第26話《笑っていたい》
「わあああああ、風が凄い!速いね侑ちゃん」
「お前が重いからこれ以上スピードが出せない」
「ぇぇぇ!ひどいよ侑ちゃん!」
中原侑也は麻衣をお姫様抱っこしながら死島に向かっていた。
「片手だけで支えるのははなかなかの苦痛だよ」
「デブって言われた。もう、お嫁にいけないよ」
「一言もデブとは言ってないぞ」
そんな二人の会話を横で聞いていた人物が小さく口を開く。
「なんで男ってバカなんだろう。女の子は繊細なんだから。ねえ、麻衣ちゃん」
「西の殺人凶、貴様は黙ってろ」
「え?こんなスピードでバテてる貴方に言われたくないわね」
二人は今、街の中心をかなりのスピードで走っている。一応、視認が出来る程度の速さなのだが車より断然速い。
「ぅぅぅ、目が見えないのに周りの視線を感じるよおおおお」
麻衣は恥ずかしながら侑也の胸に顔をおしつける。
「おい!お前を抱っこしている僕のほうが恥ずかしいんだから我慢しろ!」
「だってぇぇぇ」
麻衣の着ている白色のワンピースがバサバサと風に煽られている。
「あ、麻衣ちゃん!パンツが見えちゃうよ」
「え!?メーラさん、本当!?ちょっと侑ちゃんストップストップ」
顔が真っ赤になっている麻衣は侑也の首をガッチリと掴んだ。
「おいおいおいおい苦しい苦しい……はぁ、ったく安心しろ、誰も見ねーし見る価値もないから」
「わああああん!侑ちゃんがまたいじめたああああ」
「やっぱり男ってバカばっかり」
キル・メーラは侑也の服を掴むといきなりその場で停止した。
「おい、いきなりどうした?」
「休憩よ休憩。少し休みましょう。ずっと走りっぱなしでお腹も空いたし」
「はい!はい!麻衣はハンバーグが食べたい!」
麻衣は何度も手をあげながら侑也の肩を揺さぶった。
「僕は別にお腹は空いていない」
「ハンバーグ!ハンバーグ!ハンバーグ!ハーンーバーグー」
「はあ、分かったよ」
「種類がいっぱいあるファミレスにでも行きましょうか、クール気取りな学ランさん」
「その生意気な口を二度と聞けなくしてやろうか」
「へぇー、この私と闘ってみる?」
キル・メーラと中原侑也はお互いに目を合わせながらバチバチと火花を散らしていた。
「メーラさん!侑ちゃん!ケンカは駄目!」
麻衣は侑也の腕の中でバタバタと体を揺らした。
「ふん、麻衣に救われたな西の殺人凶」
「それはこっちのセリフよ、南の殺人凶」
「はあああああああ」
そんな二人の姿に麻衣は深くため息をついてしまった。
「……麻衣はもう早くハンバーグが食べたいです」
その後、三人は近くのファミレスに入り食事を摂ろうとしたがここで思わぬアクシデントに遭遇してしまう。
「あのー、お客様、その背中に背負われている物は何でしょうか?」
店の店員が侑也の背中に背負っている鉄の槍を指摘してしまったのだ。
「これか?これは人を殺す道具だ。なんだ貴様、死にたいのか?」
絶対に言ってはいけない事をさらりと話してしまった。勿論、本人は何も感じてはいなかった。
「あんたバカなの!もっと別の言い方があるでしょう!警察が来たらどうするのよ」
「僕は本当の事を言っただけだ」
「ぅぅぅ、侑ちゃん、それはまずいよ」
案の定、店員は顔が真っ青になり大声で叫びはじめてしまった。
「しょうがない、黙らせるか」
侑也は席から立つと混乱している店員の方へ歩いていった。
「ひ!助けて!」
周りの状況はというと店員の怯えっぷりを見て悲鳴をあげている者、携帯でどこかに電話している者、店から逃げていっている者、もうすでに店内はパニック状態になっていた。
「貴様、少し黙れ。本当にあの世へ送ってやろうか」
胸ぐらを掴み壁に叩きつける。そして、鉄の槍を店員に突きつけた。
「チーズハンバーグのAランチ2つ、そしてお子様ランチ1つ。分かったらさっさと作ってこい!」
「は、はい……殺さないで。すぐに作りますから」
店員は怯えながらそう言うと急いで厨房に向かった。
「ちょっと侑ちゃん、お子様ランチって何! 」
「大丈夫だ。ちゃんとお子様ランチにハンバーグも付いているから安心しろ」
「違う違う違う、そういう意味じゃなくて!侑ちゃん、私を子供扱いしないでよ」
「……いや、子供だろ……」
サラッと言った侑也のその言葉に麻衣は大声でこう言い放った。
「私の殺意は今凄い事になっています!」
「なぜだ!?」
「ふふ、面白い人達ね」
そんな二人を見ていたキル・メーラはうっすらと笑みを浮かべていた。ちなみに慌てる店員と客にはキル・メーラと麻衣が謝って回りなんとかおさまった。
そして、先ほどの店員が手をガタガタと震えさせながらチーズハンバーグセットと、お子様ランチを持ってきた。やはり相当怖かったのだろう。
「ねえ、侑ちゃん。麻衣は目が見えません。だからアーンを希望します」
「は?」
麻衣が言っているアーンとは(目が見えないので私の口に食べ物をお願いします)のアーンである。
「僕がやると思うか?」
「うん。勿論。侑ちゃんは優しいから!はい、あーん」
「……」
口を開けて待っている麻衣に侑也は周りをキョロキョロ見はじめた。
「何照れてるのよ。早くやってあげなさい。レディーを待たせるのは失礼よ」
明らかにこの状況を楽しんでいるキル・メーラ。その言葉に侑也はギロリと彼女を睨み付けた。
「侑ちゃんまだですか?」
「………く!仕方ない」
侑也はお子様ランチのハンバーグをナイフで切り麻衣の口へ運んでいく。
「あーん、むぐむぐ……えへ、美味しい。侑ちゃん、もう一口!」
「耐えろ僕。これはいたって普通だ。そう、介護と思え!」
「ふふ、顔が少し赤いわよ。南の殺人凶、あんた……案外可愛いところがあるのね」
「それ以上言ったら本当に殺してやるからな」
南の殺人凶である中原侑也、この地味な麻衣のおねだり攻撃によってもしかしたら今までで一番ダメージを負っているのかもしれない。
「むぐむぐ……むぐむぐ……ありがとう、侑ちゃん。麻衣は幸せです」
「そうか……それは良かったな。まあ、あれだ、これくらいだったら僕を使え」
そう言うと侑也も食事をはじめ、キル・メーラも安心したような顔で麻衣の頭を撫でていた。
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こんな何気ない普通の時間が麻衣は大好きです。侑ちゃんは口では嫌と言っているけどとても優しいです。
メーラさんもとても心が綺麗な人です。明るくて、面白くて、ちょっとヤンチャな女性なんです。
特に侑ちゃんは私のお兄ちゃんと度々重なります。
───今の麻衣が笑顔でいられるのは侑ちゃんのおかげです。
───今の麻衣が元気でいられるのは侑ちゃんのおかげです。
───今の麻衣があるのは侑ちゃんに会ったからです。
お兄ちゃんに会いたい、お兄ちゃんを抱き締めたい、そんな気持ちを察してるかのように侑ちゃんはたまに無言で私の頭に手を添えます。
あなたの手が大きく感じます。
あなたの手はとても温かいです。
麻衣の心はそれだけで安心してしまう。
麻衣は……私は……あなたの側にいるだけで……嬉しくて涙が出てしまう。だけど涙は流しません。侑ちゃんに困った顔をされたくないから。
光を失った麻衣の目、侑ちゃんやメーラさんの顔を見たいけどそれは叶わない。だからいっぱい甘えます。いっぱい笑います。それだけで私はみんなの顔が見えるような気がするから。
───切ない事、でもそれは意外に幸福かも。
───悲しい事、でもそれは誰にでも訪れる。
───だから……麻衣はいつでも笑っていたいです。
それが唯一、麻衣に出来る事だから。