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第3話 白けた空気と方向性

 白白――クリアホワイト・ヴァイスが元いた世界では、『色』が世界を支配していた。

 今いるこの世界におけるブラックエネルギー――魔力がその世界ではカラーソウルと呼ばれ、人々はそのカラーソウルを使って、あらゆるものに『色』を付けていた。

 森を赤く染めれば、燃え上がるような火の手が上がり、雲を黒く染めれば、鬱屈とした曇天が広がり、水を黄色で染めれば、渇いた砂が現れる。

 そんなふうにあらゆるものに色を付け、そして、その付けた色によって物質の性質や形態すら変化する不思議な世界に白白は生きていた。

 もちろんそれが不思議なことであるとはこの世界に来るまで白白は認識していなかった。

 彼女にとっては『色』が世界を支配するのは当たり前のことであり、雨が降り、作物が育ち、その果実を人が糧とするのと同じように自然なことだった。

 それでも、その自然の中にあって、彼女の中には不自然があった。

 白白以外の人間はカラーソウルを使ってどんな『色』でも扱うことができた。

 赤く染めるも青く染めるも黄色く染めるも緑に染めるも自由自在。

 けれど、彼女だけはどうしてかそれが上手くできなかった。

 彼女が染められる『色』はただ一つ、白色のみ。

 何度訓練しても、血のにじむような特訓を重ねても、彼女の『色』は変わらない。

 どこまでも変わらない不変の白。

 出来損ないの烙印を押され続けた白白はやがて唐突に吹っ切れる。


「いいじゃん別に。白が一番きれいなんだから」


 一度吹っ切れた彼女はすぐに自信を取り戻し、そして、今度はわずかばかりの復讐を世界に敢行することにした。


「そうだ。全部白く染め上げてしまおう」


 その日から世界に白い雪が降った。

 白く白く白すぎる雪だ。

 降ったそばから雪は世界を白く染め上げ始めた。

 触れたものを、触れた人を、触れた生き物を、触れた世界を全て白く染め上げる。

 誰もその白を上書きすることはできなかった。

 白白は確かに白色しか扱うことはできなかったが、その白の侵食力は他の誰よりも強く、そして、一度吹っ切れてしまった彼女の白はもはや誰の色も寄せ付けないほど強固な色となって世界を染め上げた。


「あー、世界が浄化されるー。白白白、一面の白! 美し過ぎ。映え過ぎ、澄み過ぎ、透き通り過ぎ。きれいすぎるよ、この白銀」


 やがて世界のすべてが白く染まり、白白以外の生きとし生けるものすべてが白骨化して、白く染まった世界の中でふと白白は唯一白に染まり切らぬものを見つけた。


「天秤?」


 ――白い雪の上で黒々とその存在を主張する小さな天秤がそこにはあった。

 その天秤はまるで白く染まった世界とのバランスを取るかの如く真っ黒く染まり、白だけの世界で異質な存在感を主張していた。

 その醜さを嫌った白白はその黒い天秤すら己の白で染め上げようとしたが、いくらカラーソウルを注いでも、天秤の色は変わらない。

 むしろ注げば注ぐほど、黒が濃くなっていく気さえした。


「何なのこれ」


 腹立たしげに天秤を蹴り飛ばし、何気なく白白はつぶやいた。


「どっかに消えてよ」


 その瞬間、まるでその願いをくみ取ったかのごとく、天秤は白白の視界から消える。

 ただし、消えたのは天秤ではなく、むしろ白白自身の存在の方。

 そして、『彼女』に呼び出された白白は並行世界へと移ろった。


 ※


「全くあのじいさんもさ、体も態度もでかいくせに大したことなかったよね」


 一等級サイボーグによる会議――怪人会議の中でそう口火を切ったのはブルーポータルのボースだった。

 イエローコートによる魔法少女の暗殺が失敗してから初めて集められた会議。

 前回同様、無垢の棟で、白白は参加者たちを出迎えた。

 ウォードがいなくなった分、一人減って、ここにいるのは六人。

 一応、この六人はある程度は協力する間柄ではあったものの、ウォードの死を悼んでいる者は誰もいない。

 ある意味それも当然だ。

 七大企業同士は、ホワイトクロスを除いていがみ合う間柄だ。

 ウォードという巨大戦力がいなくなった今、水面下では、イエローコートという巨大なパイを他のどの企業がどれだけ食い合うかという戦いが既に始まっている。

 そこに白白所属するホワイトクロスは参加していないし、参加する必要もないのだが、その動向は注視している。

 いずれかの企業が力を持ちすぎることになれば、それなりの対処が必要になると想定して。


「しかし、前回敗北したミミを白白が助けたと聞いているが、今回そうしなかったのなぜだ」


 オレンジカレッジのリグルル・グルリルが不可思議な表情で疑問を呈する。

 彼はウォードとはあまり仲が良くなったと白白は記憶しているが、それでも、そうした疑問を呈するのは彼の律儀さゆえだろうか。


「今回の対処についてはウォードさんに一任することになっていましたから。わたしとしては余計な手を出すことを控えたまでのことです」

「……それでウォードが敗れ、こうした事態になってもか」

「理由を付け加えますと、アイアンガーデンは少し遠いですから。安易に手を出すことができなかっただけのことです。迎え撃つ場所をあの場所に設定した時点で、彼には最後まで戦うしか選択肢がなかったのですよ」

「……」


 納得したようには見えないが、リグはそれ以上反論しなかった。

 実際、白白が援護に行こうと思えば行くこと自体はできた。

 ただそうするだけの必要性を感じなかっただけのことだ。

 前回はホワイトクロス所有の多数のブラックボックスを失う恐れがあったが、今回は違う。

 ブラックボックスを失うのはイエローコートで、ホワイトクロスではない。

 もちろん、一等級のブラックボックスがあの魔法少女の手に渡るのは歓迎できることではないが、実のところ、ホワイトクロスにとってそれ自体は問題ではない。


「それで、あの魔法少女の脅しについてはどうするの? ネットに情報ばらまかれたら、いくら検閲したって限界があるし、街中でプロジェクターでも使って拡散とかされちゃったら、それこそ泥沼よ?」


 レッドパウダーのアイス・クーキーズが懸念を表する。

 彼女はいつも眠そうにしていることが多いが、事の重大さを考えてか、今は真面目な表情をしている。

 実際、奪われたブラックボックスそのものよりも彼女が言及した問題の方が危険性は大きい。


「そうですね。わたしとしても簡単に手を出すことはできないと考えています。ウォードさんが正面から敗れてしまった以上、また同じことをしても芳しい結果が得られるとは考えにくいですし」

「じゃあ、このまま放置?」

「どちらかといえば、懐柔策にシフトするしかありませんね。正面から敵対できないのなら、どうにかこちら側に取り込めないかを考える必要があると思います」

「その提案、このネマネスが請け負おうじゃないか!」


 白白が方針を提示すると、真っ先にグリーンクロックのネマネス・スエルスが声を上げた。

 少しだけうんざりした気持ちになりながら、白白は話を振る。


「ネマネスさん。それはどういう意味でしょうか?」

「言葉通りの意味だとも。この僕が件の魔法少女を懐柔し、手駒として取り込もうと言っているのだよ」

「確かにわたしは懐柔が必要とは言いましたが、誰かに請け負ってほしいとは言っていないのですが」

「だが、誰かがやらねばならないことは事実だろう? では、このネマネスが請け負おうじゃないか! 七大企業のため、イーリスのため、進んで貧乏くじを引こうと言っているのだ! 素直に歓迎したまえ」

「……」


 仕事を振ること自体は自然な流れではあるが、相手がネマネスというのが白白には気に入らない。

 前回の会議でも、ブラックボックス保管庫の護衛に十億という破格の報酬を求めてきたように、ネマネスが動くときというのは大抵そこにお金の匂いを感じ取ったときだけだからだ。


「ホワイトクロスがあなたに金銭を提供することはありませんが、それでもよいというのであれば、あなたに任せても構いませんよ」

「もちろんだとも! これは社会奉仕の一環だよ。報酬など取らないさ。このネマネスがそんなさもしい人間に見えるのかね」

「……」


 この場の誰もがイエスと心の中では思っただろうが、白白含め、誰も何も言わなかった。

 そして、白けた空気の中で、一応は議長役を務めている白白は決定せざるをえなかった。

 ネマネスに何らかの思惑があるのは確かだろうが、無駄に金を求めてくるのでもなければ、とりあえずやらせてみてもいいのではないかと。


「分かりました。この件についてはネマネスさんに一任します。それと注意してほしいのは安易な行動に出ないでほしいということです。あの魔法少女はこちらに対する爆弾を握っている。彼女の気分次第でこの国の屋台骨が折れかねない危険な爆弾です。それを重々承知しておいてください」

「分かっているとも! 委細、僕に任せたたまえ!」

「……よろしくお願いします」


 ネマネスだけがやたらと意気軒高に声を上げているが、それ以外の参加者は冷ややかな目をしている。

 白白は努めて心を白く塗りつぶそうとしたが、不安の色がそれを濁らせた。

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