最終話 声を届ける者/言葉なき物
「ああ、来たんだね。」
片腕と片足を切り落とされたスナイパーとほぼ損傷のない白銀の巨人。目の前の敵の抵抗を全く意に介さず、はるかに遠い距離の私達に通信をかける。
「ゼラニウム……?」
彼女の疑問はもっともだ。拡大カメラが観測する鋼鉄の躰、私と全く同タイプの、しかしあらゆる無駄がそぎ落とされた、まっさらな装備。
「ああ、違うよ。アイビーさ。」
アイビー。私の、昔の名前。
「どこ見てやがる。俺はまだ死んじゃいねえぞクソガキ。アイビーは、テメーが騙っていい名前じゃねえんだよ!」
声をマイクが拾い、いつだかの襲撃者を認識する。非対称となった右腕から展開されたブレードを彼はそれよりも速く、切り落とす。
「3本目だ。無様だね。本当に僕の相棒だったのか?」
「へっ!」
伝説の傭兵。その写し見。クローン技術とかつてのナノマシン技術で生み出した怪物。
「テメーみたいなクソつまらねーガキが俺の相棒だと!?願い下げだぜこの野郎!!俺の相棒はなぁ!グぁ!!」
最後のあがきの単純な蹴り。四肢の最後の一本はしかし全く無残に切り落とされ、再び拘束される。
「ああ。僕も同感だよ。けど、気になるな。」
つまらなそうに。しかし、捨て置けないとばかりに。
「君の相棒はなんだって?」
「めちゃくちゃ強い癖に不器用で!生意気で!短気で!女に悩んで俺なんかに頼る最高にクールな奴だってんだよ!!アイビーは!そんなクールな男だけのマシンだってんだ!」
「そうか。」
不満と言わんばかりに、最後の刃は男に突き刺さる。
「クソッたれ……やっぱ、強えわ…」
命が止まる。主を失った機体は重力に従い、海へと堕ちていく。私達は間に合わない。落ちていく間も私たちに直通の通信で語り掛ける。
「……本物の僕は、旧人類に何かを見出して、自分の生き方を変えたみたいだけどね。おかげで世界は大混乱だった。」
「好き放題やってた過激派は勢いづいたし、仲良しだった傭兵は僕を奪った旧人類から取り戻すために暴走して、その火消しが必要だったり、隠し通すにはごたごたが大きすぎた。政治家にとっては誤算だっただろうね。腕利きではあるけど、いくらでも代わりの利くはずの道具がきっかけで世界そのものが崩れるところだったんだ。」
―――道具にココロはいらない。道具に権利はいらない。人類が幸福であるために、道具の幸福は必要ない。
「新人類のための政府の結論さ。当たり前に生きる新人類の幸福のために。ただ、従う道具だけあればいい。僕は新人類と同じ機能を持つ道具。僕は君たちを殺した後、存在を抹消される。新しい“アイビー”が戦いの経験だけを引き継ぐ。これで君たちの声を聴く人はいない。」
機体が近づく。もはや交戦の間合いだ。
「だから僕にとってはこれが最後の戦いだ。」
「言いたいことは、それだけか。」
人工知能が、いや、そこに生じた私というバグが熱を帯びる。この男を許せない。こんな彼を許せない。一歩間違えればあそこにいたのは、私と彼だったのだ。
彼と私にありえたかもしれない結論が許せない。それはつまり、私が必要とされてしまった未来、誰一人彼を守れなかった未来の現身だった。
「私と彼女が止める。私に縛られた君を倒して、私を置いて行った君を超える。」
旧人類も新人類も分かり合える世界。やさしさを信じられる世界。彼女が笑っていられる世界。
「ゼラニウム……」
通信から聞こえる声は忘れられない声だった。アイビーを名乗る男の声は、確かに父さんの声だった。ゼラニウムを最初に駆ったのも、今までの地獄のきっかけも、父さんが作ったものだった。
ゼラニウムは父さんの機体。父さんに置いて行かれた後も自分を守っていた。父さんが目の前にいる。最強の兵士がそこにいる。映像でみた地獄の作り手が立ちふさがっている。
「そうよ!あたしとこいつが、アンタたちを終わらせる!!」
でも、恐れることなんてない。一番優しかった父さんが遺した物があたしをずっと守ってくれたんだ。
だから、結果はAIがはじき出すまでもない。新人類が先を読むまでもない。あたしたちが勝利するのだ。




