていないんだ」


そう語っていた。


アズマ姉さんが、今まで見てきた人達と違う空気を持っている理由がなんとなくわかった気がした。


「肉体的な強さは、獲たんだと思う。それでも、あたしの心は、弱いままなんだ」


そして、必要以上に自分を痛めつけるような鍛え方の理由も……。


同じ匂い。


初めてアズマ姉さんと対話した時、リーノちゃんが言っていた言葉。


その意味が、少し、理解できた。


「あはは、ごめんごめん。変な話しちゃったな。凛、誰かを守るために頑張るのは良いと思う。だけど、自分が強くなったなんて、そんな自惚れをしたら許さないからなっ!」


アズマ姉さんは、らしくない話をしてしまったと。

いつものようにそうやって、私の肩をポンポンと笑顔で叩いてくれる。


だけど、その笑顔の奥。


悲しそうな瞳は隠しきれていなかった。


アズマさんがどんな経験をしたのか。

多分思い出したくもないだろうから、私は聞けない。


それに、そう言う問題はどんなにフォローしたって当人が自分を許さない限り、ずっと、ずっとその問題はついてくるものだと

……アズマ姉さん程ではないと思うけど、それは私にも覚えがある。


私にだって、私自身を許せていない事がある。


男子に間違えられる事も、男子にその事でからかわれる事も慣れてるし

それは多少傷付くことはあっても、そこまで気にならなかった。


でも……


『リーノって、凛の事好きなんじゃね?』


ある日。放課後に忘れ物を取りに行った時、教室の中から私達の陰口を言っている男子を見かけて


『そもそもアイツも生意気なんだよな。なんか自分だけ大人ですーみたいな話し方して』


『あー、わかるわ。うぜぇよなあの喋り方』


自分の事以上に、リーノちゃんに対するその言葉は腹立たしかった。


陰でしか言えない弱虫の癖に、リーノちゃんの事を何も知らないくせに。

どうしてそんな事を言えるのかと。


飛び出して、文句の一つでも言ってやりたかった。


だけど、いくらスポーツが出来るとは言っても、私は喧嘩なんてしたことなかったし

テンパっちゃうと自分でも何も言えなくなるような性格だったから……


結局、陰口を終えてソイツらが帰るまで

黙って、拳を握って聞いている事しか出来なかった。


リーノちゃんは、簡単にその悪意に立ち向かってくれたのに。

そのおかげで私はリーノちゃんと仲良くなれたのに。


私にはリーノちゃんみたいな勇気がなかった。


それが凄く情けなくて。悔しくて。

そんな自分が大嫌いだった。


リーノちゃんは生徒会長と言う立場を任されるくらいしっかり者だから


慕う人も多いけれど、敵も少なくない。


直接的なイジメをすると、慕う人たちから何をされるかわからないのを知っていたからか


靴箱にゴミを入れられたり。

『死ね』と言う手紙を入れられたり。


そんな間接的な嫌がらせはよく見かけていた。


どんな悪意にもリーノちゃんは、呆れて


『バカのやることはどうして全部一緒なのですかね』


そう言って、いつものように頭を軽く抱えて全く、頭痛が痛いです。と


いつもの言葉を発するだけだった。


平気そうな顔で、いつも接してくれるけど……

そんなの平気で耐えられる人なんて絶対にいない。


私がもっと強かったら。そんな悪意から、リーノちゃんを守れるのに。


そんな風に、何度も思っていた。


『あたしの心は、弱いままなんだ』


アズマ姉さんの言葉を思い出す。


心の強さ。私には、よくわからないし、多分それはアズマ姉さんが未だに弱いと言うくらい、

どんなに鍛えても獲るのが難しい物なのかもしれない。


でも、リーノちゃんは、その強さを持っているような気がした。


そして、きっと。その強さはラーナさんも。


心の鍛え方なんて、私にはわからない。


だけど、アズマ姉さんと居たら、その答えも見えてくるかも知れない。


事実、私が鍛え始めてからリーノちゃんへの嫌がらせは減って来ている。


学校の誰かが偶然このジムで鍛えてる私を見かけて

私とリーノちゃんが仲良しなのは有名だから

変な噂が広がってるだけなのかも知れないけど。


でも、そんな理由はどうだって良かった。


私の大好きな人が悲しむ姿を私は見たくなかったから

その為なら怯えられるくらいの存在になっても構わないと思えた。


アズマ姉さんは自分では弱いと言うけれど。

真っ直ぐで、強い、優しい人だ。


私の憧れの人。


この人に付いていけば、きっと、私の理解できない疑問も解決して行くに違いない。


根拠なんてないけれど、私はそう信じてる。


「わ、私はアズマ姉さんの心が弱いとは思いませんからっ!」


だから、思わずアズマ姉さんに向かってそんな事を言ってしまう。


心が弱かったら、鍛える事すら諦めてると思うから。

あの時の私みたいに、ただ俯いて、その無力さを噛みしめるだけだと思うから。


スポーツドリンクを飲み干し、リーノちゃんや蒼ちゃんの顔を思い出す。


底抜けに明るい蒼ちゃん。ちょっと口は悪いけれど、心は凄く優しいリーノちゃん。


私が大好きな二人。


その二人が傷付いてる姿を想像してみると

疲れたなんて泣き言は言ってられなかった。


一分でも一秒でも早く。強くなりたかった。


立ち上がり、サンドバッグへと拳を叩き付ける。

疲れていて、あまり威力が無い事が悔しい。


「凛は、昔のあたしより、やっぱり強いヤツだよ。よし、あたしも負けてられるかっ」


そんな私の背後で、ふふっとアズマ姉さんは笑って立ち上がると

隣のサンドバッグを叩き始めた。


昔のアズマ姉さんより、私の方が強い。


そんな事は無いと思うけれど。


でも、そうやって私の事を認めてくれるから。


私はどこまでも強くなろうと頑張れる。


リーノちゃんの頭痛の種を少しでも減らしてあげられるくらいに。


そして、物理的な悪意がリーノちゃんや蒼ちゃんに降り掛かったときは……


アズマ姉さんとの約束を破ってでも。


今度は私が守る番だから。

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