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翠憶を求めて  作者: ラーナ
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大切な色の記憶

白い雨は、色を覚える

まだ、心臓がドキドキしてる……。


小さく深呼吸して、髪を掻き分ける。

あんなに優しく撫でられたのなんて、初めてだった。


「蒼も、こんな人達と出会っていたら……」


誰に向けるでもなく、遠くにいる私をやけに慕ってくれた女の子を思い出して、呟いた。


そして、曲がり角を曲がって……

ラーナとアズマが私が帰ったものだと思いこんで、居なくなったのを確認して。


私は表情を二人と会う前の、あの頃の無表情に戻し、再び喫茶店へと足を進めた。


どうにも、数時間程前から一つの視線を感じていた。

それは、私の事を奇異な目で見る視線とも違う、過去に何度か経験のあるタイプの視線。


遊んでいる最中、私は二人に黙ってコッソリとその視線の主を探し続けていた。


二度、三度。同じ人が私達とすれ違うのを確認。

喫茶店に入ってくるのも確認して、まだ出てきていない。


優しすぎるくらいに優しい二人を、この件に巻き込んではならないと思った。


だから一人で。


喫茶店に戻り、私は静かにその視線の主の前に立つ。


深く帽子を被り、本を読む女性。


一見ではただ、休憩しているだけに見えるだろうけれど、私は騙されない。


「なに。やっぱり殺せって誰かに言われた?」


感情のないあの頃の声で、その主へと問い掛ける。


どうせ一族の差し金だろう。でなければこんな真似をする理由が見当たらない。


あんなに素敵な出会いができたんだ。思い残す事は無い。

元々、なんの力もない非力な私。これはせめてもの意地だった。


あの二人みたいに、最後くらい強さを見せたいと思った。


「わ、私の完璧な尾行を見抜いていたのか!?」


だけど、その主は想像以上に間抜けな人で……


「一応、こういう目には何度か遭ってきてる」


私がそう言うと、何故かウルウルと涙を堪えて


「大変な思いをしてきたんだなぁ……お姉さん、泣きそうだよ……」


何故かそう言って肩をポンポンと叩かれた。


えっと……あれ?


思わず感情が戻ってきて、少し頭を抱え、その人を改めて見据える。


うん。別人じゃない。私達をつけてた人。

そもそも最初に声をかけた時点で、自分で尾行してたとか言ってた。


「時間は大丈夫なのかい? 大丈夫なら、小一時間ほどお姉さんに付き合って欲しいのだが」


時間についてはこの件があると思ったからわざと少し早めに切り上げている。


油断はしない。こういう手を使ってくるタイプなのかも知れない。


コクリと頷いて、私はその人と向かい合う席に腰を下ろした。


ラーナ達がまだ近くに居ないかと少し不安で、周囲を見渡してみる。


あの二人のことだ。こんな私を見かけたら駆け寄ってくるに違いない。


「ふむ。尾行を見抜くセンスと洞察力は素晴らしいが……そんなにキョロキョロしては逆に怪しまれるぞ」


「……うるさい。差し金なら差し金らしくさっさと要件済ませるのがプロの仕事」


お前達の一族が、あの二人の事に触れるな。

少しイラッとして、私は返す。


そうすると、その人はクスリと笑って


「とりあえず警戒を解いてくれ……と言っても、お姉さんがこの見た目じゃ解くに解けないものか」


そう言って、帽子を外した。


瞬間、さらりと……


さっきまで一緒にいた優しい女の子と同じ色が、私の眼前に流れた。


思い残す事は無いなんて、どうして言えたんだろう。


『また会える?』


私が訪ねた時にラーナから教わった魔法を思い出してしまう。


あんな素敵な出会いをしちゃったら、期待してしまう。


こんな私でも、生きてていいのかって。

こんな私でも、笑っていいのかって。


ーーズルい。


その色は、否が応でもラーナを思い出してしまう。


私の、大切な色までも、あの一族は塗りつぶすつもりなのか……。


理不尽な怒りが込み上げてくる。


「どこまでも薄汚い一族……」


もう、感情を隠すのはやめた。


私の白も赤も穢れていると言うのは許す。私だって気味が悪いと自覚している。


でも、あの優しい色を穢す事は、絶対に許さない。


そんなありったけの怒りを込めて、その人を睨む。


「そ、そんな目で睨まないで欲しいものだ……。そもそも私は、雨宮の一族でも差し金でも殺し屋でもなんでもない」


私の目は、他人を怯ませる力があるみたいだった。

いや、こんな気味の悪い真っ赤な瞳で睨まれたら……多分誰だってそうなる。


私の瞳や髪を見て驚かなかった人なんてラーナとアズマ。

それに……雨宮の一族で唯一、たった一人だけ。


少し怯んだ様子で、彼女は小さな名刺を一枚。私へと差し出した。


『小銭探しから人探し、なんでもお任せ。困ったらとりあえず相談。ヴャクト探偵事務所』


その文面に、今まで張り詰めていた、緊張とか覚悟とか怒りまでもが一気に抜けてしまう。


それくらい、その……失礼だとは思うのだけれど……


「センスのない名刺……」


思わず呆れて声に出していた。


背面も見てみると、デカデカとヴャクトと言う名と、電話番号と事務所の住所が載っている。


ーーうん、雨宮の一族ならもっとしっかりした探偵を雇うだろう。

こんな言い方は失礼だが……明らかに三流臭いこんな探偵を雇ったりはしない。


「んなっ! わ、私が半日かけて考えた自慢の名刺を馬鹿にするか!」


ようやく、この人は雨宮とは関係のない人だと確信できて


そうしたら、さっきまでの負の感情は全部何処かに行っちゃって……


私はヴャクトと名乗るその人の言葉にクスクスと笑ってしまっていた。


「少しは信用してもらえたかな」


フッと。少し安心したような表情でヴャクトが微笑んでいた。


大切なモノを見るような、優しい瞳。

髪の色も相まって、その姿にラーナの姿を重ねてしまうような……


でも、まだ油断の出来る人と決まったわけでは無い。


色々と三流な人だけれど、その落ち着いていて隙の無い佇まいは、

今まで出会ってきた探偵の中では多分一番。


「雨宮と関係が無いっていうのは信用する。でも、どうして私達を?」


表情を戻して、問いかける。


雨宮と関係が無いなら、尾行する理由が益々見当たらなくなってしまう。


「むぅ、しまったな。言い訳を考えていなかった。いや、尾行がバレる事自体、私の中では想定外の事だし、どうしたものか……この場合、いっそ逃げるのもありなのか?」


めちゃくちゃ思考ダダ漏れの独り言をされて、さっき隙がないとか褒めた自分が少し情けなくなる。


……そもそも逃げるって選択肢があったなら私が声をかけたときに引き止める必要はない。


「すみません。デラックスパフェ二つとアイスココア、あとホットコーヒーお願いします」


まさか本当に逃げ出すとは思えないけど、念の為。

逃がすもんかと。店員に二人分の注文をしておく。


「な、なぁ白よ。その代金の支払いは……」


私の注文の呪文で現実に戻ってきたポンコツ探偵が、冷や汗をかいていた。


「困ったらとりあえず相談。ヴャクト」


自分のお財布の中身を見せて、そんな代金支払えませんとアピール。

そして、名刺のキャッチコピーの一文を口にする。

 

「その相談は別の会社にするものだ!」


そう言ってヴャクトが頭を抱えているのを見て、

不思議と悪い人では無いんだなって思えた。


ラーナと同じ色のその人から、同じ空気を感じていた。


実はそのお財布、さっき買ったばかりのモノだから何も入っていないの当然で

支払えるくらいの代金持ってはいるんだけれども……


面白いし、武器になるから言わない。


「私達を尾行した罪だと思って諦めて」


わりとこれも本音。

無駄に覚悟を決めてやって来たというのに……

なんだかそんな自分がバカらしくなってしまって、悔しいから。


そうヴャクトに言うと

返す言葉が無いのか、大きなため息を吐いていた。


「全く、敵わんな」


小さく笑って、髪をかきあげる。

また、私の眼前にあの色が映る。


優しい色。綺麗な色。


私の世界に色を与えてくれた、大切な色。


そうか……


さっきから、なんとなく被る目の前の女性とラーナ。


ヴャクトが時折見せる、ラーナと似た優しい微笑み。

ちょっと間抜けな所とかも、なんとなく面影があって……


それだけで、理解した。


「もしかして、尾行してたの私じゃなくて、ラーナ?」


私の言葉に、コーヒーを口に含んでいたヴャクトが咳込んでいた。


「……な、なぁ白よ! 雨宮を追い出されて大変であろう。そ、その……なんだ。洞察力が素晴らしいのは理解した。うむ、合格だ! 私の所で働かないか!?」


誤魔化すように。ヴャクトが慌てふためく。


確かに雨宮の世話にはなりたくないとは私も思っていて

アルバイトを探していた所だ。


それは良い提案だし、何よりもラーナと関係がある人なら……。


この人からは嘘を感じない。

短い会話の中で汲み取れる優しさは、ラーナやアズマの持つソレと同じ。


昔から、沢山の悪意と欲を持つ人達の目を見てきた。

そんな私だから、この勘だけは、信じられる。


だから、私は自分でも驚くくらいにあっさりと。


「そうしてくれると、私も助かる」


その提案を呑んでいた。


今回は勘違いで済んだけれど、雨宮の一族が今後現れないとは言い切れない。


ラーナやアズマには、そう言う世界のお話は見せたくない。


だけど、私の事情を知っていて……

それでも、尚、優しい瞳を向けてくれるこの人だったら。


「雨宮の件はあまり深く考えるな。そう言う問題はお姉さんに任せておくのが一番だよ」


そんな私の心情を見抜いたような事を言われた。


ポンコツ探偵のクセに、その言葉が凄く心強くて……


最初の警戒心はもう完全に消え失せていて。


それとは正反対の気持ちが湧いてきて。


ーーズルい。


私は別の意味でそんな風に思う。


だって、こんなにも優しい色を、こんなにも優しい世界を見せられたら……


もう、感情は殺せない。


「……ありがとう」


涙を必死に堪えて。


たった一言。


悔しいからギリギリ聞き取れるかどうか。

それくらいの声で、呟いた。


ラーナ。ヴャクト。


二人の持つ、優しい色。綺麗な色。


私は、この色には弱いみたい。


そんな、小さな自覚をしてしまった。


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