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第5話 情報の押し売り

 因果再考(カルマ・リクリエイト)

 そう名付けたカルマ・クラフトが行うのは因果の可能性を狭める代わりにある特定の可能性を先取りすること。

 分かりやすく言えば、一生火球以外使えなくなる代わりに火球の熟練度だけがカンストするようなものだ。

 デメリットもあるが、手っ取り早く強くなれる。

 コスパ、タイパ、スぺパなど、とかく効率を重視する最近の若者にはぴったりなお手軽修練方法だ。


「やらないっす」

「やらないわ」

「やりたくないです……」

「えぇー……」


 三人ともほとんど即答だった。

 クリアが頭をひねって考えてきたアイデアは完全に無駄となった。

 努力なしお手軽最強がトレンドだと思っていただけに、クリアとしては意外感に包まれる。


「なんでー? だって、練習する手間省けるよ。いつできるようになるかどうかも分かんないのに延々と反復練習繰り返すのってだるくない?」

「でも、クリアさんはそれをしてきたんですよね」


 メリアが真剣な顔で尋ねる。


「確かにそうだけど、でも、きっと時間かかるよ。多少できるようになったところで、やればやるほど先が遠く見えるだろうし」

「それでも、わたしはお手軽な方法に逃げたくありません」

「……りょーかい。メリアがそう思うならそれでいいよ」


 トメイトとマミの顔を見ても、二人も大体似たようなことを思っていそうだった。

 はあ、とクリアはため息を打つ。

 別に教える手間を省きたいとかそんなことを思っていたわけではなかった。

 さっさと強くなってくれれば、ウォードのときのように不測の事態が起きたとしても自分たちで対応できるのではないかと期待していただけだ。

 その方が彼らの安全面を考えてもベターなのではないかとそう愚考しただけ。

 まさしく愚行でしかなかった。


「じゃあ、始めようか。逃げ道も近道も寄り道も回り道もない。ただ愚直な努力だけの魔法修練」

「やりましょう!」

「望むところよ」

「はい!」


 そして、クリアは愚直な弟子たちと愚直な訓練を始めた。


 ※


 異常が生じたのはその訓練が一時間を超えた頃。

 消火や後始末の面倒くささから、森や山ではなく、海に向かって魔法を撃つ練習をしていたとき。

 本土側から接近する魔力をメリアが感じ取ったのが最初だった。


「ものすごく変な魔力がこっちに近づいてくるんですが……」

「……わーお、すごいね、メリア。既にボクより感知範囲広いじゃん」

「た、たまたまだと思います」


 メリアの言う通り、数秒遅れてクリアも気付いた。

 確かに変な魔力が近づいてくるのは確かだ。

 けれど、それはサイボーグではない。サイボーグではないし、普通の人間だとも思えない。もちろん箱持ちでもない。

 強いて言うなら、その中間のような変な感触を覚える。

 この奇妙な魔力を持った人間は何をしにアイアンガーデンを訪れたのか。

 しばらく待っていると、その姿を肉眼でも捉えることができた。

 小型ボートに乗って、こちらに近づいてくる。

 遠目だが、乗っているのは女性が一人のように見えた。


「君たちは練習してて。ボクはちょっとあの人と話してくる」

「了解っす。気を付けてください」


 クリアは仮面を付けて飛び立つと、海上でその人物を出迎えた。

 彼女はクリアの姿を認めると、ボートのスピードを緩め、クリアの手前数メートルで動きを止めた。

 乗っているのは若い女性のようだ。

 容姿は整っているが、表情がどこかおかしい。

 まるでAI生成で作った人間の顔のように言葉では表現できない歪さを感じる。


「君は何者? ここは確か一般市民の立ち入りを禁じた島のはずだよ」


 一応、一般市民である可能性を考えて、そう言っておく。

 クリアも見方によっては一般市民だが、不法侵入しまくっていることはとりあえず脇に置く。


「僕の名前はネマネス・スエルス。グリーン・クロック所属の一等級サイボーグだ」

「……は?」

「君は件の魔法少女で間違いないかな?」


 クリアはまじまじと女性の顔を見つめる。

 焦点がクリアに合っていない。目の動きが異常だ。

 右目と左目が独立して動いて違う方向を見ている。

 サイボーグ以前にまともな人間に見えない。

 何よりブラックボックスの魔力を感じない。

 魔力量も一般人よりは多いが、せいぜい十人分といったところ。

 これで一等級サイボーグを名乗るのはいささか無理がある。


「ボクは魔法少女だけど、君はサイボーグじゃないんじゃないかな?」

「ほう? それはどうしてかな」


 クリアは女性に近づいていって、その腕を取る。

 その感触は明らかに人間の肌だった。

 近くで見ても人工物らしい箇所は見受けられない。


「ほら肌だって普通の人間だよ。それでどうして一等級サイボーグなんて言おうと思ったの?」

「ふむ。目ざといことだね。それとも、魔法少女は五感に頼らない感知手段を有しているというのは本当のことだったのかな?」

「どうだろうね。君の表情があまりにも不気味だったから違和感を持っただけかもしれないよ」


 少なくともそんな情報を持っているのなら、彼女はほら吹きの一般人ではないのだろうとクリアは考えた。


「仮に君が一等級サイボーグだったとして、そんな人がここに何の用があって来たの?」

「ここに来たんじゃない。君がいるだろうと思って結果的にここを訪れただけのことさ」

「なら、なんでボクを探してたの?」

「よくぞ聞いてくれた! 僕たち七大企業、いや今や六大企業か、とにかく僕たちは君を歓迎しよう!」

「……はあ?」

「君を仲間として迎え入れると言っているのだよ。少しは喜びたまえ」


 ウォードにも似たようなことを言われたのを思い出す。

 あれは戦闘中のことだったので状況は違うが、言っていることの突飛さは全く変わらない。


「あれだけ人のこと暗殺しようと山ほどサイボーグを送り付けてきといて、いざ正面から勝てないと分かったら懐柔策? 六大企業様は考えが甘いんじゃないの?」

「なるほど。君は命を狙われて気分を害していると? では慰謝料を払おうじゃないか。言い値で構わない。言えば好きなだけの金銭をお渡ししよう!」

「はいはい。出た出た。お金を渡せば問題はなくなるだろうって? 金持ちの考えそうなことだね。お生憎様、ボクはそんなものにこだわらない。お金で解決しようっていうその根性が浅ましいんだよ」

「……ふむ。そうかな」


 ネマネスはわずかに思案する様子を見せ、散っていた視線が少しだけクリアの方に近づく。


「では、支配構造の一角に入れると、こう考えたらどうかな。一つの国家を支配しているというその全能感は金銭では代えがたい中毒性を有していると、そのように考える者もいるみたいだが」

「興味ないね」

「そうか。どうやら君は世俗的な欲望に振り回されない高潔な人物と、そういうことのようだね」


 ふむふむ、なるほどとネマネスは独り言をつぶやく。

 それから、一瞬の後、散っていた視線がいきなり収束し、クリアを捉えた。

 その異様な様を見て、クリアはこの場を飛び去りたいという欲求に駆られたが、何とか我慢した。


「それだけ誘惑になびかない性格を有しているというのなら、君が他企業の下に付く可能性もほとんどないと判断していいだろう。では、ここからが本題だ」

「ここから?」


 じゃあ、今までのは何だったのかと思うが、次の一言でその気持ちも消えた。


「君と取引がしたい」

「取引?」

「そう。取引だ。君が僕たちを攻撃する理由は分からないが、金にも権力にも興味がないというのなら、その意思はとてつもなく強いものなのだろう。その意思を見込んで取引がしたい」

「取引の内容は?」

「僕が僕以外の一等級サイボーグの力と場所を教えよう。代わりに、僕と僕の会社だけは見逃してくれないか?」

「……」

「いや、最悪、会社もどうでもいいか。僕だけ見逃してくれれば他は何だっていいとも」


 言っていることのあまりの内容にクリアもさすがに閉口する。


「完全に裏切り行為だよね、それ」

「裏切りではないさ。なぜなら元から仲間ですらないのだから。互いの利益になるから歩調を合わせているだけの間柄、それが六大企業の関係だ。隙さえあれば裏をかく。そして、それは早いほどいい」

「……まあ、君たちの内部抗争なんてボクには興味ないけど。君がどんな人間だろうとね。でも、そもそも君が一等級サイボーグであることすら信じられないのに、取引と言われても、はい、そうですかって頷くことはボクにはできないよ」

「僕が本物である保証が欲しいと?」

「取引をしたいっていうならそれは必要だよ」


 身元の分からない相手と取引に及ぶのは相当の馬鹿だけだろう。

 魔力が変なのは確かだが、少なくともサイボーグの魔力ではないし、ブラックボックスの魔力でもない。

 これがブラックボックスの力によって起こされた現象なのだとしても、相手がネマネスであるかどうかは確証が持てない。

 向こうがクリアが魔力を探知していることに気付いて、この妙な魔力の質感を作り出しているとしても不思議はない。

 また、一等級サイボーグがいるといってクリアをおびき出し、未だ暗殺を狙っているだけの可能性もなくはない。

 クリアはまだこの取引に乗る前段階にすらいない状況だ。


「では、証明しよう。これを聞きたまえ」


 ネマネスはポケットから端末を取り出すと、とある音声データを再生し始めた。


『全くあのじいさんもさ、体も態度もでかいくせに大したことなかったよね』


 少年の声を皮切りにして、数人で集まって会議をしているらしい音声が端末から流れ出る。

 その話を聞いていると、どうやら議題はクリアの扱いについてだということが分かる。

 それから、会議の参加者が一等級サイボーグらしいということも。

 参加者の何人かは記憶にある声だった気がした。


「これは怪人会議という、まあ、要するにそれぞれの企業のトップサイボーグによる会議だ。この音声データを持っていることが僕が本物のネマネスであることの証明ではないだろうか」

「……確かにね。でも、一つ疑問はあるよ」

「何かな?」

「この会議で話してるらしいネマネスさんと今、目の前にいるネマネスさんは明らかに声が違う」

「……」


 データの方は男の声で、目の前にいるのは明らかに女性で、声も女性のものだ。

 この差異は何なのか。


「声などいくらでも加工ができる。そんな些末なことは気にしないでくれたまえ」

「……些末ね」

「僕が影武者か何かと思うのは勝手だが、少なくともネマネスの意思を受けてここにいることは間違いないと分かってくれるだろう」

「どうだろう。ネマネスさんを騙った他の企業の人かもしれないよ」

「それはこれから明かす一等級サイボーグの力を聞いて判断すればいいさ」

「……取引に応じるといった覚えはないんだけど」

「僕が勝手に話すだけだ。応じるかどうかはその後で君が決めればいいさ。少なくとも君に彼らの情報を流すことについて、僕に不利益はない。僕が流した情報で君が彼らに勝利すれば、グリーンクロックが全てを食い尽くせるのたから」


 確かに情報が真実なら、クリアは能力の分からないネマネスよりも先に、他の一等級サイボーグとの戦いを選ぶだろう。

 それを考えれば、取引が成立しなくとも、味方を売ることで利益があるのはその通りなのだろう。


「ホワイトクロス所属の白白の力は『白』の上書き。彼女はあらゆるものを白く染める。単純に白色になるというだけではなく、色に呼応した様々な現象をもたらす。人を白く染めることで白骨化させることもできる」


 少なくとも白白については実態との差異はない。

 ネマネスは本当のことを言っている。


「レッドパウダー所属のアイス・クーキーズの力は『お菓子』の上書き。彼女の周囲三百メートルに存在するあらゆる物体は全て『お菓子』に変貌する。ミサイルを綿あめに変えることも、人間をクッキーに変えることも彼女には可能だ」


 アイス・クーキーズという名前に聞き覚えがあると思ったら、以前にユリアがおすすめしていたパティシエが確かそんな名前だった。

 カレンにもそのパティシエのスイーツを何度か買ってきてもらったことがあるから覚えていた。

 パティシエが持っている力が『お菓子』の上書きとは何とも"らしい"能力だ。


「ブルーポータル所属のボース・パーティミアンの力は『上下』の上書き。彼は周囲の空間に重力を無視した『上下』を設定することができる。その空間内では物質は重力に従わず、彼の設定した『上』から『下』に向かって落下する。空を『下』に設定すれば、人間を大気圏外に吹き飛ばすことも可能だ」


 そして、カレンといざこざがあったというボースの名前も出てきた。

 カレンに聞いた話ともこの能力は矛盾しない。


「パープルマスク所属のミミ・ストミミスの力は『見た目』の上書き。彼女はあらゆる『見た目』を自由自在に操作し、どんな見た目にもなれる。そして、その形態変化の射線上に存在するものは彼女の体によって上書きされる。棘のような形態に変化すれば、それだけで相手の体を穿つ脅威となる」


 これもクリアの記憶にある通り。

 情報の精度はかなり高いように思われた。


「オレンジカレッジ所属のリグルル・グルリルの力は『正異常』の上書き。彼は指定領域内の人間の認識を書き換え、異常を正常と思わせ、正常を異常と思わせることができる。例えば、誰かに銃を向けられたとしても、彼がそれを正常と思わせれば、その領域にいる人間はそれを異常と認識できない。道端で誰かとすれ違ったぐらいの認識でしかその状況を受け止められず、結果、銃弾が頭を撃ち抜くまでそれを正常な状態だと誤認し続ける」


 最後に語られたサイボーグの力はかなり厄介そうなもの。

 完全な絡め手であり、それ自体に攻撃力はないが、絡めとられれば逃げ場がない。


「情報は渡した。さて、君は取引に応じるつもりはあるかな?」

「考えとくよ。でも、少なくとも君がネマネスか、あるいはネマネスの意思を受けた者だっていうことは何となく分かったよ」

「それはありがとう。もし彼らの居場所が知りたくなったときにはここに連絡してくれたまえ」


 ネマネスは連絡先の書かれたメモ紙をクリアに手渡してくる。


「さよならだ。色よい返事を期待しているよ」


 ネマネスはボートを反転させ、本土側に船頭を向ける。


「……カルマ・ディバイド」


 その背中にクリアはカルマ・ディバイドを発動させた。


「……あれ? 私、なんでこんなところに?」


 ボート上の女性が小さなつぶやきを漏らして、まるで今目が覚めたかのように周囲を見回し始めた。

 先ほどまでとは打って変わって、表情におかしな点は一つもない。

 そして、空中に立つクリアを認めると、目を見開いた。


「え!? 魔法少女? え? これどういう状況?」

「……今まで何してたか覚えてる?」

「何にも覚えてません。え、私、何してたんですか?」

「君の名前は何ていうの?」

「ルイス・ヴァンデルです」

「ネマネスという名前に聞き覚えはある?」

「ありません。誰ですか、それ」

「ごめん。ありがとう。岸まで送るよ」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 クリアはそのままその女性を本土まで送った。

 少なくとも、彼女がネマネスによって何らかのカルマ・リライトを施されたことは分かった。

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