白い雲と青い空
青い空は白い雲と出会う
「……バカ蒼」
私の元に届いた一通の手紙。
その手紙の内容を読んで、私は小さくため息を吐いていた。
たった一行の文章。でも、それが意味する事は私でも簡単に理解出来た。
「何かあったか?」
いつものように、学校を終えてヴャクトの事務所に入ると
私の顔を見て、早々にヴャクトが問いかけてきた。
相変わらず、ラーナやリーノ以外の事だけは探偵らしく、人の心情を見事に見抜く人。
本日、何度目かになる溜め息。
一応歳上だし、ラーナやリーノ関係以外だと結構マトモな人だから相談してみよう。
私は事の成り行きをヴャクトに話した。
一族を追い出された私を追いかけて、私の居場所を突き詰めて
一緒に住むとまで決めて、もうこっちに向かってきているであろうバカ従姉妹の話を。
話を聞き終わると、ヴャクトはウンウンと納得したように頷きながら、私を見据えて
「素晴らしいじゃないか。一人の少女が慕う人の為に一族の柵を抜け、苦難の道を選ぶなんて……お姉さん涙が出そうだよ」
「いや、蒼の事だから、そこまで深く考えてないだけ……」
わざとらしく涙を拭うような仕草をするヴャクトに、また小さなため息を吐く。
昔から無鉄砲と言うか、怖い物知らずと言うか……
とにかく、そうと決めたら周りが止めても突っ走るような子だ。
あの家系の決まり事なんて知らなかったんだろう。
……知らないままの方が、きっとあの子にとっては幸せだったのかも知れない。
私が変に仲良くしてしまったから……
「アホ」
ペチンと頭にチョップを喰らった。
「何も言ってない」
むぅっと頬を膨らませてヴャクトを睨むけど、私の考えなんてお見通しとばかりに頭をガシガシと撫でられた。
「全く、どうして自分の気持ちより他人の気持ちを優先したがるヤツばかり私の周りには集まるのだ……」
怒ったような言葉。でも、裏腹に表情は凄く優しかった。
「鏡に向かってそれ言ってきて」
とりあえず、お返しとばかりにこっちもそう言ってやる。
そう。私の知る中で一番自分を犠牲にして他人の幸せを願っているのはこの人だ。
直接問いただしてみても、ヴャクトは答えてくれなかった。
でも、数ヶ月の付き合いで理解した。
ーーラーナとヴャクトは、姉妹だ。
二人の見た目も似ているし、ヴャクトが姓を頑なに名乗らない所とか
……私から見るとわかりやすいくらいにわかりやすいんだけど。
リーノとかラーナ絡みの事だと、この人変な勘違いして暴走する所あるし。
と、そんな事を考えてしまったからなのだろうか。
突然バタバタと足音が聞こえて、事務所の扉が勢いよく開かれた。
「あ、あの! ラーナさんの事探し回ってる、変な二人組を見かけて! ここに相談したらいいって友達に言われて!」
「よし、任せろ。私がその二人組を殺す」
事務所に入ってくるなり、そう言ったのは赤山凛と言う女の子。
アズマに憧れてるらしいって事とリーノの友達って事で私とも多少の面識はある子だった。
「……ってアレ? 白さん! え、なんでこんな所に?」
……ここで働いてることは面倒だったから言わなかったんだけれど。
「凛、とりあえず落ち着いて。ヴャクトも落ち着いて。と言うかソレ捨ててきて」
走ってきたのだろう、肩で息をしている凛と、
何処から出したのか、スナイパーライフルを肩に担いで、早速暴走モードに突入しそうなヴャクトを宥め改めて話を聞く事に。
……面倒だから何処からスナイパーライフルが出て来たのかはツッコまない。
そう言うのはリーノに任せる。あの子、ツッコミ上手いし。
「えっと、私のセリフ。凛、どうしてこんな所に?」
探偵事務所なんて、中学生には縁遠い場所だろう。
そもそも普通の人にも縁がなさそうだけれども。
「先程から二人してこんな所こんな所と私に失礼だとは思わんのか……」
ヴャクトが呟くけど、実際こんな所なんだから仕方無い。
「こんな所って言われたくなかったら、もっといいビルに事務所移動」
「こんな所へようこそいらっしゃいましたお嬢様。どうぞお掛け下さい。白! 早くお客様にお茶を出してやらんか!」
私が言い切る前に、それを遮るように執事のような仕草で凛に向かい頭を下げるヴャクト。
「ポンコツ探偵」
偉そうに私に命令してきたので、ぼそっと聞こえない程度に呟いて、私はお茶の準備をする。
こんな所と言われている自覚はあるらしい。
ここ、地元で幽霊ビルとか呼ばれてるみたいだし、うん……。
「あ、あはは……ここに行けばなんとかなるってリーノちゃんに言われて。白さんもいるし、なんだか怖そうな所じゃなくて安心しました」
そんな私達のやり取りを見て、凛はクスクスと笑っていた。
ヴャクトのこの空気感は、本当にラーナと似てる感じがあると思う。
こんな怪しいビルの一角なのに、私が助手として働く程度の仕事が入ってくるのはヴャクトの人柄が為せる技なんだと思う。
「えと、たまたまなんです。リーノちゃんと待ち合わせしてた時に、その人達の話が聞こえてきて……姫さんのお礼参りとか、なんとか物騒な事が聞こえて」
私がお茶の準備をしている間に、ソファに腰を掛けて、凛は説明を始めた。
綺麗な翡翠みたいな髪の女の子……。
イジメ……。
強くなった私を見せたい……。
「人が多かったし、雑音で断片的にしか聞こえなかったんだけど、物騒な言葉が多くて……それに、見た目もちょっと不良っぽい人でしたし」
そう言って凛はこっそり撮ったという写真を見せてくれた。
私もお茶を出して、その写真に目を向ける。
携帯の写メだからか、かなりボヤけてはいるが、ヒラヒラとした可愛い衣装の女性と、派手な格好をしている女性の二人組。
確かに派手な人の方はちょっと不良っぽい雰囲気。
ラーナとそんな人の関わりが、想像出来ない。
出会ってからまだ数ヶ月だけれど、ラーナもアズマも曲がった事をするようなタイプじゃないのは、私が一番良くわかっている。
それに翡翠色の髪で、何かやらかしてそうな人……。
なんとなく心当たりが一人……
私はヴャクトを無言で見つめる。
この人なら、変な勘違いしてヤンキー殴り倒して逆恨みされていても違和感無い。
「ヴャクト、さっきのスナイパーライフル貸して」
「む? なんだ白。珍しくやる気だな。ラーナに危害が及ばないようにする手段には私も同感だが……なぜ私をそんな目で見るのだ?」
私がすっと立ち上がって、ヴャクトをゴミのような目で見ていると
凛が少し不思議そうに私を見つめていた。
「翡翠のような髪。イジメ。お礼参り。ヤンキー。逆恨みされそうなお仕事」
私がポツポツと凛の言った話を反芻した所で、凛も理解したらしい。
「あ、貴女とラーナさんが勘違いされてるって事ですか!?」
完全に想定外だったのだろう。素っ頓狂な声で凛が叫んでいた。
「お、おい、二人共変な勘違いをしていないか!?」
ヴャクトが自分の髪の色を確認するように髪の毛をいじってから
私達の意図に気付いて、ワタワタとし始める。
「サイテーです! リーノに頼れる人がいるって聞いたから来たのに! とんでもないゴミですっ!」
既に戦闘モードに入ろうとしている凛。
えっと、ちょっとした冗談のつもりだったんだけれど……
真面目な凛にその冗談が通じる筈もなく……
「あ、アズマ姉さんから少しは鍛えてもらってますからね! わ、私もそこそこ強いですよ!」
「落ち着かんか! 白もなんとか言ってくれ!」
アズマ、この子に姉さんって呼ばれてるんだ。とか、とりあえず私は現実から逃避する事を選んだ。
「ヴャクト姉さん、ちょっと話が……って、うわぁ」
ガチャリと、本日二度目の来客。
事務所の扉が開き顔を出したのはリーノだった。
立ち上がって、既にヴャクトの胸ぐらに手をかけている凛と、困ったように両手を上げているヴャクトを見て、思いっきりドン引きしていた。
「何が起きてるのですか。私の親友と私の大切な人が、今にも殺し合い始めそうな空気を出してるのですが」
リーノの大きなため息に、凛がヴャクトから手を離していた。
「リーノちゃん! あの話をしてたの! そしたら白さんが、その相手ってこの探偵さんなんじゃないかって!」
もう、凛の中では私が言ったことになってるみたいだ。
「リーノ、違う。私は事実を述べただけ」
駆け寄って、リーノに説明する凛の頭にリーノがチョップを入れていた。
「白さんのおふざけなのは理解しましたけど……。アズマさんと知り合ってから凛ちゃんまで脳筋になっちゃったのですか? 仮にも私が信用してる探偵さんですよ?」
「ふふん。お姉さんはそんな真似しないのだよ」
何故かリーノが来てから急に強気になるヴャクト。
うん、だからわかりやすいって私は思うんだけれど……
結局、その後の話で二人組の特定作業と
もしラーナ狙いで危害を加えるような雰囲気の人達なら近付けないようにする。そんな結論で話は纏まった。
「流石、生徒会長さん」
私はパチパチと仕切り終えたリーノに向けて拍手を送った。
「とりあえず私の仕事じゃない仕事させられたので、お給料はちゃんと頂きますよ?」
その言葉にヴャクトがビクッと身を竦ませる。
「あ、そうだった。リーノ。ヴャクトに話って言うのは?」
リーノが最初に言ったことを思い出して問い掛けると
リーノは珍しく少し困ったような表情で苦笑いをした。
「いえ、その。ヴャクト姉さんというより、白さんの方に関係が……」
……なんだろう。手紙の件といい、今日私に降りかかるのは面倒なことばかり。
ちょっと嫌な予感がする。
「幽霊ビル怖いから入りたくないって言うので、外で待たせてます。随分待たせてしまいましたし、行きましょう。一応おまけの二人も来てください」
リーノには頭が上がらないおまけの二人も、仲直りは済んだようで、顔を合わせてからコクリと頷いて、私達は揃って事務所を出る。
そしてその人を待たせているといったファミレスについたとき
「うわあああ!! ホントのホントに白姉だああああ!!!!」
ーーあぁ、嫌な予感的中。
そこには蒼の姿があって、私を見かけるなり、私に向かって飛びついてきた。
「感動的な再会だな。お姉さん、涙出そうだよ」
なんか後ろの方でヴャクトが抜かしている。
「え、えっと……白さんの生き別れの妹さんとか、そういうアレ?」
「まぁ、似たようなモノです」
凛とリーノの声。
「会いたかったんだよぉ! 私、一人でここまで来たの! 褒めて褒めてほーめーてー!!!」
グリグリと私に頭を押し付けてくる蒼にとりあえず軽いチョップを入れて
「レストランで騒がない」
頭を抑えて、えへへと笑う蒼。
全く、相変わらずのイノシシ娘。
小さくため息をつくも、一人で一族を抜け出して私の元までやってきた根性は本当に流石だと思うし
この底抜けの笑顔を見てしまうと一族から抜けたことに対する文句も出てこない。
「リーノ、凛。この子、二人の同級生だから……学校では仲良くしてあげて。こんな性格だけど、悪い子じゃないから」
だから、そんな蒼に私が言えるのは、たった一人で家を追い出されて、それでも私を慕って追いかけて来てくれた事に対する、そんな気遣いの言葉だけだった。




