エピローグ ヒトにのこされたモノ
―――ああ。君たちは正しい。道具をヒトにするほどに。けれど、それを望むなら、これから先に兵器はいてはいけないだろ?
最後の拳を受け、止まったはずの機体。しかし明らかに戦意を喪失してなお彼の言葉と共に機関部へ突き立てられた刃。それは彼女を想うやさしさからなのか、それとも、最後の悪あがきだったのか。
どちらにしろ、私にはもはや、未来はない。けれど悪くないように思えた。
「フフ。最後でドジを踏むとはな……。君の言う通りポンコツだったらしい。さあ。早く脱出しろ。」
「何言ってんのよ!アンタ、アタシのために戦うんでしょ!!私についてくるっていったじゃない!」
「戦いは終わったんだ。マスター。もう君が誰かを傷つける理由はない。私を駆る必要はない。」
「知らないわよ!アンタまで置いていかないで!!もう嫌よ!なんで皆あたしを置いてくの!?あたしが何か悪いことをした!?」
初めての少女の泣き言だった。弱音は吐いても絶対に言えなかった泣き言を彼女は今の今で吐き出してきた。
「悪いのは私だ。君に何一つ落ち度はない。君は正しい。だから恨んでくれても構わない。」
戦いの場へ彼女を導いてしまったことも、父親を失う悲しみを二重に味わわせることも。
拭い難い私の罪で、しかし償う術を私は持たなかった。
「うっさい!うるさいわよ!!父さんとおんなじこと言わないでよ!なんで皆同じこと言うのよ!!ポンコツの癖に!あたしはただ!みんなといたいだけなのに!!」
ああ。だめだ。私はどうも彼女に弱い。話をそらしてしまうくらいしかできない。
「そう言うな……君のおかげで私は、ようやく戦わなくてすむ。二度と……君と同じに……。機械の私が言うのも奇妙なことだが……もし、生まれ変わるなら……戦いに関係ない機体に……誰かを助けられる機体に……生まれたいかな。」
「これからなるんじゃない!戦いに使われずに……!心配しなくてもこき使ってやるわよ!!瓦礫をとるのも!畑を耕すのも!荷物持ちだって!いくらでも仕事はあるんだから!!」
もしこの躯体が生身の肉体であったなら、もし私が本当の父親だったならもっと気の利いた言葉を返せただろうか。
「君と出会って、君と行くことができた。これ以上の幸福な結末はないさ。」
「なんなのよ……そしたら、あたしはどうなるのよ……!」
鉄の躰と機械の隙間に生まれた不具合は、ここで彼女との会話を終わることを、決めていた。
「ありがとう。君の下で戦えて、幸せだった。」
「ちょっと!まだ話は―――!」
駆動音と共に声が遠くなる。彼女をコクピットから緊急脱出装置で排除する。そうだ。これでいい。
「だから君も―――――幸せになれ。」
届くはずのない声。最後まで傷つけることしかできない加害の罪をごまかす言葉。無責任な祈りだと知りながら、それでも願わずにはいられなかった。
全てを終える炎に包まれて海へと堕ちる。鉄の躰に響く不具合の音はようやく、消えた。
太陽の光が降り注いでいる。その輝きは、下を向くなと言わんばかりに厳しく、しかし道を照らして、やさしさを届ける空の贈り物のようだった。
畑を耕し、工業品を売り、子供たちは新旧関係なく混じって遊ぶ。それをとがめるような人は、ここにはいない。
彼の結末の先に、確かな物があった。ありきたりで、けれど愛おしい、そんな日々が。
彼の起こした大爆発は日本の新人類にあたしたちを認知させた。領空の境で行われた数百年ぶりの戦い。そしてそこにあった旧人類の、本当の声。自分たちの国が知らずに行ってきた非道。
真実の記録は、様々な議論を呼んだが、しかし、新人類はそれを受け止めた。善き人を願って生み出されたのは真実だった。
自分たちが蓋をして踏みつけた者たちと向き合う兆しが生まれ始めていた。
長期政権は終わりをつげ、新政権による旧人類と新人類の融和政策は、ほんの少しだけ前に進んでいる。
みんなの笑顔をよそに、大陸の小さな村、その外れにある墓地に彼女は立っていた。
「ゼラニウム。みんな笑顔だよ。アンタのおかげ。」
墓は何も語らない。
「私も…幸せ…なんだと思う。」
みんなの笑顔が当たり前に見れること、仲間達がいること。不幸なはずがない。それでも。
「でも、贅沢言うならアンタと一緒に……笑って、泣きたかった。」
手入れが途絶えて久しい、蔦の絡んだ無銘の墓石。当然なにも答えない。彼にとって別れはすませてしまったものだから。こっちの気持ちなんて考えもしないで自分勝手に終わらせてしまったから。
「うん。わかってる。アンタの最後のお願いだから、今まで聞いてあげなかったぶん、叶えるよ。だから、おやすみ。ゼラニウム。」
墓の下には何も眠らない。けれど、かつて父がいた墓に彼の心も眠ると信じたかった。いつの間にか蔦が絡み、色とりどりの花すらついたその墓。それは彼が望んでいるように思えた。
「ねーちゃーん!」
遠くで声がする。
「今行く!」
返事をするその声も騒がしい。だが、人間の営みの音が、鉄の躰を灼熱へと投じさせることはもうない。
旧人類も新人類もなく、人間は駆け出していく。こんどこそ、彼が願った未来へ。蔦をのばした赤い花の一輪が、笑うように少しだけ開いた。




