第22話《闘いと戦い》
人間はなぜ過去を振り返る?
人間はなぜ未来を想像する?
人間はなぜ……記憶を大事にする?
私の名前はデッドマイチィーン。
物心ついた時から人間の感情に疑問を持つようになった。
私は愛というものを知らない。
故に愛情、愛着が理解出来なかった。
人として、いや、全ての人間にあるはずの記憶に関する癒着に私は興味がなかった。
だから知りたいのだ。
だから学びたいのだ。
だからたどり着きたいのだ。
人間としての心とは何なのかを……
―――
――
―
Dはただ立っている。
あのダーク・ミラーを目の前にしてただ立っていた。
殺人凶としての敗北を知らない余裕なのか、それとも恐れを知らない余裕なのか、Dは笑みを浮かべながらダーク・ミラーを見つめている。
「記憶を操作する力か……一番厄介な能力を持っているな」
「くくく、力だけが強さではない。全ての記憶を支配出来る私こそが神に近い存在だと自負している。人間は全てを忘れた瞬間、一番脆くなる生物だからな」
ダーク・ミラーは刀をしまい背中に背負っていた64式小銃の銃口をDにむける。
「ほー、刀での攻撃はやめたのか」
「うるさい奴だ。さっさと地獄に落ちろクソヤロー」
指の引き金をひき64式小銃の弾が連射で発砲された。
「ふん、遅いわ!」
Dはスーツに両手を入れたまま死歩を使い全ての弾を避けていく。
「ち!ちょこまかと……」
「ふはははは!当たらんな。もっとよく狙え!」
(ダアーン!)
「外れだ!」
(ダアーン!ダアーン!ダアーン!ダアーン!)
「こっちだぞ!ダーク・ミラー」
Dはまるで弾を避けるのを楽しんでいるかのようにダーク・ミラーを挑発する。
しかし、ダーク・ミラーはいたって冷静であった。挑発にはのらず、64式小銃をまた背中に背負って再び日本刀を構える。
そして死歩を使いDにむかって斬りかかる。
「学習をしないなダーク・ミラー。また記憶を消してやろうか!」
Dは接近してくるダーク・ミラーに手をかざす。
だが、Dは気づいた。後方にもダーク・ミラーがいることに……
「な、いつの間に!では、前方にいるのは……」
すると前方にいるダーク・ミラーの姿がスーと消え始めた。
「くそ!死歩による残像か!」
Dはとっさに後ろを振り向き手をかざそうとする。
「おせーよ」
ダーク・ミラーは刀を振り上げDの体を縦に斬りつけた。
「ぐうううう!」
「さすが殺人凶だ。今の攻撃を紙一重で避けるとはな」
Dの黒いスーツが縦に裂けて、斬れた皮膚から血が垂れてきた。
「私の大事なスーツをよくも斬ってくれたな。血を流したのも久しぶりだ」
「あと少しでお前の内臓を見物できたんだがな」
「ふふふ、たいしたスピードだ。あの西の殺人凶と同等の速さとみた」
「西の殺人凶だと?残念だが俺は見たことがないんでね。だから興味もない」
体から滴る血を目で見ながらDは思った。
痛み。久しぶりに感じる体の痛みだ。なぜだ?嬉しくてたまらない。欲しているのか?痛みを!?
これが東の本性なのか。
これが殺人凶の愉悦なのか。
くくく、ダーク・ミラー、貴様は私の記憶に刻まれる器なのか?
楽しいぞ!ダーク・ミラー。
嬉しいぞ!ダーク・ミラー。
震え上がり、絶望し、私の前で屈服させてやろう。
「全ての記憶とともに死ね!ダーク・ミラー」
「お断りだ!イカれた殺人凶」
―――
――
―
(ガキィン!)
千夏の死花とシン・ハザードの蹴りがぶつかりあう。
「さっきもそうだけど……私の死花を生身の体で受けるなんて……あなた……何者?」
「ほおー、無口なお嬢ちゃんと思っていたら意外によく喋るんだな」
シン・ハザードは体を捻り千夏の攻撃を避けていく。避けきれない攻撃は己の体でただ受け止めるだけ。
「その鎌、随分と異様な武器だな」
「ふふふ、私のお気に入りよ……」
千夏は後方に素早く下がって距離をとる。そして地面に死花を勢いよく突き刺した。地面が割れ、砂ぼこりが舞い上がる。衝撃で亀裂が走りシン・ハザードに迫ってきた。
「くだらん」
迫るギリギリのところで空中へと跳ぶ。
「ふふふ、バカな男。空中では動けないでしょう」
千夏は何もない空間を死花で大きく振った。空を斬ったと思った瞬間、衝撃波がシン・ハザードを襲う。
「黒死風」
「……」
シン・ハザードは避けようとはせずに衝撃波の衝突をもろに浴びた。そしてそのまま無言で砂浜に落下する。
「どう?……私の……最強による攻撃は」
砂ぼこりが消えてシン・ハザードはスーツに付いた砂を手で払っていた。
「ふー、今のは少し痛かったぞ」
「……あれを受けて……少し痛かった?……あなた……本当に何者?」
今の千夏の攻撃は決して手を抜いてはいなかった。それなのに目の前の男は平然としている。
最強による慢心のせいなのか?
最強による余裕のせいなのか?
最強による油断のせいなのか?
いや、違うだろう。それはきっと彼が最凶だからだ。
「俺は最凶の暗殺者。この程度の攻撃が俺に効くと思っているのか?」
「最凶だから何!私は全ての最強だとパパが言っていた。だから私に壊せないものはないの!」
「そんなの俺が知るか。お前が最強だろうが、最弱だろうが興味がない」
「……し……ね……」
「ふん!短気な死神だ」
「私を侮辱するなあああああ!!」
千夏の叫び声とともに周りの砂が一気に舞い上がる。
空気が揺れる。
地面が揺れる。
建物が揺れる。
水色のワンピースが……揺れる
「前言撤回だ。確かに……お前は最強だよ」
「あああああああああああああああ!………死ね!」
その言葉と同時に千夏が消えた。
「死歩か?いや、気配がない。初めてだ、俺が目標を見失うんなんて」
シン・ハザードはサングラスを胸ポケットにしまい戦闘姿勢に入った。
(ヒュー)
周りには風の音だけが通り過ぎている。
「そこか!」
シン・ハザードは何もいない前方に強烈な前蹴りを放った。
「ぐふぅ!?……え、嘘?」
放たれた前蹴り、その先には蹴りの衝撃によってエビ反りになり吹き飛ばされている千夏の姿があった。
「死歩の上を行く移動術。まさかお前が使えるとはな。だが惜しかったな、それは俺も使える」
「ふー、ふー、ふー、げほ!げほ!」
砂浜に横たわっている千夏。お腹を抑えて咳き込んでいる。
「しかし音歩を使うとはなかなかだ。音速の数倍、いや、数十倍の速さで動く最速術。俺が知る限りで使えるのは俺を含めて西の殺人凶家族にリリー・ブラッド、そしてミル・サターナくらいかと思っていたが……。まさかお前まで使えるとはな。少々ビックリしているよ」
「今のは……本当に本当に……痛かった」
千夏はゆっくりと立ち上がりシン・ハザードを睨み付けた。
「もう……本当に本当に……殺す」
「ふん!やってみろ」
最強と最凶が……再び激しく衝突する。