第八節「日常の終わり」
“あなたってだからモテないのよ”
ドゥースから数万回ほど聞く言葉が蘇った。
そういう時は大体ヴィヴィはコンコンとドゥースに怒られている。
ただ、ヴィヴィ本人が怒られている理由がよくわかっていないことの方が多かった。
よく、仲間内でデリカシーがないと言われることが多い。
加えて人間関係初心者やら、一周回って怒る気が失せるやら言いたい放題。だからこそ、本人も自覚して自分は人の心の機敏に対して鈍いという自覚はあった。
まぁ、あったところでどういう言葉や言い回し、人との関係性に結びつくかはちょっとよくわからないので、自覚があっても治るような傾向が一切見えない。
これには王宮にいる専属の医者も匙を投げた。
もうそういう個性にしとこうと。別にそれで困ることも、今のところ問題が起きていることもないし。
それからというものの、仲間からヴィヴィは更に散々言われた。
仕事至上主義。合理性が服着て歩いてる。目の前にいなければノープロブレムな男。
正直そこまでいうか?と思うものもあれど、基本的にドゥースもそのあだ名を否定していなかったためお察しというわけだ。
不服であるが一番の身近にいる理解者が目を瞑っているのだから、ヴィヴィは黙るしかなかった。
別にそれでどうこうなるわけでもなかったし、仕事に支障が出るわけでもないし、それから仲間意識が薄れるわけでもなかったから。
そんな本心を仲間たちが聞いたら、きっと今よりも酷いあだ名が生まれるだろう。今だって碌なあだ名がないのだから。でも考えてみれば、仲間の中で真っ当なあだ名を得ているものはいない気がする。
何やかんや言ってみんなから忠誠を誓われているエクセプシオネルだって、とんでもないあだ名が付けられているのだから。
獄中に入れられても出てくるし、国外追放されても帰ってくるし、秘匿死刑されそうでも帰宅してくる。
本人は“俺は不死鳥。間違いなく不死鳥”と言っているが周りは“生命力しかないG”やら“純粋なコックローチ”やら言われたい放題。
考えてみれば、あれらの言葉よりはヴィヴィに向けられるあだ名は可愛い方だったのかもしれない。いや、そもそもあれが暴言の最高値なだけで、あれと比べてしまう時点で終わっているのではないのか?
まぁ、気のせいということにしよう。
今なぜそんなことを思い出したかわからないが、なんとなく、なんとなくヴィヴィにはそう言われる未来が見えた気がした。
どれが該当するのか理解はできなくても、自分が何かやらかしたような、仲間内で揶揄られそうだな、なんて考えながらヴィヴィは歩く。
吹き抜けの廊下に夕日が差した。
綺麗なオレンジ色の光は、暖かに建物を照らして朝や夜とは一風変わって違う顔を見せる。石造のせいかどうも冷たい雰囲気を感じる城をほんのちょっとだけ和らげてくれるような気がした。
喰えない学園長に「一ヶ月経ちましたので帰ります」と言って強引に話を終わらせた後、自室に戻る。
結局、ヴィヴィが寮に戻ってくるのに時間がかかった。
とりあえず、オリヴィエが困らないように事前に話したし、明日からは神殿に戻って研究を再開しないといけない。
ヴィヴィの脳裏に一瞬、巫女のルルの顔が過ぎる。
またあの説法を聞かないといけないのかという憂鬱と、それでも元の世界に帰るためだという諦めを抱えながら、この一ヶ月を頭の中で振り返った。
まぁそりゃあ、大変な一ヶ月だった。
午後にオリヴィエに拘束されるため自室での研究はできないし、解放されるのは夕方。睡眠時間を極限まで削り、研究を続け、それでも進歩しない研究に項垂れた。
それでも明日は来る。
平等に、差別なく、決まった時間に朝日が登る。眠気をコーヒーで誤魔化して、口寂しいのを忘れることで我慢した。
別に生粋のヘビースモーカーではない。
趣向品として貴族間で広まっていただけだし、それの付き合いとして吸う程度、だがこうもストレスが溜まればあれが欲しいと思ってし舞うのは仕方がないことだった。
いいや、と思ってヴィヴィは頭を振る。
考えるのをやめようと思った瞬間にこれだ。とりあえず、寮部屋に戻ったら沢山のコーヒーを飲もう。500年前くらいの時代模様のはずなのに存在するコーヒーの謎を端っこに追いやって、ヴィヴィは凝った肩を回しながら向かった。
するとちょうどその時、スンッと嗅ぎ慣れた臭いが鼻を刺激した。
それは馴染み深い匂い。
召喚される前の世界で革命時に嫌というほど嗅いだそれ、魔法という世界なのに、とても原始的な方法だと思った。
だって中には魔法で爆破を起こすことができると書いてあった書物があったから、だからこそ、
ヴィヴィはまさかそんなわけがない、そう思ったが、その予想は最悪な形で当たることになった。
どん、という音を鳴らして寮の一室が弾けた。
悲鳴が上がる。それを聞き流しながら、ヴィヴィはその方角に向かった。もはや反射と言っても過言ではない。
場所は確か、三階の右奥の部屋。
間違いでなければそこはヴィヴィの部屋だった。瞬時に階段を駆け上がる。
破壊現場から逃げ出す少年少女を押し退けて、ヴィヴィはやっとの思いで借りていた自分の部屋を見た。
木っ端微塵とはこのこと、開放的になった部屋を見て、まず最初に心配したのはあらゆる本を網羅して書き込んだ暗号式の旅日記だった。
「これはセーフと…まぁ、本は…儚い命だったということにしよう」
懐を探してそこにあることがわかって一安心する。
それさえもこの爆発に巻き込まれていたらと考えると発狂していたことだろう。
一体何が、そしてなぜ、ピンポイントで破壊されたことを踏まえれば、確実に一個人、それも自分を狙ったものだとわかる。
焼き焦げた赤いカーペットの反対側を見ても爆破の痕跡はない。もう一度鼻を鳴らして確認しても他に火薬の臭いがある場所はない。
一つわかるとすれば、これをしでかした人間が火属性魔法の持ち主ではないということ。
もし、火属性魔法を所有しているにも関わらずダイナマイトなんて初歩的な破壊をしたのなら、それは賞賛に値するバカだろう。
そこまで考えて、ヴィヴィは「んん?」と高めに声を出して首を傾げた。
それから「んん?」と低めに唸って遠い目をする。
「この時代ってダイナマイトあるのか?」
破壊された部屋を改めて見る。
焦げ臭いにおい、そして部屋の反対側、窓のある方を見ても弾らしきものはない。
正直なところ破壊されたところを見れば、ベッドがあった場所から爆破されただろう後がある。
だが、と考える。
ダイナマイトって確かT字のハンドルがついたものでなければこの規模の爆発は難しいのでは?
改めて、ヴィヴィは室内を見た。
どこをどう見ても溶けたハンドルが転がった形跡はない。
そしてヴィヴィが来たのは爆発から、そう時間はたっていない。もしも、ハンドル式のダイナマイトを使った場合、破片を回収して少年少女たちが逃げると同時に紛れ込む?
明らかに不審物を持ったものがいたら、別のところで悲鳴が上がっているだろう。
であるならば、可能性が高いのは、いや、そんな、まさか。
「いや、うん、ないない。そこまで詳しくなくてもこの時代背景に時限爆弾なんて高度な科学技術が発展してるわけない…」
もしそうであれば、もうちょっとこの世界はヴィヴィのいた世界と似たような様式をとるだろう。時限爆弾だけ先取りして技術が進むとか、偏りがどう考えたって酷すぎた。
特に絵面。
取り敢えず、犯人探しをした方がいいだろう。
この近辺に身を隠しており、油断したところで殺されるなんてことをしたら、帰る帰れない問題の前に間抜けな姿を晒すことになるだろう。多分ヴォワあたりに全力で笑われる。
多分、笑いすぎて死んでしまうだろうな。
そう思いながら、ヴィヴィはプライバシーなんてものを一切考慮せずに隣の部屋、真ん中の部屋、奥の部屋の扉を開けて中を確認する。
死角には気をつけながら、気配を探って確認していく。
ここにサーベルでもあったら。
そんなことを思いつつ、それはできないだろうと考える。そもそも、この世界に召喚された時に王族に向かって、ついでに神殿にとって価値のあるルルに向かってサーベル向けてるし、ついでに殺そうとしたし、エトセトラ。
頼れるのは普段から鍛えている体術だけ。
睡眠不足とストレス、栄養失調で神聖ローブ帝国にいた頃のような力は発揮できないが、それでもそこらのちょっとだけ鍛えた人間よりは、強いという自負があった。
そして最後の部屋を見終わって、人がいないことを確認したあと今後の身の振り方を考える。このまま逃げるか、それとも待つか。
それぞれのメリット、デメリットは逃げる場合、取り敢えず犯行した人物から物理的距離を取れる。デメリットは何故自分を狙ったのか、これがわからなくなる。
では待つ場合。メリットは犯人の目的と所属を知れる。これはまぁ尋問次第だが。デメリットは圧倒的なリスクがある。向こうが魔法を使えた場合、距離を詰められなければ不利。
というかそもそも来ない場合だってある。
ヴィヴィは焼け焦げてない別の部屋にある砂時計を見た。それを持ってきて、カーペットの上に置く。
サラサラと落ちていくそれを見つめながら、ヴィヴィは破壊された部屋の前に立ち、その惨状を改めて見た。
その瞬間、階段の方から嫌な気配がした。
これはただの経験則でしかない。
けれどもヴィヴィの体はいち早く反応した。
振り返るより先に、体が動く。
テリトリー内に入った男の姿を認めると同時に、ヴィヴィは相手の腹部に強烈な蹴りを叩き込んだ。「グッ」という声と共に男の体がくの字に折れる。そして男が手にしていた長い棒状のものが傾き、からん、という音を立てて落ちた。
枝か?
そんな子供だましなものが武器になるとは思えなかったが、この世界には魔法がある。確か、オドをマナに変換するときの効率のいい補助具と聞いた。
見た目だけで判断するのは危険だ。
そこからの判断が早かった。
男が体勢を立て直すより早くも、ヴィヴィは足を振り上げ、渾身の一撃をその男の顎に容赦なくぶち込む。
今度こそ男の身体は力を失ったかのようにぐらりと傾き、そのまま呆気なく床に崩れ落ちていった。
それから足でその男を転がし、息をしているかを確認する。
「はぁ、何これ」
そう言いながらヴィヴィは男の手元に目を向けた。
長い棒状の武器、武器(?)柄には赤い宝石が埋め込まれている。
こういうのをちゃんと講義を聞かなかったのでなんと名称かヴィヴィは知らないが、少なくとも、襲撃者が持っていたものを無事なまま放置する理由はない。
男の手から乱暴に杖を取り上げ、床に叩きつけてから、さらに踏みつける。乾いた音を立てて砕けたそれを無感情に見ながら、ヴィヴィはため息を吐いた。
ひとまずはこれでいいだろう。
ヴィヴィは男の傍に座り込んで、再び生存確認をする。
人の命を奪うことに関しては特別忌避感を感じるようなことはない。むしろヴィヴィにとってはそっちの方が楽だった。
ただ思うことがないわけではない。明らかに自分を狙った襲撃を放置するほど楽観的ではないし、愚かでもないのだ。
男の身体を探る。
他に武器らしい武器は所持していないか、入念に調べた。
「さ〜て」
こいつは何者で、何のために自分を襲ったのだろうか。
部屋を爆破したことと関連している?
単独犯にしてはお粗末だ。
であるならば、複数犯。
あるいは、可能性は明らかに低いが別口か。
もしかしてこいつは己の生存確認をするために来ただけのやつでは?
考えたところで、答えという答えは出てこない。
「やってらんね。なんで面倒事が自分からやってくるんだか」
思わずため息が漏れた。
正直、見捨ててもよかった。
だが自分が狙われているかもしれない以上、そうも言ってられない。
とりあえずは尋問、その先は吐いた情報を照らし合わせて考えればいい。正直、尋問とか苦手なのだが、そうも言ってられない。
これならリーヴルから多少なりとも実戦の授業を受けるべきだっただろう。
そんな、哀愁漂う感情を処理して、ヴィヴィは現実に戻った。
まずはこの襲ってきた男にキリキリ情報を吐いてもらうところから始めようと、意識のない男の襟を掴んで、ズルズルと引きずり自分の部屋とは反対の方向、階段から一番遠い壁へと向かった。
取り敢えず近い部屋から拝借した縄で男の足と後ろに回した腕を縛る。
こういったことはできるのに、やっぱり尋問は苦手だった。




