第七節「契約時間」
ふらふらと歩く。
亡霊のように、あるいはすでに亡霊なのかもしれない。何かに取り憑かれたように、ふらふらと、おぼつかない足取りでヴィヴィは閑散として石造の廊下を歩いた。
壁に設置されるアンティーク調の蝋燭たては一定の距離を刻んで並んでいる。
中庭の方から聞こえる噴水から聞こえる音は水が弾ける音。吹き抜けの廊下に流れる風は寒く、その廊下から見える西洋風の城は荘厳さを感じさせながらもどこか冷たいように見えた。
教室の扉は決まって木製で出来ている。
そのため、ややくぐもってはいるが確かに廊下からでも聞こえた。
「で、あるからして、人々は大気中のマナを体内のオドで取り込み、魔法を使うのです。いわば、マナはエネルギー、オドは射出機です」
それらを全て聞き流して、ヴィヴィは寮に向かう。
人の気配がない寮の前で、ヴィヴィは歩みを止めた。向かう視線は石造の寮。あの、輝くしも暖かな王宮ではない。
新しくヴィヴィを入れとくためだけの牢屋がある場所。
牢に自ら入るとは、とても模範的な囚人だろう。
ヴィヴィはそんなことを考えながら、寮の入り口を潜った。
次の日、ヴィヴィはまた講義をサボった。
いつも通りに本を捲って、何か新しい発見がないかを探す。もしかしたら、書き漏らしがないだろうか、着眼点を変えて別の研究が必要になるのではないか。気になる言語、気になるフレーズ、気になる考えを適当に羊皮紙に書き込み、腹が減ったら食堂に行った。
そして居心地悪そうに待ってたオリヴィエにまた止められる。
懲りないのか、そんな気持ちをだきながらヴィヴィは言われるがまま、連行されるままオリヴィエに講義を受けさせられた。
「オドを使わずに魔法を使える方法もあります。しかし、それを実現させるには、魔領域と呼ばれる七つの大罪、黙示録の四騎士、魔王がいる危険領域にある希少石が必要となります」
ぺらぺらと旅日記を装った暗号書を書く。その隣でなんとも言えないような表情をしたオリヴィエが、ヴィヴィに何か言おうとしてやめた。
何を話しても偽善にしかならないとオリヴィエが考えたからだ。
二日目、ヴィヴィは再び講義をサボった。
現代魔法だけではなく、古代魔法にも何か糸口がないか。そう思い、取り敢えず古代文字の勉強に取り掛かった。文法が複雑なのはどこの世界も同じらしい。朝から昼、全てを使ってようやく四分の一を解読、気になった女神降臨の儀式について、これを応用してあっちの世界に繋げられないかを模索した。
そして腹を空かせて食堂に行く。
あいも変わらず出待ちをするオリヴィエに呆れを感じる。
オリヴィエは呆れ顔のヴィヴィの手を両手で掴んで、また講義に連行した。そうでないと、知識を持たないまま魔領域に向かえば一瞬で死んでしまうから、オリヴィエは一日中考えて、ヴィヴィの今後の生死をかけて考えれば例えウザがられても、講義に参加させようと腹を括ったのだ。
「七つの大罪、黙示録の四騎士、魔王は人類の敵と認定され、討伐対象とされています。しかし、通常の魔法使いは基本的に彼らを倒すことはできません。ランクS相当の魔法使い一人であれば、七つの大罪をなんとか退ける程度は出来でしょうが、皆さんのような最低のランクDであれば百人集まったところで負けるでしょう」
苛立つようにヴィヴィの羽ペンが旅日記を汚す。
オリヴィエが覗いてもそこには知らない言語が踊っており、やっぱりオリヴィエはヴィヴィを理解することができなかった。
三日目、ヴィヴィは当然のように講義をサボった。
古代文字の研究が進まない。
そもそも、古代文字には謎が多く、解析されてない場所がたくさんある。ヴィヴィ一人が努力したところで、文献も歴史書もろくに読んでなかったのだから解決されるはずもない。
ヴィヴィの世界だってそうだ。
何千年とたって未だに解析されているものは少ない。ということは、この世界でもそういうものだろう。だからといって、諦めるなんてことはしないが、堪えるものがある。
今日もどうせいるのだろうな、そんなヴィヴィの予測は当たって、当然のように仁王立ちするオリヴィエにまたこれか、とため息を吐いた。
一方、オリヴィエはそろそろ学習しないかな、と思っていた。どうせこうして午後には連れていかれるのだ。もう諦めて午前から真面目に講義に参加すればいいじゃないか、それをしない理由がわからないし、頑なに勇者であろうことを否定する。
「女神の選んだ勇者というのは、天の使いとも言われます。古代では、そういった経緯から勇者のことを『天使』と呼ぶことがありました。しかし、初代勇者はこれを否定し、自ら『勇者』と名乗ったことでこの呼び方が定着されるようになりました」
結局、オリヴィエはこの隣で講義を一ミリも聞いていないヴィヴィのことを理解できなかった。
いつか理解できる日が来るのか、それさえも正直危うい気がしてきた。
一ヶ月が経った。
ヴィヴィがこの学園にきてから、ちょうど、一ヶ月の歳月が経った。オリヴィエは未だにヴィヴィを理解することができなかった。
「一ヶ月、よく落第せずいれたわね」
「どっかのお節介さんが、毎回私の邪魔をするからでしょうね」
「邪魔って、あなた部屋にいてもやることないでしょう」
「はいはい、そうですね」
この一ヶ月でオリヴィエも成長した。
他人に求めすぎないことを意識して、けれど胸の中にある夢を手放さず、改めてこの学園で過ごすことを決めた。殺伐としていたけれど、ヴィヴィの言葉は突き放してたけど、皮肉がたっぷりと込められたものでも、今までオリヴィエにそう指摘してくれる人はいなかった。
だから、多少の恩は感じていたのだ。
「それで、この世界には慣れた?」
あの日、ヴィヴィがオリヴィエを無慈悲に置いていった廊下、そこにある石造の椅子に並びながら二人は座っていた。(正しくは、座ってたヴィヴィの隣に強引に座った)
強引なところはあったが、情は湧いている。
それはきっと、ヴィヴィも同じだと思いそう言った。
あの日ならきっと怒っていただろう言葉だったけれど、今ならそれをいう資格があると思って、少しだけ踏み入ったのだ。
ところで人間は毎日同じ人に会うと、その変化に気がつきにくいという。
ある日突然顔が真っ青になったとか、体調を壊していそうだな、といった突発的な変化に関しては気がつきやすいが、徐々に変わっていけばその落差に気がつかないのだ。
だからこれは、そう、仕方がなかった。
ヴィヴィの頬は痩せこけ、黒曜石のはまる目の下は深く深く酷いほどくまが刻まれ、肌はどこか青白い。意志の強い黒曜石は、今現在はまるで光を見失ったかのように常闇に包まれていた。
「慣れ、そうですね。違和感は無くなってきました」
「そう?本当に?じゃあ、なんで午前中はサボってるのよ。基本的に午前中は実技なのよ?じ、つ、ぎ!」
「精霊と契約してないんで。使えもしないのに、出たって意味がないでしょう」
「だからこそよ。今度こそ精霊と契約するとか、そういう意地とかないわけ?」
「そんなエネルギーはありませんよ」
「あのねぇ、会った時から思ってたけど、あなたが嫌でもあなたは勇者なのよ?結局戦わせれるんだから、死なないように最低限でも学ぶべきだわ」
「…ランクDが集まったところで、歯もたたないのに努力しろと?」
「何?怖いわけ?」
ウキウキとオリヴィエが勝手に盛り上がる。
あんなに冷徹無慈悲、鉄面皮がそんなことで怖気ついていたなんて、それを知った優越感を感じながら、その脇を肘で小突いた。
「勇者が臆病って聞いたら、他のみんなはどう思うか…そんなことで尻込みしないで講義を受ければいいのよ。最低でもBランクには成れる学園なんだから、それにあなたのクラスでは、もうCランクに突入した子、いるんでしょ?最初から真面目にやってれば、あなただってそのレベルに行けたでしょうに」
そういって、やれやれと肩を竦めるオリヴィエに適当にヴィヴィは返す。
「ランクCになったところで七つの大罪を退けるには三万人必要なんでしょう?なら、五十歩百歩ですよ」
「なんというか悲観的よね。まぁ、確かに通常のCランクだったらそうでしょう、けれど_」
「勇者、だからでしょう?」
面倒臭そうにそういうヴィヴィにオリヴィエは目を丸くさせる。
「なんだ、わかってるじゃない。勇者はね、その成長に限界値がないのよ。だから規格外の魔王にだって一騎打ちできる」
「一騎打ちねぇ、相手がそれに乗るとは思いませんが」
私なら乗りませんね。適当に袋叩きにしてる。
そう続けられた言葉に、オリヴィエはわざとらしくため息をつく。
「そもそも、魔王とその配下たちは協調性というか、仲間意識がないのよ。協力するなんてことはないし、自分のテリトリーから出てこない。だから、そんな心配する方が無駄よ」
「はぁ。そうですか」
それに。
オリヴィエは立ち上がってヴィヴィの前にでる。
オリヴィエの茜色の美しい髪が動きと共にふわりと揺れ、黄色の鮮やかな瞳がキラキラと光る。自信満々に胸を張り、腰に手を当てがって、ドヤ顔でヴィヴィを見た。
「頼まれるなら、しかーたなく、本当にし、か、た、な、く、パーティーのメンバーになってあげてもいいのよ!なんたって私はランクA!こんな逸材、放置することはできないでしょう?」
ヴィヴィは旅日記に視線を落としたままいう。
「別に苦になるなら、そんな話しなくてもいいですよ」
思いきりオリヴィエは肩を落とした。
これに関してはしょうがないことだった。そもそもヴィヴィは水注歴1936年から来ている。
その当時に『ツンデレ』なんて文化はなかった。ついでにヴィヴィにはデリカシーがなかった。
ついでにノンデリカシーだったし、乙女心をひと匙も持っていない。
本気でこういっているのだった。
どこか頭の中でドゥースの言葉が通り過ぎる。“だからモテないのよ”この状況に対して最も合っていた言葉だった。
「あ〜!!もう、焦ったい!!なる!決めた、私あなたのパーティーメンバーになるわ!」
「あっそ」
「こんのぉ〜!!というかあんたはちょっとは焦りなさいよ!よし、こうなったら私が主導であなたの仲間を見つけてあげるわ!」
「あ、そういうの間に合ってます」
平坦な声でヴィヴィはそういった。
それに一瞬理解できなかったオリヴィエは、それからなんとなく言いたいことを理解して顔を真っ赤にさせた。よく、顔の色変わるなぁ、と思われていることも知らずにヴィヴィに対して怒声をあげる。
「もしかして、もうパーティーメンバーを作ったの!?」
いつの間に!
そういうオリヴィエに呆れたようにヴィヴィはため息をついて、やっと持っていた旅日記を自分の懐に入れてから、その黒曜石でオリヴィエを見た。
気怠さとそれからちょっとしたどうでも良さ、それが混ざった視線はオリヴィエの肩を跳ねさせるには十分な力を持っていた。
「やめるんですよ」
そして、その言葉を聞いた時。
オリヴィエは固まった。
「や、やめるって?」
「この学園を退学になるんです」
「でも、落第になってないじゃない」
「学園長とはそういう話をしていました。一ヶ月の猶予で学園で過ごす。それをすぎたら好きにしていいって」
「え、別に好きにしていいってことは、学園生活を続けてもいいってことよ?理解してるの?」
「え、知ってますが」
まさかまさか。
オリヴィエは今度こそ絶句した。それなりに仲良くなったと思っていた。
それこそ学友とはいかなくとも、それに近いオリヴィエとヴィヴィなりの友好関係を築けていると信じていた。
だからこんなすぐさま退学するというヴィヴィを理解できなかった。
ヴィヴィは話が終わったかのように椅子から立ち上がる。固まるオリヴィエをあの日のように通り過ぎようとした。
けれども納得のいかないオリヴィエはヴィヴィの片手を掴んで口を引き攣らせながらいう。
「なんか、こう、ないの?」
「なんかとは?」
「私と離れてもいいの?」
「特に双方にメリットはないと思いますが?」
「メリット、デメリットで考えてたの!?いつも!!」
「そういうものでしょう」
「やっと、やっと仲良くなれて、学友に、親友になれるって…」
そう口にしたオリヴィエはどこか儚い感情を持っていた。初めて親以外の異性と一ヶ月の間、過ごしたのだ。その感情が湧いてしまうのも、致し方なかっただろう。けれど、向けた先が悪かった。
彼は既婚者で、ノンデリカシーで、乙女心をひと匙分も理解していなかったら。
あとついでに、年齢差的な問題で眼中にもなかった。たとえ、ヴィヴィがフリーであっても、可能性は無に等しかっただろう。
「明日から、無理に食堂に来なくても問題ありません。今日の夜には荷物をまとめて神殿の方に帰るつもりなので」
「い、ま、今から変更って」
「?するつもりはないですよ」
それでは、そういって去るヴィヴィの背中を見てオリヴィエは止められなかった。関係性があると信じていた。そうであると、彼からも信頼を得れていると思っていた。
だがそれは所詮、オリヴィエの思い違いだったのだ。
そもそも、ヴィヴィとは土俵が違った。
どちらが上とか下とかではない。
畑が違った。
オリヴィエはそれを突きつけられたのだ。
「はは」
虚しいオリヴィエの渇いた笑い声が響く。
夢見た未来はまたもや音を立てて崩れ去ったのだ。




