第九節「勇者暗殺」
赤いカーペットが敷かれたやや豪華な廊下で男が背中を壁につけ、正座をさせられていた。
爆破によって開放的になった場所からそよ風が吹く、ついでに焦げ臭い臭いも運び、非日常であることを知らしめていた。
男が目を覚ました時、目の前には厳しい顔をしたヴィヴィがいた。
ヴィヴィは男を見ると飾ったように笑みを浮かべる。だが、その黒曜石の先は冷たかった。
「さて」
ヴィヴィの言葉に男は震え上がった。
その声に含まれる苛立ちを察知してしまったからだ。
「ノーティス・スクリア…で間違っていないですよね」
ヴィヴィがそういうと、男の目の前に銀色の板が揺れた。
そこには男_ノーティスの名前が刻まれている。
自分の首にかけていたはずの存在がヴィヴィの手に入っていることに驚いたノーティスは、急いで自分の首元を確認しようとして、そこで初めて縄で縛られていることに気がついた。
いつの間に、そう思うノーティスを置いてヴィヴィは進める。
「ああ、縛られて痛いですか?もうちょっと緩めた方が良かったですかね?」
そこのところどうです?
そう言って自分を心配してくるヴィヴィにノーティスは拍子抜けする。
最初に感じた恐怖は気のせいだったのか、結局ただの温室育ちの坊ちゃんかと油断した。
それが間違いであることはすぐに判明することになるとは知らず。
「そういえば、今日は暑いですね。そんなに着込んで熱中症になりませんか?」
「ええっと、あんたは…」
「熱中症になりませんか?」
笑顔をそのままに言われる言葉に、ノーティスは気圧されて答える。
「いや、魔法の、装備だから」
「そんなものがあるんですね。ずいぶん快適そうだ。そういったものは安くはないのでは?」
「いや、これは支給されてるやつだから」
「へぇ、待遇のいい組織なんですね。自分で購入していないということは、結構お金が貯まってるんですか?私はそれほど持っていないので羨ましい限りです」
「それほどでも…」
「そういえば今日の予定は?」
そう言われてノーティスは自分が今日何をしに来たのか思い出した。
遅い把握であったがそれも仕方がない。
今まで脳震盪で判断が遅れていたのだ。
あれほど頭を狙われたのだから、当然といっても仕方がなかっただろう。
「秘匿情報だから…」
「そういえば今日の予定は?」
「だから、秘匿…」
そういった瞬間、ノーティスの顔横ギリギリにヴィヴィは壁を蹴った。
相当な音を鳴らしたそれにノーティスの体は反射的に跳ねる。拷問訓練などしたことがないノーティスはこれから起きる事柄を予想することができなかった。
「そういえば今日の予定は?」
「そ、れは…」
怯えながら言葉を濁すノーティスに何かを思いだしたのか、ヴィヴィは足を下ろしてから申し訳なさそうに口を開けた。
「そういえば自己紹介が遅れましたね。私の名前はフォーヴ。仲良くしましょう」
そういって当然と言うように偽名を語ったヴィヴィは片手を差し出した。
それから何かに気がついたようにわざとらしくハッとして愛想笑いをする。
「すみません。そういえば縛られていましたよね。はは、申し訳ない」
「あ、いえ」
恐れる声でそう言うノーティスにヴィヴィは顔を明るくした。
「ありがとうございます。こういったちょっとしたミスをよくやってしまうので、困ったものですよね」
「そう、なんだ…ですね」
「そうそう忘れそうだった。それで本日の予定は?」
「それは…」
言えない。言えるはずがない。
ノーティスは自身が情報を漏らしたことがバレたらどうなるかということだけはわかっていた。だからこそ口が滑っても言えるはずはなかった。
だがそんなことヴィヴィには関係ない。
ヴィヴィは返答に困るノーティスの無防備な腹に右足を捩じ込んだ。
急な衝撃にノーティスは「かはっ」と空気を溢した。そして転倒する。冷んやりとした廊下に頬を打ち、痛みはさらに加算された。
「わかります?私が聞いたら答えないといけないんですよ」
「う…」
「返事は?」
「言えるわけ」
「返事は?」
ヴィヴィはそういって腰を下ろしてノーティスに言う。
言葉が通じない。
いや、理解されてはいるが譲歩はされていない。する気もないだろうヴィヴィはにっこりと、恐怖さえ感じる笑顔でもう一度言う。
「返事は?」
「お、俺には家族がいるんだ」
「返事は?」
「いったら殺される!」
「返事は?」
「無理なんだ!」
そう叫ぶと、ヴィヴィは笑顔をしまって無表情になった。
そのままノーティスの髪を引っ張って、自分の目線に合うようにする。
「別にあんたから聞いたなんて私は言いませんよ」
「うぐ」
「でもいいんですか?こんなところを見られたら、言ってもないのに言ったことになりますよ?私の心の中に留めておきますので、言ってください。結局誰かが吐くんですから、最初があなたであっただけです。これから沢山の人が私に教えてくれるのですから、不要に怯える必要もためらいも、必要ないんです。今この時間が徒労なんですよ。あなたにとっても私にとっても、有意義な時間ではないんです。有意義な時間にするためにはあなたが知っている情報を吐き、私はそれを聞かなかったことにしてあなたを解放すればいい。それであなたは何食わぬ顔で仲間と合流すればいいんです。言っている意味はわかりますか?」
流れるように責め立てるように、言うことを聞かない子どもに諭すように、もしくは怒るようにそういう。
ヴィヴィの言葉に圧倒されるノーティスは頭の痛みから整わない思考をそのままに激しく頭を揺らして肯定した。
それに満足したヴィヴィはそれまでの対応を変えるように、ノーティスの頭をゆっくりと離してその身体を起こした。
壁を背中に座る最初のポーズに戻すと、ヴィヴィは労るようにとんとん、とその肩を叩いた。
「それでは私だけに教えてください」
「ゆ、勇者を殺すんだ。理由は俺にもわからない!でも殺せば国が新しく勇者を召喚して、俺たちの国が裕福になるって!」
「なるほど、勇者殺しが国から発令されているんですね」
「そうだ。今の勇者がどんなやつかは知らないが、もう殺せたはずなんだ!俺はそれを確認するだけに派遣されただけで」
「他の方はどこに?」
「計画が進んでるなら、陽動のために学園内で動いてる!」
「そういえば、あなたは特殊工作員なんですか?このようなことをすると言うことはそれなりの信頼があるはずですが」
「ち、違う!ただの冒険者だ!!他の奴らも、今回の報酬に目がくらんだ奴らだ!」
「それなのにお国から支給が来るんですか?」
「組合を通してくるんだ!いつも国からの依頼はそう言う形になる!」
なるほど、切り捨てか。
ヴィヴィは生きるために必死に話すノーティスを眺めながら、そう結論づけた。
最初ヴィヴィはこの男が工作員である可能性を考えていたがノーティスの首にかかった名前が刻まれた銀のプレートに違和感を感じたのだ。
わざわざ偽名を刻む必要性を感じないし、本名であれば工作員としての意識が低いどころではないが。
と言うことで軽めの尋問をして見れば思った以上に吐くノーティスに若干の呆れを感じた。
だいぶ粘るかなぁと思ったが、そもそも訓練された兵隊ですらない。冒険者というものがどう言ったものであるかはヴィヴィは知らないが、冒険というのだから開拓者かなんかだろう。
そんなのに勇者殺しをさせるのはどうかと思うが。
勇者殺しと聞いて、ヴィヴィはある言葉を思い出した。
ヴィヴィに王妃が言った言葉だ。
いうことを聞かないのであれば殺して新しい勇者を召喚する。あの時はその言葉自体に重さを感じなかったものの、他国がこうしてわざわざ勇者を殺して、自国で勇者を召喚しようとしている。
であるならば、勇者とは国にとってそれほど価値があるものということだ。
魔王なんて仮想敵を無視しての行動に正直なところヴィヴィは驚いている。一枚岩ではないことは組織を運用するものとして理解はできていたが、ここまでの執念が生まれていることは想像をしていなかった。
これは魔王を倒す以外に国益に絡んだ何かが勇者という立場にあるぞ。
さらに面倒になった問題に頭を痛めつつ、喚くノーティスの声を聞いて、そういえば忘れていたというように、その襟元を掴んだ。
「なぁ、助けてくれるんだよな」
「ええ、あなたが言ったとは言いませんよ。だから安心してください」
「じゃあ、これを解いてくれよ」
「え、それは無理ですよ?」
当然のようにそう答えるヴィヴィにノーティスは目を見開く。
そこには微かに話が違うというような困惑が映っていた。
「言わないとは言いました、解放するとも、殺さないとはいってません」
それに生からの解放という意味では間違いでは無いでしょう?
ヴィヴィの言葉にノーティスは一瞬固まって首を横に振り、ジタバタと開いている足を動かした。
ずるずるとヴィヴィはそんなノーティスを気にせず開放的になった自室へと向かう。何をするか理解できたノーティスは瞬時に「嘘だろ」と口を動かした。
「ここは三階だ!正気か!?」
「ええ、でも手持ちには刃物がないので自然の法則に任せるしか」
「そうじゃない!人殺しに何にも思わないのか!!」
ノーティスは勘違いをしていたのだ。
目の前にいるのが、尋問は得意でも人を殺すことに躊躇がない人間だとは思っていもいなかった。
恐ろしいところはあるが微かに感じる人情に安心していたという部分もある。
一方的ではあったが会話ができたから、殺意がそこにはなかったから。
だから、だから、だから。
「い、いやだ!」
「何を言っているんですか」
「死ぬなんて、嫌だ!」
年も考えずそう泣き喚くノーティスは既に押し倒されれば落ちてしまうギリギリのところまで連れて行かれていた。
ヴィヴィは呆れたように大きくため息をつく。
それから冷徹な目でノーティスを見て迷いなくその体をそっと足で押した。
悲鳴が、断末魔が、遠ざかるように消えていく。何か物が落ちたような音がしたが、ヴィヴィはその行く末を見ないまま既に踵を返して階段に繋がる廊下に向かった。
ヴィヴィはもう一度ため息をつく。
「死にたくないなら、勇者殺しなんてしなければいいのに」
もう居ないノーティスに向けられた言葉は誰かに伝わることなく空気に溶けて消えていった。
瞼の奥に過去の記憶が流れる。
ヴィヴィの対面に座る男、リーヴルはまるで天気を教えるような軽さでヴィヴィに強烈な言葉を送った。
“尋問は対話なんよ”
どんな話からその話に繋がったかは覚えていない。
ただその強烈な言葉だけは確かに脳に刻まれていた。
“最初から敵意剥き出しやと、相手も身構えてしまうやろ?”
「まぁ、確かに」
“だから最初はフランクに話すんや。今日の天気はとか、好きな食べ物はとか、話が通じる相手だと思わせて軽いジャブを打つ”
「倫理観ないね」
“ちゃんとあるわ!んん、それから序列を叩き込む。話の主導権はあくまでこちら側にあることを無意識に刷り込むんや”
「そんなこと考えながら尋問してるの?詐欺じゃん」
“尋問も拷問もレベルが上がった詐欺みたいなもんよ”
「肯定されるとは微塵も思ってなかった」
“自分は大丈夫、これならどうにかなる、この人は多少の融通が効く、そうどこかで思わせてその信頼を逆手に取る”
「へぇ」
“まぁこれは軽い尋問やな。特殊工作員とか愛国者とかには微塵も使えないからあんまり覚えとかなくてもええで”
「じゃあなぜ教えたし」
“知っとくのは悪いことじゃないんやで、どこかで覚えてれば何かに使えるかもしれん。逆に知らなければ何も使えない。何事も覚えて損なことはないってことや”
かつての記憶が流れる。
それをじっと思い出した後、ヴィヴィは誰にも聞こえない声でいない相手に言葉を投げた。
「案外使えたよ。リーヴル」
ゆっくりと階段を降りながらヴィヴィは意識を現実に戻していった。




