第五節「全ての元凶、あるいは諸悪の根源」
ヴィヴィの希望は呆れるほどすんなり謁見は受理された。
それを伝えてきたのは、先ほど出て行ったルルではなく、どこか古めかしい鎧を着た近衛兵二人だった。
彼らは頽れるヴィヴィに驚いた顔をした後、堅苦しい口調で玉座の間に連れていくという、それにふらふらと立ち上がったヴィヴィは、その腕についている手枷のせいで、まるで連行される罪人のように見えた。
吹き抜けの廊下を歩く。
石造の床は硬く、足に負担がかかる。均一に壁に取り付けられた蝋燭をぼーっと見ながらヴィヴィは現実から目を背けるため、もしくは王族との話し合いのために冷静さを取り戻そうとしてか、思考の渦に身を委ねることにした。
そうまずは、きっとこれが皇帝エクセプシオネルであったなら、間違いなく今日会えることはないだろう。続いてその日以外も絶対に会えないだろう。
勇者というのがどのくらいの階級なのかは知らないが、自分たちのような幹部と呼ばれる役職持ち以外、早々にエクさんに会える人はいない。
もしあっても教皇プリュトンくらいだろうが…まぁ、あの人は例外中の例外というか、そもそも土俵が違う。
そういえばサーベルはどこにしまわれてしまったのだろう。
あれさえあれば周囲の人間を諸々殺せるのに、宰相とはいえど、もとは革命軍副官。叩き上げで強くなり、そして、国王の喉元を喰い千切るためだけに牙を剥き、帝国を守るためだけに剣を抜いたのだから、まぁ、そんなこと今から会う王族たちは知らないだろうが。だが関係ない。
異世界?異邦の地?聖痕に勇者に女神?
いうことなんて聞いてやるか、全てを問いただし、そう己は帰還の道を探さないといけない。なぜなら、元の世界でやり残したことがたくさんある。
朧げな記憶の中でも、仲間たちと笑いあった記憶も、エクさんに忠誠を誓ったことも、全部全部知っているから、帰らないといけない。
帰らなければならない。帰るべきだ。そう思いながら、重くなった体に鞭を打つ。
向こうでの俺の扱いはどうなっているのか。そこまで考えて、唐突に記憶のフックが引っかかった。
それはヴォワという仲間との記憶だ。
“え〜ヴィヴィって真面目すぎ〜”
ヴォワは仮設テントの中で、資材が入った木箱に座りぶらぶらと足を揺り動かす。
その動きと共にゆらゆらと白のワンピースが揺れ、それに合わせてニーハイ編み込みブーツが遠慮なんて言葉を知らないと言うように大きく動いていた。
時々、木箱に当たってはガンっと音を鳴らすも、決して気になってはいない。むしろそれすら楽しいと言った所作で、さらに足をジタバタさせる。
仮にヴォワが子どもであったら可愛いだけのことだが、明確な年齢は知らないがヴォワは立派な成人越えの人間だ。
古臭い曲も知っているし、当時の世間を動かす事件だって知っている。ついでに、廃盤になったタバコのメーカーに対して、作り続けるように圧力をかけるか…とか言っている時点で少年少女の年代は悠々に超えているだろう。
“こう、もっと、パッと、自分が好きなようにやるのがいいじゃんか〜!”
それに対して記憶の中のヴィヴィは一言二言何かを言う。
自分の発言を受けたヴォワが、一瞬不穏な空気を作った。悪い予感を感じたのを覚えている。
そして今も思い出しているだけなのに嫌な予感が背筋を這った。
記憶の中の仲間との思い出が顔と声色以外失っていなければ、ヴォワというのは一言で言うとエクセプシオネルの狂信者だった。狂信者は狂信者でも全肯定系でなかったのが救いで、時には違う意見でエクセプシオネルと論争していたのを覚えている。
それもこれも、エクセプシオネルが仲間にそう望んでいるからだった。
ただただ肯定するだけの臣下はいらない。
欲しいのは忠臣だと、様々な角度から様々な意見が欲しいと、それでいて最高な案を出そうと、会議では皆平等、思い浮かんだらどんなに突拍子もないことでも片っ端からいえ。
たとえそれがエクセプシオネルとは反対意見であっても。それが出来ないのであれば、忠臣とは認めないと。
逆にいえばこの言葉があったからこそ、ヴォワは対立意見であっても口にしたのかもしれない。ある意味では肯定するだけの部下だった…のかもしれない。
今更考えて、ヴォワの厄介さをヴィヴィは知った。やっぱり適切な距離を置いて頭を冷やして人を見るのは大切なことだと思う一方、距離を置くくらいなら知らなくて良かったと反復する考えを抱えた。
“そうなったら、私はぜーんぶ壊しちゃう!だって、こんなに愛らしい私がすることだもの、許されて当然!”
狂気的な発言をするヴォワは一切の躊躇も不安もなく澱みなくそう言ったのを覚えている。
反省する様子もなく、むしろ楽しげに唯一の光源であるランタンに両手を伸ばして、その光を握り潰すようにグッと両手のひらを丸めた。
そして掴んだものを離さないような仕草で胸元まで持ってくる。
まるでその行為が儀式のようで、それでいてヴォワの内面を表現しているように見えた。ヴォワは何かと秘密が多かった。その出自も、その身分も、その過去も、全て全て幹部の、もしかしたらエクセプシオネルすら知らないこともあるだろう。
別に知りたいとも共有すべきだとも思わないが、本人がやたらと秘密であることを自慢してきていたので印象に残っていた。
だからその行動にもヴォワの抱える秘密の何かがあるかもしれない。
まぁ九割九分ないだろうけど。
“そ、れ、に、そんな私と肩を並べる盟友だもの!ヴィヴィだってムカつくものがあったらぶっ壊しちゃっていいんだよ”
ヴォワの発言は過激的な物言いだった。
そして悪質なことに、それを本気で言っていた。本気でそう信じているのだ。
“だってね、エクエクなら、なぁんでも許してくれる”
ヴォワがヴィヴィの耳元でそう囁いていたのを覚えている。
“だってあの人、私たちに激甘だもん♡”
もちろん、どんな顔なのか、どんな声色なのかは覚えてない、けれどもヴォワがお茶目げにウィンクをしていたことを覚えている。
ヴォワにとってエクセプシオネルは世界の全てだった。
ヴィヴィ自身はどうかと言われれば、正直なところ答えるのは難しい。
ヴォワのように自分の心臓で脳、と言うような感覚はない、と思っている。と思っていた。だが、今現在はどうだろうか。
知らない場所、知らない身分、強制的に失われた仲間。
“ね、だからヴィヴィも、好きなことを好きなだけやろうよ”
あの時、ヴォワはどんな顔でそう言っていただろうか。
「到着しました。勇者様、ここが玉座の間の入り口です」
「ああ、ありがとうございます」
「これ以上は私どもは入れませんので、どうぞお先に」
今まで先導していた近衛兵たちが左右に分かれる。
権威を見せるために作られたのだろう、金があしらわれ彫刻がいたされた芸術的にも見える荘厳な扉。
もし、ヴォワがこの立場にいたらどうしただろうか。
「巫女ルル様は、別室にいますので謁見が終了次第、そちらの方に案内させていただきますね」
こんなところ、エクさんがいなければどうでもいいと言って破壊し尽くしていただろうか。
それがどんなに現実的ではなくても、エクさん以外には従わないと、従属させられるくらいなら死んでやると、そう言って刃向かっていただろうか。
「では、扉を開かせていただきます」
そういえばヴォワは口内に毒を仕込んでいると聞いた。
ああ、それを自分もやれば良かったと過ぎ去った後悔をする。
玉座の間はこの間見た時と変わらなかった。
豪華な玉座、壁一面を彩る深緑のベルベット、区切られる柱には横顔の狼が描かれた旗が差され。先ほどの近衛兵たちよりも華美に見える近衛兵たちが両サイドに二人ずつ、変わったとすれば、同じ玉座がもう一つ増えており、そこには王冠を冠った女性がいること。
状況からして彼女が王妃と呼ばれる存在だろうとアタリをつける。
“だからさ、壊しちゃお”
ふーっと息を吐いてからなるべく真意を見せないように、宰相の仮面をつける。冷静に。腹を探るのだ、少しの動揺も油断も見せるべきではない。
“全部さ、ぜーんぶ!ギッタンギッタンにして、もうやめてー!降参します〜!て言っても気が晴れるまで無茶苦茶にするの”
目的は一つに絞るのだ。
ただ帰るため、それだけのために情報を抜く。
“ね?ヴィヴィ”
仲間の幻覚が横を通り過ぎる。
姿形も朧げで、声色も顔色もわからない。けれども、影のような幻覚が飛び跳ねるように楽しげに揺れ、それから踊るように軽やかに回る。
その口元も見えないのに、まるで「ねぇ、見てて」と言うような空気を出して幻覚が片手を後ろに向けた。
その手にあるのはルガーP08。
それを二人の王族に向かって早撃ちをする。そういえば片手銃での腕前は抜きん出ていたことを今更になって思い出す。ライフルでもないそれで、激戦を掻い潜った時はアンテルに“ わぁ、化け物誕生、おめでとうエク”とか言われていた。
幻覚が、二人の眉間を貫いた。
鮮やかな手腕に幻覚であることを忘れて、感嘆の声を出すところだった。まるで曲芸師のようにわざとらしく目の前で片手を広げてお辞儀をする。
まぁ、やるかやらないかで言ったらヴォワのことだ。
間違いなくやってのけてしまうだろう。
“それって、すごーく最高な気分になれるよ!!”
ああ、早く帰りたい。
帰ってやらなければならない事がある、問題児の世話も、平民出身の教育も、それから諸外国への圧力も、仕事マニアな皇帝の妨害も、特殊工作員の彼からの報告も聞かないといけない。
“ほんとうよ?”
甘く誘うような言葉が耳元で聞こえた気がした。
ヴィヴィは自分の目が座ることを感じつつ、けれども心ではずっと平常心という言葉を唱えている。
そしてその意に反して、ヴィヴィの耳元で過去に囁かれたヴォワの言葉が壊れたラジカセのように繰り返された。
何をしてもいいのだと、それは許されるのだと、全て許してくれると、それをすることはとっても楽しいことだと。
だから後先考えずに壊しちゃえと。
ヴィヴィは自分の中にあったヴォワの幻覚を消した。
ヴォワを信じ過ぎれば毒になる。
腹の下で蠢く本心が過去のヴォワとのやりとりを思い出させていたことを無視して、ヴィヴィは奥歯を噛んだ。
“ちぇー、なんだ。もう、わかったよ!”
そうだそういえばあの時も、確かヴィヴィはヴォワの案を断った。
どう言った経緯で何についてだかは定かではないが、確かに「やりすぎだ」と言う言葉を口にしたのを覚えている。
だからか、唐突にヴィヴィの肩に温かな小さな手が乗る感触が襲った。
誰かがヴィヴィの肩に触れたわけではない。
そう、だからこれは都合のいい幻覚で、ただの記憶の再生。
“じゃあ、信じるからね!ヴィヴィ!”
そう言って肩を叩かれた日の再会でしかないのだ。




