第三節「大神殿と異教徒」
初代勇者召喚に成功した国。
人類圏最大の国家は三代目の勇者の召喚を成功させたものの、召喚された勇者を巡る大混乱が起きていた。
一代目、二代目の勇者たちはよかった。
すぐにこの世界に順応し、よき人間関係を作り、魔王討伐に協力的で苦楽を共にした仲間と結ばれ、そしてその一族たちが繁栄した。
過去の勇者曰く、彼らは地球と呼ばれるそれはもう文明力の高い場所から召喚されており、創作の世界において勇者召喚という儀式は広く伝わっているからこそ、状況把握能力が高かった。
しかし、今回の三代目の勇者は違った。
まだ彼の出身は聞いてはいないが、一代目と二代目の勇者とは違うことは、誰の目から見ても明らかであった。少なくとも勇者召喚という儀式が普及していない世界から、あるいは時代から来たことが明らかであった。
加えて彼の召喚に関わった巫女、ルルは二度も彼に命を狙われたのだ。
人類を救うために召喚された勇者が、魔王討伐に欠かせない巫女を殺そうとするなど前代未聞。
例え、説明する暇もなく隙を作れば殺しにかかってくる勇者に対して、王族を含めた貴族たちは頭を抱えていた。
最終手段はあるにはある。
しかし、その隙を他国に悟られてしまえば、彼らはこぞって勇者召喚を始めるだろう。勇者は世界に一人だけ、その戦力と対魔人類圏同盟によって取り決められた「勇者のいる国には、一定の金銭と軍備を与えなければならない」という条約のおこぼれをもらうために、最悪、人類同士の殺し合い…本末転倒な未来が降りかかるだろう。
であるならば、結局のところあの勇者をなんとか制御しなければならない。
会議は踊るされど進まず。
確か二代目の勇者が使っていた言葉として伝えられた諺が皆の頭に浮かぶ。
そして何時間か進んだ頃、王族、貴族たちは今代の勇者の扱いについて結論を出した。今のところ聖痕での制御によって手遅れにはなっていない、ならば通例の勇者への待遇を変え、徹底的な管理をするべきだと。
ヴィヴィの意思も人権も尊重されない決議が本人の預かり知らぬところで下ったのだった。
そんな決議が下されているとは想像もしていないヴィヴィは何度目かの覚醒をした。そしてそこでようやく部屋のようすを気にすることが出来るほどの落ち着きを感じていた。
高すぎる壁画の描いてある天井。
クリスタルでできていそうなシャンデリア。木彫りの彫刻がなされた壁や高級そうな赤い絨毯。壁面や柱、そして暖炉にふんだんに使われた大理石。
窓付近にある椅子やソファー、小さなテーブル。
それら全ては高価そうで、けれどもヴィヴィにとっては特別な想いを抱かせるほどのものではなかった。そう、ところで現実逃避もやめよう。ヴィヴィは起き上がった後に見えた、窓に仰々しく嵌められた鉄格子をみる。
視界を下に持っていって、両手につけられた一見ブレスレットにも見える手枷、加えて少し体を動かして扉を見れば完全にドアノブは見当たらなかった。
大方、VIP用の牢獄だろう。
神聖ローブ帝国では地下くらいにしか牢屋はなかったが、なるほどこういう牢屋もあるのか、納得するような素振りをするも、ヴィヴィは隠せないほどの怒りから唇を噛み締めていた。
そんな時、控え目にコンコンコンと三回ほどノック音が聞こえる。
それからヴィヴィの返答を待たずに、ガチャリと扉は開いた。
そこにいたのは少女…ルルだった。
目を丸くさせたヴィヴィは、学習能力がない馬鹿を見るような目でルルを見る。二度も殺されそうになっているのにも関わらず、こちらを見て安心したように近づいてくるルルに、気持ち悪さと嫌悪感をヴィヴィは抱えた。
「お目覚めになりましたか、勇者様」
「ああ、本当に、クソみたいな目覚めだ」
「先ほどよりは落ち着いていらっしゃるみたいですね。であれば、まずは自己紹介を、巫女のルルと申します」
「…」
「えーっと」
「…」
ルルは困ったようにヴィヴィを見る。
「よろしければ勇者様のお名前を聞きたいのですが…」
「…なら宰相でいい」
「それは確か立場ではなかった、でしょうか?」
「ああ、そうだが?」
「その、私は個人名を聞きたいのですが」
さらに眉を落として、ルルはそういう。
「フォーヴだ」
「フォーヴ、さんですね!いい名前ですね!」
観念したようにそういうヴィヴィに、それが偽名であることを知らないルルは人の良さそうな笑顔でそういった。
それが全く何を意味しているのかわからない様子に、そして自分の悪名がこの近辺に広がっていないことができて、ヴィヴィは更に不信感を深める。
フォーヴの意味を知っていたら、口が裂けてもいい名前とは言えないだろう。
フォーヴというのはある宗教による隠語である。神聖ローブ帝国がまだ王国だった頃、そしてまだヴィヴィたちが革命軍であった頃、国中に普及されていた有名な宗教であった。
革命時にリンピタ教を使ったことから、ヴィヴィは数多くの部下に指示を出し、加えて自らもどさくさに紛れてその宗教の施設を焼いて回った。
多くの敬虔な信者を殺しまくり、ついでに迫害しまくり、有る事無い事で責任転嫁をして皇帝に逆らうものの見せしめとして残虐行為を繰り返した。
その影響で多神教の信者からは「最大な悪」「悪辣な獣」として名を馳せ、蔑称として「獣」という意味の「フォーヴ」という名がつけられたのだ。あまりにも苛烈すぎて諸外国にまで広がってしまったのだが、皇帝エクセプシオネルのために行ったことであるため、現在は放置してある。
ゆえにいい名前なんて言葉とは相いれないとんでもない名前であるのだ。
「フォーヴさんがよろしければ、このままこの施設の案内をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「これつけたままで?」
「すみません。私の一存では覆せないことで」
「へぇ」
「でも、これだけ勇者様が落ち着きを取り戻したと分かったら、王や貴族たちも問題なしっていってくれると思います!」
「そうですか」
「あ、疑ってますか?」
「いえ、そういうものなのかと」
ルルは真剣に言葉をかさねる一方、ヴィヴィはとりあえず適当に合わせて情報を引き出し現在の位置を知ろうと計略していた。
記憶に関してはもはや理解を超えた現象。
だが、考えてみれば神聖ローブ帝国の場所が分かれば仲間たちに会える。そうすれば忘れてしまった顔も声色も、しっかりと思い出せなくとも、新たに覚えられるだろうと自分を納得させ、結局ルルの提案に乗っかることにした。
繋がれた手枷はそのままに、先行するルルの後ろ姿を追う。
「ここは大神殿に繋がる回路となります。ちょっと長いので、そろそろ勇者様が疑問に思っていることを話しつつ、歩いていきましょう!」
ルルは楽しげにそう振り返ってヴィヴィにいう。
ヴィヴィはフォーヴと名乗ったにも関わらず「勇者様」と呼ぶルルに、偽名であることを忘れ、名前を知る必要があったのかを疑問に思っていた。
そんなヴィヴィに気が付かないまま、ルルはゆったりと真剣な声色で歌うように紡ぐ。
「 始まりは、女神の誕生からだった。
無の世界に女神は生まれた。
上下左右を見てもそこには無しかなかった。
ゆえに女神は初めに星を作った。
暗い世界を彩るために、
明るい星を、
動く星を、
不思議な星を、
沢山沢山作った。
そのひとつに偶然か必然か命が宿った。
最初は空だった。
次には雲だった。
次第に海が広がり。
当然のように陸ができた。
草木が地上を覆った。
夜が来て、
朝が来て、
昼が来た。
風が生まれ最初に春を呼んだ。
続いて春は夏を呼び、
夏は秋を呼んだ、
最後に冬を呼び込み、
その星に生まれた生命が更に増えた。
星を作った女神をある日、人間と呼ばれる種族が敬った。
それに女神は祝福を与えた。
火を自在に操れる力を、
水を自在に操れる力を、
地を自在に操れる力を、
風を自在に操れる力を、
女神は自身の孤独を埋めた人々に沢山の祝福を与えた。
そしていつしか、女神の意思に反して魔物と呼ばれる存在が生まれた。
それは人の繁栄を邪魔した。
それは命を重ねることで思考を得た。
それは生きる為だけに魔の王を作った。
魔物は人を襲った。
人だけではなく生命の全てを喰らった。
女神の愛する人々は次第に数を減らして行った。
そこで女神は更なる祝福を与えることに決めた。
魔力と呼ばれるものを増やした、
沢山の魔術を教えた、
剣を与え、魔法を与えた。
けれども、人々の命は簡単に奪われた。
元々魔力を持つ人間には、女神の祝福が耐えられなかったのだ。
初めの祝福が、次の祝福と喧嘩してしまったのだ。
それを知った女神はどうすればいいか悩んだ。
祝福では抗えない、
この時間でさ人々は失われていく、
自身では下界に降りることはできない、
思いつく全ての手は打った。
けれども、全ては上手くいかなかった。
そこで女神は別の宇宙に祝福を受けていない人々がいることを知った。
最後の抗いで、女神は自身の巫女に神託を下した。
それこそが異世界人の招来。
祝福を持たないからこそ、新しく祝福を与えられる人間。
魔の王が生まれる度に呼ばれる女神に選ばれしもの。
いつしか、その人間は勇者と呼ばれるようになった」
荘厳な口調でそう言い切ったルルに対して、ヴィヴィは冷静にそういうものだと受け止めた。そういう宗教か、みたいな軽さで、特に気にすることもなく聞くだけ聞いた。
「それで、異世界判定は外国かそうじゃないか、ってことですかね」
「え、違いますよ!本当に別の世界から女神様に選ばれた方が召喚されるのです!」
「じゃあ、なんですか?俺はその女神様に誘拐されて、訳も割らない状態に巻き込まれて、首輪も手枷もつけられて従属させられていると?」
「なんでそんな捻くれた受け止め方しかできないんですか!も〜、あなたは女神様に選ばれた特別な異世界人なのですよ!」
「あ〜じゃあ、女神であれば異教徒すらも自分の信者にしていいと」
突き放したような言い方に、ルルは心底ムカついていますという表情をする。
「この世界におわす神はただ一人です!女神様が世界を守り、女神様が世界を癒し、人々を愛す。勇者様のいた世界では馴染みがないと思いますが、勇者様が召喚されたということは女神の祝福あってこそ、い、きょう、とが何かは知りませんが、沢山の祝福を受けているのに、どうしてそんな頑ななんですか!」
その言葉を当たり前に聞き流して、ヴィヴィはリンピタ教最大の大聖堂を思い出す。教皇プリュトンが祝詞を口遊み、それに合わせて信者たちが手を合わせて祈る。始まりの水がある場所に向かって何万人もの人々が集まった姿は圧巻だった。
「聞いていますか、勇者様!」
かつての記憶を思い出している最中に、ルルの声が挟まれる。
「あー、うん聞こえてますよ」
「本当かなぁ…まぁ、そろそろ大神殿に着きますので、楽しみにしていてください」
神殿に対して楽しみとは、ヴィヴィは思わず眉間に皺を寄せてしまう。
そうしている間にコンクリート製のドーム型の神殿につく、中に入れば床も天井も大規模な絵が描いてあり、壁や柱には女性像の彫刻、それから入り口前には青年ほどの東洋に近い顔立ちをした石像が置いてあった。
「歴代の勇者様たちです。フォーヴも魔王討伐が終わればあそこに加わることになるでしょう」
え、心底いらない。
どこか不快感を覚える表情をするヴィヴィにも気が付かず、ルルは石像の前で一度祈り、何もしないヴィヴィを横目で見ると焦ったように、
「勇者様も、女神様にお祈りしないと!」
という。
「あ〜、宗教上の問題でお断りします」
「も〜、だから、この世界には女神エレオス・サルヴァティア・プロノイア様しかいないんですって!」
「何度も言いますが、俺はリンピタ教の信者です。他の神に祈れと言われても」
もちろん、敬虔な信者ではないため、これはあくまで建前の拒絶だった。
そもそもヴィヴィをこんなことに巻き込んだ元凶なら、尚更祈りたくなんてない。そんなことも知らずにルルは更に説明を続ける。
「勇者様が今いるこの世界は辰星と呼び、この国は世界で一番大きいタクズ王国という場所なんです!しかもここは女神教の総本山でもある由緒正しき土地!選ばれ、招かれ、祝福を得たのですよ!?」
そう必死になって言うルルにとっては、この状況は羨ましくもそして憧れでもある状況なんだな、なんてヴィヴィは適当に思った。
それ以上の感想は出てこないし、それ以上何を感じればいいのか正直わからない。ただヴィヴィから言えることとすれば、
「頼んでないんだよな」
これに限った。




