第12話 血と白
カイモス・アイマユスはクリアから散開を命じられると同時、手近の孤児院を目指した。
彼は孤児院の出だ。
黒腐に親を奪われ、七大企業の孤児院で育てられ、サイボーグ兵士となることを強制された。
カイモスと同じような境遇の子どもたちが今もイーリス中にいるのだ。
そして、この混乱の中、寄る辺のない彼らを守るものはほとんどいない。
だから、彼は自分がその役を担おうと思った。
彼がもっとも近い孤児院にたどり着き、まさに中に入ろうとしたとき、ちょうどそこから一人の少女が出てきた。
声をかけようとして息を呑む。
なぜなら、白髪碧眼、十歳くらいに見えるその少女と彼がイエローコートを逃げ出すきっかけになった記憶の中の少女とが完全に一致したからだ。
そして、少女と再会して初めて気づく。
その少女はあまりにもクリアに似過ぎていると。
「君! 俺を覚えているか? 二年前、君に助けられたカイモス・アイマユスだ。ブラックボックスに仕掛けられるセーフティのことを君が教えてくれて、俺はイエローコートを逃げ出すことができたんだ」
「……」
少女は無言でカイモスの顔を見つめた。
数秒後、ゆっくりと目を見開く。
「ああ、あの時のおじさんか。よかったね。逃げられて」
「君のおかげだよ。ところで、君はこんなところで何をしているんだ?」
「何って……虐殺だよ」
「……は?」
開いている扉から孤児院の中が目に入った。
そこには多数の子どもが倒れている。
皆一様に息がない。
カイモスの魔力探知は未熟だ。
努力は重ねているが、今のところ視界に入る人間からしか魔力を感じ取れない。
そんな彼にも中の子どもたちがどうなっているかは分かった。
誰も彼も魔力を――生命力を完全に失っている。
つまりは死んでいるということだ。
「君があの子たちを殺したというのか……?」
「殺したというか、魔力を吸い取っただけ」
「どうしてそんなことを!」
カイモスは障壁をまとった拳を少女に向けた。
彼女はカイモスの恩人だが、だからといって見過ごせることには限度がある。
少女が子どもを虐殺したと知って見逃せるほど、カイモスは怠惰な人間ではない。
「わたしの名前はクリアブラッド・ヴァルディア。吸血鬼だよ」
「吸、血鬼……?」
「そう。この世界には存在しないはずの吸血鬼。他人の生命力を吸って生きる化け物。わたしの心臓には『停止』の上書きがかけられているの。『彼女』の命令に反した場合、即座にその上書きは効力を発揮し、わたしの心臓は停止する。殺さないとわたしが死ぬ。だから、殺した。それだけの話」
何の感慨もなくクリアブラッドはそう言った。
「でも、安心して。この孤児院の子どもたちは手遅れだったから。とある細菌兵器の宿主にされていて、それがネマネスに利用されると甚大な被害が出るから先手を打って殺しただけ。どちらにしろ彼らは長く生きることは許されなかった」
「……それも結局、企業側の都合を押し付けただけだろう!」
「そうかもね。だけど、そんなこと言われても、わたしにはどうすることもできないから」
クリアブラッドは肩をすくめると、カイモスに背を向けた。
「待て。『彼女』とは誰だ。あの時、俺を助けたのはなぜだ!?」
「この世界のクリア。因果の巡る者。……あなたを助けたのはただ単に一人でも多く救いたかったからだよ。殺す代わりに救わなきゃ、罪の重さで死んじゃうでしょ?」
「待ってくれ!」
以前会った時と同様、少女は跡形もなく消え失せた。
あるいはそれはクリアが使うポイント・リライトによるものか。
それとも、彼女の言う吸血鬼の力によるものか。
「くそっ……!」
恩人が子どもたちを殺した。
その子どもたちは生物兵器の運び屋だった。
そして、その虐殺すら彼女が命を盾に無理強いさせられたものだった。
持って行き場のない気持ちを抱え、カイモスはただ悪態を吐くことしかできなかった。
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市街地で戦っていた三等級サイボーグ二人をクリアは障壁をまとったステッキで殴って気絶させた。
一人は通常の箱持ちで、一人はネマネスによって上書きされた箱持ちだった。
市民への被害関係なく彼らが暴れていたので、クリアは実力行使を行った。
クリアの魔力が彼らのセーフティを起動してしまうことが分かった今となっては、無力化するにしても若干手間がかかる。
雷球をぶっ放していればよかったのが、障壁をまとって殴るという物理的手段に頼るしかなくなった。
結構な手間だ。
しかし、まさか都市部で黒腐を解き放つわけにもいかないから、他にどうしようもない。
それでも、三等級サイボーグ程度ならものの数分で片が付く。
こちとら一等級であるウォードをそれなりに不利な状況から打倒しているのだ。
三等級程度、物の数ではない。
「たーだ、倒したところで放置するしかないのが歯がゆいところ」
ブラックボックスそのものをカルマ・ディバイドで消滅させるのも、ネマネスがかけたであろうカルマ・リライトを打ち消すのも、どちらにしたって魔力が余計にかかる。
この動乱の最中、三等級ごときにそんなエネルギーを使っていられない。
ゆえに、気絶させた後は放置するしか手がないのだ。
殺すのも弱い者いじめをしているようで気分が悪いし。
「……あら?」
「……あ」
そんなクリアの元に唐突に白い女が現れた。
白いフードに白い仮面、白いスカートに白い肌。
見覚えのある白い女だ。
白白と名乗った一等級サイボーグは以前会った時と同様、その場に突然前触れもなく現れた。
今となってはクリアにも馴染み深い因果干渉、それはポイント・リライトに他ならない。
直前まで周囲数百メートルに一等級サイボーグの反応はなかったから、いきなりこの場に現れた手段としてはそれ以外にあり得ない。
白白は軽く首を傾げてクリアを見つめると、仮面の下で小さく笑った。
「以前お会いしましたね。確か今は魔法少女カレンさんと名乗っていらっしゃるんでしたか」
「そういう君は白白だっけ? ここに何しに来たの?」
「近場から手当たり次第に戦闘を収めに回っているのですが、もしかしてここはあなたが片付けてくれたのでしょうか?」
地面に転がる二体のサイボーグに視線を向けて、白白が問う。
「そうだよ」
「ご協力ありがとうございます」
白白はサイボーグに手を振れると、二人をポイント・リライトでいずこかへ飛ばしてしまう。
「この騒動の本質は六大企業による内部抗争なのですが、あなたが介入なさる理由はなんですか?」
「そんなレベルを超えてるからだよ。魔法少女であるボクの元には助けてほしいというメールが山のように届いてる。それを無視することはできないから」
「お優しいのですね。魔法少女カレンさん」
「……」
クリアは仮面の下で憮然とした顔を浮かべた。
悪辣の限りを尽くす六大企業のサイボーグにそんなお世辞を言われたくはない。
「それで白白。君の目的は何なの?」
「目的とは? わたしはただネマネスさんの起こした騒動を鎮めようと動いているだけですが」
「とぼけるな。君は因果干渉を使った。この世界の外側にいる者の証である因果干渉を。ボクと同じ並行世界から来たんでしょ?」
「別にとぼけたつもりはないんですが。今の文脈ではむしろそちらの意図で聞いているとは思いませんよ」
「いいから、答えてよ」
「答えはイエスです」
平然と答える白白に少しだけ面食らった。
「じゃあ、もう一つ聞くけど、その仮面の下、どうなってるの?」
「……知りたい?」
クリアが聞いた瞬間、白白から返ってきたのは一瞬前とはまるで異なる口調だった。
一瞬、クリア自身が口を開いたのかと誤認するほどそっくりなその声は。
白白はもったいぶるでもなく、淡々とフードを下げ、仮面を外した。
「――やっぱり」
そこにあったのはクリアと全く同じ顔。
鏡でも見ているかのような白い顔。
「わたしが外したんですから、そちらも外されてはいかがですか?」
元の丁寧な口調に戻って白白が言う。
クリアもまたためらいなく仮面を外した。
それを見て、白白は薄く笑う。
微量の驚きもそこにはなかった。
白白は初めて会った時から分かっていたのだろう。
相手が並行世界の自分だと。
クリアの魔力を感知できれば、その時点で分かるのだから。
白白はサイボーグと化しているから魔力が変質しているため、クリアには分からなかったが。
「では、改めて自己紹介をいたしましょうか。わたしの名前はクリアホワイト・ヴァイスです。そちらは?」
「クリアクレイドだよ。家名は忘れた」
「以後よろしくお願いいたします」
白白は優雅に一礼した。
クリアはその仕草に軽い苛立ちを覚える。
「その気持ち悪い口調と態度は何なの? ボクにしては随分芝居がかってると思うけど」
「気持ち悪いは心外ですね。あなたと同じようにしゃべっては、もはやどっちがどっちが分からなくなってしまうじゃないですか。差別化は大事ですよ。特にこうも自己同一性を疑う世界においてはね」
「その言い草……もしかして君だけじゃない?」
「さすがわたし。その通りですよ。多くのクリアがこの世界を訪れています。クリアがこの世界にやってくるのはもはや必然に近いのですよ。わたしにとっては驚きはありません」
「うへぇ」
正直反吐が出そうな話だった。
今この目の前にいる『クリア』だけでもものすごい抵抗があるのに、それが複数いるとは。
「なんでそんなことになってるわけ?」
「もちろん物事には全て理由がありますが、残念ながら今はそれについて説明する時間はありません。この混乱を収めるのが先決と言えるでしょう。日常が戻れば、あなたに詳しく説明する時間も取れるかと思います。協力していただけますか?」
白白はその白い手をクリアに差し出した。
その肌はクリアに輪をかけて白い。
よっぽど色というものにこだわりがあるのだろう。
クリアはその手をぺちんと叩いた。
「たとえ自分自身であろうと、黒腐とかいうやばいものを平然と使ってる相手と協力する気はないね。協力じゃなくて一時休戦なら乗ってあげるよ」
「……どっちも同じことじゃん」
「何か言った?」
「いえ、何でも。では、一時休戦ということで。さっさとネマネスさんを片付けてしまいましょうか」
「あいつ、きもいしね」
「あら、意見が合いますね」
「はははっ」
「うふふっ」
笑いながらクリアとクリアは近場の混乱を鎮圧しに向かった。




