第11話 混乱と介入
ネマネスが起こしたイーリス全土での暴動。
開始から6時間でオレンジカレッジ所属のリグルル・グルリルとレッドパウダー所属のアイス・クーキーズは共に死亡した。
『自我』の上書きによって各企業にスパイを潜り込ませ、情報を集めていたネマネスにとって、既に一等級サイボーグに対抗する手段は既知のものだったのだ。
『正異常』の上書きを持つリグルルは人間に対しては無類の強さを発揮する。何が正常で何が異常か、指定領域内にいる人間の認識を上書きできる彼にとっては、直接的な戦闘力などなくとも対人戦ではほぼ無敵だ。
ただその力も無人兵器には効果を発揮しない。
それをリグ自身も分かっていたのだろう。
暴動が始まってすぐ無人兵器による奇襲を警戒した彼はオレンジカレッジの基地に閉じこもった。複数人の二等級以下のサイボーグを連れて。
その中にはネマネスによって『自我』の上書きを施されたものも複数人いた。
その基地の周囲を囲むように無人兵器が集結していく。
外への警戒が最高潮に達した瞬間、内部のネマネスたちは一斉に行動を開始した。
閉鎖された基地内部で起こる混乱。
それも『正異常』の上書きならばいずれ収められただろうが、誰が敵で誰が味方かも分からなければ、力の使いようもない。
そうこうしているうちにありったけの対地ミサイルが基地に打ち込まれ、一等級サイボーグ、リグルル・ グルリルは死亡した。
『お菓子』の上書きを持つアイス・クーキーズは逆に通常兵器には強い。
無人兵器だろうが、ミサイルだろうが、彼女の周囲半径三百メートルに存在するものは何でもスイーツに変換させられる。
人も同じ。
だから、彼女は暴動を鎮圧するべく、レッドパウダー各所の施設を回っては、暴動に与する者を甘いお菓子に変貌させ、つまみ食いしてその場を後にしていた。
その時アイスが訪れた場所には伏兵がいた。
ネマネスによって支配されたボース・パーティミアン一等級サイボーグ。
『上下』の上書きを持つ彼はアイスが施設に着いた瞬間、その施設を引っこ抜く形で因果の上書きを実行する。
『上』は地面、『下』は大気圏外と設定された。
その結果、アイスを含むその施設には大気圏外から地上へ落下するのと同じ現象が逆向きで起こる。
彼女はものすごい勢いで空に落下し始めた。
周囲のものをお菓子に変えても、その落下速度は何一つ変わらない。
こうして大気圏外に放り出されたアイス・クーキーズはその後、死亡した。
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信じられない量のメールがクリアの設定した魔法少女用のアカウントに送られてくるのを見て、クリアは決断した。
「うん。人助けしようっかな」
混乱に乗じてクリアも六大企業に攻撃しようかと一瞬は考えたが、ネマネスと同列にされたくないという思いがその考えを打ち消した。
彼は一般市民への被害などまるで考慮せず、五大企業の施設を攻撃している。
そんな奴に与するような行動など取りたくはなかった。
「みんなー、協力してくれる?」
事情を話すと、弟子たちは即座に協力を約束してくれた。
約千人近い弟子たちのほとんどが六大企業の横暴に怒りを覚えて反抗した者たちだ。
この反応はむしろ自然と言える。
ユリア、メリア、トメイト、マミもすぐに頷いた。
「ただし、身の安全を第一にね。箱持ちがいたら逃げること。助けられる市民を助けること。銃弾飛び交ってるようなところにはできるだけ近づかないこと。安全地帯が見つからなければ、アイアンガーデンに連れてくる。みんな、分かった?」
了解の意を含んだ返事がばらばらと飛んでくる。
千人もいればその返事もうるさくてかなわない。
「六大企業に攻撃はしないでね。君たちが攻撃すると、さらに混乱が加速して市民の被害が増えるよ。それじゃ、行くよ」
クリアは百個近い氷球を生成すると、本土へとつながる海上へ一斉に放った。
海が凍り、本土へ向かう道ができる。
「みんな着いてきて。本土に着いたら自由に動いていいからね。ボクには統率取るとか無理だし」
千人の弟子を先導し、凍った海上を歩いて、混乱のただなかにある本土に向かう。
凍った海上を歩く千人の集団。
なかなかに壮観な絵面だろう。
「ていうか、よく考えたら、君たちは来なくてもいいんじゃない? まだみんな学生だし」
ユリアたち四人を見ながら言うと、真っ先にユリアが反駁した。
「行くよ! わたしはそのためにクリアちゃんに魔法を教えてほしいって頼んだんだから! またお兄ちゃんみたいに犠牲になる人を出さないためにも!」
「そっか。まあ、ユリアはそうかもね」
お兄ちゃんみたいに犠牲というところで、一瞬、頭が混乱したクリアだったが、そういえば、この世界のヨークは死んでいたんだったと思い出す。
生きている方のヨークのイメージが強くて、会ったことのないこの世界のヨークのことが頭から抜け落ちていた。
クリアにちょっかいをかけてきているヨークは別世界のヨークであって、厳密には彼女の兄ではないのだ。
「メリーマミーは大丈夫? 怖かったらアイアンガーデンに引きこもっててもいいよ?」
「あの、それって俺には聞いてるんすか、聞いてないんすか、どっちなんすか?」
「クリアさんが人助けするのにわたしだけ逃げるなんてできません! あなたが戦うならわたしも全力で手助けします!」
「あー、はい。メリアはそういう感じね。いつも全肯定ありがとねー。自己肯定感あがるー」
何回も会っているのでいい加減メリアの性格にも慣れている。
悪い言い方をすれば、メリアはクリア信者であり、クリアの言うことには大体全部頷いてくれるのだ。
完全に都合のいい女みたいになっている。
クリアはそれを利用するつもりは全くないが、本人がそうしたいならそうすればいいんじゃないかと放任の姿勢でいる。
「マミさんは? 命の危険があるんだよ? 無理せず不参加でもいいよ」
「私はむしろ早く試したくて仕方がないのよ、これを」
マミはクリアがあげたクリアボックスを握り締めている。
その目は力を試したくて仕方がないという好奇心ともつかぬ強い情動に支配されていた。
だいぶ危険な光を宿しているようにも見えるが、クリアは気にしない。
面白そうなおもちゃをもらったら遊んでみたくなるのは誰だって同じだ。
多少危うげな雰囲気を宿していようと、それが敵に向けられるなら何の問題もない。
「うんうん。三人とも気合が入っているようで何よりだよ。よかったー。心配してたんだよね。雰囲気で参加する感じになってないかって。みんな乗り気なら後腐れなく特攻できるね」
「あの、俺は!? 俺は!?」
「トマト君、うるさいからちょっと黙って」
「なんで!?」
トメイト?
彼はクリアの下僕だ。
常にクリアの意のままに動くようしつけてある。
今更、意思確認など不要だ。
というのは冗談として。
「分かった分かった。じゃあ、トマト君にも聞くね? こうしてか弱い女の子三人が健気にも、人助けという崇高な目的のために命を懸けようとしているわけだけど、トマト君は何にも気にしなくていいからね? 君が安全な場所でびくびく震えている間にボクたちの誰かが血を流して倒れるかもしれなくても、君は何も気に病まなくていいんだよ。ボクたちの誰も臆病な君を責めたりしない。ね? みんな?」
うんうん、と女子三人は慈愛顔で頷く。
「だから、素直に言っていいよ。怖いです、逃げたいですって。ボクたちは君を意気地なしなんて思ったりしない。男のくせに勇気がないだとか、声はでかいくせに度胸はないだとか、いじられるのが大好きなドMだとか思ったりしないから。さ、本心を言っていいよ。せーの」
「逃げたいです……って言えるか!」
トメイトはきれいなノリツッコミを見せてくれた。
「誰も何も言ってないのに、なんで俺が女に任せて後ろに隠れる奴みたいになってるんすか! ていうか、どさくさに紛れてドMとか言いませんでした、今!?」
「えー、違うの?」
「違いますよ! あと俺も行きますから! そこまで言われて逃げるほど、根性腐ってないすから、俺!」
「そっかー! ありがとね、トマト君!」
「ぐ……」
クリアがとびっきりの笑顔を振りまいてみせると、トメイトは顔を赤くして押し黙った。
何度となく指導を繰り返す中で、トメイトはクリアに気があるらしいということはクリアにも察せられている。
だから、たまにこうして餌を与えることにしているのだ。
クリアは自分の笑顔とかにそんな価値があるとも思っていないが、向こうが喜んでるらしいからいいかと思って。
それでモチベーションが上がるならやるだけお得だ。
それで告白とかされても困るのだが、その時はその時だ。
弟子にやる気を出させるのも師匠の仕事。
そうして、二時間ほども歩き続けると、ようやく本土が見えてきた。
沿岸部は静かなものだが、都心部はどうなっていることやら。
「じゃあ、ボクの弟子たち! 人助けにレッツゴー! 散開!」
そうして千人が各々散っていった。
ユリアたち四人には一応の保険を渡しておいて、クリアも空に飛び立つ。
「悪を挫き、弱きを助ける。魔法少女の出番だね!」
優先すべきはネマネス・スエルス。
彼の本体を見つけない限り、混乱は収まらないだろう。
そう簡単にはいかないだろうが。
「戦闘地点発見!」
遠くで見えた銃撃の火花。銃声。怒号。
そこに一直線にクリアは突っ込んでいった。




