第一節「魔法学園」
“ヴィヴィってすとれーとで大学まで行ったって聞いたよ?”
「それがどうしたんだ?」
“みんなすごいって言ってたけど、どれくらいすごいの?ねぇねぇねぇねぇ、それってぼくがお山作るよりも、うんっとすごいってこと?”
「お山って死体のだろ。それは山ではないだろう」
“でも、ヴォワちゃんはお山って言ってたよ?”
「お前…ヴォワのことちゃん呼びなのかよ」
“だって、すごく、可愛いもん。それに『ちゃん』て呼んでって”
「なんでヴォワがお前にだけは悪戯しないかわかったよ…で、すごいかの話だったたな」
“うーん、と。そうだっけ?”
「お前が聞いたんだろうがい!」
“ヴィヴィがいうならそうだ!ねぇねぇ、すごいの?とってもすごいの?”
「まぁ、一般的な貴族よりは少しだけすごいに入るんじゃないかな」
“偉い人よりもちょっぴりすごい!ヴィヴィすごいね!”
「これでも一応、元伯爵家の長男だったからな。そのくらい努力しないと外聞きが悪いんだよ」
“外聞き?そんなの噂する奴ら全員殺しちゃえばいいじゃん”
「あのなぁお前みたいにトリガー軽いやつはそうそういないの」
“トリガーって銃でしょう?ぼくは銃は嫌い。だって、当たったか、外れたかよくわからないんだもん”
「百発百中が何言ってんだ」
“懐に入ってザバーってするの!派手に血が出たら死んだ!血がちょっとなら死んでない!”
「なんだそのdeath or deathみたいなの」
“ねぇねぇヴィヴィ、ヴィヴィ”
「はーい、なんですか?」
“ぼくも学校行けるかなぁ”
「…まずは基本的なことを家庭教師してるリーヴルに教わってからだなぁそれからだったらまぁ、いけるんじゃない?」
“本当!?じゃあじゃあ、その時はにゅうがくいわい、頂戴ね!”
「結局、物欲じゃねぇか」
そう言って肩を落としたことがある。
嬉しそうにスキップするヴナンの後ろ姿を見て、当分あの性格では学校に通わすのは無理だなぁ、彼が大人になるまで、そうさな、あと十年くらい彼にはおとなしくしていてもらおう。
そう思いながら、苦笑いをしていた記憶があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔法使いのオリヴィエの日常は常に平坦なものだった。
学友と恋バナで盛り上がるとか、もしくは学業で張り合えるようなライバルに出会えるとか、あるいはパーティーメンバーに誘われて休日にダンジョンに行くとか、そういった、あるあるの生活はオリヴィエの学生生活では起きなかった。
理由はわかる。
贔屓目なしに事実として、オリヴィエは優秀すぎたのだ。
実技も座学も毎回トップ。周囲からは良い言い方をすれば高嶺の花。悪い言い方をすればお高く止まっている。
本気でそう思われていたのだ。
しかしオリヴィエ自体は普通の女の子だった。
ただ勉強についていきたいだけ、努力して頑張って良い点を取りたいだけ。
それで学友とか親友とかできて、果てには恋人も…なんて考えているくらいにはロマンチストな少女であった。
だからその知らせが来たときはチャンスだと思った。
満を持して召喚された女神の使いである勇者が、やっとこの学園に入って来ると。そんな情報を掴んだ時、オリヴィエの頭の中には実技でも、座学でも切磋琢磨する勇者を想像した。
やっと自分のレベルに追いついてくるかもしれない。
もしかしたらオリヴィエの優秀さから、勇者に選ばれてそのパーティーに入れるかもしれない。
そんな妄想がオリヴィエの頭に過ぎ去った。
だから、オリヴィエは勇者の登校を待っていた。
全寮制のこの魔法学園ではたまたま出会うなんてことはできなかったから。このチャンスを逃さず、印象に残ろうと、勇者と接点を持てるように、この日のためだけに何度も自己紹介を練習して、この日のためだけにいつもは適当にしていた髪を、きちんと整えてきたのだ。
だから準備は大丈夫。
勇者が乗っているだろう神殿御用達の馬車が正門に近づく。
色めき立つ周囲の熱狂を感じながらオリヴィエは心の中で「ふー」と息を吐いた。
六頭の白馬がひく白を基調とし豪華な金細工がいたされたブロアムが大袈裟な音を出して止まる。その荘厳さもさることながら聖女いらい姿を表さなかった正式な神殿の馬車に皆圧倒されていた。
だが、それに怯む他の皆と違ってオリヴィエは堂々と正門から繋がる道の真ん中にたった。
待ち構えるようにそこに立てたのは前日の練習のおかげだったかもしれないし、オリヴィエの自前の図太さからだったからかもしれない。
そして満を持して勇者_ヴィヴィはブロアムから出てきた。
黒曜石の瞳に映るのは通りの真ん中で腕を組んでいるオリヴィエ…ではなく、その後ろにある学園の校舎。
白亜に輝く壁と、赤い煉瓦の屋根。
それを見上げてヴィヴィは憂鬱な気持ちになった。
学園に行くということもあって手枷が外れたのは良いことだったが、それを打ち消すほどの悪いことが目の前に聳え立っているのだ。
姿形は違えど学校という施設と聞いて、最初から乗り気ではなかった。個人的な召喚術へのアプローチもあったし、それよりも前提的に自分の歳を考えて欲しいと思っていた。
もちろん、本名も年齢も言っていないが、それでも自分は若く見える方なのか?
童顔と言われたこともなければ、思ったこともない。二十後半である自分が今更もう一度若人に囲まれて学園生活?
“正気か?”
ヴィヴィの頭の中にあるエクセプシオネルがそう言った気がする。
痛む頭を押さえながら、もうここは利用してやるしかないと自分を納得させてヴィヴィは本日ここに来たのだ。だから正直なところやる気もなければ、興味もない。
無い無い尽くしでいるので、もちろん眼前にいる期待に目を輝かせるオリヴィエを通行人を避けるような軽さで通り過ぎようとしていた。
「って、ちょっと!」
「はぁ」
「私のことが見えないわけ!?」
「いや、見えてるから避けたんですけど」
まさか相手にもされないと思っていなかったオリヴィエは、自分の計画が頓挫したことに焦りを感じつつ、ヴィヴィと接点を作るために急いで軌道修正に取り掛かった。
「あなたが噂の勇者ね」
「はぁ」
「私はオリヴィエ、あなたの名前は?」
「フォーヴですね」
上から目線で話すオリヴィエになれたようにヴィヴィは「フォーヴ」と名乗る。
それから用事は終わったというようにヴィヴィは興味を無くして去ろうとした。けれどそんなことオリヴィエが許すはずもなく、歩みを進めようとするヴィヴィの腕を掴んで止めた。
「私を無視する気?」
「名乗ったので終わったと思いました」
「会話がそれだけで終わると思っているの!!?」
「特にそれ以上話題がなかったので」
冷めた黒曜石が苛立ちを含んだ目でオリヴィエを見る。
それに少しだけ気圧されたオリヴィエだったが、なんとか意地とプライドだけで立つ。茜色の髪がオリヴィエの動きに合わせて揺れる。黄色の猫のような吊り目がキッとヴィヴィを睨みつけて、咎めるように口を開いた。
「私は伯爵家の娘、オリヴィエ!あなたが勇者だからと言って、無視することは許さないわ!」
「…そうですか」
ヴィヴィはその言葉に無感情に返す。
元々伯爵の地位を持っていたからこその興味のなさだった。
敬われる存在だったからこそ、ヴィヴィはその地位を聞いても驚きも関心もない。
むしろここで伯爵の地位を打ち明けることに対する必要性を感じなかった。
ヴィヴィは灰色の制服に身を包むオリヴィエを皮の靴先から茜色の髪のてっぺんまで視線を動かし見て、それからまた立ち去ろうとした。
「聞いているの!?」
「聞きました。そうなんですね。さようなら」
ヴィヴィはそう高速で捲し立てると、呆然とするオリヴィエをおいて今度こそ校舎の中に入って行った。
オリヴィエの予想では伯爵の地位を聞いて、それなりに態度を改め、更に話をするつもりだったのに、思わぬヴィヴィの行動に、次第に自分が粗雑に扱われたことに対して怒りにも似たものを心の中に募らせた。
もうここからは怒りに任せた強行である。
はしたないとかなんとかなんて言ってられない。少なくともあの勇者には泣いて縋らせてやるという暴力的な思想を抱いて、次の日から絡みに行こうとした。
行こうとしたのだが……
「勇者様はそもそも授業に来ていません」
「クラスにも来ていませんね」
「朝から姿を見ていません」
どこに行ってもヴィヴィとは出会えなかったのだ。
それもそのはずだった。
ヴィヴィはそもそも寮の部屋に篭って、夜間に学園の図書館に潜入したことで手に入れた召喚魔法に関する本を読み込んでいた。
王宮にあったものと表紙の名前が被るものもあったが、内容が違う可能性を考えて盗み取り、与えられた絢爛な部屋で黙々と一人研究に明け暮れていた。
一から学園で学ぶことももちろん考えた。
けれどこの世界にはヴィヴィの仲間は、ヴィヴィの味方はいない。
簡単に身を晒すなどといった軽率なことはしたくなかったし、それに加えて自分が召喚魔術に興味があることを知られるリスクを考えれば、学業への積極的な交流に対して必要性を感じなかった。
フェイクのため適当に盗んできた本を雑に部屋の隅に置き、それから悩むようにして召喚魔術を分析していく。わからないことは暗号にして紙に書き記し、また新しい本を読み込んで、それからまた研究していく。
全ては帰るための手段でしかなく、それ以外に対して興味は一切なかった。
そんなことがあるとは知らないオリヴィエは、低級学年の必修科目の教室に行っては不発を繰り返す。
そして、苛立ちを隠さずヴィヴィのクラスに行けば、そもそもクラスに来ていないと知り、更に気分を害した。
ここは貴族の格式のある学園だ。
入学するにも男爵以上の地位を持つことが必須だし、加えて座学や実技のテストで最下位に近い成績を三回以上取ればどんなに位が高くても問答無用で退学だ。
だからこそ皆必死になっているのにも関わらず、あの勇者は全くもってやる気がない。
それどころか学園の名前を汚してさえいる。
様々な事柄がオリヴィエの中に積み重なっていく。それらは堪忍袋の緒まで上りきり完全にオリヴィエを怒らせることになった。
もう、勇者とかそんなことは知らない。
勇者だって人間だ。ご飯を食べなければ死んでしまうのだから、必ず食堂には来るはず。オリヴィエはこの時しかないと息巻いて食堂が開く時間まで待つことにした。
そしてオリヴィエの予想は当たった。
気怠そうに目の下にクマをいっぱい刻んだヴィヴィがゆっくりとした動きで食堂にやってくる。それを見つけてすぐにオリヴィエはツカツカと靴を鳴らしてヴィヴィの前に立ちはだかった。
「あなた舐めてるの!!?」
「はぁ、一体なんですか?」
勇者と天才のタイマンに周囲の人間はざわめく。
その中にいたヴィヴィと同じクラスであるメンバーは、オリヴィエに怒られるヴィヴィの姿に満足感を抱いていた。
女神の使いである勇者と同じクラスと聞いて誰もが歓喜していたのに、肝心の勇者は女神の使いであるとは思えない完全な授業拒否の姿勢を見せ、期待値が高かったからこそ、周囲は落胆した。
そしてその落胆は時間が過ぎるたびにアクセルを踏むように高まったのだ。
一講義目はもしかしたら勇者も寝坊なんてことあるかもしれない、と思っていた。
二講義目は勇者は女神に祈っていて時間を忘れているのかもしれないと思った。
三講義目は流石におかしいと感じていた。
四講義目はもしかして神聖なる勇者がサボっているのではないかと考えた。
そして食事の時間になり、食堂へ来てみたらこれだ。
落胆どころか怒りが湧く。
ここは遊び場ではないんだぞ。
誰もがそう思い、そしてそれを上級学年のオリヴィエが代弁するようにヴィヴィに不満をぶつけているのだ。
もっと言ってやれ、そういうようにオリヴィエを見るヴィヴィと同じクラスの下級クラスは、しかし次のヴィヴィの言葉に口をあんぐりと開けることになった。
「だから、ここは学園!学ぶための…」
「頼んでないです」
ざわめいた廊下はヴィヴィの一言によって凍りきった。




