儚い音色の記憶
白い雨の物語
「ふわぁああ! お人形さんみたいぃ! 可愛いぃ!!!」
思わず初対面なのに、思い切りその娘に抱きついてしまう。
写真でも十二分に可愛いと思ったけど、実物はそれ以上に可愛くて。
アズマちゃんが拾ったとちょっと失礼な言い方をして紹介してくれた女の子は、そのくらい凄く可憐で綺麗な子だった。
「ラーナ。白ちゃん、すっごい苦しがってるからちょっと加減してやれ」
アズマちゃんの言葉に、思わずパッとその子を手放すと、本当に苦しかったのだろう、その子は強く深呼吸していた。
「あ、あはは……ご、ごめんねぇ?」
「ん。だ、大丈夫……」
少し無口だけど、それがまた愛おしくて。
「えと、雨宮白です。よろしくお願いします」
自己紹介するその仕草も、一つ一つがすごく綺麗で、丁寧だった。
まるで何処かのお嬢様かお姫様みたいに。
「敬語なんて使わなくていいよー! もっと白ちゃんと仲良くなりたいもんっ」
私の言葉に、白ちゃんは目を丸くして。
「アズマ、……この人、同類?」
何故かアズマちゃんに向かって、キョトンとした顔を見せていた。
「あ、あはは……いやぁ、可愛いもの好きって所はあたし以上じゃないかな?」
少し困ったようにアズマちゃんは笑って、私に耳打ちをしてくれた。
それで、私がした挨拶が、アズマちゃんがした挨拶と完全に同じ流れで、白ちゃんが少し戸惑っているのだと理解する。
「同類だよー! だってアズマちゃんは私の親友だもんっ!」
だから、戸惑う白ちゃんにそう返して、私は白ちゃんの手を握った。
「てい」
ペチンと、頭に軽い衝撃を喰らった。
「いきなり色々ありすぎて戸惑って悔しいから、叩く」
そう言って、ふわりと白ちゃんは笑う。
笑顔もすっごく可愛いなんて思っていると
「こら、ラーナを叩くな」
そんな白ちゃんの頭を今度はアズマちゃんが軽く叩いていた。
「えええ!? 喧嘩ぁっ!?」
思わず二人の間に身体を挟んで止めようとする。
だけど、アズマちゃんも白ちゃんもそんな私の様子が面白かったのか、クスクスと笑っていた。
「いやぁ、ラーナの頭の話、白ちゃんには話してなかったから思わず……」
ポリポリと、頬をかいて少し申し訳無さそうな表情。
アズマちゃんがこの表情をする時にする話はいつも決まっている。
「もう大丈夫って何回も言ってるのにー」
数年前。学生のときに私はアズマちゃんを庇って頭に大きな怪我をしたことがある。
今まで、沢山守ってきて貰ってたし、そんなのは私にとっては当然の事だったんだけど……
その件以降、アズマちゃんは私のために何か無理をしている気がして……
それとなく聞いてみても、アズマちゃんは、困ったように笑うだけで。
それはなんだか、とても、もどかしい気持ちになってしまう。
「えと、ラーナ……頭の病気?」
「白ちゃん! それ私の事アホって言ってるみたいだからやめてぇ!」
別に後遺症なんて無かったし、命に関わるようなモノでも無かった。
一応、数週間くらい入院はさせられたけれど。
病気なんて大袈裟なモノでもないし、そもそも何年も前のお話。
でも、私がどんなにボケた行動をしても
その事故以降、アズマちゃんは私の頭を小突いてくれなくなった。
実はそれが、ちょっぴり寂しいなんて言ったら、ワガママだよね。
「んー、わかっちゃいるけど、そう言うのって忘れた頃に後遺症とか出てくるパターンあるって聞いた事あるし」
相変わらず少し困った笑みを浮かべるアズマちゃん。
だからいつもこんな時に私が取る行動は……
「アズマちゃん、ちょっと屈んで」
ちょいちょいとアズマちゃんを手招きをして。
言われたとおりに少し屈んだアズマちゃんに対して
「気にしすぎっ!」
ペチンと頭を叩くだけ。
そのカッコよさに憧れてアズマちゃんと一緒に居るんだから。
そんなカッコ悪い話、初対面の白ちゃんの前でしなくていいの。
そんな思いを込めて。
「わりと本気で叩いてないか!?」
頭を抑えて、アズマちゃんが苦笑いする。
「アズマちゃん強いから、通常の人がボケた時の三倍くらいは強く叩かないとダメかなぁって」
えへへと悪戯に笑う私に向かって、アズマちゃんはこのやろっ! と戯れてくる。
そんな私達を見て、白ちゃんはクスクスと笑っていた。
「ま、まぁ……あたしもラーナもこんなヤツだから。あまり気使わなくて良いんだからな?」
控えめな白ちゃんが変に私達に遠慮するのを嫌ったのだろう。
それは私も同じ気持ちだったから、アズマちゃんの言葉に私も大きな笑顔をみせて、頷いた。
「うん。二人に会えて、ホントに良かった」
……私は、この時の白ちゃんの表情を、忘れられない。
それはさっきまで見せていた控えめな笑顔とは違う
何か懐かしむような。何か慈しむような。それでいて何処か寂しいような。
言葉にならない、少し触れたら砕けてしまうような儚さを感じる悲しい笑顔。
それはアズマちゃんも感じ取っていたみたいだった。
「な、なんだよその消えそうな笑顔はっ! まるで居なくなっちゃうみたいじゃんか! その笑顔禁止!」
そう言って、白ちゃんを強く抱き締めていた。
「絞め落とされて私が先に死にそう……」
多分、結構な力で抱きしめたのだろう。その言葉に私が我に返って
まぁまぁとアズマちゃんを引き離しにかかった。
でも、本当に。それくらい強く抱き締めてないと消えちゃいそうな。
そんな儚さを私も白ちゃんから感じていた。
……そうやって、自己紹介を終えた後。
私達は三人で一緒にショッピングモールを歩いた。
途中で、ゲームセンターのパンチングマシンで、凄い記録を出したアズマちゃんに目を丸くしてみたり。
私が、出会った記念と渡した星型の髪飾りに喜んで、すぐに着けては、似合ってる? なんて不安げな表情を見せたり。
最初のうちはあまり感情のない表情だったのが
どんどん打ち解けてくれるのが、凄く嬉しくて、その全ての表情が本当に可愛くて。
夢中になって沢山のお店を回ってしまった。
数時間くらいそうやってお店を回り続けて
流石に疲れてしまったのか、歩くペースが落ちてきた白ちゃんを見て
私達は一休みにと、喫茶店に入る。
「あ、そろそろ帰らないと……」
頼んだ飲み物を飲み終えて。
今度は何か甘い物でも頼もうかと三人でメニューを見ていると
不意に時計を見て、白ちゃんが呟いた。
「え? もうそんな時間?」
私も時計を確認するが、時刻は15時を少し回った辺り。
話の途中で、学生さんと言う事は知っていたけど、それにしたって早い。
「最近この街に引っ越してきたから……その、まだ荷物とか全部出せてなくて」
少し申し訳無さそうな表情で、白ちゃんが私の疑問に答えてくれた。
「なんだぁ! だからこんな可愛い生き物、今まで見つけられなかったのか。迷惑じゃなきゃ、荷物の整理あたし達も手伝おうか?」
アズマちゃんは納得したように頷く。
確かにそこまで大きくない街。
白ちゃんみたいな子が歩いていたら、すぐに気付ける自信は私にもある。
「うん! 私はあまり力無いけど、アズマちゃんが居たら一時間で片付けなんて終わるよー!」
私もアズマちゃんの提案に乗っかって、白ちゃんを見る。
「んー……嬉しいけど、その、えっと」
だけど、少し困ったような表情を浮かべて
白ちゃんはその提案に乗っては来なかった。
遠慮、と言う訳でも無さそうで。
……まぁ女の子同士でも、見られたら恥ずかしいモノとかはあるもんね。
直接断るのは、まだ申し訳なくて出来ないんだろうと。
私はそう思って
「あはは、お節介過ぎちゃったね。ごめんねー! せめて、連絡先交換しよっ! また三人で遊ぼうよ」
そうやって、納得をして連絡先を交換した。
そして、喫茶店を出て、私とアズマちゃんは先に帰る白ちゃんを見送る。
「その、また、会える……?」
最後。
別れ際に、手を振る私達に向かって、数歩歩いてから振り返って白ちゃんが言った。
連絡先を交換したのに。
また遊ぼうって話をしたばかりなのに。
白い綺麗な髪が揺れて、その奥の瞳が不安げに揺れている。
その表情は禁止って言ったのに。
優しいのに、悲しいその消えそうな笑顔に。
「白ちゃんにも、笑顔の魔法っ!」
…………私はいつものように。その魔法をかける。
白ちゃんに近付いて、優しく抱きしめて。
両親を亡くした時、リーノに言ったように。
私の怪我の事で頭を下げ続けたアズマちゃんに言ったように。
一つの魔法をかける。
遠い昔に、凄く優しい誰かから教わった魔法。
誰だか覚えていないのに、その記憶だけはとても鮮明で……
とても綺麗で、とても優しくて。
それは、何も取り柄の無い私が、唯一使える自慢の魔法。
白ちゃんだけじゃない。
人はみんな何か悲しいことを抱えてて……
トラウマだったり、隠したい事だったり
私には理解出来ないような事だって沢山あると思う。
それを直接聞くなんて、私には出来ない。
聞いた所で、私程度の力では、解決してあげられない事がこの世界には沢山あるから。
それくらい、私が無力なのは自覚しているから。
だけど、その魔法があれば、乗り越えられないモノなんて無いのも、私は知っている。
リーノはその魔法で笑顔を取り戻した。
アズマちゃんはその魔法でいつもの関係に戻れた。
私の周りはいつだって笑顔が溢れてた。
だから、ありったけの想いを込めて、白ちゃんの頭を撫でて魔法をかける。
優しい人が傷付かないように。
私の大切な人が、傷付かないように。
この世界は、私達の関係は無くならないと、白ちゃんに伝えるように。
アズマちゃんが、懐かしいものを見るようにクスクスと
白ちゃんは少し驚いた表情を一瞬だけ浮かべて、その後に涙を堪えて
「素敵な話……」
そう言って一言。
白ちゃんの表情から、儚さは消えていた。
優しい微笑みだけが、残っていた。
ーーほら、やっぱり魔法なんだよ。
私も皆と一緒に笑う。
この平穏がこの先ずっと続きますように。
ちょっぴりわがままな願いを込めて。




