第6話 見た目と心
ミミ・ストミミスがサイボーグ兵士になることを選んだきっかけは至極ばかばかしいものだった。
中学生のときに憧れの先輩に告白し、見事に振られた。
振られたときの言葉は「他に好きな人がいるから」とか当たり障りのないものだったが、その後、陰でその先輩が「あんなブスと付き合うかよ」などと言っているのを耳にして、ひどく傷ついた。
今となってはどうでもいい思い出で、大して気にもしていない過去の出来事だが、当時のミミにとっては全てがどうでもよくなるぐらいの人生の衝撃であり、自分の身を七大企業に売ることを決断する程度には自暴自棄になる一大事件だった。
結果、一サイボーグとなったミミはめきめきと頭角を現し、今に至る。
なお、ウィンクイールで死んだアランドランはその先輩に酷似していたために日常的にいじめられ、そして、よくちょっかいをかけられていたことをここに付記しておく。
今考えてみればその好きだった先輩というのも大した男ではなく、単なる見た目で選んだだけのことであり、見た目で選んだからこそ見た目で振られた。
ただそれだけのことだったとミミは思っている。
そして、ただそれだけのことではあっても、見た目というのは普通、自分ではどうにもできない。
化粧や諸々で取り繕うことはできても、寝起きに鏡を見るだけで自分の醜さというのは嫌でも突きつけられる。
だからこそ、『見た目』の上書きという力を有したブラックボックスを手にしたことはミミにとって僥倖であり、そして、一種の不幸でもあった。
「は? まじで言ってんの?」
その日の朝、目を覚ましたミミは鏡を一心に見つめ、寝起きでもかわいい自身の姿かたちに満足げに頬を歪めた後、マネージャーが随時更新しているその日の予定を確認した。
夕方の時間帯に差し込まれているタスクは前日にはなかったものであり、そして、ミミにとっては信じられない類いの仕事だった。
「あいつ何考えてるの?」
不満の言葉ばかりが口を突いて出るが、だからといって既に決定された仕事であることは間違いない。
しかも、ご丁寧にマネージャー自身が付き添って現場まで送ると備考に記されている。
恐らくミミが仕事をすっぽかすことを警戒しているのだろう。
そこまでしてあの女におもねようとはパープルマスクも随分と弱くなったものだ。
「ちっ……めんどくせえな」
悪態を吐きつつ、決められたものは仕方ないと覚悟を決め、まずはその前の仕事をさっさと片付けるべくミミは足早に自宅を出た。
※
そして、夕方、緊張した表情のマネージャーに付き添われ、ミミは現場に到着する。
そこは寂れた港町で、周囲に人の気配はほとんどない。
桟橋の近くにぽつんと突っ立っている仮面を付けた魔法少女の姿を見て、ミミは深いため息を吐いた。
「そ、それじゃ私は失礼しますね。ミミさん、くれぐれも相手を刺激しないように。それでは!」
マネージャーはそんな言葉を残して消えた。
送り届けはするものの、見届けるつもりはないらしい。
彼女自身、二等級サイボーグであるはずだが、ウォード・リンページを片付けた魔法少女に恐れを抱いている様子だった。
ミミ自身も一度、敗北している手前、その気持ちは分からないでもないが、だからといって、タレントを現場に送り届けて自分だけ先に帰るマネージャーというのはいかがなものか。
撮影機材の類いなんて自動機械でいくらでも人の手を借りずに動かせるとはいえ、それでも、この周囲に人は一切いない。
パープルマスクのアイドルというミミの立場を考えれば、これは異常なことだった。
「で、あんたは何考えてんの?」
「え、なにが?」
「……金払ってまでミミとコラボ配信したいだなんてさ」
六大企業を脅している件の魔法少女とのコラボ生配信。
それが今回の仕事内容だった。
朝、目にしたときには目を疑ったし、何なら今も疑っている。
一度は殺し合った仲であるにもかかわらず、そんな仕事を投げてくるこの少女の頭の中が何一つ分からない。
「だって面白そうじゃない? 魔法少女と一等級サイボーグのコラボ配信。しかも、二回ぐらい殺し合ってるっていうね」
「……どこが?」
「あとボクが誘ったらミミちゃんどんな顔するのかってちょっと気になってさ。ドン引きしてる顔最高だよ」
「……」
こいつは心の随からイかれているとミミは思った。
ただそれだけのために命の危険を冒す意味がどこにあるというのか。
今この瞬間ミミが彼女に襲い掛かったとしても何ら不思議はないというのに。
「じゃあ、行こっか」
「は? どこに?」
「アイアンガーデン。イエローコートのでかいおじいさんとの戦いで爆心地みたいになってるからさ、そこで配信したらさらに面白いじゃん」
「意味が分かんないんだけど」
こいつの面白いの基準のネジが外れている。
こんなイかれた奴を懐柔しようなんていう六大企業の方針自体、荒唐無稽なものなんじゃないかとミミには思えてきた。
「そういやあんたのことは何て呼べばいいの? 魔法少女クレアだったっけ。それでいいわけ?」
「ああ、うん。何でもいいよ。クレアでも、クリオネでも、クレメンスでも」
そう言って、クレアは桟橋に留めてある小型ボートに乗り込んでいく。
彼女に付いていくのは嫌でしょうがなかったが、マネージャーがここまで付き添ってきたのも、こいつの機嫌を損ねるなという暗黙の意思表示であることを理解してしまったミミは嫌々ながらもその後ろに付き従う。
むしろここで後ろから即殺してしまえば後腐れもないんじゃないかと一瞬、考えたが、白白の言によれば、こいつは並行世界から来たもので因果に干渉する。
それで終わるかどうかは賭けであり、その賭けで黒腐の秘密をチップに乗せることはできないだろう。
それくらいの判断はミミにもできる。
アイアンガーデンに向けて船が出発し、しばらく海風に晒される。
十二ツ月の冬となったイーリスの風は冷たく、見た目以外の情報が希薄なミミの仮想細胞にはそれなりに堪えた。
「あ、寒い? はい。火球」
クレアが空中に複数の火を生み出すと、ミミの周りを包むようにその火を展開させた。
風の冷気はその火に温められ、寒さも少しは和らぐ。
「……ありがと。便利なもんね、それ」
「まあ、魔法だからね~」
感謝の言葉を言うかはかなり葛藤したが、イかれた頭をしていると言っても、彼女にこちらに対する敵意がないことは十分察せられている。
結局は感謝の言葉が口を突いて出た。
「もうすっかり冬だもんね、そりゃ寒いよね。まだ五時なのにかなり暗いし」
クレアも自分の周りに火を浮かべながらそう言った。
夕方ではあっても、既に日は沈み、辺りは暗く沈んでいる。
海は不気味なほど黒く染まり、深淵な闇をたたえている。
その暗い海を見つめながら、こっちを見ることもなく、クレアはどうでもよさそうに言った。
「ミミちゃんっていくつなの?」
「……は? 殺すぞ、クソガキ」
「うわ、こわ。その反応、絶対、年ごまかしてるやつじゃん。公式プロフィール十八歳とかだったのに」
「公式プロフィール見たんなら聞いてくんなよ」
「だってミミちゃん見た目もごまかしてるからさ、絶対、年もごまかしてると思ったんだよね」
「殺すつってんだろ」
ミミは無意識のうちに手の指を黒い棘に変化させていた。
形状変化させればすぐにでもクレアを背中から刺せる。
「確かに見た目はかわいいかもしれないけどさ、そんなことして虚しくならないの?」
「何が虚しいんだよ」
「だって、顔なんて記号じゃん。個体識別さえできれば何でもよくない?」
「お前、何言ってんの……」
「疑問なんだよね、ボク。人間なんてみんな、目と耳が二つに鼻と口が一つで、究極的には同じ顔じゃん。その多少の大きさとか位置でなんで優劣つけたがるんだろうって」
「……」
手の黒い棘は気付けば普通の指に戻っていた。
クレアのあまりの理屈に、ミミは思わず何も言えなくなっていた。
「感覚としては美しい美しくないって分かるけど、でも、それも結局、皮膚引っぺがしたら同じなんじゃないかって。皮膚剥いでさ、皮下脂肪剥いでさ、筋肉露出させたらさ、どんな美人もイケメンも誰が誰だか分からなくなると思うんだよ。だから、要は皮なんだよね。その数ミリの皮がなかったら見た目のかわいさなんて意味ないっていう」
こっちを見るでもなく滔々と語るクレアが相変わらず何を考えているかが分からない。
そんなことをミミに語って何がしたいのか。
「結局お前何が言いたいの?」
「んー? 大したことじゃないよ。見た目が良くても悪くても、結局それは皮だよねって。こだわり過ぎるもんでもなくねっていうこと」
「……ミミを馬鹿にしてるわけ?」
「なんで? 純粋に聞いてるだけじゃん。見た目ごまかして虚しくないのって」
「……こいつ」
敵意や悪意がないからこそ余計に腹が立った。
ミミが大事にしているものを大したものでもないと平然と真顔で言う。
仮面をしているから表情は分からないが、それでも、真顔で言ってるんだろうということは分かる。
「だったらその仮面外してから言えよ。顔に自信ないから付けてんだろ、それ」
「え? 顔ばれたらすぐ狙われるからだよ。何言ってるの?」
「……いいから外せよ」
「ミミちゃんのえっち。やんやん」
「お前やっぱ馬鹿にしてるよな」
「あ、ばれた? てへっ」
「クソガキっ!」
思わず手を出しそうになり、何とか触手で海を切り裂くだけに留めた。
胸に手を当て、深呼吸する。
キレたらこいつの思うつぼ。キレたらこいつの思うつぼ。
「ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎたって。はい、お詫び」
クレアはそれから何でもないことのように仮面を外した。
白い髪に茫洋とした瞳。人形のような造作。口だけで少し笑った無表情がミミを見ていた。
「お前その顔で見た目に価値ないとかほざいてたのかよ。うざっ」
「価値ないなんて言ってないって。一定の価値しかないって言ってるの」
「そんだけかわいくてよくそんなふざけたこと言えるよな。自慢かよ」
「だから、皮だってば。じゃあ、もう皮膚剥いでいい? かわいいとか言えなくなるよ。ポイント・リライトで一瞬でできるし」
「……やめろ」
ポイント・リライトが何かは知らないが、クレアならやりかねないことだけは確かだった。
別にそんなものは見たくもないし、見たところで気分が悪くなるだけだろう。
「結局、人間、心じゃない?」
「見た目が悪いと、心なんか見てもらえねえよ」
「そうなんだ。それは残念だね。でも、おじさんおばさんになったらもう見た目なんて関係なくなると思うけど。あ、ミミちゃんは別だよ。ミミちゃんはいくらでも若作りできるもんね」
「黙れ」
アイアンガーデンに着くまでそんな不毛な応酬が続き、ミミは強引にでも仕事を断らなかったことを後悔した。




