消えない想いの記憶
白い雨は、翠憶を求める
「ラーナ、お姉さんっている?」
アズマとラーナと私。気付いたら、毎週一度は顔を合わせて
食事に行ったり、ゲームをしたり。そんな仲になっていた。
二人と会うたびに。新しい発見と新しい感情が生まれて。
私の中の世界がどんどん色付いてきて。
その日常は私にとってかけがえのないモノになっていた。
ある日、一緒に食事をしていた時に私はラーナにそんな質問をしてみた。
「んー? いないよー?」
キョトンと。どうしていきなりそんな事を訊ねてきたのかと、不思議そうな表情でラーナが答えた。
「なんとなく。長女って、もっとしっかりしたイメージあるから」
クスリと笑って。予め用意していた言い訳の言葉を口にする。
「白ちゃんの中でどんどん私がアホな子扱いになってる気がするよぉ……」
私の言葉に傷付いた。
と言わんばかりに、わざとらしくラーナはアズマに泣きついていた。
「ま、まぁリーノの方がよっぽどお姉さんっぽいもんな……仕方無い仕方無い」
そんなラーナを撫でながら、アズマがそんなことを言うけど
それはフォローになってないと思う。
「えぇ! 私、リーノより歳下に見られてるの!?」
ほら、予想通り。
アズマの言葉に余計ショックを受けたのか、ガックリと項垂れるラーナを見て、
本当に相変わらずラーナらしいなんて思っちゃって、私達は目を合わせて苦笑い。
リーノ。その存在は、ラーナに紹介されるより前。
ヴャクトから紹介を受けていた。
以前に世話をして、以降は懐いたのか定期的にこの事務所に姿を現しては
少しだけ仕事を手伝ってくれるようになった女の子だと。
ヴャクトは、その子の依頼みたいな形で、あの日私達を尾行していたと言って申し訳無さそうに笑って。
そんな説明だったけれど。
ラーナの妹と名乗ったリーノが、『ヴャクト姉さん』なんて呼び方をしていたから。
その瞳は、ただお世話になった程度の人に出来るような眼差しじゃない事くらい私にも理解できたから。
その疑惑は、確信に変わっていた。
だけど、私の事情を理解した上でリーノもヴャクトも、私を温かく迎えてくれたから。
二人共、私の事情を探ろうとはしなかったから。
だから私も、その件を深く言及するのは失礼だと思った。
だけど、どうして、この優しい色がそんな事になってしまったのか。
その疑問だけは、どうしても気になってしまって。
今日、思い切ってラーナへと話を振っていた。
「でもね、たまにそんな夢を見る事があるの」
私達の苦笑いに、もうっと。小さく頬を膨らませて怒ったふりをしたあと。
胸に手を当てて。ラーナは語る。
それは、凄く愛おしくて、大切な記憶だと。そんな風に見て取れる仕草で
思わず見惚れてしまうくらい。その仕草と口調には不思議な魅力があった。
「ラーナは強い子だよって。何も取り柄がないなんて、そんな事は無いって。そんな風に励ましてくれる、優しい人の夢」
そして紡がれるのは、私にも話してくれた、笑顔の魔法のお話。
その魔法を教わったのも、その人からだったような気がすると。
ラーナの笑顔には、他人を笑顔にさせる魔法の力がある。
そんな風に、その人から言われた気がすると。
そんな人がお姉ちゃんだったら、どんなに素敵な事だろう。と。
「え、えへへ……多分、私の都合の良いように出来てるだけの夢のお話なんだけどね」
言い終えたラーナは少し恥ずかしそうに笑っていた。
ラーナは、ヴャクトの記憶を失っているのだと。
私はそのお話で理解する。
その素敵なお姉ちゃんはすぐ近くに実在するのに。
それを伝えてあげることの出来ない、自分の無力さが、悲しい。
「その夢の中の人の言うとおりだと、あたしも思うけどなぁ」
アズマが、クスリと。そんな話をするラーナを見て呟いていた。
幼い頃からの親友であるアズマ。
もしかしたらアズマなら知っているんじゃないかと、少し期待したけれど。
そんな彼女も、ラーナに姉がいると言う事は知らない口振りだった。
「ラーナが居なかったら、多分あたしは笑顔より怒った顔の多い人間になってたと思う」
続けて、そんな風にアズマは笑っていた。
正義感の強いアズマの事だし、その言葉は私もなんとなく理解出来る。
それくらい、ラーナの持つ雰囲気は、独特で……周囲を安心させる。笑顔にさせる魅力を持っている。
「いつも私に怒ってるくせにぃ」
そんなアズマの言葉に、ラーナは不服そうに言うけれど。
でも、その表情はいつもの笑顔。
「それはラーナが危なっかしい事ばかりするからっ!」
アズマが発したその言葉に。
私は全て理解してしまった。
初めて出会った時にも少し聞いた、過去にラーナが頭に怪我をしたという話。
凄く優しくて、凄く悲しい一つの仮説。
……それは、本当に。悲しいくらいに優しい嘘の物語。
その相手がラーナだったから。
優しすぎるくらい、他人の悲しみを理解出来る色を持つ人だったから。
そしてその周囲の人達も皆優しいから。
誰も伝える事の出来なかった記憶のお話。
失ってしまった、優しい翠色の記憶。
「……その記憶、凄く大切なモノだから」
思わず。二人の話を遮ってそんな事を言ってしまう。
私を慕ってくれていた蒼い子を思い出していた。
あの子の中でも、もう私の記憶は消えているだろう。
それくらいに、私とあの子の会う頻度は少なくされて行った。
だから、こんな風に。
失った中にでも消えない想いがあるのがちょっとだけ羨ましくて。
そして、それは凄く綺麗なお話だから。絶対に忘れて欲しくなくて。
「ん?」
「どうしたの? 白ちゃん」
二人が、不思議そうな顔で私を見ていた。
スゥっと。大きく息を吐いて。
不思議そうな表情のその二つの色に。
私は、なんでもない。と小さく笑った。
皆が築いて、守ってきたこの優しい世界。
今でも凄く居心地が良くて温かいけれど。
それ以上を求めるのは難しい事なのかも知れないけれど。
それを取り戻したら……
もっと素敵な笑顔が見れると思うから。
もっと素敵な世界になると思うから。
私の大切な翠色が、家族として並んで笑える未来を求めて。
ラーナは私に魔法で世界に色を与えてくれた。
私にはそんな魔法無いけれど。
心の中で、そんな未来を。
強く。願ってしまう。




