笠井くるみは語る。
みなさん、こんにちは。
「副会長で、将来秘書になるのなら眼鏡は絶対必要です。これをつけて下さい」
と、鷹之森静流様の婚約者、咲山唯子様に十二歳の誕生日のプレゼントとして眼鏡をいただき、困惑を隠せなかった経験を持つ笠井くるみです。
私の視力は両目とも一・五なので眼鏡は必要なかったのですが、すごくいい笑顔でおっしゃったものですから、お断りできませんでした。以来、伊達眼鏡を着用しております。
心中、お察しして下さると幸いです。
今回はわたくし、笠井くるみから見た静流様と唯子様のご様子をお話させていただきます。それではしばしお付き合い下さいませ。
わたくしは五、六歳の頃から鷹之森静流様の婚約者候補として家族ぐるみでお付き合いをしておりました。初めて会ったときなど幼いながらも鋭い視線を向けられ、何て怖い人だろうと思いました。
あまり笑ってくださることもなく常に泰然とされていて、怖いと思うと同時にあこがれるようにもなりました。
こういう人についていきたい、と。
わたくしとしては、世間一般と同じように結婚こそが女の幸せと考えていませんでした。むしろその常識に縛られたくなかったのです。自分の人生ですもの。自分の好きなように生きて何が悪いのでしょうか。
そして、自分一人で生きていくためには先立つものが必要です。ならば、お金に不自由のないようにと仕事をするだけ。仕事もあこがれの人を支えることができるならば楽しいかもしれません。
決意したのは八歳の頃でした。
八歳といえば、静流様の婚約者が咲山唯子様に正式に決まった年でもあります。唯子様を紹介され、挨拶をしました。
綺麗な黒髪に卵形のお顔。焦げ茶色の大きな瞳。鼻と口は小さめですが、とても可愛らしい方でした。
唯子様はわたくしが婚約者候補だったと聞いていたようで、かすかに不機嫌になられていました。将来は静流様とともにお仕えさせていただく方ですので、わたくしは誤解されないように訂正しました。
「ーーーわたくし、静流様の隣に並び立つことに興味はありません。仕事がバリバリできるキャリアウーマンが夢ですので、静流様は将来の雇用主と考えております」
唯子様はひきつった顔になりましたが、すぐに笑顔になってくださいました。ふわりと微笑んでくださったので、その柔らかな雰囲気を持つ唯子様が泰然とされる静流様の横に並ばれると、バランスが良いのではないかと思いました。
唯子様はいわゆる上流階級ご出身ではなく一般庶民の方。よくよく聞いておりますと大人のくせに陰口を言う方がちらほらいらっしゃるようです。恐らくはご自分の娘を静流様の相手にと考えていたのでしょう。わたくしと同じく婚約者候補だった方々の保護者達です。
唯子様のお父様はご自身の実力で目をかけていただいているようですし、そのご息女である唯子様もきっとそんな陰口に負けずに静流様の婚約者として静流様と共に歩んでくださるはず。
わたくしは初めて会ったときにもう唯子様を好きになりました。静流様へ向ける眼差しがすごく温かいものだったからかもしれません。隣で微笑むお姿。すんなりと受け入れることができました。
静流様には唯子様が相応しいーーーと。
わたくしはそんなお二人をこれからずっと支えていきたいと思いました。
唯子様は静流様と出会った当初、すでに公立小学校へ通っておられました。静流様の婚約者に決定したといっても転校されることはなく、望月学園には中等部から編入することになりました。
ーーー静流様親衛隊と衝突の話ですか?
望月学園ではとにかく学校行事が多く、部外者も行事によっては出入り可能な場合もありました。静流様様はその度に唯子様をお連れしていました。中等部から通うことになるのですから少しでも馴染んでもらいたいとのご配慮だったのでしょう。
初等部では見かけない人物。静流様と親しくされているご様子。それが何年も続けば、あの方は一体誰と問題視されることは必然でした。結果、排除対象と考えられ、唯子様が中等部に編入されてすぐの四月に事件は起こったのです。
廊下で困惑される唯子様を親衛隊が取り囲むという構図でした。それを眺める野次馬達もいました。
親衛隊としては滅多に会わなかった人物が中等部になった途端に現れたため、混乱したのかもしれません。
噂にすぎなかった静流様の婚約者という存在は本当なのかどうか。嘘なら静流様を追いかけてきての編入なんて、何て身の程知らずな人と訴えたかったようです。お門違いですが。
静流様とわたくしがその場に駆けつけたとき、唯子様はどんなに詰られようとも決して泣くことはなく真っ直ぐに前を見ておられました。ご自分に向けられる謂われのない言葉。お辛いはずなのに。それなのに毅然とされる唯子様にわたくしは立ち止まって見守ることしかできませんでした。
動かれたのは静流様ただお一人。
「何をしている」
まだ変声期を迎えていない静流様の高い声。大きい声ではないのに廊下に酷く冷たく響き渡りました。明らかに怒っています。
ピタリと静まりかえる廊下。
静流様は動きを止めた親衛隊の間を抜け、唯子様を後ろに庇い、親衛隊を睥睨しました。
「ーーー俺の婚約者は唯子以外にいない。お前達にどうこう言われる筋合いはない!これ以上唯子を貶めると言うなら鷹之森が相手になると思え!」
「もっ、申し訳ありません!」
親衛隊が土下座する勢いで謝罪しました。わたくしは安堵でほっと息を吐きました。
さすが、静流様です。
「唯子、大丈夫か?」
「ーーーはい」
唯子様を労る静流様は滅多に見せない表情をされていました。それに応える唯子様も安心されたようです。お互いがすごく大切な存在なんだと良く分かります。わたくしも羨ましいと思ってしまいました。
お二人のご様子に親衛隊や野次馬達も言葉が出ませんでした。
それ以降、唯子様を貶めようとする輩はいなくなりました。貶めようとするならば、鷹之森家に逆らうことになり、社会的に抹殺されるとなれば当然でしょうが。
お二人にとっては平和な学園生活になったでしょう。お二人を見つめる生温い視線を除けばですが。
高等部に進学してもお二人の仲の良さは変わることはありません。
また、お二人を支えていきたいという思いも変わることなく、むしろより強くなりました。
「くるみちゃんはやっぱり眼鏡が似合います」
と、いう唯子様の言葉とたまに見せるによによとした笑顔がなければもっといいのですが。
静流様の方はいつもと同じで唯子様を優しく見守っていらっしゃいます。
わたくしにもいつかそんな人が現れたらいいなとちょっと思うようになりました。
◆おまけ◆笠井くるみとの出会い ーしーちゃん視点&ゆいちゃんは眼鏡っ娘が好きな件ー
ーしーちゃん視点ー
僕は本当はびくびくしていた。だって笠井くるみさんはにこりとも笑ってくれなかったし、この子が婚約者候補と言われても正直止めてほしいと思う。クールってこういう子のことを言うんだろう。
僕は表情を作っているけど、彼女は違う。もっと表情筋を動かそうよ!と心の中では叫んでいる。誰にも言えないことがすごくストレスだ。
笠井さんの他にも何人かお嫁さん候補がいるらしい。
ーーー本当は人見知りだし、泣き虫だし、我慢してるだけの僕。
もう、いっそ倒れてしまおうか。
これから付き合うことになる未来に僕は暗い気持ちになった。
ゆいちゃんに出会って、幸せになるのはもうちょっと先ーーーーー。
ーゆいちゃんは眼鏡っ娘が好きな件ー
くるみちゃんが児童会で副会長をやっていると聞いて私は思った。
ここは眼鏡だろう、と。
そういえばくるみちゃんは将来キャリアウーマンで、しーちゃんの秘書になりたいと言っていたっけ。
やはり思う。ここは眼鏡だろう、と。
中等部から一緒に行動する時間が増えて、お世話をかけるだろう。宜しくねという意味を込めて眼鏡をプレゼントすることにした。聞いてみたら視力は良いらしいけど(ちっ、残念だ)。
長い黒髪をきっちりまとめて。ばっちりメイクで。男性を拒絶する冷たい視線を向けながら、ノンフレームの伊達眼鏡をくいっと直すくるみちゃん。エロい。叱られたい。
私はそこまで妄想し、眼鏡を選んだーーー。
隣でしーちゃんが呆れていたけど無視。ちなみに後で泣かれました。
ありがとうございました。先にくるみちゃん視点が完成したので投稿しました。ゆいちゃんの話はまだ途中ですので少々お待ち下さい。九割ノリで書いているのは恐ろしく、だんだんゆいちゃんの欲望全開の流れになってしまっています。今後ゆいちゃんが暴走するかもしれませんが……引き続きお楽しみ下さい。宜しくお願いします。




