表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の対価は最果ての愛 ──絶望を悪魔に売却したので、元婚約者の名前すら思い出せません  作者: あとりえむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/30

第30話:最幸の地獄

魔界の城の深淵に位置する主寝室は、今日も不気味なほどに凪いでいた。


窓から差し込むのは、人間界の太陽のような暴力的な熱量ではなく、魂を優しく撫でるような紫紺の月光だけ。

天蓋付きの豪奢なベッドの上で、リリアーナは穏やかな寝息を立てていた。


かつてその身を焼いていた猛毒の残り香は、今や一片も残っていない。

彼女の肌は月の光を吸って白磁のように輝き、その表情はただ愛されている者だけが許される、無防備な平穏に満ちていた。


その傍らで、ゼパルは愛おしそうに彼女の頬を指先でなぞった。


「あぁ、リリアーナ。今夜のお前は、一段と芳醇な幸福を纏っているね」


ゼパルは彼女の額に、慈しみと独占欲を込めた口づけを落とした。

その瞬間、リリアーナの影から微かな紫色の光が溢れ出し、部屋の隅にある巨大な魔法の鏡へと吸い込まれていく。


ゼパルはゆっくりと視線を上げ、鏡の裏側の暗闇を射抜いた。


そこには、かつて太陽の王子と称えられた男の成れの果てがいた。

アリステアは、もはや叫ぶための喉も、怒るための理性も残っていない。


ただ、至近距離で見せつけられる「自分を完全に忘れた婚約者の幸福」という猛毒に当てられ、絶え間なく絶望の涙を流し続けるだけの機械と化していた。


アリステアと目が合うと、ゼパルは声に出さず、ただ唇の端を吊り上げて見せた。


お前の絶望がある限り、彼女は永遠に幸福だ。


その無言の宣告が、アリステアの魂をさらなる深淵へと突き落とす。

彼が流す悔恨の一滴が、彼が上げる声なき悲鳴のひと振りが、リリアーナの夢をより甘くし、彼女の肌をより瑞々しく磨き上げていく。


かつて彼女を搾取した男が、今は彼女に搾取されることでしか彼女のそばにいられないという、救いのない因果の円環。


「……ん、ゼパル様?」


微かな衣擦れの音とともに、リリアーナがゆっくりと目を開けた。

紫水晶の瞳がとろりと蕩け、目の前の悪魔を映し出す。


彼女は迷うことなくゼパルの首に腕を回し、その胸に顔を埋めた。

その視線の端に、巨大な銀鏡が映り込む。


だが、彼女にとってそれは、自分の美しさを確かめるための調度品でしかなかった。

鏡の奥で一人の男が精神を磨り潰されていることなど、彼女の純粋な世界には一分たりとも存在しない事象だ。


「おはよう、私のリリアーナ。いい夢を見ていたかな」


「はい……とても。なんだか、とても温かくて、悲しいくらいに甘い夢でしたわ」


リリアーナは幸せそうに目を細め、ゼパルの唇に自ら口づけを返した。

その至福の瞬間、鏡の向こうのアリステアは、嫉妬と絶望で肺が潰れるような衝撃を受け、さらなる純度の高い魔力結晶を精製する。


「貴方がいてくださるから、私はこんなに幸せなのですわ」


「あぁ、私もだよ。お前のこの笑顔を守るためなら、私はどんな苦労だって惜しまない」


ゼパルはリリアーナを抱き上げ、再び彼女を甘い愛の言葉で満たしていく。



その背後で、アリステア、公爵、そしてヘンリックの三人は、永遠に終わることのない最幸の地獄の中で、ただ絶望を奏で続ける。


リリアーナが目を覚ますたびに、一人の男の魂は死に、一人の女の幸福は完成する。


これが、彼女が選んだ、そして悪魔が用意した、最果ての愛の形。

絶望という名の土壌に、幸福という名の一輪の花が咲き誇る。


その美しさに一点の曇りもないまま、魔界の夜は永劫に続いていく。


(完)

─あとがき─


最後までお読みいただきありがとうございます!


Youtubeでも小説を公開しています。

まだあまり凝ったものは作れていませんが、スマホでも見やすい縦画面で動画ならではの「間」を意識して編集しています。落ち着いたBGMに合わせて自動で本編が流れる感じです。


暗めの画面で睡眠導入にもおすすめですので、もし興味がある方は「あとりえむ」で検索して一度覗いてみてください。


Youtubeも徐々に作品を増やしていこうと思っておりますので、応援していただけたら嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ainado03.jpg

t_title_novel.png
t_novel_ainado.png t_novel_at.png t_novel_dz.png t_novel_saihate.png t_novel_oshituma.png
― 新着の感想 ―
最後まで読みました。 2人が幸せになって良かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ