第21話《激突》
時間は夜になる。ダーク・ミラーはすでに死島に到着していた。気配を消して忍び込むのは暗殺者にとって当たり前の事だから。
「ここが死島か。言葉では言い表せない悲惨な島だな」
木は枯れ、土地は痩せ、残っている建物も崩壊しかけている。唯一変わらないのは、海の潮風と、夜空の景色だけ。
「さて、予定の時間まであと少しか」
ダーク・ミラーが近くの岩に腰をかけようとした瞬間、後ろに気配を感じた。
「誰だ!」
黒いスーツに、サングラス。笑みを浮かべながら座っていたのは彼だった。
「気付くのが遅いな、ダーク・ミラー。俺はずっとここにいたぞ」
ゆっくりと立ち上がりダーク・ミラーに歩み寄る。
「シン・ハザード……。改めて見ると、最凶の暗殺者としての風格があるな」
「そういえば5日前に俺が最凶だと喋ったな」
「貴様らの噂は知っている。暗殺者の頂点に君臨する五人の最凶達。お前が味方ならかなり心強いさ。……ん?殺気!遠くだが誰かいる」
シン・ハザードとダーク・ミラーがお互いに話をしている時、遠くではあるがかなり凄まじい殺気を感じ取った。
「ほう、ダーク・ミラー。お前も今の殺気に気づいたのか?」
「ああ。凄まじい殺気だ。殺人凶レベルか……いや、もっと強い奴だ。でも、この感じ……どこかで知っている」
ダーク・ミラーは困惑していた。
とても知っている感じで、とても覚えがあるから。
「まさか、千夏!」
「あっちは気付いていないみたいだな」
距離はおよそ二キロくらい。
憎悪と言うのが優しいくらいに歪んでいる。
「く!千夏!今行く」
ダーク・ミラーが走り出そうとした瞬間、シン・ハザードが行く手を阻んだ。
「どけ!シン・ハザード!すぐ近くにあいつがいるんだ!」
「前に会った時に言ったはずだ。千夏という少女は闇に堕ちたと……。少し冷静になれ」
「冷静?これが冷静になれるのか?お前はパートナーの中原美沙を助けに来たんだろう?よく冷静と言う言葉が出てくるな」
その言葉を聞いたシン・ハザードは深くため息を吐きながら喋り始める。
「暗殺者は冷静に判断をし、暗殺者は情に流されずに、暗殺者は敵を恐れずに、暗殺者は全てを棄てる覚悟で望め!……全ての暗殺者が教え込まれる基礎を忘れたのか?今のお前は、ただのガキだよ」
その言葉を聞いたダーク・ミラーは何も言えなかった。
そうだ、そうだった。俺は今、バカな事をやってしまったな。少し頭を冷やした方がいいかもしれない。
「すまない。シン・ハザード。少し、取り乱していた」
「そうか。だが気持ちはよく分かるさ。俺も静かに怒りを抑えている。ダーク・ミラー、少し話をしておきたい事がある」
「そうだな。状況を教えてくれ」
シン・ハザードはその場に座り込み静かに口を開いた。
「千夏という少女は東の殺人凶の能力で記憶を消されている。そして、ある人物の悪の魂が憑依しているんだ。その二つが重なり、千夏という少女は心が崩壊してしまっている」
「ちょっと待て。憑依って何だ?千夏に幽霊でも憑いているのか?冗談だよな?」
「詳しい内容はよく分からん。仲間である者に少しだけ聞いただけだからな。ただ、北の殺人凶と東の殺人凶の目的は分かっている」
月の光が反射し、サングラスからシン・ハザードの眼光が見え隠れする。
「知っている事は全て教えてくれ」
「これも聞いた話だが、奴らは『女々の涙』と云われている謎の兵器の獲得だ」
「女々の涙?そんな言葉、聞いた事がないぞ」
「女々の涙。どういう物かは俺にも分からん。ただ、かなり昔に誕生したこの世の『兵器ではない兵器』という事は知っている」
「この世の兵器ではない兵器?頭がついていけなくなりそうだ」
「それは俺も同じだ、ダーク・ミラー。ただ、東と北が組んで俺を誘っているのは多分、『最凶達』の排除だろう。中原美沙は俺を誘うただの駒だ。それを知ったのは全て仲間である奴の情報だ。そいつとは前に美沙と会ったよ。まあ、あの時は美沙を騙し敵同士という事になっていたんだがな。全ては俺の仲間、キル……」
シン・ハザードの会話が途中で途切れる。
「上だ!ダーク・ミラー!」
二人の頭上に、フワリと跳んでいる少女の姿。
それを見たダーク・ミラーは一瞬、固まってしまった。
「ち……千夏……なのか」
シン・ハザードに言われるまで気がつかなかった殺気。黒い鎌を片手に持ち、水色のワンピースが風で踊る。
それは……人間ではなく、美しい死神のような姿だった。
「ダーク・ミラー!来るぞ、構えろ!」
「本当に千夏なのか!」
空を跳んでいたはずの千夏が突然消えた!
「ち!早いな。これは死歩!いや、違うな」
シン・ハザードは拳を前に出し戦闘モードに入る。
「うふふ、みーつけた。うふふふふふふふ」
笑い声と同時に、いきなりシン・ハザードの前に現れた。
「!!」
「あなたが、私を狙う悪い人ですね」
千夏は持っていた鎌、『死花』をシン・ハザードへ向けて振り上げた。だが、その攻撃は両手を使い素手で受け止められた。
「お前が古川千夏だな。闇に堕ち、呑まれた少女」
「私の攻撃を受け止めるなんて。あなた……強いですね」
千夏はゆっくりと死花に力を入れてジリジリと押し返す。その光景を見ていたダーク・ミラーは大声で千夏に話かけた。
「千夏、俺だ!分かるか!」
その声に反応し、横目でダーク・ミラーを見る。
だが、千夏が発した言葉は最悪の言葉であった。
「あなたも……私を殺す者。誰かは分からないけれど、私は全てを殺します」
ダーク・ミラーを知らないと言った。
記憶が消え、憎悪の塊でしかない幼い少女。
「そうか、なるほど。記憶を消し、千夏を闇に引きずり込んだのは、やはり貴様かあああああ!!」
ダーク・ミラーは突然ナイフを数本、勢いよく後ろへ投げ入れた!
後ろにいた人物はそのナイフを全て難なく叩き落とした。
「危ないじゃないか。私は戦闘が苦手なんだよ」
「自分の娘を……この外道が!」
後ろにいたのは東の殺人凶、デッド・マイティーン。叩き落としたナイフを拾いあげ、指でなぞる。
「良いナイフだ。手入れが行き届いている。初めまして、暗殺者、ダーク・ミラー。さっきの言葉、私の『記憶を操る力』を褒めてくれていると受け取っておこう。だとしたら光栄の極みだ」
デッド・マイティーン、いや、Dの服装はシン・ハザードと似ている服装である。黒いスーツに身を包み、笑顔で答えている。
「今日は大事な日。色々服装を考えたんだが、やはり闇の者は黒のスーツがしっくりくる」
Dは曲がったネクタイを整えながらダーク・ミラーに語りかけた。
「さきほど私の事を外道と言ったな。そんな言葉、暗殺者のお前には言われたくないな」
「余計な口を開くな!俺は今、虫の居所が悪いんだ」
ダーク・ミラーは腰に差してあった日本刀を抜き、Dに斬りかかる。
「直接の戦闘は不得意と言ったはずだ」
Dは突然、ダーク・ミラーの顔へ手をかざす。
「な!……くそ!」
何が起きたのか分からないままダーク・ミラーは後ろへ後退した。
「何だ?一瞬、頭が真っ白になった」
ダーク・ミラーがDに斬りかかる時、一瞬ではあったが『斬りかかる』という記憶だけ忘れてしまったのだ。
「これが東の能力か!」
「ふふふ、人間は全て記憶から成り立っている。記憶がなければ家族を忘れ、記憶がなければ感情もいずれか無くなる。記憶が全て無くなった人間はとても脆い生物だ。肉弾戦だけが力ではない。私は相手に手をかざすだけで一瞬ではあるが記憶の一部を消し去る事が出来るのだよ」
Dの表情に焦りはない。例えこの場に最凶の暗殺者がいてもだ。
「女々の涙は我らの悲願。それには最凶が邪魔だ。『最凶』には『最強』をぶつけて対抗したほうが手っ取り早いんでね」
「その最強が千夏だというのか!」
「そうだ!最強であり、最強の器が私の娘なんだよ」
ダーク・ミラーは再び刀を構え、Dはその姿を笑みで返した。
───記憶が無くなれば痛みを忘れられる。
───記憶が無くなれば愛を棄てる事も容易い。
───記憶が無くなれば存在を知る由もなく。
【人間の頭は全て記憶で出来ている】
『私は知る』
『私は学ぶ』
『私は語る』
【この世は所詮、造り物の世界なんだと】
『そうだ。私も含め、人間とは……なんて哀れな存在なんだ』




