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それからしばらくの間、俺は流されるままに日々を過ごしていた。
大学生活は相変わらず代わり映えしない、同じ事の繰り返し。
講義を受けて。
レポートを書いて。
昼になれば三人で学食へ向かう。
何も変わらない。
何も変わっていないはずなのに。
自分でも知らぬ所で、俺の世界だけが少しずつ変わってしまっていた。
* * *
「ねぇ春樹」
「ん?」
「この後暇?」
昼休み。
学食で昼飯を食べながら、美咲がそう聞いてくる。
「三限休講になったから」
「あー。そんな事言ってたねぇ」
「駅前で新しいパンケーキ屋できたんだって! いこ?」
「俺の奢りか?」
「そうでーす♪」
「はぁ~……仕方ないなぁ」
「やたーっ! 悠斗は次講義だもんね」
「そうなんだよぉ~! くぅー、いいな春樹。俺の分まで楽しんでくれよ……?」
「はいはい。任された」
ふと美咲へと視線を向けると、幸せそうに笑みを零していた。
いつもそうだ、甘い物の話になると目を輝かせる。
それに、面白い事があるとすぐ飛び付く。
昔と変わらない。
そのはずなのに、何気ない仕草一つ一つが妙に胸に残る。
「春樹、聞いてる?」
「ああ」
「絶対聞いてない」
美咲が頬を膨らませる。
それが可笑しくて少し笑う。
「というか美咲、がっつりご飯食べてるけどパンケーキ入るのか?」
「確かに」
疑念の目を向ける俺と悠斗の視線に、美咲は胸を張って応えた。
「甘い物は別腹だから!」
「その身体のどこに入るんだよ!」
そんな他愛もない会話。
その時間が、以前よりずっと愛おしく感じた。
* * *
ある日の帰り道。
三人でいつも通り駅へ向かって歩いていた時だった。
ガタン。
――不意に右手の力が抜けた。
「あ……あれ?」
持っていた鞄が落ち、中身が飛び出てしまう。
「春樹?」
「どうした?」
二人が振り返る。
「いや、ちょっと手が滑っちゃって」
そう言って笑いながら飛び出た中身を詰め込んで鞄を拾い上げる。
さすがに少しだけ気になっていた。
最近こういう事が増えている。
物を落とす。
躓く。
手に力が入りにくい時がある。
疲れているだけだと思っていた。
けれど……流石に回数が増えすぎていた。
* * *
「神谷さん?」
「はい」
大学近くの整形外科。
診察室へ呼ばれ、椅子へ座る。
医師はカルテを見ながら首を傾げていた。
「近々で怪我をされたとかは?」
「いえ、ありません」
「握力も少し落ちてるみたいですね」
「そうなんですか?」
「ご自覚はないと?」
「全然」
医師は少し考え込み、すぐにパソコンに向き直り何かを打ち込み始めた。
「一応紹介状書くので、大きい病院で詳しく見てもらってください」
その言葉に少しだけ不安を覚えたが、それでもまだこの時は大した事じゃないと思っていた。
精密検査で金がかかる。
バイトどうしよう。
少し疲れが溜まっているだけだろう。
そんな考えが浮かんでは消えて行った。
* * *
検査は思ったより長引いた。
血液検査にMRI。神経の検査。
更にはよく分からない機械を身体に付けられたりもした。
「念のためですから」
念のため。
……大丈夫。心配いらない。
俺も深く考えないようにしていた。
だが。
最後の検査から数日後。病院から電話が掛かってきた。
『神谷春樹さんでしょうか?』
「はい」
『次回の診察なんですが』
――妙な胸騒ぎがした。
『可能であれば』
『ご家族の方と一緒に来院していただけますか?』
心臓がどくりと大きく鳴った。
『神谷さん?』
「……あ、はい」
返事をする事しかできなかった。
電話が切れ、部屋の中が静かになる。
俺はスマホを握ったまま動けなかった。
俺の身体、何かがおかしいんだ。
嫌な予感だけが、胸の奥で静かに膨らんでいた。




