第2話 カレンと武器
「さっさと答えろ! この鉄くず!」
耳をつんざく男の声にカレンは閉じていた目をゆっくりと開けた。
彼女の目の前には、少しの苛立ちと多分な嘲笑をその顔に貼り付けた下卑た男の姿がある。
その男、あるいは、その少年の名はボース・パーティミアン。
ブルーポータルの一等級サイボーグ。
クリアの募集した魔法塾にやってきて、すげなく参加を拒絶されたのちにごね、挙句の果てに社長の息子という立場を笠に着て言うことを聞かせようとした何とも情けない少年だ。
カレンは今その情けない少年に囚われている。
「何度も申しましたように、あの魔法少女の居場所など知りません。わたしは雇われの身であって、命じられたことを果たしたに過ぎないのです」
「嘘をつくな!」
激情を露にしたボースの拳がカレンの腹部に突き刺さる。
装甲にわずかにひびが入るような嫌な音がした。
「嘘をつく意味も理由もありません。こうもひどい扱いを受けてまで、なぜわたしが見ず知らずの魔法少女のことをかばわなければいけないんですか?」
ため息とともにカレンは自らの現状を見下ろした。
薄暗い地下室の中で、彼女は身動きの取れない状況にある。
逃げられないように強引に四肢をもがれ、手足は付け根から先がない。
そのだるまのような状態で、首に付けられた首輪状の拘束具によって冷たい鉄の壁に固定されている。
サイボーグであるがゆえに失血死等を避けられているが、普通なら死んでいるところだ。
そして、サイボーグであっても傷口からいろいろと重要な液体が流れ出ていくことは避けられないので、障壁によって傷口を覆っている。
幸い少し前にクリアボックスを体内に埋め込んでおいたので、この状態でも魔法自体は使えた。
ただ魔法だけでこの現状を打破できるかというと、微妙なところではあるが。
「見ず知らずだって? それこそ大嘘だ! お前のような雑魚サイボーグが七大企業がどうやっても見つけられない女と連絡を取れるはずがない! あの女はお前の身内か何かなんだろう!?」
「……見当違いも甚だしいですね」
完全な当てずっぽうではあるが、だからこそ厄介であるとも言えた。
事実に即するよりも自分の中の妄想こそが現実になってしまっている。
こういう相手に何を言っても、暖簾に腕押し。全くの徒労だ。
かといってここを強引に抜け出すというのも、カレンが指名手配犯になり、クリアに迷惑をかける結果を考えれば、できれば避けたいところではある。
「真実を言っても納得しない。かといって嘘を言ったところで、あの魔法少女の居場所をわたしが知らない以上、あなたに差し出せるものはない。一体どうしたら解放してくれるんですか」
「ここにあの女を呼び出せ。さもなければ、お前を誰にも直せないくらいばらばらにしてやる」
「……現時点でも直せそうにありませんけどね」
近くの床に転がっているかつてカレンの手足だったものを見る限り、断面は控えめに言ってもずたずたであり、どんな天才技師でも完璧に修復するのは不可能に見えた。
カレンが目を覚ました時には既にこの状態だったので、どうやってもいだのかは正確には知らないが、この少年のことだ、直せるかどうかも関係なく、後先考えずに行動したのだろう。
その浅慮な行動にカレンは内心で、人の形をしているだけの猿という評価を下す。
いや、猿でさえもっと賢いだろうか。
「ボース様」
薄暗い地下室に第三者の声が響いて、カレンはそちらに目を向けた。
黒髪黒目の少女がちょうど地下室に入ってきたところだった。
「アルシエラか。何の用だよ」
アルシエラと呼ばれたその少女にカレンは見覚えがある。
意識を失う前、サイボーグとして受注した護衛任務の打ち合わせに向かったところ、この少女がいた。
軽く握手を交わしたところまでは覚えている。
その先は暗転だ。
気付けば、この地下室に連れてこられていた。
どうやら護衛任務というのは虚偽で、カレンをおびき出すための偽装だったということらしい。
アルシエラはカレンに聞かれることをはばかるようにボースに何か耳打ちした。
それを意にも介さないようにボースは首を振る。
「いいからここで話せ。聞かれたところで、どうせこいつは逃げられない」
「はあ、そうですか」
アルシエラは警戒するようにカレンを軽く一瞥すると、話し始めた。
「ウォード様が死亡したとの報告が入っています」
「はあ!? いつどこで!?」
「つい先刻のことです。アイアンガーデンに例の魔法少女をおびき出し、イエローコートの総力を挙げて暗殺を試みたところ、返り討ちにされたと」
「ちょっと待て。僕はそんな話聞いてないぞ! 何のためにこの女をさらわせたと思ってるんだ!」
「申し訳ありません。お父上から口止めされておりましたので。あのバカ息子はその事実を知ったら、必ず何か余計なことをしでかすだろうということでした」
「……あのクソオヤジ」
カレンのボースに対する評価はどうやら周囲の人間からしても同様だったようだ。
一等級サイボーグでありながら、情報的に完全に孤立させられている。
もはや哀れですらあった。
「どいつもこいつも……どうして僕の邪魔ばかり。ていうか、あのじいさんも死んでんじゃねえよ。あんなでかい図体しといてさあ!」
「今後の対応を決めたいので、お父上からすぐに戻ってくるようにと言われておりますが」
「ちっ……仕方ないか……」
ボースは舌打ちしながらカレンを振り返った。
「ていうことでさ、お前はもう用済みなんだ」
「それは解放していただけるという意味ですか」
「そんなわけないだろ! 誰が逃がすか! お前はここで死ぬんだよ」
「……はあ。全く面倒な人間に目を付けられたものですね」
クリアがウォードを倒したというのはいい知らせだし、ついでにカレンも解放してくれたら万々歳だったのだが、そう都合よくはいかないらしい。
四肢をもがれ、拘束され、目の前には一等級サイボーグ。
今にも殺害されんとするカレンはまさに絶体絶命。
それでも、カレンは死ぬつもりは毛頭なかった。
主人が大金星を挙げた今、従者がこの程度の苦境でつまずくわけにはいかない。
「『カレン』の上書き」
それはクリアがクリアボックスに仕込んだカルマ・リライトだった。
ブラックボックスに仕込まれたカルマ・リライトと同様に、クリアボックスを持つ者だけが扱えるカルマ・リライトとしてクリアが因果付与を行った。
結果として、付与されたクリアボックスはその単一のカルマ・リライト専用にしか使えなくなったので、通常魔法用のクリアボックスをカレンは新たに埋め込むはめになった。
その付与されたカルマ・リライトは『カレン』の上書き。
その効果は、クリアのカレンに対するイメージを現実にリライトすること。
端的に言えば、修復とバフのような効果だ。
クリアがカレンに対するイメージとして、四肢をもがれただるまのような姿を想像しているはずがないので、当然、もがれた四肢は元に戻る。
そして、クリアは、カレンが誰かに負けるはずがないという過度な期待を抱いているらしいので、その期待を反映するかのごとく、カレンの身体能力は何倍にも跳ね上がる。
「なっ……!?」
カレンが一瞬にして体を修復したのを見て、ボースが驚愕に目を見開く。
その彼を押しのけて守るかのようにアルシエラが前に出て、カレンに手を伸ばした。
恐らく彼女は三等級サイボーグ。触れた相手の意識を奪う『気絶』か何かの上書きを有している。
カレンは彼女に触れないよう障壁をまとった拳を彼女の横っ面に叩き込む。
それと同時、瞬間的に生成した雷球を彼女の脳に送り込んだ。
アルシエラが小枝のように吹き飛び、壁に激突する。
それっきり動かなくなった。
カレンは首の拘束を力で無理やり引きちぎる。
「お前、どうやって体を直した……っ!」
「さて、どうやってでしょうか。その穴だらけの頭で精いっぱい考えてみたらいいんじゃないですか?」
「お前ぇ!」
勢いのままに殴りかかってくるボースにカウンターを返そうとして、カレンは体が宙に浮くのを感じた。
そのまま、まるで重力の方向が変わったかのようにボースに向かって落ちていく。
「ぐっ!」
体勢を崩したカレンは彼の左拳を避けきれず、ガードを抜けてきた拳が腹部を直撃した。
衝撃のままに壁に激突する。
しかし、一瞬の後、なぜか体はカレンが何もせずとも壁を離れ、ボースの方向に向かって水平に落ちていった。
吸い寄せられるように向かってくる拳を、空中に障壁を作ることで体勢を変え、ボースから大きく距離を取る。
今度は地面に正常に着地することができた。
「あなたの力もなかなかに面倒そうですね。重力か何かを操っているんですか」
「重力? ああ、そうできたらどんなにいいだろうな。お前を無限の重力で押しつぶしてやるのに」
できればべらべらと自分の力をしゃべってくれればよかったが、さすがにボースもそこまで馬鹿ではないらしい。
相手の力も不明な上、ボースは一等級サイボーグ、さらにここからどれだけ箱持ちが加勢してくるか分からない。
こうなった以上、逃げを優先するしかない。
カレン自身が狙われる、引いてはクリアに迷惑がかかるような事態になるのを避けたがったがゆえに、あえてここまで大人しくしていたが、こうなっては仕方がなかった。
「『氷霧』」
魔法で霧を発生させると、カレンは出口に向かって駆け出した。
「くそっ! 逃げんなよ!」
ボースの悪態が追ってきていたが、そんなものは知ったことではない。
扉を破壊して地下室から脱出すると、階段を駆け上がって地上に出た。
魔力感知で周囲の人間の反応は探っていたが、幸いなことにサイボーグの反応はない。
というよりも、地上に出て初めて認識したが、ここはブルーポータルの施設ですらなかった。
かなり大きな屋敷ではあるが、普通の民家だ。
恐らくはボースの父親の別邸の一つなのだろう。
いるのは兵士ですらない使用人ばかり。
ここから考えて、彼は父親に無断でカレンをさらっているようだ。
少なくとも、組織としての動きではなく、完全にボース個人の思惑で動いている。
「指名手配犯というのは杞憂だったかもしれないですね」
カレンはつぶやくと、廊下から庭に出て、さらに庭から飛び上がって、空中に脱出する。
そのまま障壁の足場を伝って、その場を後にした。
「お前は絶対に殺す! 逃げられると思うなよっ!」
負け惜しみのようなボースの声が空に響いて、カレンは素知らぬ顔で風を切った。




